おがふる百人一首
毎日少しずつ。たまにおがふる以外も混じるかも。
※おがふる以外のものは冒頭に明記1
『あらざらむ この世の外の 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな』(和泉式部)
もうすぐ死んでしまうけれど、この世の思い出に、もう一度あなたに会いたかった。
ああもうすぐか、とこの所わけもなくふと思う。
八十年以上を生き、ゆっくりと老いていく身体はよく例えられる砂時計の残りが少ないことを敏感に感じ取っているのか。
庭先に見える桜がはらり、はらりとまた散っていくのを見て、ああきれいだなと頬を緩める。葉桜になりかける桜を見て思うのは、あいつはちゃんと元気でやっているんだろうか、と言うことだ。
結婚して、子どもを設け、孫にも恵まれて、言うことのない人生だったけれど、その中で一番、何よりも一番輝いていたのは、あいつが側にいた時間だった。
自分が生きた時間の十分の一の時間を共にして、花火のように鮮烈な光を与え、ふらりと消えてしまった。
拾った子どもに導かれて、魔界へ行くわ、とまるで隣町に出かけるかのような気軽さで消えてしまった。
あれから六十年以上がたつ。
あれきり姿を見ていない。
懐かしい、と目を細める庭先で、孫の可愛がっている犬がふと顔を上げる。ふんふんと鼻を鳴らしきゅうと甘えるような声を漏らす。たつみ、と名を呼ぶと、黒い犬が振り返り、ふるりとお愛想程度に尻尾を振った。
おじいちゃん名前つけていいよと言われ、あいつの名前を付けた。真っ黒の目が思いのほか似ていたからだ。
最後に一度会いたかったと思うけれど、それはもう叶わないだろう。
目を閉じ、思い出そうとしても、あいつの顔も声も思い出せない。写真を見れば顔は思い出せる。けれど声は、どうしたって甦らない。
だから最後に会いたかった。声が聞きたかった。心底愛した相手の自分の名を呼ぶ声が、ふるいち、と甘えるようなあの声が聴きたかった。
おが、と小さく呟いた声に、おう、と声が返る。きゅうと犬の甘える声に、よしよしと応じる声がする。そして、ふるいち、と甘く呼ぶ声に、あああいつの声だ、と古市は身体が軽くなるのを感じた。
甘く、優しく、柔らかく、綿で包むように一音一音を発する、男鹿の声。そんな声に名前を呼ばれるのが大好きだった。
くぅと犬が鼻を鳴らす。古市の閉じた瞼にひとひら花びらが舞い降りた。
2013.01.16.2
『朝ぼらけ 有明の月と みるまでに 吉野の里に ふれる白雪』(坂上是則)
空がぼんやり明るくなってくるような明け方、吉野の里に、明るく光る月と見間違えるほど白い雪が降っていた。
ぶるりと震える寒さに目を覚まし、背中がむき出しになっていることに気付く。毛布をかぶって寝たはずなのに、いつの間にか傍らの男にとられてしまったらしい。ぐいと強く毛布を引くが、巻き込んで眠る男鹿はびくともしない。
むぅと口を曲げ、ふと、カーテンの向こうが妙に明るい事に気付く。
まだそう明るくなりもしない時間だ。明け方の五時はまだ町も動き出さない。
動く人と言えば始発に乗る人か、新聞配達の人くらいだろうか。
それにしてもその音も今日はなく静かだ。なんだろ、とすっかり冴えてしまった目を瞬き、カーテンを少し開くと、男鹿家の庭は一面真っ白に染められている。いつの間にか、雪が降り積もっていたらしい。庭木も塀も車庫もどこもかしこも真っ白で地の色が見えない。今もしんしんと降り続く雪でいつもよりも明るく思えたのだ。
「すげ」
ひょっとしたら膝まで埋まるんじゃねぇの、と古市は頬を緩める。そうしたら男鹿とかまくらを作って、ベル坊を中に入れてやろう。魔界に雪が降るかどうかなんて解らないけれど、小さな魔王様は喜んでくれるだろう。
降り続ける雪を眺めながらそう思っていると、背後で、んん、と男鹿がむずがるような声をあげる。寒ィ、と非難がましい声に俺はお前に毛布とられたからもっと寒かったんだぞと睨みつけると、しょぼついた目を薄く開いて、男鹿がこちらを眺めている。
「まだ早ぇだろ……」
弱い声に頬を緩め、雪が降ってんだ、と伝えれば、へぇ、とさっきよりも少し大きく目が開く。
「かまくら作るか」
「雪だるまもな」
腕を引かれ、起き上がっていた体を横たえる。毛布が掛けられ抱き込まれ、冷えた身体がほぅと緩む。男鹿の体温は暖かく一緒に眠るときに電気毛布は必要ない。額に押し付けられた唇が、冷てぇ、と文句を言うが、構わず腕を男鹿の脇腹に回して甘える。
もうちょい寝る、と呟くと、男鹿からの返事はない。すぅと聞こえた寝息に頬を緩め、あらわになっている鎖骨へ唇を寄せる。きつく吸って赤い痕を残し、古市もまた目を閉じた。
2013.01.17.3
『秋の田の 仮庵の庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ』(天智天皇)
秋の田んぼの側にある仮小屋の屋根を覆う苫の編んだ目が粗く、滴る露で衣の裾が濡れていく。
しとしとと降り続く雨が体温を奪っていく。
あばら家のガラスのない窓から外を眺め、寒さが骨身にしみるというのはこういうことを言うのかと初めて知る。やまない雨は視界を遮り、音と、体力をも奪って行く。
いつものごとく坊ちゃまのためと言う理由で魔界の樹海のような所へ放り込まれた男鹿は、帰る道を探るために樹海を彷徨い、朽ちかけたあばら家を見つけた。雨露がしのげればそれでいんじゃね、といつものごとくついてくる羽目になった古市が疲れ切った表情で呟いたので、ひとまず今夜はここで過ごそうと決めた。
どんな生き物がいるのか解らないので、交代で不寝番をする。
樹海へ飛ばされて数日、初日から不寝番は変わらず続けている。
一日目はヒルのような生き物に襲われたし、二日目は竜のような生き物だった。今日も得体のしれない生き物に襲われるかも知れないので不寝番は欠かせない。
古市の疲れが酷かったので、先に休め、と粗末な床に適当な寝床を作ってやると、ごめん、と言ったきり古市は目を閉じてしまった。白い頬に疲れが見える。傍らに腰を下ろすと、ベル坊がよたよたと背中から降りて横たわる古市の腕の中へもぐりこみ、二人はそれきり目を覚まさない。
