これは俺だけの



 男鹿がドラクエをやっているのをベッドに寝転がりながら眺めていた古市は、ふと視界に入った男鹿の襟足に、ん、と手を伸ばした。Tシャツの襟の中に入っていた部分を引っ張り出すと、きゅっと掴むと握りしめた拳から髪が出るくらいの長さになっている。
「なんだよ」
 戦闘シーンになったのにコマンドを進めず男鹿が振り返る。急に後ろ髪を梳かれ気になったらしい。男鹿が振り返ったせいで手の中から逃げて行った髪を眺め、古市は、いや、と眉を寄せる。
「随分髪伸びたなぁと思ってさ」
「あー…そりゃそーだろ。春休みに切ったっきりだからな」
「あー…そだっけ?」
 手を伸ばし男鹿の黒い髪に触れる。意外にも柔らかい髪に指を差し込み撫でると、男鹿は心地よさそうに目を細める。ベッドに背を預け、テレビの方へ向いた男鹿は、そのまま頭をぽすんとベッドへ預けた。そうすると顔が上向きになり、古市がわずかに身を乗り出せば見下ろす恰好になる。
 いつもとは視点が逆で面白い。自分のものとはまったく違う黒い髪が子どもの頃には不思議で仕方なかったのだと思いだし、古市は笑いながら黒い髪に指を絡める。
「髪、切ってやろうか?」
「おー」
 前髪を持ち上げると生え際が露わになる。前髪上げると大人っぽくなるって本当だなぁと古市は目を細める。男鹿の整った顔が余計に精悍に見える。
 学校行くのにおでこ出していけば、と言おうとして古市はやめた。
 ただでさえ男鹿に熱を上げている邦枝に、これ以上かっこいい男鹿を見せる必要はない。勢い余って告白なんかされたら大変だ。何につけ鈍感な男鹿は、きっとそれが愛の告白だなんて解らずにほいほいオッケーを出してしまうに決まっているのだ。うっかりでも間違いでも、男鹿が邦枝と付き合うなんて考えるだけでも寒気がする。
 邦枝が男鹿には勿体ないのではなく、男鹿が邦枝にはもったいない。
 見てくれだけで惚れているに違いない烈怒帝瑠の元総長に、男鹿の本当の良さなんて解ってたまるものか。
 大人っぽい男鹿はしばらく古市だけにものにしておこう。
 たたでさえスーパーミルクタイムの後遺症だかなんだかで中身の入れ替わってしまい、男鹿の姿をしたベル坊が邦枝に抱きついたのを見てしまったのだ。男鹿が、邦枝に、自ら抱きつく様をだ。逆ならまだしも、男鹿から、と言うところに腹が立つ。
 あーやなもん見た、と古市は顔を顰める。
 決して誰にも見せないけれど、自分の独占欲はかなりひどい、と古市は自覚している。
 十年近く側にいた男鹿を、ポッと出の邦枝に持ってかれるなんてまっぴらごめんだ。
 だって邦枝は可愛らしい女の子で、おまけに姫川や神崎をやり込めるほど強くて、人望もある。
 男で、弱くて、キモイとかロリコンとか最低とか言われ続けている自分とは正反対だ。
 勝てるわけがない。
 だから男鹿に邦枝の存在を、恋愛対象として気付かせてはいけない。
 自分だけに男鹿の意識を引きつけておかなければならない。
 それがどれだけ大変か、この鈍感男はまるで解っていないのだ。
 ぎりぎりと腹立たしい気持ちになっていると、古市の背中側で昼寝をしていたベル坊がその悋気に当てられてか、だー、と声を上げる。もそもそとタオルケットと格闘した後、古市の背中にべたりと張り付き、山を攻略するように古市の背に上り、腹をまたぎ、そして滑り落ち、男鹿の頭にべちゃりと張り付いた。
