きみのピアス


 空けてくれ、とぽんと差し出されたのは何やら玩具のような小さなプラスチックの塊だった。ホチキスに形が似ているが、ホチキスではない。間に尖った針が一本あって、針にしては随分と太くてこれは俗に言うピアッサーと言うヤツではないだろうか。あれだ、ピアスを開けるヤツ。
 てのひらに置かれたそれをぽかんと見ていた古市は、早く、と男鹿に急かされて、え、と首を傾げた。
「これ、どーすんの?」
 まじまじとピアッサーを見おろし問うたのは、別にピアッサーを見るのが始めてだとかいうわけではない。いや、こんなにまじまじと見たのは初めてだが、店で売っているのを見たことがあるし、使い方は解る。けれどそれを渡される理由が解らず尋ねると、アホめ、と男鹿が思い切り顔を顰める。意外に長い髪を耳にかけ、ここ、と左耳を差し出す。
「この辺に空けてくれ」
 ほれ、と差し出される耳たぶに、え、と再び古市は首を傾げる。今度はさっきと逆の方向にだ。ぽきりと首の骨が音を立ててちょっと気持ち良かった。
「なに、おまえ、ピアス空けんの?」
 お前が? 男鹿が? と纏まらない思考を持て余しながら尋ねると、あー仕方ねぇしな、と妙な答えが返ってくる。
「仕方ねぇって……なんだそりゃ。おしゃれに目覚めたのかと思ってた」
「はぁ? 何ってんだ、アホ市じゃあるまいし」
「アホ市言うな。じゃあなんでだよ」
「あー…あれだ、なんか、魔力の、制御? とかってのをやるらしいぞ」
 ヒルダからしっかり説明を受けたにも関わらずうろ覚えな男鹿の話を総合して鑑みるに、どうやら魔界製のピアスをつけ、それを填めることによって魔力を抑制するらしい。
 膨れ上がるベル坊の魔力を抑えるため、また男鹿に流れ込むベル坊の魔力を抑えるため、そして男鹿の身体に蓄積される魔力を抑えるために必要らしい。必要な時にはピアスを取れば解放されると言うから、考えようによってはピアスに無駄な魔力を吸い取らせてピアスに蓄積すると言うことだろうか。
 ヒルダが魔界に赴き、ピアスを手に入れて帰ってくるまでに穴をあけておけと言われたらしい。
「……なんで俺に頼むんだよ。自分でやれよ」
「だって怖ぇだろ」
「はぁ?」
 天下のアバレオーガがピアスが怖いとは何事だ。素っ頓狂な声を上げてしまった古市に、男鹿はちょっと照れくさそうに頬を掻く。
「どこに当たってるか見えねぇし、古市やってくれよ」
 その方が安心だろ、としょっぱなから古市に全権を委ねる男鹿に、お前なぁ、と古市はほとほと疲れる。
「ピアスくらい自分で空けろよな……。まぁいっか。んで? どこら辺よ」
「あー適当。左ならいいって」
「なんで左?」
「右利きだからな」
 何とも理解しがたい答えが返ってきて、古市は理解できないまま、ふぅん、と頷いておいた。後々考えてみると、戦っている最中に制御を外すことになったら右手よりも左手の方が空いているだろうから外しやすいとそんな理由かもしれない。
 この辺か、と指先でぐっと耳たぶの真ん中を押せば、あーその辺、と実に適当な答えが返ってくる。
 真剣に中央を探そうと思っていた古市はなんだか馬鹿らしくなって、そんじゃ空けるぞー、とピアッサーの針を押し当てる。
 こういうものはとかく勢いだ、と古市は信じている。ずるずる後にすればするほど意気地がなくなって、結局空けられずじまいになってしまうのだ。自分の耳ならともかく、男鹿の耳なら尚更怖くてそうなりそうで、古市は思いきってぐっとピアッサーを押し込んだ。
 バチンッと結構な音がして、いてっ、と男鹿が呻き声を上げる。
