いい奥様の日



 今日も今日とて近隣の不良の皆様をぶちのめし、すっきり気分爽快の血染めの拳を振り回しながら帰宅した男鹿は、ただいまー、とドアを開けた瞬間、小脇に抱えていたベル坊をどさっと落とした。
 普段は背中にくっついたっきり離れないベル坊だったが、今日は公園で見かけた同じ年頃の赤ちゃんがお父さんに抱っこされているのを見て、抱っこがいいとおんぶを拒否したのだ。だが所詮は男鹿なので、荷物でも抱えるように小脇に抱えられてしまったが、まぁこれはこれでいつもと視点が違うのでベル坊は大満足だった。
 べちゃっと玄関の三和土に落とされたベル坊は、あだっ、と悲鳴を上げたが、泣き出すこともなく落ちた体勢のままでぽかんと前方を見据えている。
 ベル坊がぽかんと見上げ、男鹿がひきつった顔で見る先には、リビングからひょこっと顔を出した古市がいた。
「お、おかえり〜! 今日も喧嘩で疲れただろ? お風呂湧いてるけど、先お風呂入る? あ、飯もあるぞっ! フジノのコロッケだ! 飯先に食うなら準備するし! そ、それとも……その、あの……お、お、俺にする?」
 ぽっと染まった頬を両手で押さえ、きゃ、言っちゃった、と身を捩り恥ずかしそうに俯くのは、間違いなく古市だ。
 アホそうな顔にアホそうな動き、そしてこの辺では古市とその母親、その二人しかいない天然の銀髪は間違いなく古市だ。
 古市が男鹿家にいるのは別にいい。
 いつものことだし、今さら違和感なんて感じない。
 飯を作っていてもいい。たまに腹が減ったと美咲に唸られて人様の家の台所で炒飯を作ったりホットケーキを焼いたりしている。
 風呂の準備をしているのもまぁいい。たまに疲れたーと喚く美咲のために風呂を洗いお湯を張りバスキューブも入れて準備万端整えている。
 その後も、まぁいい。夜になればあれこれすることも多々あるので、まぁいい。
 だがいかんせん、その恰好がよろしくなかった。
 古市は目に痛いフラッシュピンクのエプロンを身に着けていた。フラッシュピンクのエプロンなんて痛い古市には実にぴったりの痛々しさだが、あまりにも痛々しすぎて突っ込むことをためらうほどだ。
 肩紐はやたら派手なフリルで覆われ、胸元はハートの形になっていてこちらもフリルで覆われている。きゅっと絞った腰ひもすらフリル満載で、膝の辺りまでを覆う下の部分はスカートのように膨らみ、やっぱりフリルで縁取りがされていた。
 痛々しい。
 何の罰ゲームか知らないが、あまりにも痛々しすぎる。
「……おま……なんちゅー恰好してんだよ…」
 他にどう突っ込めばいいのか解らず、至極全うな問いかけをすると、古市はなぜかきゃっと頬を染めて俯いた。白いうなじがフラッシュピンクのフリルの向こう側から覗き、男鹿はぎょっとする。
 角度的にうなじが見えるのはいい。
 だがうなじよりもずっと下、つまり背中までもが見えたことに男鹿はぎょっとしたのだ。
 通常そこはTシャツやら何やらで覆われているはずの場所で、古市の白い背中がピンクのエプロンのフリルの間から見えるはずなどないのだ。
「だ、だって……美咲さんが…っ!」
 赤い頬を持て余しながらぷるぷる震える古市は、男鹿がじーっと凝視しているのに気付くと、ますます顔を、耳や首まで真っ赤にして、あんまじっくり見んなっ、と背を向けた。
 フラッシュピンクと実に対照的な真っ白の背中と、肉付きは悪いものの背中と同じくらい真っ白なお尻が男鹿の目に晒される。男鹿は思わず足元で、あー…、と感嘆したような声を上げるベル坊の目をぱちっと塞いだ。
