おがふる的職業カタログ
モンハン編 ※MHP2Gです。


 がたんどたんばたん、と戸口から、正確には隣室から聞こえてきた音に、かまどの前に陣取ってことことと煮えるスープを見下ろしていた古市はぴんと耳を上げた。大きな目を見開いて隣の部屋と隔てる暖簾が上がるのを待つ。
 ほどなくして、がしゃがしゃと規則的に金属の音がして、すぐにそれはぺたぺたと裸足で床を歩く音に変わる。その足音はこちらの厨房ではない方へ向かったから、多分、水浴びに行ったのだろう。
 旦那さんが帰ってきたのだ。
 すんすんと鼻を動かして隣室からの匂いをかぎ取ろうとする。
 なんだか妙な匂いがする。獣の血と、それから、金属と、それから、嗅いだことのない不思議な匂いだ。
 なんだろう、と古市はそわそわとスープをかきまぜた。
 キッチンアイルーは旦那さんのお部屋の方に行ってはいけないし、食材を調達しに出かけるときも、勝手口を使う。こっそり暖簾の下から隣室を覗き込んでも怒られはしないけれど、でもキッチンアイルーとしてのプライドが許さない。
 キッチンアイルーは厨房を守ってこそ、厨房のことだけに集中してこそのキッチンアイルーだ。隣室のことなんて気にしてはいけないのだ。
 古市は耳をぴくぴく動かしながらも、厨房をざっと見渡した。
 よく掃除が行き届き、旦那さんがご飯を食べる場所のクッションは、旦那さんが出かけている間にちゃんと干しておいたからふかふかだ。ひよこがぴよぴよ元気いっぱいに走り回っていて、病気をしているひよこなんていないし、吊るしている野菜に傷んだものはない。
 程よく煮込んだスープにはたっぷり野菜が入っていて、旦那さんの健康のこともちゃんと考えている。
 旦那さんは食べたいものをリクエストしてくるけれど、スープだけは古市の好きにさせてくれる。何日も煮込んだスープをおいしいぞと笑って褒めてくれると、それだけで幸せになれるのだ。
 思わず鼻歌が出てしまい、古市はほっぺを赤くした。
 今日はヨーグルトもできたから、食後のデザートに果物を添えて出そう、といそいそと足元の貯蔵庫を覗く。ポッケ農場の万年氷を詰め込んだ貯蔵庫にはきんきんに冷やしたオレンジとブドウがあった。これでいいか、と引っ張り出そうとしていると、ばさっと厨房の暖簾が捲り上げられる。
「おーい古市、帰ったぞー」
「だ、旦那さん、おかえりだにゃ!」
 慌ててぴょこんとかまどの上に飛び上がると、何してたんだ、と旦那さんが笑う。
「貯蔵庫を見てたにゃー。旦那さんは何してたにゃ?」
 すぐに厨房にこなかったにゃ…、と小さく付け加えると、旦那さんは濡れた髪をがしがしと掻く。
「あーまぁいろいろとな。それよか古市! 旦那さんって呼ぶのやめろつってんだろ!」
「あ、お、男鹿、にゃ……」
 どうにも旦那さんを呼び棄てるのには慣れず、もぞもぞと小さく名前を呼ぶと、よしよし、と旦那さんは笑う。大きな手が古市の頭にぽんと置かれ、尖った耳の間をがしがしと撫でる。思わずごろごろと喉を鳴らした古市だったが、耳の先に水滴が落ち、ぴゃっと悲鳴を上げた。
 やっぱり水浴びをしてきたようで、旦那さんの黒い髪は濡れていてぼたぼたとしずくを落としている。
「あ、悪ィ。濡れたか」
 旦那さんは古市の頭をぽんと軽く叩いた後、かまどを離れて椅子にどっかりと腰をおろす。
「とりあえず腹減ったから飯食いてぇ。古市、飯!」
「だ、駄目だにゃ! ちゃんと髪を拭かないと風邪引くにゃ!」
 かまどからぴょこんと飛び越えて椅子に座る旦那さんの首からタオルを奪い取る。ごしごし頭を拭いていると、旦那さんは足元の皮袋を指差した。
「これ、よろず焼き頼むわ」
「了解だにゃ! 任せておくにゃ!」
 旦那さんの髪がまだしっとりとはしているものの、さっきほどどぼどぼではなくなったのを確認し、古市はぴょこんと椅子を飛び降りる。皮袋の中を覗き込むと、生肉とキレアジがたくさん入っていた。
「大漁だにゃー」
「ポポをとにかく狩りまくったからな。ハチミツも持って帰ってきたぞ」
「にゃ! それはありがたいにゃ!」
 一個生肉を残しておいてハチミツで漬け込むにゃ、と古市がへらりと笑うと、それうめぇのか、と旦那さんが目元を細める。
