かりかりぱりぱり!



 土曜日の夜から耐久マリオカートをやっていたせいで、日曜日に起きたのは昼も近い時間だった。くぁ、と欠伸をしながら置き出した古市は、己の腹に顔を突っ込むようにして丸くなって寝ている男鹿を蹴飛ばし、首の辺りに圧し掛かるようにして寝ているベル坊をそっとおろし、ベッドから降りた。ぺたぺたと素足の足音を響かせながら階下に降り、洗面所で顔を洗う。ほとんど自分の家と同じような感覚でリビングに入れば、テレビを見ていた美咲が振り返り、おそよう、と笑いかけてくれた。
「今日はまた随分遅いじゃないの」
「明け方までマリカしてたんで……ふぁあ」
「辰巳もだけど、たかちんも物好きよねぇ。いい加減、辰巳に付き合わなくてもいいのよー?」
「んー…でも適度に相手しとかないと、後が厄介じゃないすか。いじけモードに入ったら面倒だし」
「あー…確かにねぇ。あ、お母さんとお父さん、買い物に行っちゃったのよ。どっかで昼ご飯食べてくるって言ってたけど、たかちんどうする? 辰巳とどっか出る?」
 んー、と首を傾げたのは、男鹿がまだ起きてきそうにないことと、日曜日の昼にどこかへ出かけるのはあまり気が進まないからだ。人ごみは好きじゃないし、昼飯を食べに行くとしたらファミレスやファストフードで、それくらいなら家で食べた方がいい。
「朝ごはんがてらなんか作ります。美咲さんはどーします?」
 ぺたぺたと台所へ入り、冷蔵庫から牛乳を取り出す。グラスに注いで一口飲むと、冷たい牛乳が胃の中へ落ちて行くのが解る。
 美咲も、んー、と考えるように携帯電話を弄っていたが、ぱちんとそれを閉じるとぐるりと振り返ってにやりと笑う。
「たかちんがフレンチトースト作ってくれるんなら家で食べるわ。あのかりかりのやつがいいなー。面倒だってんならラーメン食いにいかない? 駅前に新しくできたとこ、結構おいしいらしいよ。辰巳が起きてこなきゃ二人で行っちゃおう。奢ったげるわ」
「え。マジすか」
 美咲さんとラーメン…、とでへへと相好を崩しかけ、その提案に一も二もなく飛び付こうとした古市だったが、のそりとリビングに入ってきた男鹿に留められた。
「俺もフレンチトースト食う」
「あらま、おそよう。ベルちゃんもおそよう」
「おー」
「だー…」
 しょぼしょぼと目を瞬くベル坊がちっちゃな手で目を擦っている。男鹿も同じように目を擦りながら台所へやってきて、古市が飲んでいた牛乳を取り上げる。ごくごくと遠慮もなく飲み干す男鹿の腕からベル坊を受け取り、寝癖のついている緑色の髪を撫でた。
「ミルク作ってやろうか? それとも牛乳飲むか?」
「あいー」
 ベル坊は牛乳のグラスに手を伸ばすが、寝起きの赤ん坊に冷蔵庫から出したばかりの牛乳を飲ませるほど古市は非常識ではない。ちょっと待ってな、と言って、ベル坊のカップを戸棚から取り出した。牛乳をカップ半分ほど注いで、電子レンジでちょっとだけ温める。常温にまで戻った牛乳をテーブルに置き、子ども用の椅子にベル坊を座らせる。
「ちゃんと座って、両手で持って飲むんだぞ?」
「あい」
 男鹿よりもよほどしっかり目を覚ましたベル坊は、良い子のお返事で牛乳を飲み始める。片や男鹿の方は台所でぼーっと突っ立っていて、邪魔だなぁ、と古市は顔を顰めた。
「どけよ、男鹿。フレンチトースト作るんだから」
「おー…。あれか? ぱりぱりしたやつ」
「うん。つか邪魔だからあっち行ってろって」
 冷蔵庫から物を取ろうとすれば冷蔵庫の前に立っていた男鹿が邪魔で、フライパンを取り出そうとすれば冷蔵庫の前からそっちに移動した男鹿がやっぱり邪魔だ。あっち行けって、としっしと手を払うと、男鹿は何を考えているのか解らない顔で、ぼーっと古市を見つめている。
