貪るように甘く、弄るように優しく


 トン、と肩を押され、古市の身体は簡単に崩れ落ちた。
 すでに甘く攻めたてられぐずぐずになった身体に力は入らず、支えがなければ膝立ちすらもできないような状態だったので、押され、背中が床についた時には、もう足を踏ん張らなくても倒れることがないのだとうい安堵感と、これ以上ないというほど火照った肌に触れる冷たい床の感触にホッと息を吐いたほどだった。
 己の放ったものと男鹿の唾液の入り混じったものが、重力に従いぬるりと足の間を伝い、尻の狭間へと落ちていく。その感触にぞくりと肌があわ立ち、身体の中をぬるい電気が走る。思わずじわりとこすり合わせた膝頭に、『自然治癒力』と書いたTシャツを脱いでいた男鹿がふっと笑う。
 その笑みの中に男臭さだとか優しさだとかいとしさだとかを嗅ぎ取り、古市は余計にたまらない気分になった。
 下着をジーンズと一緒に脱ぎ落とし、男鹿が近付いてくる。
 床の上に仰臥し、濡れた身体を隠しもしない古市の膝を割り開き、のしかかってくる。
 重ねた身体の間には猛ったものがあり、すでに一度達し濡れそぼつ古市ものにゆっくりと擦りあわされる。ぬるりぬるりと捏ねるように擦り合わされ、古市のものも力を取り戻す。熱いそれに、はぁと息を吐くと、その息を飲むように男鹿が唇を寄せてきた。
「ふるいち」
 欲望に掠れた声で名を呼ばれ、古市は目を閉じ口を開く。すぐに重ねあわされた唇と舌とが古市を追い立てていくと思っていたのに、いつまでたっても唇が重ならない。
「おが?」
 うっすらと目を開くと、存外近いところに男鹿の顔があり、古市は目を丸くした。驚いている古市の額に額をつけ、男鹿が拗ねたように言う。
「目ぇ閉じんなよ、古市」
「うん?」
「目ぇ閉じんな」
 ぐりぐりと額を押し付けられ、古市は顔を顰めた。額に込められる力が痛いし、男鹿の黒い髪がちくちく目に刺さる。
「なんでだよ」
「古市の目が好きなんだよ。あ、違うな。古市の目も好きだ。他もいっぱい好きだけど」
 ちゅっと音を立てて唇が触れ、古市はかぁと頬に血が上るのを感じた。
「他って? どこだよ?」
 顔赤い、と男鹿が笑い、こめかみに唇が触れる。お前も赤い、と古市は言って、男鹿の顎に噛み付くようにキスをした。くすぐってぇ、と笑う男鹿が高ぶった互いを擦り合わせながら、古市の尻の奥へと手を伸ばす。互いの先走りが垂れ、濡れそぼつそこに押し込まれた指が、ぐちぐちと音を立てる。
「顔とか」
「顔かよ」
「頭いーとこも好きだぞ。ちょっと惜しいとこも」
「惜しいってなんだよ。俺は惜しくなんかねぇって」
「髪も、身体も好きだ。やーらかくて甘ぇし。全部喰いてぇ」
 かぷっと肩口に噛みつかれ、古市はきゅっと肩を竦ませる。肩を噛まれたこともそうだけれど、男鹿に好きと言われると、どうしてもたまらない気分になる。
「古市が古市だから好きだ」
 男鹿は率直で、言葉を選ばずそれが時としていざこざに発展することもあるけれど、男鹿の言葉の大半は古市を心地よくさせる。
「あっ、ひ、あっ」
 古市の尻奥に差し込まれた男鹿の指が、古市を余計にたまらなくする場所を探る。背筋が震えるような快楽を沸き起こす。
 セックスをするようになってからもう何年たつか解らない。それだけ長い間繰り返したセックスで男鹿にも古市の良い場所は解っている。中指で探り、肉筒が慣れた頃を見計らって指を増やす。古市同様にかたくななその穴が、三本まで入るようになったら男鹿のものを入れてもいい。