よっぽど疲れているらしい。
三時間で交代する不寝番だが、今日はこのまま寝かせておいてやろうと男鹿はあばら家の外へ目を向ける。古市がゆっくり眠れるように、何も襲ってこなければいいのだが、こればかりは解らない。
二人を樹海へ放り込んだっきりヒルダは姿を現さないし、いくら読んでもアランドロンも現れない。早いこと人間界に帰りてぇ、と男鹿は溜息を吐く。とりあえずベッドで気兼ねなく寝たい。それに尽きる。
ぼうっと雨を眺めていると、くちんっと小さなくしゃみが聞こえた。
見下ろすと古市が身を竦め、ベル坊を強く抱き込んでいる。古市の横たわる床の向こう側に小さな水たまりがある。
何かと思えばあばら家の天井から水が漏れているのだ。それがそこへ落ち跳ねて古市の背を湿らせている。
そりゃ寒いだろう、と男鹿は己のジャケットを脱いで、古市の肩にかけてやる。身体全体を覆う事はできないけれど、これでせめてもの寒さがしのげればいい。
ジャケットが体にかかり、ほうと息を吐いた古市は完全に眠りに落ちているようだ。
やっぱり今夜はこのまま朝まで寝かせてやろう、と男鹿は銀色の髪を指先で梳いた。
2013.01.18.4
『寂しさに 宿を立ち出でて 眺むれば いづこも同じ 秋の夕暮れ』(良暹法師)
ふと寂しさを覚えて庵を出て辺りを見ると、どこも同じように寂しさを覚えるような秋の夕暮れが広がっている。
なんということはない一日だった。
休みだったのでいつもより遅く起きて、休みだからってのんびりして、と目くじらを立てる母親に急かされ布団を干し、ちょっと部屋の掃除をする。男鹿と違って散らかす方ではないから、一時間もすれば掃除機まで終わり、ついでに窓を開けて空気を入れ替えていたので気分はすっきり爽快だ。
母親とほのかが一緒に買い物に行くというので、じゃあ昼飯は適当にするから気にしなくていいよ、と送り出す。父親は父親で、友達に誘われて昼からいっぱいやってくると上機嫌で出かけて行った。
冷蔵庫の残り物で炒飯を作り、茶碗を洗って、さてどうしようと困惑する。
特に何と言う用事もなく、それなら本屋にでも行ってみようかとも思うが、どうにも出かける気分にはならない。ベッドに寝転んでみたり、本を読んでみたり、だらだらと過ごす。男鹿の家に出向けばいいじゃないかとちらりとも思ったけれど、最近、男鹿の家に行くのが億劫だ。
物理的な距離ではなく、多分、古市の心の距離が開いてしまったのだ。
男鹿の家に行って、仲良しこよしの家族ごっこを見るのが辛くなってきた。
その最たるものがクリスマスだ。普段なら朝から顔を合わせているのに、昼過ぎになっても連絡がないので男鹿家を訪れた。最初は何ということもなかったのだけれど、その場の雰囲気に段々いたたまれなくなった。男鹿とヒルダとベル坊と。三人はまるで家族のように仲睦まじかったからだ。美咲の物言いたげな眼差しに負けて、夕暮れ前に帰路に着いた。
俺の居場所はないんだな、となんとなく寂しい気持ちで夕暮れを見上げたのは、そう、確か丁度こんな時間だ。
窓から外を見れば空がオレンジに燃えている。
ひとりぽつねんと歩く道は寂しくて、悲しくて、悔しかった。
あれ以来男鹿の家に行くのはつらい。一人で帰る道もつらい。
男鹿への気持ちは揺らぐことはないけれど、いろんなことに立ち向かう気力は揺らぎ、男鹿家と距離を置きたくなった。逃げるわけじゃない。ただ少し、距離を置きたくなったのだ。
それでも、古市、と路上から呼ばう声が聞こえると頬が綻ぶ。
路地を見下ろせば、二対の目がきょとんとこちらを見上げている。
何してんだ、と尋ねる男鹿に、夕焼け見てた、と答える。そちらに目を転じた男鹿の、おー、きれーだな、とじんわり微笑む横顔を古市は愛しい気持ちを持て余し見つめていた。
2013.01.19.5
『わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣り舟』(参議篁)
漁師の方よ、大海原を数多の島へ向けて漕ぎ出して行ったのだと、都の人には告げてください。(流刑に際し)
「行ってくる」
しっかりと厚着をした自分とは対照的に、これから魔界へ旅立つ男鹿の身支度は簡素だ。長袖にジャケットを着ただけの見るからに寒々しい恰好で雪の降る中に平気な顔をして佇んでいる。手に提げているのは数日分の着替えを詰め込んだバッグで、何もいらないと言う男鹿を押し切って古市が準備したものだ。
「うん」
男鹿が魔界へ行くことへ決まったあと、ついてこい、と一度も言われなかったし、ついていく、とも言わなかった。
男鹿はベル坊とともに魔界へ行く。何年なるか解らない魔界統一のための大戦に戦力として見込まれたのだ。
「たまには連絡しろよ」
古市が手を伸ばし冷たい頬に触れれば、男鹿は縋るようにその手を掴み頬に押し付ける。ぎゅうと閉じた目の下にうっすらとくまがあり、お前も昨日は眠れなかったんだな、と古市は愛おしくなった。悩み事などなさそうな男鹿も、古市を置いていくことには悩んでくれたのだろうか。
「怪我すんなとは言わねーけど、病気はすんなよ」
笑って男鹿の手をほどき、肩をとんと押す。行け、と顎をしゃくる古市を見つめ、うん、と男鹿が頷いた。その首に古市は衝動的に自らがかけていたマフラーをほどき、かける。ビュウと吹き抜ける風に首をすくめるが、構わない。一緒に行けない変わりに、マフラーでもいいから持って行って欲しかったのだ。男鹿は物言いたげな顔をしてマフラーを見下ろしていたが、結局は、さんきゅ、と呟いただけだった。
「なんか聞かれたら、マカオ行ったつっといて」
「おう」
古市は頷き、一歩、二歩と下がる。行きますぞ、と割れるアランドロンに片足をかけ、男鹿はそれでももう一度振り返った。
ベル坊がきらきらした目をしてこちらを見つめている。行かないのか、と言わんばかりの赤ん坊の目に微笑みを向け、男鹿には、行ってこい、と手を振った。じゃあ、と手を振る男鹿の姿がアランドロンの中に吸い込まれる。
続いて飛び込むヒルダがアランドロンに飛び込む前に古市に投げつけたのはいつか見た魔界通信機だ。あ、と思ったときにはもう、アランドロンの姿は消えている。当然、ヒルダもベル坊も男鹿の姿もない。残されたのは魔界通信機ひとつだけだ。古市はぎゅうとそれを握りしめた。
