純愛





 閉めきった部屋の中に、はぁはぁと繰り返す自分の荒い息と、虫の羽音のような振動音だけが響いている。額に浮き出た汗が頬を伝い、顎を伝って首筋に落ちる。そのわずかな刺激にすらも古市はびくりと震え、熱に浮かされ溢れた涙の幕に覆われた目をゆらりと動かした。
 そう離れていない場所に置かれたソファの上に、男鹿の姿があった。
 片足をソファの上に上げ、片足は下している。古市が一歩二歩歩けば届くその距離に、男鹿の爪先があって、首を伸ばしてしゃぶりたい衝動に駆られる。それを知ってか知らずか、男鹿はすいとその足を引いた。
「あ」
 思わず漏れた声に、男鹿の目がゆっくりと動く。
 ソファの肘掛に腕を預け、まるで自室で映画でも見ているような気楽さで男鹿は古市を鑑賞している。
 全裸で後ろ手に縛られ、高ぶった身体を体内深くに咥えこんだ玩具になぶられながら、はぁはぁと乱れる古市を、鑑賞している。冷めた目は古市を眺めはするけれど、愛ではしない。慈しむ様子もなければ、労わりの気持ちを覗かせることもなく、ただただ古市を見下ろしている。
「あ…ふ、あっ、お、が……おがぁ……っ…」
 ちらりと男鹿の鋭い眼光が自分の身体の上を走ったことに気付き、古市は震える。立ち上がったペニスからだらだらとこぼれる先走りの体液で腹や太腿は濡れていて、だらしなく開いた口からは唾液が頬を伝い落ちる。
 もはや立っていることもまともに座ってることもできず、横倒しになった古市が熱心に見つめる先で、男鹿が手の中に収めた小さなコントローラーを弄った。
 カチカチとメモリが動かされる音とともに、ぶぅんと、古市の身体の奥で蠢く玩具が動きを変える。ただただ震えるだけだったそれがくねり抉るような動きに変わり、古市の弱い場所ばかりを責め上げてくる。
「ひっ、あぁあっ、や、あ、だめっ……ひぃっ」
 ぴんと突っ張った足が床を蹴り逃げようとするが、身体はずり上がってもこみ上げる快楽から逃れる術はない。
 しっかりと後ろ手にまとめられた手を戒めるのは、古市が唯一持っているネクタイだ。できるなら今すぐペニスを扱き上げるか、後ろに収めた玩具を抜き取りたい古市をネクタイは阻む。
「あぁ、あ、はぁっ、い、いくっ……おが、い、いきたい…っ……うぅ…ぁ…」
 達したくても達せないのは、ペニスに直接的な刺激がないからだ。
 いくら男鹿と何度となく性交を重ね、後ろでの刺激で感じるようにはなっても、古市の身体はまだ、後ろだけで達するようにはなっていない。前を弄ってもらえなくてはいけなくて、男鹿もそれを知っているはずなのに、射精をしようと揺れ動く腰を一瞥するだけで触れようとはしない。
 指先で、撫でられるだけでもいい。
 いっそ、足で踏まれる。それだけでもいい。
 今の自分ならそれだけでもイッてしまうのに、と古市は喘ぎを零す唇を舐め想像する。
「あ、お、おが……おがぁっ……ぁあぅ、あ、いく……いきたいっ…、触って……触ってよぉ…っ…」
 横倒しになったままがくがくと腰を前後させる。情けない恰好だと解っている。みっともない姿だとも解っている。けれど、男鹿がソファから立ち上がって触れてくれない限り、古市には他にどうしようもないのだ。
 ひんっと溢れる涙を拭うこともできず、古市は男鹿に近寄ろうとした。
 男鹿が近付いてこないのなら、こちらから近付き、せめて男鹿の足にでも身体を擦り付けたかった。そうすれば男鹿が、膨れ上がったペニスを踏んでくれるかもしれないと期待をした。