 邪魔だなぁ、と古市は顔を顰め、フライパンをコンロにセットしながら、男鹿に声をかける。
「男鹿、パン切ってくれ。三人分な」
「だーっ!」
「あ、四人分だ。ベル坊も食べるっつーから」
「おー」
 パンをストックしているカゴの中からフランスパンを引っ張り出し、男鹿は渡されたパン切りナイフでざくざくフランスパンを切り始める。ベル坊を入れて四人と伝えはしたが、ベル坊は実際そんなには食べないので古市のを少し分けてやる程度だ。男鹿もその辺は解っているので、三人分に一枚余分に切る程度に留めている。
 男鹿がフランスパンを切っている間に、古市はボウルに卵を割り入れ牛乳もちょっぴり入れる。がしゃがしゃとかきまぜながらバニラエッセンスも入れた。ぱりぱりかりかりのフレンチトーストを作るので、砂糖は卵液の中には入れない。
「切れたかー?」
「おう。俺、五個食うぞ」
「まじで? そんな食えんのかよ。朝飯だぞこれ」
「おう、食う」
 結構これ分厚く切ってあるんだけどなぁ、と思いながらも古市は男鹿がぼたぼたとボウルに落としてくるフランスパンをまんべんなく卵液を浸す。フライパンを熱していたら男鹿が冷蔵庫からバターを取り出してくれたので、サラダ油を熱しつつもバターを入れる。ジュッと音を立ててバターが溶け出すと、お腹の空くいい匂いが漂う。
「男鹿、換気扇回して」
「ん」
 フライパンの中に卵液に浸して色の変わったフランスパンを投入する。一気に作ってしまいたいので、フライパンを二つ使っての作業だ。洗い物が面倒だが、時間短縮になるし、それにかりかりぱりぱりのフレンチトーストを作ろうと思うと、次の分を焼く前にフライパンを洗わなければならないので面倒臭いのだ。
 片方のフライパンの中のフランスパンをひっくり返していると、もう片方のフライパンのフランスパンを男鹿がひっくり返してくれる。並んでジュージューと音を立てるフライパンを見下ろし、良く焼けよ、とか、これ分厚いから俺の、とかくだらない話をする。
 両面がこんがり焼けたところで、男鹿が戸棚から出してきたグラニュー糖をたっぷりと表面に乗せ、ひっくり返してグラニュー糖を焼く。要はカラメルを作っているのだ。焼いている間にもう片面にもグラニュー糖を乗せて、頃合いを見計らってひっくり返す。上になった部分はとろりと蕩けたカラメルで飴色になっている。
 男鹿がひっくり返したやつはグラニュー糖の乗せすぎで完全に全部溶けていない。
「アホ、もっとちゃんと溶かせよ」
「他のが焦げるだろ」
「だから他のだけ先にあげときゃいいだろ。あーほら焦げ臭い」
「解ってるっつの! 古市、皿!」
「俺は皿じゃありませんよー。はいよ。それお前のな」
 古市はそう言いながらも次々自分が担当していたフライパンの中のフレンチトーストを引き上げていく。皿に乗せるときに気を付けるのは、両面がカラメルを纏ったフレンチトーストであるから、フランスパンの周りの部分で立たせなければならないことだ。折角のカラメルが皿にくっついては後からしょんぼりしつつ、皿からカラメルを引き剥がそうと躍起になることになる。
 このかりかりぱりぱりフレンチトーストはできたてをすぐに食べるよりも、二分か三分置いてから食べた方がカラメルが固まっておいしい。
 その間に古市は自分が使ったフライパンに水を張り、インスタントコーヒーを入れる。皿をテーブルに運ぶと、大人しく待っていたベル坊が歓声を上げた。
「あいだぶーっ!」
「ベル坊、まだ駄目だぞ。みんな座ってからな」
 早速手を伸ばそうとするベル坊の手をぺちりと叩くと、あーっ、とベル坊は素直に手を引っ込める。
