いつか、きっと


 聖石矢魔学園への通学路は当然石矢魔高校への通学路とは全く違い、下校途中での寄り道ポイントも随分と変わった。厳密に言えば通学路ではないけれど、行って行けなくはない距離にちょっと大きめのショッピングモールがあるので、古市はたまに一人で帰るときにはそこへ寄ったりする。制服でも気にならないくらい高校生も多いし、それに本屋に行ってCD屋に寄って服を見てロッテリアに行けるのがいい。
 男鹿と一緒だとマクドナルドばかりなので、たまにはロッテリアのエビバーガーも食べたくなるのだ。それにポテトもロッテリアの方が大きいし。何より男鹿と一緒だと他校生に間違いなく絡まれるので本屋にもCD屋にも服屋にもロッテリアにも行けないのだ。
 だから男鹿がそこへ行きたいと言った時には正直、困ったなー、と思ったのだ。
 ショッピングモールでは古市と男鹿はイコールで結ばれていなかったし、他校生にも、ほらあれ男鹿の連れ、と指差されることもなかった。割とのんびりとできるいい場所だったので、男鹿を連れて行くと今後そういうこともなくなるのは困る。
 けれど男鹿は行きたいと言うし、連れていかない理由をうまく説明できる自信もないし、仕方がないので男鹿に絶対喧嘩をしない約束をさせてショッピングモールへ立ち寄った。
「いいか、マジで絶対何がなんでも喧嘩すんなよッ? 俺の安息の地を奪うなよッ?」
「アンソの血? そいつ、怪我でもしてんのか?」
「はぁ? 誰がだよ、つか何の話だよ。本当に解ってんのか? 俺は喧嘩すんなっつってんの!」
「よく解らんが解った」
「解ってねぇじゃねーかッ! あーもう、本当に頼むからなっ!」
 解ってる解ってる、と本当に解ってるのかどうか解らないしたり顔で頷く男鹿とショッピングモールへ入り、古市は店舗内の案内図を見上げた。
「そんで? どこ行きたいんだよ」
 男鹿の背中に張り付いているベル坊がトイショップの写真を見て目を輝かせている。だーだーあだーうぃーっ、と古市を振り返ってアピールしているので、はいはい後で行こうな、と頷いた。ベル坊は期待に胸を膨らませ、だぶだぶ歌を歌い始めた。それを余所に男鹿は案内図を見上げている。
「おー…携帯変えたくてよー」
「え、携帯変えんの? あれ、今のっていつ変えたっけ?」
 割と大きな家電量販店がモールの中に入っているので、そこへ行けば間違いない。古市が歩き出すと、男鹿は案内図から目を離して後をついてくる。
 最近できたばかりのショッピングモールは、そこらのデパートと違ってちょっと高級感がある。フロアの床がタイル張りでなくカーペット敷きなのを見て、男鹿は、おおふかふかだ、と喜んでいる。
「もう二年以上たってんぞ」
「え、マジで?」
 古市は自分の携帯電話を取り出すと、カメラで撮りためた写真の一番古いものの日付を確認する。男鹿が大口開けてあくびをしている写真で、携帯電話の機種変更をしたその日に撮ったものだ。いつ携帯電話を買い替えたか解らなくなるので、こうして写真を撮って残しておくのだが、確かに日付は二年と一か月前になっていた。
「うわ、ほんとだ」
「な? それに俺の、電撃浴びてるせいかやたら動き悪くてよー」
「そりゃまーそーだろうな。あ、でも俺、今日委任状とか金とか持ってきてないぞ」
「いや、今日は見るだけにしとく」
「そか? ふーん、そんじゃ何にするかなー」
 古市はそれまで嫌々付き合ってやってる感を全面に押し出いていたのを引っ込め、弾む足取りで携帯電話コーナーへと向かう。
「やっぱ最新機種かなー。スマホもいいかと思うんだけど、使い辛いって聞くしな。男鹿、お前どんなんがいいんだよ」
「ドラクエできりゃそれでいい」
「スマホがいいとか嫌とかそーゆーのはねぇのかよ」
「あー…古市が使いやすいやつでいい。どーせあんまし機能使いこなせねぇし」
「あそ」
