きみのためにできること






 コンビニで新商品と名のつくデザート類各種を買い漁り、テーブルの上に並べる。コーヒーも淹れ準備万端だ。一人きりの部屋でフォークを手に、ほくほく顔で、いただきまーす、と声を上げた時、バタンと部屋のドアが遠慮もなく開き、お、ケーキか、と目を輝かせた男鹿が入ってくる。
 どうぞとも言ってないのにずかずかと部屋の中に入ってきて、どすんと腰を下し、俺はこれ、と勝手にベイクドチーズケーキを確保している。古市はむっと眉間に皺を寄せる。
「それ、俺の」
「何ケチくせーこと言ってんだよ。こんだけあるんだから一個くらい寄越せ」
「ケチくせーのはテメーだ。自分で買いに行ってこい!これは俺が買ったの!俺が食うの!」
 古市が男鹿の手からベイクドチーズケーキを取り上げると、じゃあこっち、と今度はティラミスを掴む。それも取り上げ古市は目を吊り上げる。
「俺のだって言ってんだろ!」
 男鹿は叩かれた手を押え、不思議そうに首を傾げる。
「お前、そんな甘いもん好きだっけ?」
「別に嫌いじゃねーけど、そこまで好きでもねーよ」
 ケーキの箱をひとつずつ開けながら古市はぽろりと零す。
「誕生日ケーキ作ろうと思って、ちょっと研究」
「誕生日にケーキ? 女子かテメーは」
 目を丸くする男鹿が、ティラミスをがっつり半分フォークですくいあげる。ばくっと大口を開けて食いついた男鹿を古市はぎろっと睨んだ。
「そんじゃ俺の誕生日にお前がケーキ作ってくれんのかよ!」
 う、とフォークを咥えたまま男鹿は目を泳がせる。
 これはつまり、誕生日プレゼントの催促だ。去年プレゼントを忘れた男鹿にできもしないことを無茶ぶりしようとしているらしい。
「ホットケーキなら…」
 弱々しくそういうと、よし、と古市は頬を緩める。
「それでいいから当日忘れんなよ」
 はいケーキ、とベイクドチーズケーキを渡され、男鹿は腑に落ちない顔で手の中のコンビニスイーツを見下ろした。





「うわっ、キモッ!」
 頭上から降ってきた声に、あん、と男鹿は顔を上げる。
 男鹿がリビングでテレビを見て歓声をあげるベル坊を傍らに置き、本のページを捲っていたところだった。頭上には秋深まり冬の気配も近いと言うのに、相変わらずアイスをかじっている美咲がいて、心底気持ち悪そうに男鹿を見ている。
 正確には、男鹿の膝の上にある本を見ている。
「あんた、何見てんの…?」
「何って……見て解んねーのかよ、本だよ本」
「本は解るっつーの。なんでケーキの本なんか見てんの? しかもそれケーキの作り方の本だよ? おいしい店が載ってる本じゃないんだよ?」
「解ってるっつーの……だから見てんだろーが……」
 あー…、と男鹿はがしがしと髪をかき乱す。
 膝の上に乗っているのはほのかから借りたケーキのレシピブックで、ほのかは親切にも簡単に作れるケーキをピックアップして付箋を貼りつけることまでしてくれたと言うのに、男鹿にはそのレシピがさっぱり難解な暗号にしか見えないのだ。
 大体、なぜ小麦粉をグラム単位で量らなければならないのか。
 バニラエッセンスを小さじ二分の一とか、ココア大匙二と三分の一とか、算数じゃないのに分数に悩まされなければならないのが男鹿には解せない。
 しかも泡立てたり混ぜたりややこしい作業が多すぎる。
 たまにほのかが作ったと言って古市が持ってくるケーキに、こんな面倒な作業が隠されていたとは。今度ほのかが作ったケーキもクッキーも、焦げてるとか味が妙とか言わずにうまいと褒めてやろう。