 言葉にしたことはなかったが、いつの間にか二人の間に敷かれていた取り決めは、いつも順応に守られている。男鹿は自分がどれほど辛かろうとも我慢をする。最初があまりにもひどすぎて比べ物にもならないが、初めてのセックスを除き、それ以降のセックスで男鹿が無理強いをしたことはない。
「んっ、あ、あ……きもちい…っ…」
 ぐちゅぐちゅと音と粘液が男鹿の指の間から溢れ出る。散々に注ぎ込んだローションが古市が力を込めるたびに溢れ出てくるのだ。古市は腰を揺らし、自分から男鹿の足に高ぶったものを摺り寄せる。早く入れての合図に男鹿の喉がごくりと鳴った。
「入れるぞ」
 がちがちに硬くなった男鹿のものが、溶けきった入り口に押し当てられる。その熱にぞわっと古市の皮膚があわ立ち、少しずつ身体を割り開きながら入ってくる男鹿に背筋を突っ張らせた。
「あ、おが、おがぁ……や、ああっ」
 狭い肉筒を押し広げて入ってくる男鹿のものが沸き起こす快楽を少しでも散らしたくて、古市は遮二無二腕を伸ばす。男鹿の裸の肩に爪を立て、のしかかる背中にしがみつく。
 頬が破裂しそうに熱い。
 息ができなくてひくひくと喉を鳴らすと、すべてを収めきった男鹿が唇を寄せてくる。目を閉じようとして、男鹿に目が好きだといわれたことを思いだし、古市は近付く男鹿の目をまっすぐに見据えた。
 闇よりも濃い黒い目は、何を考えているのか解らないけれど、今、その目に映っているのは古市だけだ。
 男鹿が熱に浮かされたように、ふるいち、と呼ぶ。うん、と頷くと、唇が重なり、舌が絡み合う。古市には甘く感じる男鹿の唾液が口内に注ぎ込まれ、おぼれそうで飲み干すと身体がカッと燃え上がった。
「ん、んんーっ」
 男鹿がキスをしたまま動き始める。深く抱き合ったまま、古市はできる限り大きく足を開き、男鹿は大きく腰を揺する。ぐちぐちと溢れるローションに床が濡れる。そのせいで古市の尻がすべる。ちょっと待て、と男鹿に抱えなおされ、ことさら深く一息に押し込まれた。
「あ、あぁああーっ!」
 最奥まで押し込まれる熱に、古市の身体はぶるぶると震えながら飲み込めなかった快楽を昇華しようと埒を放つ。勢い良く精を吐くそれに男鹿の指が絡み、搾り取るように擦り上げられる。古市がぶるぶると身体を震わせ、涙目で男鹿を見上げる。
「あ、だめ、だめ、おがっ、それだめ…っ!」
「なんで。きもちいーだろ」
「きもちよすぎてだめだ。だめだってば!」
「きもちいーならいーじゃんか」
「だめだってば! あ、あ、あ、またいく、またいくっ…!」
 射精する古市の性器を擦る男鹿の手の中で、古市がまた身を震わせる。がくがくと揺らしながら先ほどより薄まった精液を吐き出す様に、男鹿の方が我慢できなくなった。
「やっ、おが、だめ、動くなっ、あ、ああっ」
 古市が射精する様を眼下に、男鹿は古市の性器をいじっていた手で古市の足を更に大きく開かせる。腰を抱え上げ、入るぎりぎりまで身体を押し入れ、抜け落ちる寸前まで身体を引く。古市は射精の最中に与えられる更なる快感に、首を振り喉を喘がせている。
「ひっ、んんっ、あ、ぁあっ、ま、また出…っ…」
「あー…きもちいー…。いきそーだぞ、古市」
「あっ、いって……いって、おが、出して…っ」
 顔を真っ赤にして目じりにびっしょりと涙を浮かせ、飲み下せなかった唾液を口の端から溢れさせた古市が、一心に男鹿を見上げて、いけと言う。ぞくりと下半身を襲う熱に、男鹿は古市を抱え込み、その奥にすべての熱を叩きつけた。
「くっ…う…っ」
「あーっ、あ、あ……は……」
 どくどくと注ぎ込まれる男鹿の精液に、古市が眉を寄せている。それは男鹿の目には煽る表情にしか見えない。ほぅと吐かれた吐息はセックスが終わった後の虚脱の溜息だったのだろうが、男鹿はそれにすらも煽られた。吐き出したばかりで萎えているはずのものが、むくりと芯を持つ。体内に納めたそれの変化に古市が、ん、と眉を寄せ、不穏な気配に顔を顰める。