 一通り並んでいる最新機種を見て、カタログをもらう。男鹿の鞄と自分の鞄に一冊ずつ突っ込んで、それからもう一度、良さそうな機種をチェックした。古市がそうしているとベル坊も気になるのか、自分にも携帯電話を持たせろとあだあだ言い始めるので、適当なサンプルを一個渡してやる。ベル坊は喜んでかちかち押して喜んでいる間に、古市は男鹿にいくつか携帯電話を見せた。
「これなんかいいんじゃね? 防水だし」
「薄すぎねーか? すぐ折れそうだぞ」
「あー…お前はそうかもなー。これ最薄なんだってよ。そんじゃこれは? 今使ってるやつの新しいやつだってよ」
「ふーん、悪くねーな」
「そんな高くねぇし。候補に上げとくかな」
 古市が候補に上げた携帯電話を矯めつ眇めつしていると、店員がやってきてお伺いしいましょうかと丁重に尋ねてくれる。これが石矢魔高校周辺の店だと男鹿に恐れをなして誰もやってこないので、なんだか新鮮だ。
「あ、これって在庫あります? 今日は委任状とか持ってないんですぐ変えるわけじゃないんスけど、あればまた近いうちにくるんで…」
「ああ、そちらですね。では在庫確認してまいりますので、お色の方はどちらの色がよろしいですか?」
 愛想良い店員の言葉に、古市は男鹿を見上げた。
「お前、何色?」
「んー、黒」
「だろうな。そんじゃ俺は赤で」
「赤ぁ? なんでそんな色にすんだよ。女っぽいだろそれ」
「別に赤だから女っぽいとかねーだろ。結構かっこいい赤だぞ、これ。あ、俺は赤です!」
 男鹿に黒と言われた店員は、黒ですねー、と手元にファイルに書き込んだ後、古市に赤と言われ、は、と首を傾げた。
「えーと、黒と赤とどちらか在庫がある方でと言うことでよろしいですかね?」
「あ、違います。こいつのが黒で、俺のが赤で」
「同じ機種で…ですか?」
「はい、俺も一緒に機種変更するんで」
「あ、ああ、なるほど、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
 店員はそそくさと在庫確認のためにどこかへ消えて行き、古市はその間に他の携帯電話もチェックする。どの携帯電話もほとんどできることは一緒で、あとはデザイン性の問題だけだ。
「お、見ろ、古市っ。なんかおもしれーのがあるぞ。木みてーだな、これ」
 エコ携帯と書かれたウッド調の携帯電話を見せる男鹿を、そんなもん使わねーだろ、と古市は一蹴する。ベル坊がだーだーと携帯電話のサンプルを振り回していたので、それを取り上げ、代わりに男鹿の携帯電話を持たせた辺りで、先ほどの店員がやっぱりにこやかな笑顔でやってきた。
「お待たせしました。どちらも在庫ございますので、明日まででよろしければお取り置きもできますが?」
「あ、じゃあお願いします。明日来れるよな、男鹿?」
「おー」
 男鹿が頷くと店員は書類を取り出し、取り置きに必要なものなので書いてくれと説明する。それからあとは名前を書き込めばいいだけの委任状をくれたので、古市はそれを男鹿の鞄と自分の鞄にそれぞれ突っ込んだ。
 では明日お待ちしております〜、と微笑む店員に見送られ、家電量販店を出かけた古市は入口近くの特設コーナーに大きく『ブライダルフェア』と掲げられているのを見つけた。
 ああ、六月だしな、と古市はブライダルと今の季節を結び付けて納得する。
 冷蔵庫や電子レンジ、洗濯機に掃除機、炊飯器や果ては空気清浄器まで、生活に必要なものがシリーズで揃えられていて、『新しい生活のために』と煽り文句がついている。幸せそうな新郎新婦の写真つきだが、あれって絶対に三月辺りには『新社会人フェア』とか『一人暮らしフェア』とかだったんだろうな、と勘繰ってしまう。
 それにしてもスタイリッシュな家電ばかりだ。古市の家にある冷蔵庫なんて銀色の味気ないものなのに、『ブライダルフェア』に並んでいる家電はシリーズ通してカラフルなものばかりだ。赤い冷蔵庫とか炊飯器とか、あれかっこいいな、と家事を手伝うつもりもないのにフォルムに見入る。
