黒猫と白兎



おがにゃん=男鹿。黒猫。毛繕い職人。
ぴる市=古市。白うさぎ。頭弱い。時々あんこまみれになる。意外と綺麗好き。
東条=東条。グレートデン。温和。ちっこいもん大好き。

飼い主=なんとなく邦枝のイメージ。








 しくしくしくしくと鬱陶しいくらいのすすり泣きが部屋の隅から聞こえてくる。キャットタワーのてっぺんで寝そべり、ぶんぶんと尻尾を振り回していたおがにゃんはちらりとそちらを見た。寝返りを打つと気配で気付かれそうなので、じわりと頸だけを動かす。少し苦しい体勢だが、仕方ない。そっちの壁に背を向けて寝転がったのはおがにゃんなのだから自業自得だ。
 部屋の隅の隅、本当に角に顔に突っ込んで、白いうさぎがしくしくと泣いている。丸めた背中もぺたんと寝かせた耳も丸い尻尾もこちらへ向けているので顔は解らないけれど、あれだけしくしく泣いているのなら目は真っ赤(もともと真っ赤だと言うことは気にしてはいけない)、顔の毛もごわごわになっているに違いない。
 毛繕いしねーとな、とおがにゃんは自分の手を舐めかけ、ハッとそれを止めた。ちょろりとピンクの舌を出した状態だったので、飼い主が見たら、キャー可愛いっ!と写メの激しいフラッシュ攻撃をされるところだ。ところが飼い主は今、部屋の顔に顔を突っ込んだまましくしく泣いているうさぎのご機嫌を取ろうと必死だ。
 放っておけばいいのに、とおがにゃんはふんと鼻を慣らし、ぶんっと尻尾を振り回す。
 キャットタワーの一番てっぺんなんて、おがにゃんは普段上らない。
 なぜならぴる市が遊んでくれと構ってきても届かないからだ。 下から二番目までがぴる市の届く精一杯の場所なので、大抵そこにいる。そして尻尾をだらりと下へ落としておく。そうするとぴる市が遊んでほしいとき、構ってほしいとき、尻尾を引っ張れるからだ。
 けれど今日ばかりはそんな気にならない。
 しくしく泣いていたって慰めてなんかやらない。
 おがにゃんは相当頭にきていた。
 おがにゃんが日課であるテリトリーの見張りから帰ってきたら、飼い主の友達がやってきていた。別にそれは気に入らないわけではない。友達によってはやたらおがにゃんを抱っこしようとするやつもいるけれど、おがにゃんがあまりそう言うことを好まないことは知っているので、飼い主がやんわりと止めてくれる。けれど今回、友達はペットを連れてきていた。
 とびきり大きなグレートデン。おがにゃんにはまるで自動車くらい大きく見えたけれど、実はそこまで大きくなかった。茶色の毛並のそいつは、おがにゃんがびっくりしてぶわっと毛を逆立てているのを見ると、ぱぱっと小刻みに尻尾を振った。
『よ! お前がおがにゃんか? 俺は東条だ! よろしくな!』
 にぱっと笑って小刻みに尻尾を振る。全身から仲良くしようぜとアピールする巨大な犬におがにゃんは硬直していたが、ここで呆気に取られたままでは喧嘩番長の名が廃る。何しろおがにゃんはここらでは誰にも負けたことのない喧嘩猫なのだ。近所の犬にだって勝った。チベタン・テリアの霧矢も、ポメラニアンの高島も全部一撃で伸してやった。
 だからぐっと両手両足を踏ん張って、おがにゃんはグレートデンの東条を見上げた。
『おー。よろしくしてやってもいいけど、キャットタワー壊すなよな』
 東条は部屋の隅にあるキャットタワーを振り返ると、ぶはっと笑った。
『あんなちっこいの、俺は一段も登れねーわ。お前みたいにすばしっこくねーからな』
 ふん、とおがにゃんはびっくりもびくびくも悟られないように余裕ぶってキャットタワーの方へ歩いて行った。その途中、東条の前を通りかかった時、その足の間にちっこい白いものがいるのに気付いた。
 ぴる市だ。
 東条の前足に抱えられるようにしてひっくり返っている。食われたか、と焦ったおがにゃんの前で、ぴる市は両手両足をわきわきと動かした。
『もーっ! おがにゃん、じゃましないでよー! いま、けづくろいしてるんだから! とーじょーさん、つづき!』
『お、よしよしちっと待ってろよー』
 ひっくり返ったぴる市の腹を、東条のでかい舌がべろっと舐める。ぴる市はやっぱり両手を両足をわきわき動かしながらきゃあきゃあと歓声を上げていた。
『おまえ、なにやってんの…?』
 普段、おがにゃんが毛繕いしてやろうとしても嫌がって逃げ出し、汚れた時だけやってくるぴる市が、大して汚れてもいない腹を東条に毛繕いさせている。
 呆れと、怒りにおがにゃんが目を吊り上げて尋ねると、えー、とぴる市はアホっぽい笑顔で答えた。
『とーじょーさんが、けづくろいしてくれるっていうから』