長い別れとなるであろう古市への手向けに選ばれたヒルダの心遣いが嬉しい。
古市は、早く連絡してこいよ、と魔界通信機に向けて呟いた。
2013.01.20.6
『夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ』(清原深養父)
夏の夜は短く、まだ宵の口だと思っていたらもう明け方が近づいている。こんなに夜が短いのなら月はいったい雲のどこに宿をとって身を隠すのだろう。
詰める息の代わりのように吐き出された欲を身体の奥で受け止めるのも、これで何度目だろうか。
みんなが寝静まってから、そろりそろりと気配を殺しながら、辺りの気配を伺いながら、手を繋ぎ、唇を重ね、身体を交えた。
明りを落とした部屋で、開け放した窓から入る月の光に男鹿のぎらつく目が獣じみて光り、怖いと思う反面、それに欲情もした。
声をできるだけ我慢して、男鹿の荒々しい愛情を受けとめる。
飢えた獣が肉を食らうように男鹿が求めるのは自分だけだと思えば、それだけでもう目がくらむほどの快楽になる。手を伸ばし男鹿の肩を、背を、首を掻き抱き、爪を立てて噛みついて跡を残す。誰に見られたって構わない。これは俺だけのものだと主張する。
痛いだろうに男鹿はどこか嬉しそうにそれを受け止める。
キスをしてキスをしてセックスをする。
一度だけで収まるはずもない。二人きりになれる時間なんてそうはない。夜なら尚更だ。ベル坊が側にいて、何をどうして欲を交わせと言うのか。だから稀に与えられるこの時間を無駄にはしたくない。
吐精したばかりの身体を抱き合い、乱れた息を触れあわせながら、ちらりと時計を見る。
明け方の五時。窓の外はもう白々と明るくなり始めていて、街が動き出している。だから夏は嫌なんだ。冬ならもっと夜が長く、男鹿と絡みあっていられるのに。
憎々しく時計を睨む目を大きな手で塞がれる。視界が奪われ空の色も解らない。もう一回と囁く声に、うんと頷き、身体の奥深くで蠢く物を逃すまいと足を絡める。目を塞がれたまま喉に噛みつかれ、思わぬ刺激にアッと声を上げる。
小さいそれが誰かに聞こえやしなかっただろうかと身を竦めるよりも前に口を塞がれた。
2013.01.21.7
『春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山』(持統天皇)
天の香具山に白い衣が翻っている。いつの間にか春が過ぎて夏が来たようですね。
じめじめと長く続く梅雨が明け、ようやく青い空が見える。梅雨明けをしたばかりの空はいつもより青く見えるのは、それまで暗い雲ばかりを見てきたせいだろうか。見上げているとくしゅんと足元で小さなくしゃみが聞こえた。見下ろすとベル坊が恥かしそうに、くしゃみでた、と笑う。同じように空を見上げていたようだ。
「いい天気になったなー」
「なったー!」
「洗濯日和だぞベル坊」
「びよりー!」
「シーツも洗濯しような」
「せんたくー!」
きゃあきゃあと甲高い声で笑うベル坊が、縁側からえっちらおっちらと洗濯かごを運んでくる。朝のうちに洗濯機を回しておいて、それ以外の家事をようやく片付けたところだ。休みになるとぐだぐだと転がっているばかりの親父とは違い、五つになったベル坊はとてもよく古市の手伝いをしてくれる。
男鹿家、古市家の両親がそろって旅行へ出かけてしまい、それならと男鹿の家に泊まり込んで三日目。梅雨明け宣言に浮き足立ったのは古市だけで、男鹿は折角の上天気なのに仕事の休みの日は寝て過ごすに限ると言ってリビングでゴロゴロしている。
「洗濯物終わったら、買い物行こうな」
「いく! おがも?」
「あいつは置いて行こう。ベル坊はお手伝いしてくれるいい子だから、ペコちゃんのとこでアイス食べような」
「ペコちゃん!」
ケーキ屋の前の頭でっかちの人形の真似をしているのか、ベル坊が頭をぐらぐらと揺らしている。笑いながら手早く洗濯物を干す。タオル類にシャツ類が風にばさばさと翻る。青空に映える白いシャツは大半が男鹿の仕事着だ。うーん、と目を細めて腰を伸ばすと、ベル坊も一緒になって、うーん、と腰を伸ばすふりをしている。青い空に白い雲、同じくらいに白いシャツ。風を受けてはためくそれらを眺め、古市は深呼吸をする。
「夏だなぁ」
「なつー!」
「もっと暑くなったらプール行こうな」
「プール!いく!」
今日じゃねーぞ、と付け加えると、あとなんにちねたらいく、とキラキラした目に見上げられてしまう。失敗したかな、と思ってると、リビングからのそりとやってきた男鹿が、腹をぼりぼり掻きながら大きな欠伸を放つ。休日の男鹿は学生の頃以上に使い物にならない。
「おが、プール!」
ベル坊が足にしがみつき、あー、と男鹿は面倒くさそうに首を捻る。
「まだ早ェだろ」
「来月あたりプール開きするんじゃね?」
「プール!」
「そうだっけか…」
眩しそうに目を眇め、今ようやく気付いたとばかりに男鹿が青空を見上げる。
「天気いーな」
「プール!」
「ちったぁ手伝えよダメ親父」
「夜頑張るから勘弁しろよ嫁さん」
「プール!」
「誰が嫁さんだ。あと夜は頑張らんでいい」
「プール!」
ぎゃあと喚くベル坊の頭を撫で、来月な、と男鹿は優しい目で頷いた。
2013.01.22.8
『あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかも寝む』(柿本人麿)
山鳥の尾の、長く長く垂れ下がった尾のように長い夜を、あの人にも逢えず、独りさびしく寝ることになるのだろうか。
今日はここまで、と酔天の声に、どっと膝から崩れ落ちる。
道場に大の字に転がり、ぜぇぜぇと乱れた息を持て余しているのは何も男鹿だけではない。邦枝もベル坊も額の汗をぬぐっている。
暗黒舞踏をものにするため、男鹿とベル坊には途方もない負担がかかる。古市が知れば、赤ん坊に何させてんだ、と目を吊り上げて怒るだろう。
そもそもはお前を守るためにやってんだ、と脳裏に浮かんだ想像上の古市にごち、男鹿は顎の下を伝う汗をぬぐう。