「にゃー、お肉も柔らかくなるし絶品だにゃ! 照り焼きにも使えるにゃー。次のごはんの時までに仕込んでおくにゃ」
「おー頼むわ」
「そんじゃ旦那さん…じゃなかったにゃ、男鹿。今日は何食べるにゃ?」
「そりゃコロッケだろ、コロッケ!」
「コロッケ以外だにゃ!」
 こんだけ食材があるにゃ、と紙をテーブルに広げると、んー、と旦那さんは顎に手をやりながら目で字を追う。
「そんじゃこのサーモンとこのハーブでいいや」
「解ったにゃ! 腕によりをかけるにゃ! 待ってるにゃ!」
 古市はぴょこんと頭を下げると、たったかかまどの上に駆け上がる。スープを一混ぜして焦げ付いてないか確認し、温めておいた油にぼとんぼとんと作り置きしてあるコロッケを放り込む。その一方でハーブとオリーブ油をサーモンに馴染ませて焼く。バターもちょっと効かせてできあがりだ。愛情たっぷりどでかおにぎりの具はツナマヨ。旦那さんの大好物なのだ。
「できたにゃー!」
「おおうまそー!」
 トレイの上にできあがった料理を並べてテーブルに持っていくと、途端に旦那さんが目を輝かせてがっつき始める。コロッケうめぇサーモンうめぇスープもうめぇ、と忙しく食べる合間に感想を言ってくれるので、古市の頬はでれでれとしまらない。しかもぴかぴかーんっと旦那さんの身体が光って防御力が上がったのが解って尚更へらりと笑みがこぼれる。
「うまかった!」
「あ、デザートもあるにゃ!」
 忘れるとこだったにゃ、と慌てて貯蔵庫に飛び込みきんきんに冷えたオレンジとブドウをヨーグルトに盛り付ける。旦那さんが持って帰ってきたばかりのハチミツもちょっと垂らして出来上がりだ。
「おお、うまそーだな」
「どうぞ召し上がれだにゃ!」
 旦那さんがうまいうまいと言いながらデザートを食べるのを眺め、古市はテーブルによじ登りどすんと腰を下す。
「次はどこにお仕事行くにゃ?」
「んあ? まだ決めてねーぞ。なんか採ってきてほしいもんあるか?」
「んー。サボテンの花とか言うものを、調理してみたいにゃ。実でもいいにゃ!」
「そんじゃ砂漠か」
 砂漠行ったことねぇなぁ、と旦那さんは面倒そうに眉を顰める。
 古市の旦那さんは面倒くさがり屋なのでできれば仕事には行きたくないらしい。一日中家でごろごろして古市のご飯を食べていられれば幸せだと言っているけれど、それでは村人の目も冷たいし、それに食い扶持がなくては古市もお仕事を解雇されてしまう。だからできるだけお仕事には行ってほしいけれど、古市もその間一人で留守番をしているので寂しいと言えば寂しい。それに旦那さんは一匹狼を気取っているのか知らないけれど、オトモアイルーを連れていかないので万が一のことがあったらと思うと心配だ。
 古市は投げ出した足の先をぴこぴこ動かしながら口を尖らせた。
「男鹿はそろそろ、オトモアイルーを雇うべきだにゃ」
「めんどくせーだろ、仲間が増えんのって」
「だけど一人で砂漠に行くのは心配だにゃ。オトモアイルーを連れて行けば、安心だにゃ。狩りのサポートもしてくれるし、くらくら眩暈してる時も助けてくれるにゃ」
「古市がついてくればいいじゃねーか」
 旦那さんは面白くなさそうに口を尖らせる。何度となくやりとりしたその会話に古市は眉を寄せた。
「おれは戦うの、苦手だにゃ」
「だから戦わなくていいっつーの。一緒についてくるだけでいいんだからよ」
「でもそれじゃ、旦那さんのピンチを助けられないにゃ。やっぱり旦那さんはちゃんと戦えるアイルーをオトモにするべきにゃ」
 古市は板前ハッピのポケットから折りたたんだ紙を引っ張り出した。
「ネコバァに良さそうなオトモがいるって紹介してもらったにゃ……」
「なんだそりゃ。お前そんな勝手なことしてたのかよ。もう雇ったとか言わねーだろな?」
 旦那さんが迷惑そうに眉を寄せたので、古市はぷるぷると首を振る。
「おれはそんな出過ぎた真似はしないのにゃ! ポッケ農場に行くついでにおしゃべりした時に教えてもらったにゃ。おすすめは三木って言うオトモアイルーにゃ。すばしっこくてネコ拳法の使い手にゃ」
「あー……三木なぁ…」
「知ってるのにゃ?」
 古市が驚いて目を丸くすると、まぁなぁ、と旦那さんはなんとも歯切れが悪い。
「どこかで会ったのかにゃ?」