「え、なに? あんたケーキ作りでもすんの? つか何? どうしたの? パティシエにでもなるつもり? あんたが? 絶対無理だよ止めときなって。頭湧いたんじゃないの?」
「……テメ、何気にヒデーこと言ってねーか? それに俺はそのパテなんとやらになるつもりなんかねぇよ」
「じゃあなんでレシピなんか見てんの? 自分で作るからじゃないの?」
 美咲は興味津々でソファ越しに手を伸ばし、男鹿の膝の上の本を取り上げる。付箋のついたところをぱらぱらとめくり、あれこれほのかちゃんのじゃん、と目を丸くする。
「借りたんだよ」
「なんでまた」
「古市が誕生日にケーキ作れっつったからだよ! 返せよ! ったく、俺にこんなの作れるわけねーだろっ!」
 ばしっと音を立てて美咲の手からレシピブックを取り上げたものの、それがほのかのものだったことを思いだし、慌てて皺になりかけたところをせっせと伸ばす。ほのかを怒らせてはいけないし泣かせてもいけない。鬼より怖い姉に殺されるし、古市に白い目で見られて向こう数日口をきいてもらえなくなる。
「ああ……そう言えばあの子、もうすぐ誕生日だったっけね…」
 今年は何上げようかなー、と美咲はカレンダーを見て呟いている。
「去年は手袋上げたから、今年はマフラーでも上げようかな」
「あいーっ!」
 ベル坊が両手を上げて美咲を見上げて雄叫びを上げる。
「お、ベル坊もマフラー欲しいの?」
「あいっ!」
「そっかー。年中まっぱでも冬は寒いもんねー。じゃあたかちんとお揃いの買ってあげるよ」
「あいあいあーっ!」
 ベル坊が喜びに目を輝かせ、ソファの上に立ち上がって喜びの舞を踊り始める。それをちらっと横目で見た男鹿は、むすっと不貞腐れた顔で唸った。
「なんでベル坊とお揃いなんだよ……」
「えーいいじゃん可愛いじゃん。だってたかちんとベル坊がお揃いってなんかいいじゃん」
「お揃いは駄目、絶対」
「あんた、本当に解りやすいわね…」
「あだっ?」
「はいはい、面倒臭い子ねー。そんじゃあんたにも買ったげるわよ、お揃いのマフラー。三本も買わなくちゃいけないんだから、安いのしか駄目だけど、これでいいんでしょ?」
「おう」
 古市とベル坊だけがお揃いだなんてずるい、と眉間に皺を寄せていた男鹿は、美咲の言葉に、古市とお揃いかー…、とへらっと笑みを浮かべた。うわキモッ、と美咲が叫んでいたのは男鹿の耳に全く入らず、上機嫌で本のページを捲るが、すぐにまた眉間に皺が寄る。
 どのケーキを作るかまだ決まっていないし、作れるとも思えない。
 なんだって古市の誕生日にケーキを作るなんて約束をしてしまったのか。
 数週間前のことを思いだし、はぁとでっかい溜息を吐く男鹿に、ベル坊をおちょくって遊んでいた美咲が、大体さぁ、と声を上げた。
「ろくに料理もしたことないアンタがいきなりケーキなんて作ろうってのが大間違いなのよ。ホットケーキにしときなさいよ、ホットケーキに。あれならアンタでも作れるし、たかちんならそれで喜んでくれるでしょ」
 実を言えば、最初はホットケーキでいいやと男鹿も思っていた。古市もそう言っていたし、ホットケーキミックスの裏にある説明書を読めば男鹿でも作れそうだったから楽勝だと思っていた。
 けれど昨日見たテレビドラマで子どもの前に置かれた誕生日のケーキは白いクリームがどっさり乗っていて、果物もたくさん飾ってあって、食べられる人形やチョコレートの板も乗っかっていた。男鹿の誕生日にも大抵そういうケーキがやってくるのに、古市の誕生日だけホットケーキなのはどうにも微妙な気がしたのだ。
