おがたんたん


 はい、と手渡されたのは何かのメモ帳の切れ端のようなもので、古市の意外にも整った字で、一日一回だけ自由券、と書いてある。
「なんだこれ」
 裏返してみても、よく解らないアニメのキャラクターの柄があるだけで、特になにかあるわけでもない。
 もう一度表替えし、一日一回だけ自由券、の文字をまじまじと見つめた。
「それ、一日一回だけ自由券っての」
「そりゃ見りゃ解る」
 だぁ、とベル坊も背中で抗議の声を上げる。馬鹿にしてんのか、と言いたげなベル坊に、もうちょっとしたら昼飯だからなー、と古市はとんちんかんなことを言って頭を撫でている。
 ベル坊は、そんな意味の解らん説明聞きたくねぇんだよ、と言う趣旨のことを言っていたはずなのに(少なくとも男鹿はそう捉えた)、古市に頭を撫でられれば途端にころっと機嫌を直し、両腕を古市の方へと差し伸べる。だぁだぁとせがむ動きに、男鹿は後ろ手にベル坊の首根っこを掴むと、ひょいと持ち上げ古市の前に突き出した。
「おら」
「おお…ってお前、前から言おうと思ってたけどその持ち方やめろよな。犬や猫じゃねーんだから」
「犬や猫の方がよっぽど可愛げがあるわ」
「だぶっ!」
「いてっ」
 思わず本音を漏らした男鹿の顔面を、ベル坊の鋭い蹴りが襲う。とは言え猫にも負けるヨワヨワの魔王様の蹴りなので、男鹿には痛くも痒くもないのだが、一応ノリで痛いと言っておく。するとベル坊は喜んで古市の腕の中できゃいきゃいと歓声を上げていた。
 よーし良くやったぞベル坊、とあやす古市に、で、と男鹿は再び尋ねる。
「なんだよこれ」
「だから一日一回だけ自由券」
「そりゃ解るって何度言わせんだよ! どう言うアレだ! あー…その、なんだ!」
「あ、使い方か?」
「それだ!」
 びしっと指差す男鹿に古市はにこにこ笑顔を崩さずに言った。
「今日って男鹿の誕生日だろ? だから俺からのプレゼントな。それ、一日一回だけ使える券で、俺を自由にしていい券」
「………自由にしていい券…?」
 思わずぎらっと目を光らせる男鹿に、そ、と古市は危機感なく笑う。
 いいのか、と男鹿は早くも舌舐めずりしたい気分だ。むしろ前屈みだ。
 だって古市を自由にしていい券と言うことは、今まで嫌がられていたあんなこともこんなことも、果てはあんな体位にもチャレンジできると言うことだ。いやいやそんなものでは生ぬるい。AVでしか見たことのないようなえげつないプレイで古市をアンアン言わせることだって夢ではないのだ。
 だって、一日一回だけ古市を自由にできる券をもらったのだから。
 あれこれ妄想を巡らせる男鹿に、古市はやっぱり笑顔で告げた。
「言っとくけどそれ、一日一回だけしか使えないから」
「あ?」
 とても人には言えないような、そして昼日中から考えるような内容ではないことで頭をいっぱいにし、げへへ、と笑い声を漏らしていた男鹿は、古市がやけにすがすがしい笑顔をしていることに気付き、嫌な予感が胸に広がる。
「多分ちゃんと理解してないと思うから言うけど、一日に一回だけしか使えない券なんだからな。一回使ったら、終わり」
「……一回使ったら終わり…ってことは……つまり…」
「多分お前のことだからエロいことに使おうと思ってんだろ? お前が服脱げって言ったら俺脱ぐよ。でも、そこで終わり」
「お、終わり? そこで終わりっ? お前ふざけんな、服脱がせただけで満足できるかッ!」
「でも一日一回だけ自由にしていい券だから、仕方ないだろ?」
 な、と微笑む古市に、いや…、と思わず男鹿は顔の前で手を振った。
「いやいやいや、意味が解らんよ、古市くん。仕方ないってなんだね?」
「仕方ないもんは仕方ないじゃん? しょーがねーじゃん、一日一回なんだもん」
「そんじゃ服脱がせただけで終わりってことかッ? ふざけんな!」
「ふざけてねーってばよ。エロいことに使おうとするからそーなるんだってばよ」
「うわっ、むかつくその口調! てか古市テメーそんなの全然プレゼントじゃねーだろっ! こんなのもらったって嬉しかねーぞっ!」
「あ、そんじゃそれ捨てる?」
「いや、使う。使うが…使うには使うが…っ!」
 だぁー、とベル坊が間延びした声を漏らし、古市を見上げる。頬をぺしぺしと叩かれた古市は、あーはいはい、とベル坊に笑みを向ける。
「そろそろお腹空いただろ、ベル坊。ごはんにしようなー」
「あいーっ」
 ご機嫌のベル坊を抱いて部屋を出て行こうとする古市に、思わず男鹿は一日一回だけ自由券を突き出す。
「ちょっと待てよ古市! 今の説明で納得できるかっ!」
