ベヘモット回想記。
-うちの息子は趣味が悪い-


「あいつ、いいな…」
 わーわーと土埃と怒号の飛び交う悪魔野学園の前庭を見下ろし呟く息子に、また始まった、とベヘモットは顔をしかめた。
 見たところさして表情の変わっていないように見える彼の息子は、親だからこそ解る喜色に満ちた目で前庭の一点を見つめている。
 隣に並び見下ろすと、黒い服の群れの中にひときわ目立つ銀色がある。
 焔王の話からするに参謀の役割であるらしいあれは、確か古市とか言っただろうか。ラミアをかけて戦いを焔王に挑まれてしまったベヘモットからして見ても哀れな人間だ。ジャバウォックはそれを一心に目で追っている。
「あの銀色のか?」
「あれ、かわいくねーか?」
 真顔でぼそりと呟く息子はそのいかつい外様とは裏腹に可愛いものが好きなのだ。
「そうか?その横の女の方がいいじゃろ」
「いや、あの銀色のがかわいい。あれ、いいな。俺のものにしよう」
 甘やかして育てたつもりはなかったが、ジャバウォックは一度欲しいと思ったものは何が何でも手に入れようとする。
 今回はその対象があの銀色のになったわけだ。
 銀色のは隣にいる女に話しかけられ、緊迫した戦の場であるのに気持ち悪い感じににやけている。悪魔の視力でそれを見て取ったベヘモットの耳にジャバウォックの呟き声が届く。
「今の顔、いいな」
 趣味が悪いと顔をしかめると、横で息子は口元を緩めていた。
 珍しい息子の微笑にベヘモットが驚いていると、ジャバウォックはさらに独り言をもらす。
「ピンクがいいか…いや、水色だな。銀色が映える方がいいな。よし、水色にしよう。人間って餌は何食うんだ?」
「水色って何の話じゃ」
 独り言の意味が知りたく尋ねたベヘモットに、真顔に戻った息子は答えた。
「ん?部屋の色に決まってんだろ。それより人間の餌は何だ」
「知らん。本人に聞け」
 息子の趣味の悪さに今更口出しも出せず、出す気もないベヘモットは、わーわーと大騒ぎをしている眼下を見下ろし溜息を吐く。銀色のは焦った顔で逃げ惑っていて、ジャバウォックは実に嬉しそうな顔でそれを眺めている。
「ああいいな。やっぱりかわいいぞあれ」
 なぁそう思うだろ親父、と言われたが、知らん、とベヘモットは背を向ける。
 重ね重ね、息子の趣味の悪さにだけはついていけない。あんな貧相な男の何がいいのだ。やはり愛でるならおっぱいだ。ふんわりこんもりなおっぱいに限る。
 水色の調度品にベッドカバーにはレースも付けてやろう。いや、本格的に飼うとなると首輪もいるか。所有印でも押しとかねーと誰かに持ってかれちまうか、あんだけかわいいと。
 窓際からぶつぶつと聞こえてくる息子の趣味の悪い妄想に、ベヘモットは育て方を間違えたのかと溜息を吐いた。



かっこいいジャバ様が好きなんです…。