 だからしてもらってるー、と腹を舐められきゃははと笑い声をあげ、ぴる市が答える。おがにゃんはぶちんと頭の中で何かが切れる音を聞いた。
 本当なら東条を殴り飛ばして蹴飛ばして引っかいてやりたいところだけれど、さすがのおがにゃんにも相手が悪いことは解っている。敵前逃亡なんて一番嫌いな言葉だけれど、こればっかりは仕方ない。東条にはおがにゃんも叶わない。
 だからおがにゃんはきゃははと能天気な笑い声をあげるぴる市に背を向け、窓枠に飛び乗った、手で引っかいて窓をほんの少し開けると、さむいーっ、とぴる市が文句を言う。知るか、とおがにゃんは答えなかった。そのままぴょいと外へ飛び出して、戻ってきたばかりの見回りに出た。本日二度目だ。普段は一日一回で十分だけど、あんなところにいたくない。
 腹立ち紛れに遠出して、うっかりテリトリーを広げてしまった。
 夕暮れになったので帰ると、東条も帰った後だった。
 今日は長いお散歩だったのね、と飼い主に抱き上げられたものの、おがにゃんはぴょいとその腕を逃げてキャットタワーのてっぺんへ駆け上がった。ご機嫌斜めなのかしら、と飼い主は台所の方へ行き、しばらくするとぴる市がちょこちょこと近付いてくる気配がした。
『おがにゃん、おがにゃん!』
 下から呼ぶぴる市の声に男鹿は前足を舐めながら視線を落とす。見下ろせばぴる市が長い耳をぴるぴると震わせながら前足を突き出していた。
『よごれた!』
 確かに、ぴる市の前足が片方、ちょっぴり黒くなってくる。またコーヒーかすにでも足を突っ込んだのだろう。やめろと飼い主が何度言ってもぴる市はコーヒーかすに足を突っ込む。普段なら、おー、と返事をして、毛繕いをしてやるおがにゃんだけれど、今日と言う今日はもう嫌だった。
 ふん、とおがにゃんは顔を背ける。
『東条にでもしてもらえ』
 ぴるっとぴる市が首を傾げた。
『とーじょーさんは、かえっちゃったよ。あ、でもね! ひるまね、とーじょーさんにけづくろい、してもらったんだ! すごいんだよ! とーじょーさん、けづくろいじょうずなんだよ! おがにゃんもしてもらえばよかったのに! あ、ねぇ、おがにゃん! あのね、よごれた!』
 嬉しそうなぴる市の言葉に、そして突き出されたちょっぴり汚れた足の先に、今度こそぶちんと本当におがにゃんの堪忍袋の緒が切れた。
『うっせー! あっち行け、馬鹿っ! 東条にしてもらえばいいだろ! もうお前の毛繕いなんかしねぇんだよ!』
 ぴる市はびっくりしたように赤い目を真ん丸にする。
『で、でも…でもでも……よごれた……』
 ちょっぴり持ち上げられた、ちょっぴり汚れた足の先。
 いつもなら丁寧に舐めて汚れを落として、毛並みがふわふわになるように丹念に毛繕いをしてやるおがにゃんだったけれど、本当に、今日ばかりは嫌だった。
 東条の匂いのついたぴる市を毛繕いするなんて、絶対に我慢できない。
 ふんっと顔を背け、キャットタワーのてっぺんにある部屋(キャットタワーの説明書によるとペントハウス)の中におがにゃんは潜り込んだ。狭い場所だけれど安心する場所だ。尻尾も中に引き込んで、絶対に外から姿が見えないように丸くなる。
 キャットタワーの下からは、おがにゃん、なんでおこってるの、とぴる市が悲しそうに尋ねているけれど、答えてなんてやらない。
 悪いのはぴる市だ。
 しばらく無視していると、すん、と鼻を啜る音が聞こえてきた。泣かせてしまった、とおがにゃんは罪悪感を抱くけれど、悪いのは、ぴる市の方だ。知るもんか、と無視を決め込むおがにゃんの耳に、ぺたんぺたんとぴる市が歩く音がする。キャットタワーから遠ざかり、自分の巣の方へ行くのかと思いきや、足音は巣を通り過ぎて行った。
 なんだ、とペントハウスから顔を出すと、ぴる市は部屋の隅に顔を突っ込んで背中を丸めている。しくしくと泣き声が聞こえてきて飼い主が焦ってぴる市のご機嫌を取ろうとしている。泣いてないもんっ、とぴる市が飼い主に抗議しているけれど、しくしくとすすり泣きは止まらない。
 知るもんか、とおがにゃんはペントハウスの中で丸くなり、しくしくしくしくしく鬱陶しい啜り泣きを無視するために尖った耳を背一杯伏せ、尻尾で顔を覆うのだった。






おがにゃんでてきてますけどふるにゃんでてきてないので、おがふるにゃんカテゴリとは別かなと思いつつも、まぁいいか、と。
うさぎのぴる市の名前は、ぴるぴる耳を震わせながらぴるぴるしてそうだからぴる市。ちょっとアホの子。
そんなアホなぴる市が可愛いおがにゃんは苦労性だと思うんだよね。
ツイッタで盛り上がった話題から小説にしたので、わけ解らない人には不親切な話ですみません。