 だからほのかにケーキの作り方を教えてくれと頼んだら、今忙しいからこれ読んで自分で作って、と本を押し付けられた。
 その辺の事情を言葉足らずに説明すると、古市の次に男鹿の言葉足らずの言葉を自分で補って理解してくれる姉は、なるほどねー、と頷く。
「確かにたかちんの誕生日だけホットケーキじゃねぇ…。今年はアンタが作るんなら、ほのかちゃんも作らないわけだしねぇ……」
 うーむ、と腕を組む男鹿とその姉を見て、ベル坊も気難しい顔をして腕を組む。坊ちゃまが凛々しいお顔をして考えていらっしゃる…、と頬を染めるヒルダは放っておき、どうしたものかと男鹿は考えた。
 考えて考えて考え抜いたけれど、答えはでない。
 もう諦めて土下座して買ってきたケーキで我慢してもらうしかないか。
 そうでもなければ豪華なケーキを古市の前に出してはやれない。
 ぬぅ、と唸る男鹿に、そうだ、と美咲がぽこんと男鹿の頭を叩いた。
「いいこと思いついた!」
「あー? どうせろくでもねーことだろ…ッ…」
 ぼそっと呟いた瞬間、がつんと頭頂部に一撃を食らい男鹿は両手で頭を押さえる。
「うっさいわね、殴るわよ!」
「もう殴ってんだろーが……!」
「踵落としだから殴ってないわよ。それよかたかちんの誕生日のケーキ、豪華なやつ! あんたにも作れそうなの思いついたのよ!」
 ふんふんとベル坊も正座をして美咲の説明を聞いている。男鹿も美咲があーしてこーしてと説明するケーキの作り方を聞くと、ぱっと顔を輝かせた。
 それなら確かに男鹿にも作れて、なおかつ豪華っぽい雰囲気だ。
 よっしゃ、と立ち上がる男鹿と一緒に、ベル坊も立ち上がる。ああ坊ちゃまなんと凛々しい…、ともはや恍惚の表情のヒルダはやはり放っておき、それなら早く準備しようと男鹿は部屋を飛び出した。
 いってらっしゃーい、と手を振る美咲は、男鹿が立ち上がって空いたソファにどっかりと腰を下し、さてどんなマフラーを買ってやろうかねぇ、と携帯電話で検索を始めた。





 今日の帰りうち寄れよ、と言われた古市は、うん、と頷いてカレンダーを見た。
 十一月十一日、一ばかりが続く日は古市の誕生日で、誰から聞いたかは知らないけれど、すでに姫川、神崎、夏目、城山からは誕生日プレゼントをもらっていた。なんとなく焔王絡みの一件以来、三年生組からしても古市は普通のお友達の一員のようだ。
 ちなみに姫川はDVD十本組(何のDVDかは聞かないで、だって男の子だもん)、神崎はヨーグルッチとポッキーとプリッツとフラン、夏目と城山はちょっと高いから二人からねーと言ってゲームソフトをくれた。神崎だけしょぼい気がするが要は心だ。古市は有難く頂いた。
 帰り際、キラーマシーン阿部が雄叫びを上げながらものすごい形相で突進してきたので、ひぃと悲鳴を上げたら男鹿が蹴り飛ばしてくれた。また例のごとく男鹿に喧嘩を吹っかけにきたのだろうが、なぜかピンクの薔薇の花束を手にしてはいたが男鹿に蹴り飛ばされたせいでぼろぼろになっていた。ピンクの薔薇なんてどうするつもりだったんだろ、と首を傾げつつも、古市は白目をむいて気絶するキラーマシーンの横を通り過ぎて帰路につく。
 男鹿家に帰ると、すでに大学から帰宅していた美咲が、リビングでアイスをかじりながら待っていた。リビングに入ってきた古市を見て満面の笑みで綺麗にラッピングされた細長い箱を差し出してくれる。
「おかえりおめでとたかちーん! はいこれプレゼント!」
「ありがとうございます、美咲さん。開けていいっすか?」
「いいよーん」