「男鹿…お前、なんかまた硬くなってねぇ…?」
「おう。みたいだな」
「みたいだな、じゃねぇよ! 今出したばっかだろーが!」
「言っとくが、悪いのはお前だからな、古市」
「何がだ! 何で俺のせいなんだよ! テメーはどんだけ性欲強ぇーんだ!」
「お前が色っぽいのが悪い」
「んなの知るか…ぁあっ」
 ずるりと身を引き、ぐっと押し込むと、古市が頭を反らす。さらけ出された喉元に噛み付き、強く吸って痕を残す。シャツを着てもネクタイを締めても絶対に隠れない場所にももうひとつキスマークをつける。
「あっ、ひ…っ、あ、あんっ」
 そうしながら古市の弱い場所を突いているというのに、古市の性器の反応はいまいちだ。んー、と男鹿は首を傾げ、半勃ちのそれに指を絡めた。
「古市、完勃ちしてねーぞ」
「あ、あ、あたりまえっ…だろーがぁ…っ!」
 ゆるく握りこむととろとろと先走りをこぼすそれが僅かに硬くなる。
「俺とすんの、嫌なのか?」
 だったら嫌だな、と男鹿は手の中のものを握りこみ、先走りを溢れさせる先端を親指でくるりと撫でる。
「違うわ、馬鹿っ!」
 古市は顔を真っ赤にしながらもやけっぱちのように叫んだ。
「どんだけ出したと思ってんだ! 打ち止めだ!」
 なんだ、違うのか、と男鹿は笑う。
「俺はまだ一回しか出してねぇぞ。だからあと三回はやれる」
 な、と笑って男鹿がキスをすると、古市はぞっとしたように顔を引きつらせて、首をゆるく横へ振る。無理ムリ絶対むり、勘弁して、と泣きそうな顔をしているのが可愛くて、男鹿は収めたものを動かし始めた。
 古市は少しの刺激にも大きく反応し、びくびくと身体を感電しているように震わせ、男鹿にしがみついてくる。首に回された腕が、男鹿が腰を突き入れるたびにぎゅっと締まり、耳元で熱く湿った吐息が、おがぁ、と甘えた声を漏らす。
 男鹿はたまらなくなって、二回目は早く終わらせてやろう、と古市の腰を抱え上げた。がつがつと強い力で揺さぶると、古市が顔を真っ赤にして髪を振り乱す。
「だめ、やだ…っ、おが、やだぁっ…もうやだっ」
「すぐ終わらせっから…」
 宥めるように頬を舐め、キスをして、男鹿は気持ちい古市の中に身を浸す。
 古市の目からはぽろぽろと涙がこぼれていて、それを舐めるとしょっぱいはずなのにやけに甘く感じた。
「もう出ねぇもん…、もう無理っ、あ、あぁあんっ」
 泣きながら男鹿の肩をぶつ古市の手に力は篭っていない。過ぎた快楽に身を置く古市は、色っぽくてたまらない気分に男鹿をさせるけれど、こぼれる涙が男鹿を落ち着かなくさせる。
「ごめん、すぐ出すし」
 あと三回はやれると思った男鹿だったが、さすがに古市を泣かせてまではしたくない。昔から古市の涙にだけは弱いのだ。古市が泣いているとどうしていいか男鹿には解らなくなる。
「あ、あ、だめだめだめ…っ、おが、だめ…っ…」
 早く終わらせてやろうと腰を動かし、せめて気持ちよくさせてやろうと古市の半勃ちの性器を撫でると古市の力ない手が男鹿の手を掴んで止めようとする。擦りすぎてイテーのか、と考えた男鹿が、それならと古市の淡い色をした乳首をつまみあげたその時、古市の身体が突然びくびくっと跳ね上がった。
「ひっ、んあ、あっあぁああーっ」
 カッと目を見開き、硬直した古市の身体がぶるぶると震えている。肉筒が男鹿を一番奥でとどめようとぎゅうっと収縮し、男鹿はあまりの気持ちよさに呻き声とともに射精していた。
「あ、あ……はぁ…」