 いかにベル坊と言えども自分の幼馴染兼恋人兼相棒のケツを見せるわけにはいかない。
「美咲さんがいい奥さんの日だからってヒルダさんに新しいエプロンあげたらヒルダさんはそれなら貴様にはこれをやるってこのエプロンを俺に押し付けたんだよっ! しかもこれいい奥さんのお約束やるまでは脱げない魔界グッズだったらしくて全然脱げないし、パンツも履けなくてさっきから困ってたんだよっ!」
 古市はそういうと背中で結んでいる腰ひもに手を伸ばし、その場でほどき始めた。
「お、おい古市お前なに…っ!」
「いい奥さんのお約束やったんだからもう脱げるはずだろっ! 俺はパンツ履きたいんだーっ!」
 古市が必死になって腰ひもをほどこうと後ろ手に格闘しているが、さすがに魔界グッズだけあって、腰ひもはするすると古市を嘲笑うように手の中で泳ぎ回っている。つかめもしないそれに、みゃぁあああっ、と古市は絶叫する。
「なんだよこれなんなんだよこれっ! もうお約束やったんだからいいだろっ! 俺を普通の状態に戻せぇええっ!」
 どたばたと暴れまわってエプロンと格闘しているが、男鹿の目には古市が一人で遊んでいるようにしか見えない。
 どこかで見たことあるなー、と思ったら、近所の犬が自分の尻尾を咥えようとその場でぐるぐるぐるぐる回りまくって遊んでいるあれに似ている。
「きぃいいいい! なんだよこれっ! おい男鹿っ、ぼーっとしてないでこれなんとかしてくれよっ!」
 ほら引き千切れっ、と背中を向けられ、男鹿は思わずごくりと生唾を飲み込む。
 古市は腰ひもを突き出そうとしたのだろうが、男鹿の目には白い尻をさぁ撫でまわせとばかりに差し出されたようにしか見えなかった。
「い、いいのか?」
 こんな玄関先で、と思わず尋ねると、あーもうどこでもいいよ、と古市は諦めたように溜息を吐く。
「一時間くらいこの恰好でさー…美咲さんは面白がってあれこれ言いつけるし、ヒルダさんは俺のことメイドか何かだと思ってるみたいでこき使ってくれちゃうしさー…。なんでこんなエプロンで脚立上って電球変えなきゃなんねーんだっつーの…」
 ヤになるぜ、と古市は溜息を吐き、すぐに首だけで振り返り男鹿を見上げた。
「それよか早くしてくれよ、男鹿。俺もうこんな恰好我慢できねーんだ」
 白い背を向けられ、さぁと尻を突き出される。
 解った、と男鹿は手を伸ばした。
 真っ白い尻に触れようとして、己の手が血まみれだと気付く。慌てて学ランで拭い、改めて薄い尻たぶに触れると、一時間この恰好でいたのは嘘ではないらしく、古市の尻はひんやりとしていた。
 男鹿はその尻を温めるように掌で撫で、露わになっているうなじに吸い付いた。
「なななななにしてんだよお前っ」
 男鹿の舌がうなじを舐めた途端、びくりと震えあがって逃げ出した古市が、顔を真っ赤にして睨み付けてくる。男鹿はきょとんと眼を丸くして首を傾げた。
「いやケツ差し出したから撫でろって意味かと。しかし随分ケツ冷えてんぞ、古市」
「あーやっぱそうか、通りでお前の手が熱いと思った……じゃなくて! なんでケツを撫でるんだよテメーはッ! 俺は腰紐引き千切ってくれっつったの! お前の怪力なら簡単だろっ! 俺、この恰好もう嫌なんだよっ! 寒いし、スースーするし、美咲さんもヒルダさんも生ぬるい顔するしっ!」
 いや、そもそもはヒルダの使った魔界グッズのせいだろう、と男鹿は突っ込みかけたが、それよりもまず先にすべきことがあった。
 危険を察しじりじりと後ずさる古市を壁に追い詰め、古市が良く言う心のシャッターを切り、フラッシュピンクのエプロン姿を目に焼き付ける。裸エプロンだ。どれだけ痛い古市でもさすにが二度はやるまい。激レアだ。