 美咲から渡されたプレゼントを、早速その場で開ける。男鹿の背中から飛び降りたベル坊がソファに座る古市の膝にもたれるようにべったりと貼りついていて、あだあだと外した包装紙にまとわりついている。
 古市は箱の中を見て、うわ、と目を輝かせた。
「マフラーだ! 今使ってるマフラー、結構古くなってきたんで嬉しいです。ありがとうございま……あれ? 美咲さん、あの…なんか同じ柄の色違いが何枚もあるんすけど……」
 どんな柄のマフラーかと持ち上げた古市は、その下にも、更にその下にも同じ柄で色の違うマフラーがあることに気付き眉を寄せる。大き目のチェックのそれはすべて黒色が入っているけれど、地となる部分が、赤と青と黄色の三色だ。三枚並べたらまるで信号機のようだが深い色合いなので特に気にはならない。色違いで使えるわよってことかな、と古市が首を傾げると、横から手を伸ばしたベル坊が、あいあいあーっ、とちっちゃな手でぺちぺちとマフラーを叩く。
「ん? ベル坊もマフラー欲しいのか?」
「あいーっ!」
「あ、それねぇ、一枚がたかちんので一枚がベル坊ので一枚が辰巳のなのよ」
「………はい?」
「たかちんにマフラー買うかなーって言ったらベル坊が自分も欲しいって言い始めて、だったら折角だしたかちんとお揃いの買ったげるよーってベル坊に言ったら辰巳がベル坊とたかちんだけお揃いなのはずるいって言い始めたんで、で、三人でお揃いなの。たかちんから好きな色選んでね」
 相変わらず綺麗な美咲ににっこり満面の笑みで言われた古市は、微妙な顔で、はぁと頷くしかない。けれど昔から男鹿家にまつわることでは深く考えないようにしている古市は、それじゃ、とまずは黄色のマフラーを持ち上げた。
「これはベル坊な」
 くるりと首に巻いてやると、あいーっ、とベル坊は目を輝かせ頬を染めてきゃっきゃきゃっきゃと踊り出す。ソファの上で踊っているので危なっかしいが、落ちても大した高さじゃないし、泣きもしないだろうと古市は気にしない。
 自分用にはどっちがいいかなと思ったけれど、赤い方が格好良かったので、古市は赤地のマフラーを首に巻いた。
「どうだベル坊、お揃いだぞ」
「あーっ! だっぶーっ!」
 古市が赤いマフラーを巻いているのを見上げ、自分と同じ柄のものだと気付いたベル坊の踊りは更に激しさを増す。ぶんぶんと腕を振りまわして、足を踏み鳴らす。いつぞやの魔界で披露した暴動ダンスのようだ。けれど大きくないので可愛らしいものだ。古市がにこにこ笑ってそれを見下ろしていると、お、と頭上から声が降ってくる。
「かっこいいなそれ」
 古市の首に巻いたマフラーをぐいと引っ張り、男鹿がしげしげと柄を見る。
「俺のは?」
「お前のはこれ。赤より青のがいいだろ?」
「おー」
 差し出した青いマフラーを男鹿は受け取らずに当然のように頭を突き出す。やれやれと思いつつも首に巻いてやると、あったけー、と嬉しそうに笑うので、ついつい古市もつられて笑ってしまう。それから振り返りソファに座ってやりとりを見ていた美咲に改めてお礼を言った。
「ありがとうございます、美咲さん。ほら、ベル坊もお礼言って」
「あだーっ!」
 古市が軽く頭を撫でると、ベル坊もぺこりと頭を下げる。
「おー、いいのいいの気にしないでー。ベル坊もちゃんとお礼言えて偉いねぇ」
「あいーっ!」
 褒められて大満足のベル坊に古市も美咲も知らずに頬が緩む。一緒に帰ってきたものの部屋で着替えていてリビングには遅れて入ってきたヒルダが、ベル坊のその姿を見て、坊ちゃまなんと猛々しいお姿…、と目を潤ませている。
