魔王様の子守り唄


 借りてきたDVDを見る合間、トイレついでに台所で飲み物を作った男鹿が部屋に戻ってみると、部屋はやけに静かに落ち着いていた。今の今まで海外ドラマを見ていたせいで、テレビから聞こえるドンパチの音がすごかったのに、一体どうしたことかと目をやれば、男鹿のベッドに横たわる古市の姿があった。
「おい、古市、カルピスソーダ作ったぞ」
 両手にグラスを持っているので足でベッドを揺すって起こそうとしたが、この短時間の間によほど深く寝入っているのか古市はぴくりともしない。
「おい、古市」
 もう一度足で、今度は古市の太ももの辺りを蹴飛ばしてやろうとすると、それよりも先に、アダッと行く手を阻む小さな身体が飛び出してきた。
「うおっ、あぶねぇ」
 バッと両手を広げて古市の前に飛び出してきたのは、おしゃぶりも眩しいすっぽんぽんのお子様だ。男鹿の蹴りが寸でのところで古市に届かなかったのを知ると、年中無休で真っ裸のベル坊が、ふいーと額の汗を拭う真似をする。
「なんだよ、ベル坊。古市起こしちゃ駄目なのか?」
「ダッ!」
 ノン、と顔の前で両腕を交差させ、バッテンを作る魔王様に、へーへー、と男鹿は溜息を吐く。
 せっかくカルピスソーダ作ってきたのによ…、とテーブルに置き、古市の顔を覗き込んだ。
 古市は人のベッドを占領して横になり、テレビのリモコンを持ったままですーすーと気持ち良さそうに寝息を立てている。ベル坊も古市の顔を覗き込み、あだー、と声を上げた。
「しゃーねーな…、一人で続き見っからな」
 あとで文句言うなよ、と意識のない古市に言ってはおいたものの、どうせまた目を覚ましたらどうして起こさなかっただの一人で続きを見るなんて非常識極まりないだのとぎゃいぎゃい騒ぐのだろう。
 めんどくせーけど、話聞いてやらねーと余計にうるせーからな、と男鹿はカルピスソーダに浮かべていた氷をがりがり噛み砕き、古市の手からリモコンを取り上げた。そのついでに顔に被さっていた銀色の髪をよけてやり、わしゃわしゃと撫でる。うー、と呻き声を上げて顔を顰める古市に、寝てろ、と言い置き、男鹿は古市の髪を撫でた。
 ベッドの側にどすんと腰を下ろし、海外ドラマの続きを見始めると、ベル坊もやってきて男鹿の足の間に納まる。テレビを見るときの定位置で、男鹿の太ももに肘を乗せ、ダッダー、とご機嫌で歌を歌っている。
「なんだよ、古市の側にいなくていーのか?」
 ドンパチ煩くなってきたテレビの音量を下げて尋ねると、男鹿の足の間でテレビを見ているベル坊が、首を曲げ、あだー、と不思議そうな顔をする。その顔は、なんでそんなことしなきゃなんねーの、と言う感じだったので、男鹿は眉を寄せる。
 つい今、古市を起こそうとした男鹿をベル坊は止めた。それは古市の眠りを守ろうとしているように見えたので、てっきり古市と一緒に寝るつもりだったのだろうと思っていたのだが、そうではないようだ。
 まぁこの魔王様の場合、一般のお子様より意思疎通が図れることは図れるのだが、それにしても結局はお子様なので、行動のすべてに理由がつけられるわけでもない。意味不明なベル坊の解釈によって行われることもあるので、今回のもそのひとつなのだろう。
 よー解らん、と男鹿は考えれば考えるほど痛くなってきた頭をぶるっと振るい、テレビに目を向けた。
 テレビの中では猟奇殺人が起こったと言う設定で科学捜査が行われている。犯罪もののシリーズを借りてきたので、どれもこれもが殺人事件の内容ばかりだ。ベル坊は喜んでいるが、どうにも飽きてくるのも事実で、男鹿も気持ち良さそうな古市の寝息に誘われ、ふわぁ、と欠伸を噛み殺す。 