「いや。たまーに村で声かけてくるアイルーがいてよ。そいつが三木っつーんだよ。ネコ拳法の使い手だから、オトモアイルーにしろってうるさかったんだよな」
「自分から言うなんてよっぽど自信があるにゃ! やっぱりオトモにするにゃ!」
「だから、俺は一人で動き回りてーんだって……。オトモに気ィ使いたくねぇんだよ……」
 がりがりと髪をかき乱す旦那さんに、古市はしゅんと耳を下げる。
 旦那さんの身が心配だから誰かオトモをつけてほしいと思うのだけれど、そこまで言われるともう無理に勧める気にもならない。古市は広げていた三木のプロフィールを掻いた紙を折りたたむと板前ハッピのポケットにしまった。
「それじゃ、無理には言わないにゃ……でも旦那さんが心配にゃ」
「男鹿だつってんだろーが」
「にゃっ」
 ぴんっと額を弾かれて古市はのけぞる。そのままころりと後ろにひっくり返ってしまって慌てて飛び起きる。
「何するにゃっ!」
「だから、男鹿って呼べって」
「あ……わ、忘れてたにゃ……すまないにゃ」
「それによー、そんだけ心配だっつーんなら、古市がついてこればいいんだって」
「でもおれはキッチンアイルーにゃ!」
「転職できんだろーが、オトモアイルーに。俺が仕事行くときはオトモアイルーになって、帰ってきたらキッチンアイルーでいいだろーが。仕事増えて嫌なのかよ」
「嫌じゃないにゃ! お仕事は大好きにゃ!」
 古市はぴょこんとテーブルの上で飛び跳ねる。仕事をさぼりたいからオトモをしないのだと誤解されたくはなかったのだ。ぷんすか怒っていると、解った解った、と旦那さんは古市の頭を撫でる。
「試しに次の仕事、古市もついてこいよ。一杯面白いもんあるぞ。モンスターもいるけど、俺が全部ぶった切ってやっから大丈夫だって」
「で、でも………」
「それに古市専用の防具も買ってきたんだからな」
 ほら、と見せられたのは真っ白のアイルー用防具だ。中古じゃなくて新品の防具にはちっちゃい猫足スタンプが押してある。旦那さんが帰ってきた時に嗅ぎつけた、嗅ぎ慣れない不思議な匂いの元はこれだ。
「にゃ、にゃんこ工房の新作にゃ……!」
 村の武器防具屋ではなく都会の工房で作られた一式はとても高い。多分村の武器防具屋が入荷したのだけれど、村の武器防具屋はなんとも思わなかったのだろうか。旦那さんがオトモアイルーを連れていないことは村でも有名なのだ。目玉が飛び出るようなアイルー用の武器防具を、キッチンアイルーに買ってくるなんてとんでもない酔狂者だと笑われなかっただろうか。
「おー、超新作だぞー。ほれ、武器もあるぞー」
「にゃ…っ!」
 ほいっと渡されたのは刃先の鋭利な鎌のような武器だ。驚きのあまり硬直している古市に旦那さんはにかりと笑う。
「俺は古市さえいればそんでいいんだっつーの。わざわざオトモアイルーなんて雇わねぇよ。一番最初に言っただろ、俺のアイルーは古市だけでいいって。諦めてついてこいって。古市が見たことねーもん色んなもん見せてやっから」
「にゃー……」
 弱り切って耳を下げる古市の喉の下を旦那さんはくすぐる。甘やかすような指先と、ちゅっとおでこに触れた唇に古市はめろめろになる。
 厨房だけじゃなく外でもどこでも旦那さんと一緒にいられるなんて幸せだ。
 だけどキッチンアイルーとオトモアイルーのかけもちなんて前例がない。聞いたこともない。できるかどうかも分からない。そう言うことをにゃごにゃごと説明すると、できなくなったらそん時考えりゃいいだろ、と旦那さんは譲らない。
 仕方ない、と古市は手の中の武器と防具を見下ろして考える。
 折角のにゃんこ工房の新作を返品するだなんて勿体ないし、それに、今良く考えるとあまり知らないオトモアイルーに旦那さんの身の回りのことを任せるなんて腹立たしい。自分が全部やればいいのだ。
 優秀なアイルーならキッチンでもオトモでも職種を選ばないのにゃ。
「旦那さんが……男鹿がそう言うのなら、いいにゃ……お仕事にもついてくにゃ」
「マジか? やった! 絶対だぞ!」
 古市がこくりと頷くと、旦那さんはものすごく嬉しそうな笑顔で古市の両頬を大きな手で包みぐりぐりと撫で回した。



ものすごい特殊設定ですみません…。満足です。