「それよか辰巳、準備できたの?」
「おう、今持ってくる」
 もらったばかりのマフラーを巻いたまま台所へ行こうとする男鹿を、古市は慌てて止めた。思わずマフラーを掴んでしまったのでぐえっと呻いていた男鹿だったが、マフラーが汚れるだろっと目を吊り上げれば、それもそうかと素直に外す。多分コーヒーだかなんだかを淹れに行ったのだろうけれど、何につけてもがさつな男鹿がマフラーを巻いたまま台所へ行けば、間違いなく汚すに決まっているのだ。
 もらったばかりのマフラーを汚されてなるものかと丁寧に畳み、箱の中に戻していると、しばらくして男鹿が戻ってくる。おー来た来た、と美咲が嬉しそうに声をあげ、うん、と振り返った古市はぱかっと口と目を大きく開いてしまった。
「どうだね古市くん、約束の誕生日ケーキを作ってやったぞ!」
 どんとリビングのテーブルに置かれたのは、真っ白のクリームで飾り立てられたバースデーケーキだ。果物がケーキの淵に沿ってたくさんのっかっていて、真ん中の空いたスペースにはへたくそな字で『はっぴばーすでーふるいち』とチョコクリームで書いてある。ハッピーの横棒が足りないのは見て見ぬふりをすべきだろう。
「あいあーっ!」
 ベル坊がきゃっきゃと歓声を上げぱちぱちと両手を叩く。妙な歌っぽいものを歌っているので、おそらくお誕生日おめでとうの歌を歌ってくれているのだろうが、古市にはそれに反応することができなかった。
 目の前の豪華なケーキに目を奪われていたからだ。
「お、おが……お前、これ……」
「おう、昨日作っといたんだ!」
 すげーだろ、と胸を張る男鹿に、すげー、と古市は茫然と呟く。
「なに男鹿お前マジでこれ作ったの? スゲーな! パティシエになれんじゃねーの?」
「おー、なれるぞパテなんとか。俺様はスゲーんだ!」
 ふふんと胸を張り続ける男鹿を見て、ばっかじゃないの、と美咲が溜息を吐く。
「切り分けてがっかりするといけないから先に言っときなさいよ、辰巳。ホットケーキで作ったって」
「ホットケーキ? これが?」
 美咲の言葉を、あっ馬鹿まだ言うんじゃねぇっ、と焦った顔で男鹿は遮ったが、すでに古市の耳には届いてしまっていた。古市はまじまじとケーキを見おろし、普通のデコレーションケーキと比べても遜色なく立派なケーキのどこがホットケーキなのかと首を傾げる。
「あっち行ってろよ姉貴!」
「へーへー、お邪魔虫はどっか行きますよーっと」
 ひらひらと手を振ってリビングを出て行く美咲に、ありがとうございます、とちょっとマフラーを持ち上げて見せた後で、古市は再びケーキを見下ろした。上や横から見てもホットケーキだなんて思えないそれに、どこがホットケーキなんだよ、と尋ねると、早くもネタバレをされた悔しさにか唇をゆがめていた男鹿が、古市の横にどすんと腰を下した。
「切ったら解る。なんか土台みてーのがホットケーキなんだ。ほのかがよく作ってるふわふわしたやつ」
「あースポンジ? ほのかが作ってるのはシフォンケーキだけどまぁ似てるっちゃ似てる……。ああ…なるほど……そーゆーことか…」
 スポンジケーキを作ることが男鹿にはできなかったので、その部分をホットケーキで代用したと言うことらしい。切れよ、と男鹿が包丁を持ってきたが、その前にと古市は写メを撮る。綺麗に撮れたのを確認して、いよいよ包丁で切り分ける。小皿に移したケーキの断面を見ると、確かにホットケーキだ。何枚も焼いて、間にクリームを挟みながら積み上げてある。
「あ、すごい。これ、間に果物入ってんじゃん」