 何度かそうして欠伸をしていたが、とうとうかくんと首が落ちたところで、もー駄目だ、と諦めた。起きた古市に犯人を先に言ってやろうと意地の悪いことを考えていたのだが、古市が悔しがる様を見たい欲求よりも眠気の方が勝った。
 血みどろの画面を嬉しそうに仰ぎ見ているベル坊をクッションへ下ろし、男鹿はベッドへ上がった。
「おい、古市、もうちょい詰めろ」
「んんー…」
 図々しくも人様のベッドのど真ん中で寝ていた古市を端へやろうと膝で軽く押せば、むずがるようにして古市が薄目を開ける。
「なんだよぅ…」
 頼りない声に男鹿はぷはっと笑い声を上げた。
 寝起きでぼけぼけしている古市は本当に可愛い。
 身を屈めて赤い目元をべろっと舐めると、やめろよぅ、と古市が顔を顰める。
「俺も寝るから、ちょっと詰めろ」
「んー……まくら…」
 もそもそと少しばかり古市がずれ、空いたスペースに男鹿は身を横たえる。古市が顔の下に敷いていた枕を抜いて男鹿の顔面にぼすんと渡して(押し付けて?)きたので、男鹿はそれを首の下に敷き、浮いた古市の頭の下に、己の腕を差し込んだ。古市は男鹿の腕で収まりのいい場所を探していたが、やがて二の腕で落ち着いたらしい。男鹿にぴったりと身を寄せ、すうすうと再び寝息を立て始める。
 男鹿もまた、気持ち良さそうにすうすうと寝息をたてる古市の顔を見ているうちに眠気が強まってきた。くぁああ、とあくびをすると、古市の腕を腹の上に乗せ、目を閉じる。寝ている時の古市は体温が高いので、腕や手がちょうどいいブラケット代わりだ。
 目を閉じてうとうとしていると、軽くベッドが揺れ、あだー、と赤ん坊の声が聞こえた。一人で血みどろのドラマに夢中になっていたベル坊がベッドをよじ登ってやってきたようだ。あんだよ、と薄目を開けると、ベル坊は男鹿と古市の間に座り、古市の顔を覗き込んでいる。
「おい、起こすなよ」
 思わずそう声をかけた男鹿に、ダ、とベル坊が声をあげ、小さな手で古市の銀色の髪を撫でている。古市が、うーん、と声を上げると、みゃっ、と驚いたように飛びのいた。
「何がやりてーんだ、テメーは…」
 赤ん坊の首根っこを捕まえて持ち上げると、だーだ、だっぶー、とベル坊が心外そうに抗議しているが、まったく何を言っているのか理解できない。眉間にきゅっと皺を寄せてはいるものの、機嫌は悪くなさそうなので、男鹿はベル坊をベッドの下へと下ろした。
「テメーはテレビでも見てろ」
 どうせまだお昼寝の時間ではないのだから寝ろと言っても寝ないだろう、とクッションの上へ下ろしてやったのだが、それでベル坊の機嫌が悪くなる様子はない。ベル坊はだぁだぁ、と何かしゃべりながらテレビに見入っている。
 男鹿は再び、くぁああ、と大きな欠伸をし、傍らと腹に乗った心地よいぬくもりと重みを感じながら目を閉じる。テレビのドンパチとベル坊のだぁだぁとしゃべる声が妙に遠く聞こえ、まるで子守唄のようだ。
 静かになった二人にようやく気付いたベル坊が、あだ、と振り返り、絡まって眠る二人に、やれやれと首を振る。男鹿が床に置いていったリモコンでちょっぴり音量を小さくし、ベル坊は飛び散った血しぶきに歓声を上げた。


ナチュラルに夫婦なおがふる…。
なぜ私が書くと熟年夫婦みたいな二人になるんだろうか。高校生なんだけどなぁ。もっとこうガツガツ色欲に目を滾らせててもいいと思うんだが。
とにかく男鹿が古市を大事にしてるとこ想像すると私が滾ります。古市は男鹿に大事にされて当たり前な態度だと余計に滾ります。
わぁナチュラルに夫婦!って感じ。わぁ!