「お、針通ったっぽいな」
「いてーぞ、古市。早く外してくれ」
「外すって……あ、ピアッサーか。えーと、どうやって外すんだ?」
 がっちりと男鹿の耳たぶを挟み込んだピアッサーを、さてどうすればいいのやら、と古市はそこでようやく説明書に目を通した。ピアッサーがぶら下がって重いと言うので支えたまま、細かい字に目を通せば、なるほど、下に下げればピアッサーからピアスだけが外れるようだ。
「お、うまいこといった」
 図解の通りにピアッサーを下すと、男鹿の耳にはしっかりとピアスだけが残る。きらりと男鹿の耳に輝く見慣れない異物に、にんまりと古市は目を細める。
「なんつか、感慨深いなー」
「何が」
 地味にイテェ、と耳に手をやる男鹿の手を叩き落とし、触んなよ、と釘を刺す。
「いや、お前の身体に俺が一生もんの傷をつけたのかと思うと、なんつーか、すげぇな、と」
「アホか。こんなもん傷でもなんでもねーよ」
 顔を顰める男鹿が、やっぱり気になるらしく耳に手をやる。だから触るなって、とその手を掴んだ古市は、まじまじとピアスを見て、へぇ、と目を瞬いた。シンプルなピアスだが、銀色の台に茶色っぽい石がついている。
「ん? なにこれ、宝石?」
 ピアッサーについているものだからそんなに派手でも高そうでもないけれど、男鹿が色つきの物を選ぶなんて珍しいなと思っていると、おう、と男鹿はなんとも嬉しそうに笑った。
「誕生石っつーんだとよ。なんか、生まれた月の石があるつってた」
 店員が、と付け加える男鹿に、おおお前店員と会話できたんか、と妙に感心しつつも、古市はむぅと口を曲げた。
「お前、自分の誕生日も覚えてねーのかよ。お前の誕生石ペリドットだぞ。緑だっつの」
「おお、そーなんか?」
「そーだよ」
 何今更感心してんだよ、と古市は溜息を吐き、手の中の説明書を見下ろす。念のためピアッシングした後は消毒をしてください、と書いてあるのを見て、やべぇピアス空ける前に消毒してねぇわ、と焦ったが今更だ。男鹿の皮膚は多少のことでは膿んだりしないだろう。
 ま、一応やっとくか、と食毒液をばしゃばしゃとティッシュにかける。男鹿の部屋には救急箱が常備されているので、わざわざ取りに行かなくてもいいから便利だ。濡れたティッシュをさっさと耳に押し当てると、じゅっと音がして、いてぇ、と男鹿は呻くが構わない。
「ったく、自分の誕生日くらい覚えとけっつーの」
「それくらい知ってるわ、古市馬鹿め」
「じゃあなんで誕生石間違えちゃったんですかねー? これ茶色ですよー緑じゃないですよー」
 ティッシュの上から耳たぶをぐいぐいとつまんでいると、男鹿がちょっぴり頬を赤くして唸る。
「知ってるっつの! 十一月の誕生石なんだよ!」
 もういい離せ、と手を払われ、男鹿の耳に押し当てていたティッシュがぽとりと床に落ちる。
「トパーズだってよ」
 男鹿は床に落ちたティッシュを拾い、ぽいとゴミ箱に向かって放り投げた後で振り返り、にぃと唇の端を持ち上げる。
「なんだよ古市。自分の誕生日も忘れちまったのか?」
 ああ、と首を傾げる男鹿に、覚えてるよボケ、と古市は悪態を吐く。それとない仕草で顔を背け、口元を手で覆うが男鹿には見通されていたらしい。伸びた手に腕を掴まれ、無理矢理に顔を覗き込まれる。
 超顔真っ赤、と笑う男鹿に、うっせぇ、と古市は唇を曲げたが、赤い顔だけは誤魔化しようがなかった。



男鹿がピアス開けて、古市がピアス買ってあげるのモエー!て叫んでたら、「古市が男鹿のピアス開けたら尚モエじゃね?」て返ってきたので、モエー!ってなりました。モエー!!