もっとずっと甘やかして



 古市がぎゃあぎゃあと煩く騒ぐので仕方なく邦枝を家まで送り届けた帰り道、アランドロンとヒルダを後ろに従え、古市の隣を歩きながら、散々だった、と男鹿は溜息を吐いた。
 折角の休みなので古市と遊びに出かけようと古市宅へ出向けば、すでに出かけた後だと言い、俺に黙って出かけるなんて古市のくせに生意気な、と思っていれば目の前にアランドロンが現れたのだ。問答無用で腹の中に吸い込まれ、ペッと吐き出された先は石矢魔ランドだ。
 アランドロンで無理矢理に連れてこられるのは大抵が古市なので今まで何とも思っていなかったのだが、唐突に、何の説明もなく次元転送されると確かに腹が立つ。しかも吐き出される時に頭をぶつけた。
 イテーなぁ、とぶつけた頭を摩りながら顔を上げると、そこには男鹿に黙って出かけたはずの古市がカズや梓と一緒にいた。
 小学校の遠足以来来たことのない地元の遊園地で何やってんだ、と思わず問いかけると、トリプルデートだとアランドロンに説明された。
 アランドロンによると、カズと梓、男鹿と邦枝、古市とアランドロンの組み合わせでトリプルデートらしい。
 はあぁあ、と男鹿は顔を顰める。
「トリプルデートって……組み合わせおかしいだろ…」
 思わずぼやくと、横にいた邦枝がええっと目を見開く。それ大した注意も払わず、男鹿は肩越しに、なぁ、とベル坊に声をかけた。ベル坊も神妙な顔でダァと頷く。
「つ、つまりどういう組み合わせが正しいと思うの? その、男鹿的には?」
 邦枝が頬を赤くしてわずかに身を寄せてくる。アランドロンの横に立ちこちらを見ていた古市がむっと口を引き結ぶのを見て、男鹿は、おもしれぇ、とにやりと笑った。
 無表情を装っているつもりだろうが、付き合いの長い男鹿にはモロバレだ。
 古市は今、男鹿の方へと少しばかり身を寄せた邦枝にイラッとしているしむっとしている。嫉妬しているのだ。
 女の子大好きで女の子が一番、男鹿なんて女の子の次の次の次の次の次の次の次くらいにしか気にしていないんだからなっ、と日々主張する古市だが、あれで存外嫉妬深いのだ。
 しかも独占欲が強いので、ベル坊を受け入れるのにも時間がかかった。
 拾っちゃったもんはしょーがねーよなー、と笑ってはいたけれど、最初の頃はベル坊を抱っこもしなかったし、つぶらな瞳でじーっと見られていてもかたくなに無視をしていたのだ。
 俺は関係ない、男鹿の問題だろ、とヒルダからも視線を逸らしていた。
 受け入れてしまえば古市は男鹿が嫉妬するくらいベル坊を大事にしているけれど、当時はベル坊がぐずっていようが何かを古市に要求していようがまるで関係ない顔をしていた。
 邦枝が自分に対しそういう面倒臭い気持ちを抱いていることには薄々察している男鹿だが、鈍感なふりをしてかわしてきたのは古市のためだ。男鹿が恋愛に疎いと思い込んで古市は安心しているので、邦枝に告白をされでもしたら面倒だ。まず断ることは間違いないけれど、告白をされたと言う事実に古市はきぃいいっとなるだろうし、そのことであれこれ気を病むに決まっている。女の子の方がやっぱりいいんじゃないかとか邦枝先輩なら男鹿にぴったりだよとか心にもないことを言い出すに決まっているのだ。本当に、面倒臭い。
 それを回避するために邦枝からの熱っぽい視線を無視してきた男鹿だったが、今日この時ばかりはそれを少しばかり曲げることにした。
 歯軋りせんばかりに睨み付けてくる古市を少しからかってやりたいと思ったのだ。