「おー、その方がうまいかと思ってよ」
「すごいすごい。男鹿、お前すごいよ」
 零れ落ちた果物をつまみ上げて口に運ぶ。クリームにもちゃんと砂糖が入っているし、男鹿の怪力で泡立てたのだからしっかりと固めのクリームになっている。切り分けたケーキをまずヒルダに差し出し、それから男鹿、自分の分と皿へ移していく。ベル坊も食べるかと尋ねたら元気よくお返事が返ってきたので、ベル坊の分も皿へ移し、頂きますと手を合わせた。
「んーっ、うまっ」
 ホットケーキで作った土台はやはり普通のスポンジに比べると固かったけれど、それでも十分においしい。古市がぱくぱくとケーキを食べていると、横からじーっと見つめていた男鹿が、心配そうな顔で尋ねた。
「うまいか?」
「ん? うまいよ、すげーうまい。ありがとな男鹿」
 へらっと笑ってお礼を言うと、男鹿はホッとしたように眉を下げる。どうやら古市がうまいと言うかどうかが心配でたまらなかったらしい。がつがつとケーキを食べ始める男鹿を見て、可愛い奴め、と古市は目を細める。
 世間じゃアバレオーガだのデーモンだの悪の化身のように恐れられている男も、一度家に帰ってしまえばただの男の子だ。ちょっと強引で我儘で手加減の解らない厄介なところもあるけれど、好きな相手を気遣うことくらいはするのだ。
 古市はなんとなくむずむずした気持ちで男鹿を見る。キスしたいな、と思ってちらりとヒルダを見ると、ヒルダは、私は見ておらん、とばかりに顔を背けている。割と大き目に切ったケーキを男鹿と同じくらいがつがつ食べながら、明後日の方を向いていた。
「おが」
 古市が呼ぶと、んあ、と男鹿が振り返る。口の端についている生クリームを舐めとり、ちゅっと音を立てて唇にキスをすると、男鹿は驚いたように目を丸くした。ヒルダがいる前でキスをしかけた古市に驚いているのだろう。古市とヒルダとを見比べる男鹿の視線を避けるように、ヒルダはとうとう背を向け、何もない壁の方を向いてしまった。
「古市」
 目を丸くする男鹿に、キスして、と古市は強請る。
「ほら、キスしろよ。誕生日プレゼントに」
 男鹿はすぐにふわりとありえないくらい優しい顔で笑って、古市の頬に手を添える。あ、クリームついちまった、と言って慌てて古市の頬を舐め、それから唇に唇が重なる。柔らかく触れるだけに終わった一度目のキスに続き、二度目のキスは少し長く、それから啄むキスを何度もして、古市から開いた唇に舌をこじ入れ、お互いの生クリーム味の舌を舐め回す。
 二人の間に収まったベル坊が、あー…、とぽけーっと見上げていたのを古市は気付いていたけれど、赤ん坊の目を覆うことも男鹿にキスを止めろと言うこともできない。男鹿の首に腕を回し、もっとと引き寄せキスを続ける。
 息をするため、ふっと離れた唇の隙間に、おめでとうな、と男鹿の小さな声が降る。額を触れ合わせ、瞬きで瞼が触れ合ってくすぐったいくらい間近で見つめ合う。古市は、うんありがと、と頷いて、それからもう一度、ちゅっと音をたてて男鹿の唇から甘いキスを奪った。




古市お誕生日おめでとーう、な小説です!
ツイッターのフォロワーさんのお誕生日に、ツイッター上でちょろっと書いたSSから派生したのでそれも冒頭にくっつけときました。
ホットケーキでデコレーションケーキは昔マジでやったことがあるけど、実は難しいんだよね。大きさをきっちりいっしょにしなくちゃいけないし、ふんわり仕上げないとすぐに固くなっちゃうからね…。男鹿さん頑張ったよ! 改めてハピバ古市!