 どくどくと古市の奥へ精液を注ぎ込む。上がった息を落ち着かせようとして、男鹿は古市の様子がおかしいことに気付いた。呆然とした様子で目を見開き、ひくひくと喉を喘がせている。
「おい、ふるいち?」
 ぺちと頬を叩くと、うあ、と古市が目を瞬いた。
「だいじょーぶか?」
 焦点の合っていなかった目が男鹿を認め、びっくりした、とやけにあどけない声で呟いた。
「いまの、なに?」
「何が?」
 古市が何を言っているのか解らず、眉を寄せた男鹿に古市がまだ呆然とした様子で瞬きを繰り返す。
「なんか…すごかった……んだけど…」
 まだぞくぞくする、と二の腕を擦る古市が困ったような表情だ。
「なんか、解んねーけど……なんか、すごかった。死ぬかと思った。気持ちよすぎて」
 いつも理路整然とした古市らしからぬ言葉に、古市が受けた衝撃がどんなものかが図り知れる。だが男鹿はそれよりも、古市の舌ったらずな説明に思い当たる節があり、あ、あれか、と笑った。
「古市、それ、ドライオーガズムっていうらしいぞ」
「ドライ……って、あれか…出さずにいくってあれか…? あー、夏目先輩がなんか昔言ってた気がする……ってあれがあれ? マジで?」
「おー、多分な」
 古市の中は気持ちよくて、ずっと収めていたいがそうすると際限なく高ぶってきそうなので、男鹿は抜くぞと宣言してから身を引いた。
「んぅ…」
 ずるりと男鹿が抜け出る感触に、古市は眉を寄せて耐える。散々注ぎ込まれた男鹿の精液と溶け切ったローションがどろどろと溢れ出し、床に卑猥な水溜りを作る。濡れた感触が気持ち悪く、古市は起き上がろうとしたが、身体に力が入らない。もがいていると、男鹿があきれたような顔をして、なにやってんだ、と引き起こしてくれた。
「腰抜けたー…」
 ふえー、と泣き声のような溜息を吐く古市を男鹿はひょいといとも容易く抱え上げる。いわゆるお姫様抱っこだが、セックスの後で虚脱した身体には抗う力など残っていない。いつものパターンで風呂場へ連れて行かれ、精液やらローションやらでどろどろになった身体をざっとシャワーで流される。セックスの後の至れりつくせりのこの状況が恥ずかしいと思うよりも心地よく思うようになった。甘やかされて愛されていると思うせいだろうか。
 それだけ一緒にいるってことだよなー、と思いながら、古市は意外な丁寧さで古市の髪を洗う男鹿の手に身を委ねる。
 そのまま一緒に湯船に浸かり、ふぃー、と溜息を吐く。後ろから抱え込む男鹿の胸に背を預け、濡れた頭をも預ければ、男鹿の手がわさわさと胸の辺りを這い、よからぬことを仕掛けようとするので、古市はそれをぺちっと叩いた。
「もうやんねーぞ」
「俺はあと二回はやれる」
 むぅと口を曲げている顔が振り返らずとも想像でき、古市はくくっと笑い声を漏らす。
 後で口でやってやると言えば男鹿はどんな顔をするだろうか。
 古市はまたもや胸の辺りを這い始めた手を掴み噛み付いた。勿論本気ではないから、イテーよ、と言いつつも男鹿の声はさほど真剣でもない。そんな男鹿を振り返り、んー?と呑気な顔をしている男鹿の耳たぶに噛み付き、古市は甘い声で囁いた。


いやもうただひたすらに、だめだめ言ってる古市が書きたかっただけなんだ…。
エロはあんまし得意ではないので、もっと濃厚なエロを書ける人になりたいです。
事後ですが(本当にな)、イメージ的に25歳くらいなおがふるでした。十年後。うーん、多分25になっても35になってもおがふるはおがふるなんだろうな。
でもってベル坊の成長が楽しみである。いい男になって古市を狙って男鹿を動揺させるんだ!←どんな期待や。