「古市っ、皿が足りねぇっ!」
「自分で出せよ、すぐ側だろ」
「焦げる! 早くしろ! 俺のフレンチトーストが焦げる!」
「あーはいはい、ちょっと待て」
 ベル坊、もうちょい待ってな、と緑色の髪をくしゃりと撫で、台所の戸棚から皿を取り出した。男鹿の横に置いてやると、男鹿は神妙な顔をしてフレンチトーストが立つように並べている。
「フライパンに水張っとけよ」
 古市はブラックコーヒーのカップを二つ手にしてテーブルへ戻る。リビングのソファに座ってテレビを見てた美咲が、もうできたぁ?と振り返った。
「今呼ぼうとしたとこです。美咲さん、コーヒーどうします?」
「あ、今日は紅茶の気分!」
「了解っす」
 美咲の分の紅茶を淹れようと台所に戻ると、男鹿が皿を運びながらフレンチトーストをひとつ齧っている。
「おいこら、ベル坊だって我慢してんのに!」
「はっへはらへっはんら」
「ベル坊だって一緒だろ! それに行儀悪いだろうが。座って食え」
「へーへー」
 男鹿がもりもりと口を動かしながらテーブルの方へ行くと、すぐに、あっ辰巳あんた一人だけ食べてんじゃないわよっ、と美咲の怖い声が飛ぶ。ほら見ろ、と思いながら手早く紅茶を淹れて、ベル坊用のお皿を取り出した。フォークも乗せてテーブルへ行けば、三対の待ちかねたような目に迎えられる。
「はい美咲さん、紅茶と、フォーク」
「ありがとー!」
「男鹿はフォークいるのか?」
「ある」
「お前なー、自分のだけ用意しねぇでみんなのも出せっていつも言ってんだろ。あ、ベル坊は俺と半分こしような」
「あいっ」
 ベル坊のカップの牛乳が残り少なくなっていたので足してやって、それから古市はようやく椅子に腰を下す。あれこれしている間に程よく冷めたフレンチトーストをみんなそれぞれ突いて、カラメルが上にくるようにして、改めて顔を見合わせる。
 美咲に目配せされて、古市はぱんっと両手を合わせた。
「それじゃ、いっただきまーす!」
「まーっす!」
「っす!」
「だーっ!」
 ぱちんぱちんと両手を打ち鳴らす音が聞こえた後は、フレンチトーストにフォークを突き刺すパリッと言う音が響く。
「んー、おいしー! やっぱたかちんの作ってくれるこのフレンチトーストが一番好きだなぁ」
「そー言ってもらえると光栄っす」
「俺も好きだぞ」
「はいはい」
「なんだよそれ、適当だな。姉貴の時と随分違うじゃねーか」
「当たり前だろ。ほら、ぶーたれてねぇでさっさと食えよ」
「んーっ、ぱりぱりのとこおいしい!」
 美咲の幸せそうな声を聞きながら、古市は自分のお皿の上でフレンチトーストを半分に切り、それからまた半分に切る。そのためにナイフを持ってきていたので、一口で食べられる大きさにした後、柔らかい部分だけをベル坊のお皿に乗せた。
「はい、お待たせ。これベル坊の分な。ひとつ食べたら、牛乳飲むんだぞ」
「あいっ」
 ベル坊は満足そうにちっちゃなフォークを掴んでいる。
 男鹿は物も言わずに必死でがっついている。手元の皿には五つあるが、好物のかりかりぱりぱりフレンチトーストだから、ここぞとばかりにたくさん食べるつもりなのだろう。余分は作っていないから、食べ終わったら古市のを狙う気か。ちらちらとこっちを盗み見る眼差しに気付いてはいたが、古市は素知らぬ顔を装う。
 そうはさせるかと古市もかりかりぱりぱりフレンチトーストを頬張り、口の中に広がる甘くて優しい味に思わず頬を綻ばせていた。




三分クッキングなおがふる!
つぎさんへ!リクエストありがとでした!
かりかりぱりぱりフレンチトースト、マジうまですよーん!! フランスパンで試してみるよろし!