先に風呂入っちまいな、と酔天に促された邦枝が、じゃあ私先にお風呂頂くね、と道場を出て行った。おー、と見もせず見送り、男鹿はばたりと両手を投げ出す。本当に大の字になった男鹿の顔の側にベル坊がぼてりとひっくり返る。漢字であれば犬の右上の点当たりだ。
「疲れたなー」
のんびりと声を上げれば、ベル坊も同じようにのんびりと返事をする。
「だーぶー」
ヒルダがいれば、あるいは古市がいれば、適当になにかそれらしいことを言ってベル坊の機嫌を持ち上げてくれるのだろうけれど、今はどちらもいない。
「今日の飯何かなー」
「だー」
「酒はなしだといいよなー」
「あいー」
「肉が食いてーな、あとコロッケな」
「あー」
ベル坊の適当な相槌と思しき声を聞きながら、男鹿は道場の窓に目をやる。夜空にぽかりと浮かんだ銀色の月がチェシャ猫の笑う目のように細く弧を描いている。あー……、と男鹿は息を吐く。
「古市に会いてーなー……」
「あいー…」
一人漏らした声に混じった寂しさは、隠しようもない。たった数日しか離れていないのに、まるで千日も離れていたように思える。
「会いてぇなぁ……」
我ながら泣きそうな声だと口を引き結び、男鹿はぎゅうと目を閉じた。瞼の内側で、男鹿くんもうギブですか、と古市が目を細めて笑っている。
まさか、バカ言ってじゃねぇ、これからだ、もっと強くなる。
そう返す男鹿に、頑張れよ、と古市が笑う。男鹿の大好きな真夏の太陽みたいにぴかぴかの笑顔で、頑張れよ、と繰り返す。
何もかもが終わったら、頑張ったぞ、と言ってやろう。多分何のことか解らない古市はきょとんと目を丸くして不思議そうな顔をするだろう。それでいい。あの細い体を抱きしめて自分が守ったものの大切さを実感したい。その時に初めて、頑張った、と自分を褒められるだろう。
男鹿はぎゅっと拳を握りしめる。傍らからは小さな寝息が聞こえていた。
2013.01.23.9
『みかの原 わきて流るる 泉川 いつ見きとてか 恋しかるらむ』(中納言兼輔)
みかの原から湧き出る泉や川ではないが、いつ出逢ったとも知れぬ人が(出逢ったこともない人が)どうしてこんなに恋しいのだろう。
熱を発してた肌も汗が引き、心地よい倦怠感と他愛ない会話だけがベッドの上にある。さっきまでの濃密なやりとりが嘘のように眠りに落ちる直前の会話は穏やかだ。古市の伸ばした腕に甘えて頭を乗せたが、重くないと古市は笑う。やっぱなんも詰まってねぇんじゃねぇの、と失礼なことを言われるが、相手が古市だと腹も立たない。
細い腕に頭を乗せるのは躊躇いがある。折れてしまいそうで怖いと思うこともある。けれど許されているのだという安堵感もあった。
欠伸をし、瞼を伏せたとき、なぁ、と古市が囁くように口を開いた。
もし、俺たち会ってなかったら、どうなってたかな。
睦言にするには物騒な話題にどうもこうもねぇだろ、と男鹿は口を曲げる。ごろりと寝返りを打ち、古市の腹に腕を乗せる。抱き寄せると古市もこちらに向いたので、目の前には古市の鎖骨の辺りが来る。誘われて唇を寄せれば、悪戯すんな、と頭を叩かれた。
どうもこうもねぇってどういう意味だよ、と問われ、ああこいつは話がしたいのか、と男鹿は瞼を閉じた。額を摺り寄せ、古市の心音を間近に聞きながら、そのまんまの意味だろ、と囁く。
お前が声かけてこなかったら、俺は多分今でも一人だなー。ベル坊なんか育てようって気にもなんねーだろーし、そもそも高校行ってるかどうかも怪しいだろ。ヤクザにでもなって鉄砲玉に使われてんじゃねぇの。
実にあり得る想像を連ね、そんで、と男鹿は頬を緩める。
古市は多分、友達いっぱいいるだろーなー。頭いい高校に入学して、多分彼女もいるんじゃね? 俺が邪魔しねーからモテてると思うぞ。大学とかも行って、結構いいとこ勤めたりして結婚したり子ども産んだり。
俺は産まねぇよ、と笑う古市に、当たり前だろ、お前の嫁さんだ、嫁さん、と軽く返し、そういう未来があったかもしれないことに胸を疼かせる。
嫁さんかぁ、今となっちゃ想像できねぇな、と笑う古市に額を刷り付け、でも多分、そう言う幸せなお前を、俺をどっかで見つけて、好きになるんじゃねぇかな、と呟く。
人間の底辺みたいな俺が、お前見つけて、そんできっと好きになって、多分、絶対、お前見るだけで幸せな気分になるんだ。うん、やっぱ俺、お前と会ってなくてもお前を好きになるわ。そーゆー自信ある。
古市の背に腕を回しぎゅうとしがみつくと、ろくでもねー自信だな、と古市が笑う。幸せそうにふわふわした笑い声をあげそしたら俺は多分、そーゆー底辺なお前見つけて、恋するんだろうなぁ、と夢を見るように告げる。まるで音楽のように、古市の声は軽やかに耳を打つ。
幸せな家庭捨てても、ろくでもないお前に付き合いそうだよ。
そうか、と男鹿は瞼を閉じた。古市から与えられる言葉は幸せで愛おしく、そして少し怖い。
だったらお前には気づかれないようにしないと、と男鹿は瞼を閉じながら心内で思う。
もう寝る、と呟くと、俺も寝る、おやすみ、と返された古市の声を聞きながら考える。
こうして見ているだけで幸せになれる古市と出会うことが古市の不幸せにつながるのなら、せめて古市の幸せを守れるよう、底辺の自分は息を殺し続ける。
ひそやかに。ただ古市の幸せを祈り続ける。
それはそれで幸せな人生なんだろうな、と男鹿は微笑む。言葉を交わすことはなくとも、古市を幸せにできるのなら、それに勝る事は何もない。
男鹿の髪に古市の指が絡む。
寝ろ、と囁く声に、考えを見透かされているようで男鹿は少し笑った。
2013.01.26.10
『陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに』(河原左大臣)
陸奥のしのぶもぢずり(乱れ模様の衣)のように、乱れる私の心は、いったい誰のせいでしょう。私のせいではない、あなたのせいですよ。
「昨日の敵は今日の友って言うだろ?だから昨日の友が今日からは敵になるってこともあえるんだぜ?」
嫣然と微笑む古市に頬を撫でられ、男鹿は四センチ低い古市の顔を、混乱する思いを持て余しながら見つめた。
なぜだ、とそればかりが頭の中に渦巻き、ただでさえうまくない言葉が出てこない。それを解っているはずの古市が助け舟を出してくれないことも、余計に混乱を煽る。