 這いずって近付く古市の身体が前に傾き、立ち上がったペニスが冷たい床に触れる。先走りをたっぷりとまとった先端が床に押し付けられる刺激に、ひっ、と古市は震え上がった。
 先端に触れた床の冷たさは、古市のペニスに突き刺すようだったが、すぐにそれが快感に取って変わる。ペニスに与えられる直接的な刺激に、古市はすぐさま夢中になった。
 首を伸ばせば、男鹿の足が目の前にくるそんな場所で、古市は腰を振る。
 冷たい床にペニスを擦り付け、後ろを苛む玩具の刺激に身体中を震わせる。
「ぅ、あ、き、気持ちい…っ…」
 ぬるぬると自身の先走りに濡れた床にペニスを擦り付け、古市は夢中になる。後孔を締め上げるとより一層前立腺に鋭い悦楽が走る。玩具は強い刺激で古市を追い上げる。
「あぁ、いく…いっちゃ………いっちゃう、おが、いっちゃう……っ…ひぅううう…ッ…!」
 古市はびくびくっと全身を震わせ、目を見開く。苦しそうな息を漏らしながら、床に擦り付けたペニスから精液を吐き出した。おが、おが、と空気を求めて開閉する口が、ぴくりとも動かない男の名前を呼ぶ。ソファの上で古市の痴態を余すことなく見下ろしていた男鹿は、古市が射精し終えたのを見届けると、今まで動かさなかったソファに上げた足を下し、俯せの古市の肩を蹴る。
「あっ…」
 ごろりと仰向けにされただけなのに、古市は甘い声を漏らす。
 男鹿に触れられたことが嬉しかったのと、後ろに収められた玩具はまだ動きを止めていなかったからだ。
「おが…」
 精液まみれの腹を曝け出し、古市が熱に浮かされた眼差しで男鹿を見上げる。
 ゆるく立ち上がったペニスは新たな刺激を期待し、ゆるく立ち上がっている。薄い腹は射精の余韻でかすかに震え、合わせて吐き出される古市の呼気も震えている。
「おが……おが…ぁ……」
 甘える声も震えを帯び、媚びるように古市は身を捩らせる。
 見下す男鹿の目は相変わらず冷たく、何を考えているのか解らない。持ち上げた男鹿の手が、古市にも見えるように玩具のコントローラーをひらひらと見せびらかせる。強弱を示すメモリはまだ半ばまでにしか達しておらず、男鹿はそれを、カチリと動かす。最強へ近付くたび、古市の身体の奥から響く虫の羽音はひどく大きくなっていく。
 カチ、カチ、とメモリは徐々に上げられていく。
「ひぅ…っ、あ、あぁっ……きもち……気持ちい…っ、おが、気持ちい、いっ…」
 早くも先走りを零すペニスを揺らしながら、古市は零れる声を止められない。
「あーっ、ああぁー…ッ…あ、ひっ」
 逃げ惑いのた打ち回る身体を、男鹿は冷酷な眼差しで見おろし、踏みつける。逃げんなよ、と囁かれる声と、ようやく触れられた男鹿の足に古市はまるで釘でも打ち付けられたかのように動けなくなる。
「あ、つ、つよ…また強くなっ………あ、ああっ、だめ…も、だめまたいく……いくっ……あ、おが、いっ…んぅ…っ……ぁあああっ」
 メモリが最強を示す場所へ辿り着いたとき、古市は目を見開きながら激しく痙攣し、悲鳴のような嬌声を上げた。そして腹を踏みつける男鹿の足にペニスを擦り付け、二度目とは思えないほどの大量の精液をまき散らしながら達し、虚脱する。
 ひくひくと呼吸とは関係なく細かに震える腹を、男鹿の足が踏みつけている。
 無言で見下ろす冷めた眼差しに、古市はまた己の身体に際限のない熱がともるのを感じ、あえかな息を漏らしていた。