 首筋に顔を突っ込んで甘い匂いのする耳の下辺りを舐め、ひゃっと肩を竦める古市を抱き込み、やっぱり冷たい尻を両手で撫でまわす。
「や、ちょ……男鹿っ」
 腕の中でぎゅうっと縮こまる古市の尻を、よしよしと撫でる。
「あー……やっぱ冷えてんな…」
 尻がこれなら背中もさぞ冷えていることだろうと肩紐の合間から覗く背骨の辺りを手のひらで辿れば、確かに手には氷のようにとまではいかないものの、十分に冷たい肌が触れる。
「風邪引くぞ」
 もう十月なんだし、と呟くと、男鹿の腕の中で古市はほっと思わず漏れたような息を零す。そしてわずかに寄りかかってきた身体をしっかりと抱きとめ、男鹿は古市に自分の体温を分け与えるように抱きしめ、背中を撫でた。
「あったかくて気持ちいい…」
 ぽつりとつぶやく古市に、そーか、と男鹿は返す。うん、と肩に伏せられた顔が寛いでいるようだったので、あわよくばそのままエロいことに持ち込もうとしていた男鹿はその欲をぐっと堪えた。
 古市はヨワヨワだから労わってやらなければならない。
 小さい頃に植え付けられたその精神は、何よりも強い性欲の前ですら発揮して、エッチなことよりもまず先に古市を温めてやらなければと考えてしまう。
 そんな気持ちが伝わったのか警戒心なく懐く古市が、紐解いてくれよ、と再度強請る。
 男鹿は腰紐を解こうと手をかけるが、やはり腰紐はするすると男鹿の手からも逃げてしまう。
「まだ無理っぽいぞ」
「あー…くそっ…。なんだこれ」
 ぎりぎりと歯軋りをする古市の背を撫でながら男鹿は尋ねた。
「どうすりゃ解けるんだ?」
「魔界グッズだからな。ヒルダさんが言うにはいい奥さんのお約束をクリアすれば脱げるらしいけど、あのお出迎えじゃねーのかよっ」
 耳元でぎゃあぎゃあと喚く古市が、そう言えば恥ずかしい台詞とともにお出迎えしてくれたっけな、と男鹿は思い出す。そして同時に、その時に取り落としたベル坊の存在を今の今まですっかり忘れていたことも思いだし、慌てて振り返ると、ベル坊は足元で目をきらきら輝かせて二人を見上げている。
 邪魔はしねぇよ、とばかりに、ダッ、と声を上げるベル坊に、さすが魔王、と男鹿もにんまり笑って見せる。
 そんな親子のやり取りも知らず、古市はぎゅうぎゅうと力任せに男鹿の短ランを握りしめ知力を振り絞っている。
「いい奥さんのお約束ってなんだよ……ッ! あなた、ネクタイ曲がってるわよ、か? けど男鹿はネクタイしてねーし……じゃなきゃ、ごはん作ろうと思ったんだけど失敗しちゃったー、てへっ、か?」
「失敗すんのがお約束なのか?」
「俺の中では、まぁそうだな」
 うん、と頷いた古市に、そーか…、と男鹿は眉を寄せる。
 失敗してない飯の方が嬉しいと言ってはいけないのだ、きっと。
 その後もうんうんと唸る古市の背やら尻やらを撫でる男鹿のすぐ横でリビングのドアが開き、ヒルダがいつもの能面のごとく表情で現れた。
「何をさっきから唸っておるのだ、キモ市」
 まぁ坊ちゃまお帰りなさいませ、と古市に向ける冷笑とはまるで別物の慈愛に満ちた微笑みで廊下の床に座るベル坊を抱き上げ、ヒルダは甘い声を漏らす。
「さぁ坊ちゃま、おやつをご用意してありますよ。ヒルダと一緒にリビングへ参りましょうねー」
「だーっ!」
 おやつーっ、と両手を突き上げるベル坊を抱き、ヒルダが再びリビングへ戻ろうとするのを、慌てて古市が止める。