俺が困っているのになんで古市は助けてくれないんだ、と理不尽な怒りも混乱に混ざる。
ただ黙りこくるだけの男鹿の頬を撫で、古市は目を細めた。
「お前が悪いわけじゃないよ、男鹿。これは俺の都合だから、お前が気にすることじゃない」
そう笑う古市のあらわになった鎖骨に見慣れぬ刺青のようなものがある。竜の形のようなそれが何を意味するのか、ついさっき聞いたばかりなのに解らない。
理解できない。
「ふるいち」
助けを求めてそう名前を呼ぶと、古市はやっぱり柔らかくいつものように優しく微笑み、男鹿の頬を撫でる。そして首を伸ばし、ちゅと触れるだけのくちづけを頬に落とす。
「ごめんな」
微笑む古市の顔は笑っているはずなのに泣いているようで、側に留めておきたいと伸ばした手が宙を掻く。
ハッと見上げた先には古市の肩を抱くジャバウォックの姿がある。男鹿と目が合うと知るやニッと笑ったジャバウォックが古市を抱き込むようにした途端、二人の姿が掻き消える。
呆然と見上げる男鹿の肩を、ばしばしとベル坊が叩く。
大丈夫だ古市はすぐに取り戻す。
そう声に出して言いたいはずなのに、男鹿の口は動かない。
古市が自ら背を向けた。
それが男鹿の定まらない思考をさらに混乱させていた。
2013.06.03.11
『奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の 声きく時ぞ 秋は悲しき』(猿丸太夫)
人里離れた奥山で散り積もる紅葉を踏み分け、雌が恋しいと鳴く雄鹿の声を聴くと、秋は物悲しいものだなぁと思う。
(鷹宮)
閉じ込められた部屋は暗く、狭く、光は高いところにある窓から差し込むか、ほんのわずかに開いた鎧戸の間から差し込む光くらいだ。
定期的に運ばれてくる食事で、今が何時なのかを知る。真っ暗で、時間が進むのは遅く、壁中に張り巡らされたわけのわからないお札や、お守り、呪い避けの何某かがそこら中に置かれ、元は広かっただろう蔵に圧迫感を与えている。
ここに閉じ込められてどれくらいになるのだろう、と鷹宮はぼんやりと思った。
自分の内に棲まうらしい悪魔のせいで、自我の境は曖昧だが、それでも意識がはっきりしているときもある。今がまさにその時で、こういう時間が鷹宮は嫌いだった。
いっそ食らい尽くしてくれればいいのに、と自嘲の笑みを馳せる。
そうすれば家族中から化け物扱いされることも、閉じ込められ、いらないものとして扱われることもない。外に出て季節の移りゆくさまを眺めることもできる。ほんのわずか風を取り入れるための窓から入る空気の温度や、そこに乗る匂いだけで季節を感じ取っていた鷹宮にとって、仰げば一面に広がる空はもう遠いものだ。
このまま蔵の中で死ぬんだろうなと覚悟しながら、それならそれで早くしてほしいとも思う。
ぼんやりとそんな埒もないことを考えていると、蔵の扉の前に人が立つ気配がある。日に二度の食事の時間だろうか。
なんでもいい。
扉が開く一瞬、垣間見る外が何よりの楽しみだ。
だが、ガラと開かれた扉の向こうにいるのはいつも食事を運んでくる婆やではない。
背が高く柄も悪く人相も悪い見慣れぬ男だ。精悍な顔を歪め、男は忌々しそうに舌打ちをする。紫煙を燻らせながら、クソッタレ、と呟く男を、鷹宮は茫然と見上げていた。
2013.06.05.12
『君がため 春の野に出でて 若菜摘む 我が衣手に 雪は降りつつ 』( 光孝天皇)
あなたにあげるために春の野原で若菜を摘む。そんな私の衣の袖に雪が降っている。
曇り空の下で、男鹿は草っぱらに四つん這いになって探し物をしていた。家を出る時に雨が降るかもしれないからさっさと帰ってきなさいよ、と母親に言われていて、ちゃんと聞いてもいたけれど、男鹿は探しものを見つけるまで帰るつもりはなかった。
膝が汚れるのも構わずに、あれでもない、これも違う、と草を引きちぎる。
手の中にあるのは三つ葉のクローバーだ。
本当に欲しいのは四葉のクローバーで、絶対にこの辺りにあるはずなのだ。クラスの女子がこの辺の原っぱで見つけたと、自慢そうに言っていたのを聞いていたし、鬼より怖い姉に聞いたら、あああの辺確かに昔から四葉のクローバーあるって言うよね、と言っていたのだ。
これじゃない、これもちがう、とぶちぶち引きちぎるクローバーの汁で手に緑の汁が付く。シャツに擦り付けて、また母親に怒られると思ったけれど、どうだっていい。とにかく四つ葉のクローバーを一本でもいいから見つけなければいけないのだ。
なぜなら明日、古市が手術をする。
男鹿には理解しがたい病気で、手術さえすれば治るらしい。ちょっと前から学校を休んで入院していて、男鹿もお見舞いに行ったけれど、病院にいる古市は元気がなくて可哀想だった。だから幸運のお守りの四つ葉のクローバーをあげれば、手術もうまくいくし、古市も元気になると思ったのだ。
昨日から探しているけれど見つからない。
早く見つけなきゃ、と焦る男鹿の頭にぽつんと冷たい雫が落ちる。雨が降り始めてきたのだ。
早く帰って来いと言われたけれど、見つけるまでは帰らない。
せっせと探す男鹿の頭に、突然ごちんと衝撃が走る。イッテェ、と悲鳴を上げると、何やってんの、と鬼より怖い姉が目を吊り上げて立っていた。
お母さんが心配してるから見に来たら何やってんのあんた、と馬鹿にした顔をするので、古市に四つ葉のクローバーやるんだ、と言えば、ああ、と鬼より怖い姉が納得したような顔をする。そうか明日手術か、と遠くを眺めていた姉は、不意にその場に膝をつくと、あたしこっち探すわ、と草をかき分け始める。
ねーちゃんも探すのかと驚いて尋ねると、二人の方が早いでしょと姉が笑う。早く見つけてたかちんに渡しに行こうと言われ、男鹿は思わずにへらと笑ってしまった。
姉は怖い。
姉は恐ろしい。
けれど姉ほど頼りになる人間はいない。
暗闇迫る草原で二人は古市のための幸運を探し続けた。
2013.06.05.13
『もろともに あはれと思へ 山桜 花より外に 知る人もなし』(前大僧正行尊)
私がお前を愛しく思うようにお前もそう思ってくれ、山桜よ。お前以外に私を知る人はここにはいないのだから。
(ジャバ→古)
