ふるにゃん、再び!





 ぽふんとすぐ側で小さな爆発音とともに煙が湧き上がり、煎餅をぼりぼり食べていた男鹿は、んんっ?と眉を寄せた。片手でプレステのコントローラを操作しながら、もう片方の手で湯呑を掴もうとしていたのだが、その手は湯呑ではないものに触れる。ふわっとした、暖かくて柔らかいものだ。
「あ?」
 なんだ?と眉間に皺を寄せた男鹿が振り返って見たものは、湯呑の側に茫然と座り込んでいる灰色の猫だ。アイスブルーの綺麗な瞳が真ん丸になって男鹿を見上げ、にゃあ、と小さく声を上げる。隣にいたはずの古市の姿はない。
「………ふるいち?」
 どこかで見た猫だと思いながらそう尋ねると、灰色の猫はふぅと溜息を吐き、なう、と項垂れる。またかよ、と言わんばかりのその態度に、男鹿はぱぁっと顔を輝かせた。
「うおー、ふるいちー!」
 コントローラを放り投げ両手でばっと猫を抱き上げる。嬉しさのあまり、よくベル坊にやるように、わっしょいわっしょいと放り投げたら、その灰色の猫は両手両足を突っ張り、みゃぁあああっ、と絶叫を上げて毛を逆立てる。腕の中に落ちてきた猫の背を宥めるように撫でれば、ふーふーと唸る灰色の猫は恨みがましい目で男鹿を睨み付けている。
 男鹿が一発で灰色の猫を古市と判断できたのは、何も愛故ではない。まぁ三割くらいは愛ゆえかもしれないけれど、残り七割は実体験故だ。男鹿は以前、ネコネコの飴とか言う魔界の飴を食べた古市が、灰色の猫になってしまった姿を見ているのだ。
 あの時は猫から人間に戻る薬が届くまで、古市は灰色の猫の姿のままでずっと男鹿家で暮らしていた。男鹿の膝の上に乗ったり、男鹿と一緒にお風呂に入ったり、男鹿の胸の上で丸くなって眠ったり、はたまた甘えるように男鹿の肩にすりすりと頬を摺り寄せたりと、猫万歳、と叫びたくなるような甘い時間だった。
 あの至福の時が再び…!と感無量で古市に頬ずりをすれば、あまりに激しく頬ずりしすぎたせいか、静電気がぱりぱりと起こる。ついでに爪を出した古市にばりっと頬を掻かれたが、その痛さもなんだか幸せに思える。すりすりと頬ずりをしていたら、たらりと滲む血を古市がぺろりと舐めてくれた。
「だー!」
 男鹿のベッドでお昼寝をしていたベル坊が目を覚まし、男鹿が抱きかかえている猫に気付くと大きな目をきらきらと輝かせ、ものすごいスピードで這い寄ってくる。
「あいだぶっ! だーっ!」
 男鹿の腕の中にいる古市に向けて両腕を伸ばすので、男鹿は渋々と猫の姿をした古市をベル坊の前へおろしてやった。古市は、なう、と可愛らしい声を上げて、ベル坊の裸の膝小僧に額を摺り寄せる。それからベル坊のぷにぷにの太腿に足をかけ、ざらりと頬を舐めると、ベル坊は感極まったように、両手を握り拳にしてぷるぷると首を振った。ほっぺが赤くなっているので、非常に興奮しているようだ。
「あいだぶーっ! あいーっ!」
 ベル坊のちっちゃな両手が古市のやっぱりちっちゃな身体をぎゅうっと抱きしめる。
「おい、握りつぶすなよ」
 思わずそう声をかけてしまうが、ベル坊は古市をぎゅうっと抱っこして激しく頬ずりをしている。そう言えば猫になってしまった古市はベル坊のお気に入りでもあったのだ。灰色の毛並がもけもけと逆立つほど激しく頬ずりをされ、古市の目が糸のように細くなっている。
「おい、ベル坊。あんまりひどくすると引っかかれるぞ」
 引っかかれて泣きだして電撃を食らうのも嫌だが、ヒルダに嫌味を言われる方がもっと嫌だ。ひやりとしてそう忠告するが、ベル坊の頬ずりは止まらない。灰色の身体を撫で繰り回して頬ずりをして、ぎゅうぎゅう抱きしめて、激しい愛情表現にそろそろ古市の堪忍袋の緒も切れそうなものだが、なぜだか、古市はじっと耐え忍んでいる。それだけじゃない。心なしか満足そうな顔にも見える。
「おい……」
 男鹿は思わず目を据わらせた。
「……なんでお前、ベル坊相手だと引っかかねーんだよ」
 むぅと口を曲げる男鹿に、古市が片目を開き、みゃっ、と鳴き声を上げる。
 ばかめ、と言われたようで男鹿は更にムッとする。
「ベル坊ばっかりずりぃ! 俺だってすりすりしてぇのに!」
 眉間に皺を寄せ、精一杯の苛立ちを込めて古市を睨み付けていると、ふー…、と古市は猫の癖に長い長い溜息を吐いた。それから激しい頬ずりを続けるベル坊の顔に、たしっと弱い猫パンチをぶつける。ベル坊が、あいっ、と目を丸くすると、たしたしっ、と続けざまに猫パンチを食らわせ、みーっ、とか細く鳴いた。
 ベル坊が首を傾げてぎゅうぎゅうに抱きしめていた古市を離すと、古市はぶるっと灰色の身体を振るう。気持ちよさそうに伸びをして、右前足と左後足をぴんと伸ばし、今度は左前足と右後足をぴんっと伸ばす。それからお尻を高くし前足を伸ばし、ぐーっと尻尾を高々と掲げる。以前もよく目にした猫体操だ。
 床に座っていた男鹿が、ベッドに顔を預けるようにしてそれを眺めていると、古市はもう一度ぶるっと身体を振るった後、よたよたと男鹿の顔の側にやってくる。
 なんだよ謝る気になったのかよ、と男鹿がむぅと口を曲げると、古市は灰色の身体の側面をどすっと男鹿の顔面にもたれさせた。そしてすりすりと身体を擦り付ける。
 顔中に古市の灰色の毛が触れ、こそばゆいような痒いような微妙な気分だ。それに鼻と口を塞がれ息苦しい。
 ごろごろと古市が喉を鳴らしている。なぁうにゃー、と問われ、うん…、と男鹿は微妙な気分で頷いた。口を開くと灰色の毛が口の中に入ってくるので、腹話術のように唇を閉ざしたまま唸るように答える。
「………満足、だと思います…」
 本当は、こう…抱きしめて、それから頬ずりをするような、そんなアレを期待していたのだが、なんとも、やっぱり、古市は古市だ。すりすりもふもふの男鹿の希望は叶えられたが、なんとなく残念なもふもふだ。
 けれどもうもふもふタイムはいらないなどと男鹿に言えるはずもなく、男鹿はごろごろと喉を鳴らしながら擦り寄る古市の小さな身体をひたすら顔面で受け止めていた。





ふるにゃんをもふもふする男鹿くん!!
倉坂さんへ!! リクエストありがとうございましたー!
もふるにゃんw