「うお、なんだベル坊。起きたのかよ」
「だーっ!」
 古市が男鹿の髪を掴んでいるのが気に食わないらしい。
 寝起きらしからぬ爛々とした目で古市を睨み、べしべしと古市の手を叩く。
「あーはいはい、邪魔なんですよねー」
 邦枝は排除できても、ベル坊はさすがに排除できないか、と古市は溜息を吐く。肘をついたまま、ぱっと男鹿の前髪から手を離すと、黒い髪が重力に従いぱさりと額に被さる。
 ベル坊は思い通りになった満足からかご機嫌で男鹿の頭によじ登ろうとして、ふとその手足を止める。握りしめた男鹿の髪と、古市の顔を見比べ、あだっ、と驚いたように声を上げた。
「だーだだったぶー!」
 なんだか慌てたように古市に訴えるベル坊に、どしたー、と古市はのんびりと答える。
「十円ハゲでも見つかったかー?」
「ねぇよハゲなんか」
 ベル坊の手が掴んでない辺りをわさわさとかき乱すと、むきーっ、とベル坊が目を吊り上げた。
「だぁーっ!」
「いででででイテェななにすんだベル坊!」
 ぐいぐいと男鹿の髪を引っ張り何かをアピールするベル坊に、古市は正直困惑した。ベル坊の言葉はヒルダがいなければさっぱり解らないし、それでもベル坊は古市が解って当然だと言わんばかりの顔で古市に何かを訴えかけている。
 男鹿の髪に関する何かだと思うのだけど…、と眉を寄せた古市は、ああ、と唐突に思い当ったことに顔をほころばせた。
「ベル坊、お前、男鹿の髪が長いって言いたいのか?」
「だっ!」
 ようやく解ったか、と頷くベル坊に、そっかー、と古市は笑顔になる。
「やっぱベル坊もそう思うよなぁ?」
「だ!」
「けど大丈夫だぞ。あとで髪切ってやることになったから。そだベル坊の髪も切ろうか? ちょっと伸びたんじゃね?」
「あいー?」
 そうかな、とベル坊は己の緑色の髪に手を伸ばす。ちっちゃな手で芝生のような髪に触れ、首を傾げるベル坊を抱き上げ、古市は仰向けに寝転がった己の腹にベル坊を下した。
「やっぱ伸びたよベル坊も。よし、後で俺が切ってやるからな」
 ベル坊のちっちゃな手が触れている髪を、ベル坊の手ごと撫でまわすと、ベル坊はそれがなんだか楽しかったらしく、ご機嫌でだぁだぁとしゃべり始める。
 なにを言っているのかさっぱり解らないけれど、ベル坊のご機嫌を損ねるのは嫌だし、正直、古市を見下ろして笑っているベル坊は可愛らしいので、古市も笑顔になる。
「だーだ!」
「そっかそっか。ベル坊もかっこよく切ってやるからな」
「あだーっ!」
「いやいやベル坊君、俺は結構髪切るのうまいんだぜ? なんせ男鹿の髪はいつも俺が切ってるからなー」
「だー……だぶっ」
「あーまぁそうっすねー。ベル坊君はちょっとさっぱり短めの方がいいかもしんないっすねー」
「うぃーっだーっ!」
 ぱちぱちと手を叩くベル坊となんとなく会話がつながっているようで面白い。
 古市がけらけら笑っていると、ベル坊もきゃあきゃあと笑い声を上げる。
「……なにやってんだテメーらは…」
 ゲームを再開していたはずの男鹿が、またもやその手を止めて振り返る。呆れたような顔が、割と近くに寝転がる古市と、その腹の上に座るベル坊を見比べている。
「ベル坊の髪型どんなんにするか相談してたんだよ。なっ?」
「あいっ」
「会話になってんのか? それ」
「なってるなってる。なんだよ男鹿、放っておかれてさみしかったかー」
 よしよしいい子ですねー、と古市はふざけて男鹿の頭を撫でる。