敵の手から逃れ逃げ落ちたのは薄暗い樹海の中だ。油断をしたつもりはなかったが深手を負ったのは久しぶりだ。
血が滴らぬように腹を押さえ、どうにか巨木の裏にあった窪みへと身を潜める。少し休み、頃合いを見計らってから逃げ道を探そうと、ジャバウォックは大きく息を吐いた。
抉れた腹はじくじくと痛み、長い戦いに疲弊した身体は一時の休息を更に深い物にしようとしている。
時雨が眠気を誘うようだ。
雨は自分の匂いや音を消してくれるが、敵の匂いも気配も殺す。余計に気を張り詰めていなければならないのに、失った血は多く、瞼が重い。
やべぇな、と歪めた頬に、ふわりと触れるものがある。なんだと指先でつまみ上げると、それは白い花びらだ。
おおぶりの花びらは側に立つ巨木から落ちてきたのだ。
見上げると夜目に美しい白い花が時雨にも負けず咲き誇っている。花を広げ葉を広げ、窪みに重なりジャバウォックの雨よけになっていたのだ。その色に、立ち姿に、ふとジャバウォックの脳裏によみがえるのは人間の子どもだ。
もう何十年も前に、瞬き程度の時間を共にしたあの少年は、ジャバウォックの中に深く根付いてる。
弱いくせに強く、儚いようで逞しい少年は、狂竜と恐れられた自分にも微笑み、触れ、他にはない慈しみを与え、死んでいった。
人間と悪魔の時の流れは違う。
あの少年はもう生まれ変わっただろうか。それともまだ輪廻の渦をさまよい続けているのだろうか。
もし生まれ変わっていたのなら、それでも尚、あの強さを、あの暖かさを、あの雄大さを持ち合わせているだろうか。
だとしたらもう一度あの魂に触れたい、とジャバウォックはうすら笑い目を伏せる。帰るため、体力を温存するためだ。
瞼の裏で、灰色の瞳を細め少年が笑う。
人間など薄情な生き物だから、おそらくジャバウォックのことなど忘れているだろう。それでいい。ただ、あの無垢な魂が確かな存在としてそこにある。そんな光景を見ていたい。
そして叶うのなら、あるいは、ありうるのなら、あの声で名前を呼んでほしい。
我ながら感傷的だと、己で己を鼻で笑う。
白い花びらがひとつ、またひとつと、ジャバウォックを隠すように降り続いていた。
2013.06.06.14
『かくとだに えやは伊吹の さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを』(藤原実方朝臣)
こんなにもあなたのことを想っていることをあなたに言いたいけれど言えません。伊吹山のさしも草ではないけれど、私の想いが燃えるような想いだとは誰もも知らないでしょう。
またふられた、と不貞腐れた顔でやってきた古市はゲームをやっている男鹿のベッドに勝手に座り込み、あの子のどこそこが可愛かった、どこそこが素敵だった、一緒にいるとこんな気持ちになった、あの仕草が可愛かった、と止まらない愚痴を吐き続けている。
ふーん、とか、へー、とか気のない素振りで相槌を打ち、それでも忙しく手を動かす。
お気に入りのRPGは現在フィールド上に現れる敵をボコっては経験値と金を稼ぎ、レベルアップと装備の充実を図ろうとしている最中だ。
古市もそれを眺めながら、あの子となら長く付き合えそうだったのに、と呟いている。
そーか残念だったな、と言ってやれば、古市はむすーっとした顔で、全然残念だとか思ってねーだろ、いいよな男鹿はモテ期到来で、ヒルダさんにクィーンに両手に花だもんな、と八つ当たりを始める。足で背中を蹴られるが、痛くないので放っておく。お前どっちが本命なんだよ、と絡む古市に、本命なぁ、と男鹿はわずかに目を眇めた。
床で遊んでいたベル坊がふいとこちらを振り返り、それから古市を見る。
どうしたベル坊、と抱き上げる古市の手が目の端に入り、男鹿は唇を引き結ぶ。
本命なんて五年も前からずっと一緒だと言えば、ベル坊と戯れている古市はどんな顔をするだろうか。
ふとした時に見せるびっくりした顔が可愛い。
臆さず男鹿を見つめる強く芯のある眼差しが素敵だ。
一緒にいると陽だまりにいるような気持ちになる。
小首を傾げる仕草も、怒った時に口を曲げる表情も、ベル坊を抱き上げる時に身を屈める仕草も、馬鹿笑いをする顔も、何もかもが可愛い。
古市となら長く付き合える。一生だって一緒にいられる。飽きそうにないし、飽きさせない。
好きだ。
大好きだ。
どうしようもない。
守りたいし、大事にされたい。自分のことを一番に考えてほしいし、ずっとずっと見つめていたい。
ただ、どうやったってこの気持ちは伝えられない。
なぁ男鹿ぁ、と甘えた声で背中を蹴る古市に、あー、と気のない返事をしながら、いずれ現れる古市の未来の彼女に嫉妬する。容易く古市の視線を奪い心を奪う女どもに嫉妬する。口を開けば醜い感情が古市を襲いそうになる。
男鹿は口をつぐみ、唇を引き結び、言葉を飲み、己の気持ちを押し込め殺し、古市の親友であり続ける。
それが何もできない男鹿の、唯一無二の愛情表現だと、古市はまだ気づかない。
2013.06.06.15
『心あてに 折らばや折らむ 初霜の おきまどはせる 白菊の花』(凡河内躬恒)
初霜が振り、白菊の花がどこにあるのか解らなくなってしまった。もし白菊の花を手折るのなら、あてずっぽうに手折るしかないようだ。
うわすげぇ、と古市のはしゃいだ声に振り返ると、リビングのカーテンを全開にし、ついでにガラス戸も全壊にしている。
寒い寒いと言ってこの所絶対窓を開けなかった古市が珍しいと思って眺めていると、ほらすげぇ、来いよ男鹿、雪だぞ雪、と頬を赤くしている。初雪が積もってる、と笑う声に誘われてのそりと近づくと、確かに庭は一面の雪景色だ。ほんの数センチ積もっただけのようだが、昨日まで見えていた芝生が見えないのは不思議な感じだ。
すげぇ、と年甲斐もなくはしゃぐ古市がつっかけに足を突っ込んで庭へ降りる。
靴下も履いていないのに、と思って眺めていると、うわすげぇ寒い冷たい、と大笑いしている。
真っ白の雪景色の中に、古市の銀色の髪と白い肌がまるで溶けるようだ。同化して消えてしまいそうなその光景はとても綺麗だ。儚い、というのはこういう光景のことを指すのだろう。
弱い光を受けて、古市の周りに散る雪が輝く。古市の銀色の髪にも白い雪が積もり、光を時折きらりきらりと反射させている。