「ちょっ、ヒルダさんっ! いい奥さんのお約束ってなんなんですかっ! もうさっぱりお手上げなんですけどッ!」
 いい加減これ脱ぎたいっ、とフラッシュピンクのエプロンの胸元を引っ張ってアピールするせいで、古市の淡いピンク色の乳首が丸見えだ。しかし本人は気にしていない。
「ああ…それか……」
 ヒルダはすっかりフラッシュピンクのエプロンのことなど忘れていたと言わんばかりの顔で、古市の姿を頭から爪先までとっくりと眺める。
「いい奥さんのお約束と言えば、台所で立ちバックに決まっておろう」
 はい、と古市の笑顔が凍りついた。
「え、あ、あのヒルダさん? いま何ておっしゃいました?」
「貴様、趣味だけでなく耳も悪いのか? 台所で立ちバックがいい奥様のお約束だと言ったのだ。何しろそれは魔界グッズAVごっこシリーズだからな。そのエプロンは団地妻のものと言う設定だ。せいぜい立ちバックで可愛がってもらうのだな。ああ、くれぐれも台所で励まぬとお約束をクリアしたことにはならんからな」
 え、と古市の凍りついた笑顔がひきつった。
「えーぶい…?」
 って何、と解りきったボケをかます古市が逃げないよう、抱きしめる腕に力を込めながら、へー、と男鹿は見当違いのところで感心していた。
「魔界にもAVってあんのか」
「それは当然だろう。魔界の住人はほとんどが悪魔だぞ? 悪魔は自分の欲に忠実だからな」
「言われてみりゃそれもそうだな。よし、古市! 台所でやるぞっ!」
 ひょいと古市を抱き上げると、それで我に返った古市が、いやぁあああっ、と絶叫する。
「そそそそそそんなのやだっ! 絶対やだっ! だって台所なんてリビングから丸見えじゃん! しかも今美咲さんもいるじゃん! 絶対やだそんな見世物やだ! リアルAVはやだぁああああっ!」
「ああだこうだとうるさいやつだな」
 ヒルダはベル坊をあやしながら眉間に皺を寄せる。だがリビングから丸見えの台所で事に及ばれるのも困りものだと思ったらしく、ふむ、とベル坊を抱いていない手を顎に当てる。
「それならアランドロンを使うと良い。姫川のマンションの部屋で使っていない部屋があっただろう。そこで団地妻ごっこをやると良かろう。隣近所は誰もおらぬ上に見つかっても相手は姫川だからな。支障はあるまい」
 ありまくりですよっ、と叫ぶ古市の訴えは当然ながら無視された。
 いつの間にか現れていたアランドロンがぱかっと割れて待機している。
「坊ちゃまにはしばらくリンクを切っていただくことにする。貴様らの交尾のためになど勿体ない計らいだが、仕方あるまい。せいぜい励めよ。中出しもポイントが高いぞ。何しろ若奥様だからな」
 菩薩のような微笑みでえげつないことを言うヒルダに見送られ、男鹿は古市を抱き上げ割れたアランドロンの中に古市の悲鳴ともども足を踏み入れる。
「励みたくないぃいいいいいいっ!」
 ぽいっと放り出された先はモデルルームのような台所で、古市はむぅと頬を膨らませている。んなことするより男鹿がこの紐引き千切ればいいだけの話じゃん、と拗ねた訴えは当然無視し、男鹿は魔界グッズAVごっこシリーズ、団地妻編を堪能すべく、嬉々としてフラッシュピンクのエプロンをまくり上げた。





アホいエロ…じゃなかった、エロいアホが書きたかった。
そんな時に舞い込んできた2011年9月30日はいい奥様の日だと言うツイッタ―での情報に踊らされ、
奥様っつったらピンクのふりふりエプロンじゃね? え、エプロンってことは当然裸エプロンでしょ、な流れに舞い踊らされ、

このような結果に…。
AVシリーズはまた書きたいです。うん。楽しいもん!