 だって折角の休みで、折角男鹿がデートに誘おうと思ってわざわざ古市の家にまで出向いたのに、古市は男鹿に黙ってダブルデートに出かけていた。アランドロンに無理矢理連れ出されたにしても、石矢魔ランドに入ったのは結局は古市の意志だ。
 苛めても罰は当たるまい。
 そんな気持ちで、いや…、と男鹿は肩を竦めた。
「まぁ、別に間違ってもねーかな」
 なぁ、と再びベル坊に声をかけると、ベル坊は、あだー?と首を傾げる。
 え、マジで、と言わんばかりの態度だが、そーだよなー、と男鹿は手を伸ばしてがしがしとベル坊の頭を撫でた。
 エッと邦枝が頬を染め、古市がひくっと頬を引きつらせている。
 気付いてはいたけれど、気付いてないふりで男鹿は傍らの邦枝に声をかけた。
「なんか赤ん坊が乗れるアトラクションとかねーのかよ。こいつ絶対に乗りたがるし」
「えっ、あ、そ、そうね…っ、えーとこないだ光太と来た時には……」
「光太?」
 あれなんかどっかで聞いたことある名前だな、と眉を寄せると、ああああ違うのっ、と邦枝は妙に大慌てしている。
「親戚の子っ! 親戚の子を連れてきたのよっ! ええとっ、そう! あっちにごはんくんの乗り物があったわよ! 子ども用のやつ!」
 ごはんくんと聞いてベル坊が、ダーッと雄叫びを上げる。
「あーじゃあそれ行くか」
 行こうぜ、と誰にともなく声をかけると、思惑通り邦枝が甲高い声で、えええええいいいいいいきましょうっ、と叫ぶ。
 ごはんくんの乗り物に乗っている最中、邦枝が側のフェンスで何かを話しかけてきてはいたが、適当に返事をしつつ男鹿の意識は古市の方へ向いている。古市はぎりぎりと歯軋りをしながらこちらを睨み付けていて、男鹿は笑いそうになるのを堪えるので必死だった。
 それから先は取り繕うのも面倒になったのか、それとも抱える嫉妬に理性が負けたのか、古市はじわじわと距離を詰めてきた。
 焔王一行が現れてジェットコースターに移動する間も、ジェットコースターに乗っている間も、果てはお化け屋敷に入るその時まで、古市は男鹿の隣をキープし続け、邦枝のとの間に割って入ることもあったくらいだ。
 男鹿としては思惑通り古市に嫉妬させることができて満足だったのだが、やはりドタバタと騒がしく遊園地を楽しんだ気にはまるでなれなかった。しかも帰りがけに焔王のメイドの一人、眼鏡メイドがわけの解らない輩が来るかも知れないと言っていて余計な騒動が起こる気配がひしひしと伝わってきた。
 男鹿は確かに喧嘩は好きだが、余計な騒動は嫌いだ。
 本音を言えばこんな風に遊園地に出かけるのも面倒だと思っているので、できれば家でのんびりとゲームをしていたい。古市と一緒にまったり過ごしていたい。
 そんな気持ちを抱きながら邦枝を家に送り届け、薄暗い道を歩きながら帰路につく。何も言わず男鹿家へ向かっているが、多分古市は泊まっていくだろう。明日も休みだし、今度こそまったりと過ごしたい。
 くあ、と欠伸をし、男鹿は髪をかきみだした。
「あー…また面倒臭ぇことになりそーだな…」
 そうだな、と古市が小さく頷く。普段ならその後あれやこれやと対策を練ったり、日中の男鹿の失敗を持ち出しては明るく笑ったりするのに、古市は黙りこくったままだ。
「……古市?」
 どうした、と顔を向けると、古市はきゅっと唇を噛みしめたまままっすぐ前を見据えている。その横顔は薄闇の中で見づらかったけれど、確かに、傷付いた色があった。
 それはヒルダが家に居候を始めた当初、よく古市が浮かべていた表情で、男鹿だからこそ気付くような些細なものだった。けれどそれを見逃すと取り返しのつかないことを男鹿は経験上知っている。