その光景を目を細めて眺めていると、足跡をつけて喜んでいた古市が、やっぱ寒ィ、と肩をすくめて小走りに戻ってくる。薄っぺらい肩が寒そうで手を回すと、鼻の頭を赤くした古市が、へへ、と恥ずかしそうに笑みを浮かべ擦り寄ってくる。猫のようなしぐさに思わず頬を緩めていた。
2013.06.09.16
『人もをし 人も恨めし あぢきなく 世を思ふ故に もの思ふ身は』(後鳥羽院)
人間が愛おしくも恨めしくも思える。つまらない世の中に煩わされるせいだ。
(ジャバ古)
諸々があって柱師団で預かることになった子どもは、最初の頃こそ山嵐のように警戒していたが、今ではすっかりくつろいだ顔をして悪魔だらけの屋敷で過ごしている。
人懐こい性格が幸いしてか、柱師団の連中の受けもよく、今日もクソブラーと一緒にどこぞの貴族のお茶会に招かれているらしい。
まだお帰りではございませんと侍女悪魔から報告を受け、まだ帰ってないのか、と舌打ちをしたジャバウォックを、ベヘモットがにやにやと眺めている。なんだ、と眉間に皺をよせ精々凄めば、いやぁ、とベヘモットはなんとも嬉しそうにひょひょと肩を揺らす。
「うちの息子が人間の小僧に傾倒するとは思ってもみなかったからのぅ」
「下らねぇ」
何が傾倒だ、と鼻で笑えば、小僧の動向を気にする辺りですでにもう傾倒しとるわい、と笑われる。
「あの人間嫌いがのぅ」
感慨深げに頷くベヘモットをどうやって追い返そうかと苛立ちながらもジャバウォックが考え始めた時、え、と軽やかな声が聞こえた。
「ジャバさん人間嫌いだったんですか?」
戸口から入室の許可も得ずに入ってくるのは、クソブラーとどこぞのお茶会へ出向いていた古市だ。上等の服を着て、髪を撫でつけている様はいっぱしの貴公子のようだ。
「そりゃもうめちゃくちゃ人間嫌いじゃぞ。屋敷に置いた人間なんぞお前さんくらいじゃな」
愉快そうに笑うベヘモットに、へぇ、と古市はなんとも嬉しそうだ。
「それって俺が特別ってことですよね?」
「そうじゃともそうじゃとも。小僧は特別じゃとも」
ひょひょひょ、と笑うベヘモットは、ジャバウォックの苛立ちが頂点に達しそうになっていることを親の勘で察したのか、そろそろワシは帰る、と身軽に立ち上がる。戸口で見送る古市に、ではまたな、と手を振るベヘモットが部屋を出ていくと、くるりと振り返った古市がにやっと嫌な笑みを浮かべている。面白いものを見つけたときの顔だということは、この短い付き合いでも解るようになった。
古市が近づき、恐れもなくジャバウォックの膝をまたぐ。どすんと腰をおろし、にんまりと笑う古市の顔は猫のようだ。
「俺って特別なんですか」
にやにや笑う古市の片頬をぶにっと摘まんでやると、いひゃいと涙目になっている。
「特別でもなけりゃ誰が膝に乗せるか」
ぶにぶにと頬を抓り、いひゃいいひゃいと言いながらも抗わない古市に、ジャバウォックはいつの間にか苛立ちを忘れていた。
2013.06.09.17
『今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで 言ふよしもがな』(左京大夫道雅)
今となっては、あなたへの想いを諦めてしまおう、ということだけを考える。人づてにではなく、あなたに直接逢って言う方法があればいいのに。
魔界へ行くと男鹿が決めたのは、もう何年前になるだろう。
ベル坊の魔力は日々増大し、男鹿にも抑えられるものではなくなってた。人間界にいるよりも魔界にいる方が制御しやすいらしい。そもそも人間界を滅ぼすためにきたのだから、制御しなくてもいいんじゃないかとひそりと古市は思ったりもしたのだが、まぁ深くは突っ込まない方がいいのだろう。人間界が平和であるに越したことはない。
ひどく真面目な顔をした男鹿が、ベル坊を連れず古市の家にやってきて、そして魔界へ行こうと思っていると告げたのだ。
ベル坊がいないことをおかしいなと思いつつ、話があるからと座るように促され、嫌な予感を抱きながら聞いた話に、なんとなくそんな気はしていたと打ち明ければ、男鹿は少しばかり気が抜けた顔をして、そうか、と頷いた。
神妙な顔で、戻ってくるまでどれくらいかかるか解らない、できればついてきてほしい、と訴えられた。
今更離れるなんて選択肢はなく、古市もできればついていきたいと思ったけれど、だからと言って何年もかかるか解らないものに、はいそうですかとついていけるわけもない。男鹿は気にしないかもしれないが世間の目もある。だから、考えさせてくれと時間をもらい、結局は行かないと決めた。
人間界でお前の帰りを待つよと言って笑顔で送り出しそれから今年で何年目になるのか。
邦枝も結婚し東条には子どもがいる。他の面子も似たようなものだ。
それほどの時間がたつのに男鹿は帰ってこない。旅立ってから連絡のひとつもない。もう帰ってくるつもりはないのだろうか。
待つ事にも疲れ、それならいっそ直接別れを告げ、この想いも断ち切りることができればいいのに、と揺らぐ気持ちを古市は飲み込んだ。
2013.06.10.18
『契りきな かたみに袖をしぼりつつ 末の松山 波越さじとは』(清原元輔)
泣いて濡れた袖を絞りながら約束をした。末の松山を波が決して超すことがないように、この想いも決して心変わりがしないと。
(鷹宮→早乙女)
もうそろそろ俺の役目は終わりだな、と笑う早乙女を前に、え、と目を見開いたのは、近付く別れを敏感に感じ取ったからではなく、さりげなく引かれた一線に気付いたからだ。
暗闇の中から外へ連れ出し、悪魔の御し方を学んだ。
早乙女から教えられたことはそれだけではない。
閉じ込められている間に忘れていた様々なことを教えられた。幼い頃から鷹宮の時間は止まっていたけれど、世間は鷹宮を置き去りにどんどん進んでいて、早乙女は下らないことだけどなと笑いながらもそれらを教えてくれた。肌を露出したグラビアを持ち込んでは、今はこの子が一番熱いなどとくだらないことさえも吹きこまれ、はっきり言えば馬鹿馬鹿しいの一言に尽きるそれですら、早乙女から与えられるものは何でも嬉しかった。
これからもしばらくその関係は続くのだろうと鷹宮は勝手に思っていた。