「あ、これ使うの? 待てばいいのか?」
「えっ、いや違…っ…」
 ひょいと古市が男鹿の手から一日一回だけ自由券を抜き取ろうとするので、男鹿は慌てて飛び退いた。ヒルダも真っ青な飛び退きっぷりに、ベル坊も目を丸くしている。
 抜き取りそびれた一日一回だけ自由券を残念そうに眺めている。
「使わねーの?」
「まだ使わねーよっ! つか、一回だけって部分消せよ!」
「あ、それ使う? マジックで消してやるぞ」
「使わねーっつってんだろ! もっと大事な所で使うわっ!」
「あ、そう? つか男鹿、お前も飯食うだろ? オムライスにする? 炒飯にする? それともラーメン?」
 だぶだぶとご機嫌で歌うベル坊を抱いたまま、台所へ向かう古市の背に、思わず男鹿は好物の名前を口にする。
「オムライス」
「ん、解った」
 普段はオムライスを作れと言ってもめんどくさいと言って結局炒飯になるのに、珍しいことがある。やっぱ誕生日だから俺の好きなもん作ってくれんのかー。古市のオムライスなんて滅多に食えねぇから嬉しいけどできればフジノのコロッケも一緒に食いてぇな、今からひとっ走りしてくるからそれまで作るの待ってくれって言うかな…。
 ぐるぐると頭の中で昼食の算段をつけていた男鹿は、ハッと我に返り、階段を下りて行く古市の背中に叫んだ。
「おいっ、今のまさか自由券使ったことになんのかッ? ちょ、古市っ、古市ぃいいいいい!」
「ちょっと辰巳っ、うるさいわよっ! いくらたかちんが来てるからってもっと静かにしなさいっ!」
「うっせぇ、それどころじゃねぶはぁっ」
「誰に向かってそんな口効いてんのよっ!」
 思わず美咲に反論し鉄拳制裁を食らったらしい。台所へ入りながら、階上から聞こえる美咲の怒号と殴りつける音、そして情けない男鹿の声を聞きながら、古市はくくっと笑い声を漏らす。
「あいつ馬鹿だなぁ、ベル坊」
「だ」
「それにあんなに必死にならなくてもいいのになぁ、一日一回なんだから」
「だう」
 まったくだ、と小さな魔王様は頷いて見せる。その様子から小さな魔王様はきちんとプレゼントの一日一回だけ自由券の意味を理解しているようだ。
 一日一回だけ古市を自由にできる券は、一回使うと効力を失うが、一日一回だけなので、次の日になればまた効力は復活する。有効期限は書いていないのだから何度だって使えるけれど、男鹿はその部分に気付いておらず、一度使えばもう二度と使えないと思っているらしい。
 それに使いようによっては、男鹿の妄想するエロいこともできるのだ。
 これから俺の言うことに逆らうな、と言われれば、古市は逆らうことができなくなってしまうのだから、やりたいことをやればいい。
 けれど男鹿はそう言う方向には行かず、服を脱げだとか、足を広げろだとか、一個一個の要求に使おうとしているのだ。それじゃあ一回だけの券なんて何百枚あったって足りるわけがない。
 馬鹿な奴、と古市は笑う。
 どかんと男鹿家が揺れ、天井からぱらぱらと細かいほこりが落ちてくる。
「あらまた辰巳ったらお姉ちゃん怒らせたの?」
 台所では昼ご飯の準備をしていた男鹿母が天井から落ちてくるほこりを迷惑そうに払いながら笑っている。古市は肩を竦めてベル坊を椅子に座らせると、渡されたエプロンを身に着ける。たかちん、とアップリケの張り付けられたエプロンだ。
「また怒らせたみたいですよー。あ、おばさん、俺、オムライス作りますねー」
「あらありがと、助かるわー。それじゃ私、ちょっとフジノまで行ってくるわね。ベル坊も一緒に行く?」
「だぶっ」
 ベル坊がぶんぶんと首を横に振るのを見て、あらぁ、と男鹿母は残念そうにするが、ベル坊が冷蔵庫の前にいる古市を見ているのに気付くと、あらぁ、と納得したようにベル坊の頭を撫でた。
「そうね、たかちんのお手伝いしてあげてね」
「あいっ!」
 椅子の上にすちゃっと立ち上がったベル坊と古市に見送られ、男鹿母が台所を出て行くと、古市はやる気満々のベル坊を見下ろした。
「えーと…じゃあ、俺が卵割るから、ベル坊、混ぜてくれるか?」
「あいっ!」
「超うまいの作って、男鹿を喜ばせてやろうな」
「あいっ!」
 やる気満々のベル坊と古市は、階上から届く呻き声混じりの騒々しい破壊音を聞きながら、オムライスづくりに一生懸命になっていた。



一個上のおがたんとは別物のハピバ男鹿さん。
なんか勢いで書いちゃった。
こっちの方がラブ度高いかなーと思ったけど、そうでもなかったっすね。
やっぱナチュラルに夫婦です。ハピバ!