 思わず立ち止まっていたのを不審に思ったのか、先を歩いていた男鹿が戻ってきて、古市、と腕を引かれる。ついでにダーッとベル坊に髪を掴まれた。
「あ、悪ィ。ベル坊の玩具見に行くんだったよな」
 ごめんごめん、と膨れ面のベル坊の頭を撫でて謝ると、男鹿は古市と特設コーナーとを見比べ、目を見張る。何を驚いてるんだか、と古市は首を傾げ、今度は逆に男鹿の腕を引いた。
「行こうぜ、早くしないとベル坊に泣かれちまう」
「古市、お前…」
 古市に腕を引かれて歩き始めた男鹿が、何やら言いにくそうに古市と家電量販店とを見比べている。数歩歩いたところで足を止めた男鹿を振り返り、古市は眉を寄せた。
「ん? なに? 玩具屋行くんじゃねーの?」
 泣かれちまうぞ、と促すと、あー、と男鹿はなんだか落ち着かず、そしてなんだかうろたえた様子だ。きょときょとと辺りに目をやり、俯いたり、ついでに頬を染めて怪しいことこの上ない。
「どうしたんだよ、男鹿」
 男鹿のくせに頬を染めるなんて不気味すぎるぞ、と呟くと、珍しいことに男鹿はそれへ対して怒るでもなく、神妙な顔で、あのな、と切り出した。
「……今は無理だけどよ、その……いつかな」
「…はぁ?」
 なに言ってのお前、と古市は思い切り怪訝な顔で男鹿を見上げた。
 男鹿はそわそわとやっぱり落ち着かず、視線を彷徨わせているが、その視線がやたら家電量販店の方へ向かっていることに古市は気付いた。
 男鹿の視線を追って振り返った古市はそこで目にしたものが解ると、なんであんなもの見てそわそわして……、と考え、途中で理由と意味とがに行き当たりカァッと頬を熱くする。
 男鹿の視線が向かっていたのは家電量販店入口の特設コーナーで、そこには『ブライダルフェア』と掲げられている。恐らく、数か月前は『新社会人フェア』とか『一人暮らしフェア』とかそう言ったフェア名が掲げられていたはずの特設コーナーだ。
 古市はスタイリッシュな家電に見入っていたのだが、男鹿は違う部分、つまり『ブライダルフェア』の文字と新郎新婦の写真に古市が見入っていたと勘違いしたらしい。
 男鹿は勘違いしたまま、今は無理だけどいつかは、と切り出したのだ。
 カァアアア、と古市の頬が真っ赤になる。
 つまり、いつかは一緒に暮らそうよ的なアレだ。
 馬鹿じゃないのバカじゃないのっ、と思う反面、いつかそうしたいと思っている男鹿の心の内を明け渡されて古市はとんでもなく恥ずかしい。けれど同じくらい、いやそれ以上に、とんでもなく嬉しい。
 古市は笑いそうになる口元をぎゅっと引き締めて、うん、と頷いた。
「いつか、な」
 神妙な顔で答えを待っていた男鹿はそれを聞くとぱぁっと顔を輝かせる。
 それはもう本当に本当に嬉しそうな笑顔に、古市の口元は引き結んでいたはずなのに自然と緩んだ。アバレオーガなんてあだ名は返上した方がいいんじゃないかと思うほど、幸せそうな男鹿が、おう、と頷く。
「いつか、きっとな!」
 満面の笑みの男鹿に手を取られ、行こうぜ、と促される。
 だぁっ、と賛同しているのか急かしているのか。解らないけれどご機嫌は悪くないベル坊に急かされ、古市は男鹿に手を引かれトイショップへ向かう。
 少し歩いたところで繋がれた手をぎゅっと力を込めて握り返す。振り向いた男鹿が幸せそうに唇の端を持ち上げる。古市を映す男鹿の目はすごく優しい色をしていた。



ナチュラルに夫婦なおがふるはここから始まった。
のかしら? プロポーズ編。明確なプロポーズはもっと後でね的な話です。
いや、こんなん出たら書くしかないでしょ、と曲解した結果がこれです。
『3つのお題だー』 Kx64さんへの3つのお題は「いつ/下校中」「どこで/家電量販店」「キーワード/いつか、きっと。」です。 http://shindanmaker.com/131415
プロポーズしかないだろう…。
あとこの二人、毎回一緒に機種変してます。