 そんなわけねぇか、とぱっと男鹿の頭から手を離すと、その手首を男鹿に掴まれ引き寄せられる。おわっ、と体勢を崩した古市の腹の上から、ベル坊がぽてっと落ちるがベッドの上なので問題はない。それどころか滑り台でも滑ったかのように楽しそうにしている。泣き出さないことにほっとした古市の顔を男鹿の手が掴む。無理矢理男鹿の方に引き寄せられているので、身体半分がベッドから出ていて不安定でものすごく怖い。
「ちょ、男鹿、あの、怖いんですけど」
 男鹿の手が離れてしまえば古市は落下する。慌てて男鹿の首にしがみつくと、男鹿は目を細め、古市に唇を寄せる。れろっと鼻先を舐められ、うわっと驚いて声を上げると、男鹿は不貞腐れた声を漏らした。
「ベル坊ばっか構ってんじゃねーよ。妬くだろーが」
 思いがけない言葉に、古市は目を真ん丸にする。なんだよ、と頬を膨らませる男鹿に、妬いちゃうの、と尋ねると、男鹿は神妙な顔で、おう、妬いちゃうぞ、と答えた。
 ベル坊にべたべたしてんじゃねーよベル坊は俺のだぞ、と言うオチではまさかないだろう。
 ベル坊にべたべたすんなよお前は俺のなんだから、と言うことなのだろう。
 うわぁ、と古市は思わず頬を綻ばせる。
「なんだよ」
 頬を歪める男鹿の首にぎゅうっと両手でしがみついて、古市は自らベッドから落ちた。落ちたと言うより滑り降りた。男鹿が身体を引き寄せてくれたのでうまく男鹿の膝の上に落ち着くことができる。胡坐をかいた男鹿の足の間に横座りになり、改めて両腕を男鹿の背中に回し、これでもか男鹿にべったりと張り付く。肩に頬を預けて、へへっ、と笑うと、吐息が首筋に触れ男鹿がくすぐったそうに肩を竦める。
「あー…幸せ…」
 浮足立った気持ちでそう呟くと、おう、と男鹿の声が頭のてっぺんから落ちてくる。古市の背中を抱き込み支えながら、男鹿は再びコントローラを握る。
 途中で止まっていたゲームを再開する音が聞こえ始め、古市は逞しい腕に抱き込まれる幸せを堪能しながら、絶対にこれは邦枝なんかにやるもんか、と悋気の炎を燃え上がらせる。ちょびっとでも譲る気はねぇからな、と決意も新たにする古市の不穏な空気を察してか、ベル坊が男鹿の肩越しにじーっと古市を見つめていた。期待に満ちた目に、おいでと手を差し伸べる。男鹿にしがみつく腕を離してしまい、横抱きにされて不安定な身体を支えるのは男鹿の腕だけだが、落とされる心配や不安などはない。
 差し伸べられた手に、ベル坊はぱぁっと顔を輝かせて、だぁっ、と飛んでくる。
「ぐえっ」
 腕の中に飛び込んでくるかと思ったら、思い切り腹の上に着地され、古市が思わず呻き声を上げると、男鹿がくくっと笑い声を漏らす。古市は腹の上のベル坊の頭を撫でながら、笑われた仕返しにと男鹿の首筋に噛みついた。歯形をつけ、キスマークをつける。
 男鹿は気付いているだろうに、呑気な声と顔で、くすぐってぇ、と笑っていた。



意外と古市は独占欲強いと思ってる。
というか、あれだけ女の子女の子と大騒ぎしている古市が、自分の見た目がいいことに気付かないわけがない。
女の子受けすることにも気付かないわけがない。つまりモテないはずがない。
実は古市、女の子嫌いなんじゃない? ていうか男鹿に近付く女の子嫌いで牽制しまくっててモテないんじゃない?って思った結果がこれです。
男鹿を独占したくて邦枝の邪魔をしまくる古市が、見たい(願望です)。