 古市は人に感情を読ませない分、内側にいろいろなものを溜め込み、余計なことを考える。ヒルダの方が男鹿に相応しいんじゃないかとか、おばさんやおじさんも孫ができて喜んでるよなとか、そういうことだ。
 爆発した古市の感情を宥めるのがどれだけ大変だったか、思い返すのも嫌なくらいだ。
 男鹿はひやりと肝を冷やす。
 多分、やりすぎた。
 古市に嫉妬させたい余り、石矢魔ランドで邦枝を構いすぎたのだ。
 ふー、と男鹿は深く息を吐く。早めに気付いて良かったと思うべきだ。
 嫉妬深くて疑り深く、吐き出す言葉の割には自分にまるで自信がないくせに、こうと決めたことは自分がどれだけ傷付こうともやり通そうとする強い意志を持つ古市を恋人にして、恋人の心の機微を知るのは重要だ。気付いた俺は偉い、と己を褒める。
 気付いたからにはこれからは思い切り古市を甘やかしてやる。
 邦枝のご機嫌を取るよりも、古市をべたべたに甘やかしている方が重要だし楽しい。
 辺りをさりげなく見渡し、後ろにいる悪魔以外人気がないこと、もうすっかり夜になった道は街灯が少なくよく見えないことを確認すると、傍らを無言で歩く古市の手をするりと掴んだ。びくっと震えた手を逃すまいと力を込め、指の一本一本をがっちりと絡め取る。
 後ろでヒルダが目を潜め、アランドロンが、あらやだ、と頬を染めている。
「男鹿」
 離せよ、と古市が抗うが、離してなどやるものか。
「あー今日は散々だったなー。疲れたし、全然遊べなかったし」
「………邦枝先輩と、楽しそうにしてたじゃん…」
 古市の暗い声に、ああ、と男鹿は笑う。
「あいつがベル坊のこと、悪魔だって解ってくれて助かるよな。ベル坊の兄貴のこともあるしさ、古市が一人でいろいろ考えなくてよくなるだろ」
「……それはそうだけど、でも……」
 歯切れ悪くもそもそと答える古市に、ああそうか、と男鹿は思い当る。
 ベル坊が来てなんだかんだと騒動に巻き込まれ、それでも古市は男鹿の側にいて男鹿のためにいろいろやってきた。知恵を絞り、時には自宅を半壊させられ、魔界にまで連れて行かれてもまだ古市は男鹿から離れない。何も知らない世間の目から男鹿を守ろうと画策し、言葉巧みに周りを騙し込んでくれる。
 それは古市の役割だと、男鹿も思っていたし古市も思っていた。
 邦枝が事情を知ったからと言ってその役割を、古市は少したりとも邦枝に譲るつもりはないのだ。
「ま、俺はお前がいればそれでいいけどな」
 はんっとヒルダが鼻で笑い、アランドロンがキャッと小さく歓声を上げている。鬱陶しい悪魔たちは意識の外に放り出しておきたいけれど、古市が気にするので男鹿は先手を打った。
「お前ら先帰ってろよ」
 肩越しに振り返って言うと、ヒルダはひょいと肩を竦め、なるほどこれからいちゃいちゃタイムか、と呟いて姿を消す。上空に気配が移ったので見やれば、電柱の上をぽんぽんと軽い足取りで飛び移っていく。どうでもいいがパンツ見えてるのは気にならないのだろうか。アランドロンもいつの間にか消え、道には男鹿と古市とベル坊が残される。
 まだ浮かない表情をする古市に身を寄せ、男鹿は繋いだ手に力を込めた。
「今日全然遊べなかったからよー、明日もっかい出かけね?」
 今度は二人で、と暗に匂わせると、古市は少し和らいだ表情で男鹿を見上げた。
「マジで? 珍しいなお前がそんなこと思うなんて」
 ほのかに浮かんだ微笑に、古市のご機嫌を取るための選択肢は間違っていなかった、と男鹿は安堵の息をこっそりと漏らす。
「ジェットコースターとかあんま乗れなかったしな。なんだ、ほら、あれだ、消化不良?」
「…不完全燃焼、な。あながち間違ってはいねーとこがアレだけど…。いいけど、どこに出かけんだよ。また石矢魔ランドは嫌だぞ」
 お化け屋敷壊れてるし、と古市は眉間に皺を寄せる。男鹿はその時にぱっと思いついた場所を口に出した。
「あの眼鏡メイドが言ってたとこでいーじゃねーか。千葉にあるとかって言ってたのってネズミーランドだろ?」
「マジで?」
 ぱぁっと今度こそ本当に古市の顔が明るく輝く。
「え、ネズミーランド行きてーの? 男鹿が?」
「おー。なんか小学校の頃に、お前んちと一緒に旅行で行ったっきりだし遠いけどアランドロンに送り迎えさせりゃいーだろ」
「じゃあパレード見て帰る? すげーんだぜ、今、ハロウィンのやってるんだ! 雑誌でやってたし、テレビでも特集組んでてさぁ、俺、一回行きてーと思ってたんだよ」
「パレードっつーか、ラストまでいればいいんじゃね? どうせアランドロンだし、移動時間考えなくていーし」
「じゃあさじゃあさ、コンビニでチケット買ってこーぜ! 帰り道、ちょっと遠回りだけどいいよな?」
 古市は夜目にも解るほど目をキラキラと輝かせて笑い、男鹿の手をくいっと引く。ついさきほどまでとは打って変わった弾む足取りで、ネズミーランド、ネズミーランド、と妙な節回しで歌っている。
 古市の明るい気持ちに当てられたのか、男鹿の頭によじ登ったベル坊も、ダッダダー、ダッダダー、と調子っぱずれの歌を歌っていた。
「お、ベル坊も嬉しいんだ?」
「ダーッ!」
「だよなー、ネズミーランドだもんな! 何に乗ろっかなー。あっ、それよか隠しネズミー探そうぜ。園内に一杯あるらしいぜ。ネズミーの形の何か」
「何かってなんだよ」
 ぎゅうっと男鹿の手を握りしめる古市の手が、うきうきした古市の気分を伝えてくる。男鹿は知らず緩む頬をそのままにしながら、コンビニへ向かう古市の横顔をこっそりと盗み見る。
「何かって何かだよ。割と有名なのは、タイヤの跡がネズミーとか、塀に積み上げてある石の形がネズミーとか」
「そんなの見つけらんねーだろ。いくつあるか解んのかよ」
「解んねーから探すんじゃん。ちょっとしたときにアッて気付くのが楽しいんだよ。解ってねーな男鹿は。なぁベル坊」
「ダーッ!」
 よっしゃ明日はネズミーっ、と古市はベル坊とハイタッチをしている。
 男鹿に比べれば華奢な手がちっちゃな手とぱちんと触れ合うのを見て、男鹿は指を絡め繋いだ手を強く握りしめた。
 古市がちらりと男鹿を見て笑う。
 古市の手にもしっかりと力が籠められ、ぎゅうぎゅうと痛いくらい手を握り合いながら、男鹿は衝動のままに古市の頬にキスをする。
「なにすんだ」
 むっと眉間に皺を寄せる古市が、こんなとこでやめろよな、と言いながら前を向いてしまったけれど、その頬が、耳が、真っ赤になっていることに男鹿は気付く。
 しばらくは黙って歩いていた古市だったが、ふいに振り返り、明日楽しみだな、と男鹿の大好きな明るい顔で笑う。おー、と返事をする男鹿に向ける目は優しく愛しく何の憂いもなく輝いている。帰ったらキスすっからな、と宣言すると、頬を真っ赤にした古市は、それでも、おー、と頷き、男鹿は繋いだ手と同じほどに温かい気持ちが胸に灯るのを心地良く感じていた。
 



嫉妬満載古市。実は嫉妬深い古市って大好き。男鹿に近付く女の子なんて大嫌いだと内心で思ってながらも表面ではにこにこしてるタイプの古市が好きです。
腹黒タイプ? ま、あっけらかーんと笑ってるのも好きなんですけどね!