ルシファーの御し方を覚えた後も、今と同じように子弟関係が、あるいは友人のような何かが、兄弟のような何かが、続くのではないかと期待していた。
だが目の前に敷かれたのは、お前はもう一人でも大丈夫だ、と突き放す早乙女の笑顔だ。
お前は一人でも大丈夫だし、俺も忙しいからそろそろ行かねぇとな、と遠いところを見て煙草を咥える早乙女が、お前ならもう大丈夫だろう?と尋ねてくるのへ、まぁな、と頷く以外何ができただろう。
禅十郎、と呼びかければ、先生と呼べ、と早乙女が笑う。それへ尚も、禅十郎、と呼びかけ、タバコくれよ、と右手を伸ばす。
クソガキがませてんじゃねぇぞ、と笑う早乙女は、出しっぱなしだった煙草の箱をポケットへねじ込む。ちらりと見えた煙草の銘柄を、鷹宮は頭の中で繰り返す。
同じものを吸えば少しでも近付けるだろうか。
圧倒的な力を誇る早乙女に、閉ざされていた場所から拾い上げて多くの世界を見せてくれた早乙女に近付き、そしてまた会えるだろうか。近付けなくとも、会えなくともいい。同じ煙草の香りを吸えば、ともに過ごした時間は思い出せる。
鷹宮はそっと吐き出される紫煙の香りを吸い込んだ。
(以下おまけでツイッターに流したもの。禅鷹エロス)
しばらく見ない間に随分と背が伸びた。
向かい合ってそう思い、そう言えば、何年会ってねぇと思ってんだ、と舌打ちをされる。それよかさっさと脱げ、と遠慮もなくシャツをまくられ、焦っている間にズボンのベルトも抜かれた。
なんちゅー手早さだ、と目を剥き、そんなこた先生は教えてねーぞ、と腰を引くと、教え子の成長が早くて嬉しいだろうが、と笑う。
肩を押されいつの間にか追いつめられていたベッドに尻餅をつく。
やばい、と焦る早乙女に伸し掛かる鷹宮に淀みはない。
教え子を抱く気はねぇとは言ったが抱かれる気はねーぞ、と訴えると、誰がテメェみたいなジジィ抱くかよ、と鷹宮がせせら笑う。
己のズボンを脱ぎ捨て、鷹宮は早乙女の寛げたズボンの中に手を突っ込みためらいもなくそれを握る。舐めた方がいいか、と一人ごちる鷹宮に思わず天を仰いだのは、なんでこうなったのかさっぱり解らないからだ。
こういう関係になりたくないから、鷹宮の元を去った。裏を返せば、こうなってしまった時に抗えないだろうと、そこはかとなく気付いていたからだ。
入れるぞ、と笑う鷹宮が腰を下ろす。子どもの手管に育てられた物の先端が熱い窄まりに触れる。
ぐっと体を落とし、ん、く、とこらえきれずに漏れる鷹宮の、まだどこかあどけない声に、クソッタレ、と早乙女は舌打ちをし細い腰を抱き寄せた。
2013.06.11.19
『世の中は 常にもがもな 渚漕ぐ 海人の小舟の 綱手かなしも』(鎌倉右大臣)
世の中がいつまでもこうして変わらずあってほしい。波打ち際に漁師の小舟が舳先から綱で括られている。何気ないその情景が切なく思える。
散歩に行こう、と差し出された手を握りしめること躊躇いはなかった。
ラミアやフォルカスの尽力によって、大魔王のティッシュの毒は中和され、以前と変わらず目が見えるようになった。泊まり込んでいた男鹿は家に帰り、大魔王のティッシュを用いた壮大な喧嘩をする前と同じように、行ったり来たり、行かなかったり来なかったりと、気ままにお互いの家を行き来している。
目が見えない間、なんとはなしにいつもよりも距離が近く、心も近かったような気がしたけれど、目が見えるようになるとその距離も自然と開き、元通り、いつも通りの男鹿と自分の距離に戻った。
往来で手を繋ぐことなどなくなり、学校が終わってから、連れだって寄り道をすることはあっても、いったん家に帰った後、わざわざ外に出るなんてこともなくなった。
それが突然、思い出したかのように散歩に誘われた。
天気は良く、風も穏やかで、散歩日和のいい天気だ。
いいけど、と玄関を出て、一歩足を踏み出す前に差し出された男鹿の手に一瞬面喰いはしたものの、それでも嬉しかった。
素直に手を取り、いつかのように並んで歩く。
しっかりと握りしめた手は、あの日と同じように指と指とを絡めた恋人繋ぎだ。
どうした、と尋ねると、なんとなく、と答える男鹿の口元が緩く綻んでいる。嫌だったか、と尋ねられ、ううん、と首を振ると、そうか、と男鹿は嬉しそうに目を細める。
ゆっくりと、あの日のように河原への道をたどる。
フジノのコロッケ買いに行こう、と身を寄せ言うと、おう、と男鹿が足を止める。期待を裏切らず触れる唇を追いかけ、こちらからも男鹿の唇を啄んだ。ここが公道だとか、人目があるとか、もうどうでもいい。男鹿の嬉しそうに微笑む顔が間近にあることが嬉しくて、古市も目を細め、もう一度、とくちづけをねだる。
やわらかく、やさしく、ただふわりと触れるだけの唇からもたらされる幸福に、古市は目を閉じ酔いしれる。
繋いだ指先にこもる力が、とてもとても愛おしかった。
2013.06.12.(「やわらかな昏闇」に寄せて)20
『わびぬれば 今はた同じ 難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ』(元良親王)
これほど思い悩んでいるのだから、今は何がどうなっても同じことだ。難波の澪標(海の標識。みおつくし、と読む。身を尽くしの掛詞)のように、この身が滅びてもあなたに会いたいと思う。
(禅←鷹)
別れも告げずにいつの間にかいなくなっていた相手に追いすがるような無様な真似はしたくない。
そう思いながら鷹宮は煙草に火をつける。
もう大丈夫だろうと笑って頭を撫でて、その子ども扱いに腹が立ってやめろと言って振り払った手を、本当は握りしめたかったのだと、今になって思う。
早乙女の手は大きく骨ばっていて、大人の男の手だった。
いつからか蔵に押し込められて、会う人と言えば食事を運んでくる婆やだけだったので、その手がひどく物珍しく、そして格好よく見えた。
早乙女の長い指が煙草のパッケージを切り、一本を引き抜き口に咥える。俯いて風をよけるように顔を傾け、煙草に火をつける伏し目がちの横顔を、もっとずっと見ていたかった。
ルシファーに踊らされるだけの自分と違い、悪魔を飼い馴らす術を知る早乙女は、あの頃の鷹宮にとって世界のすべてで、唯一だった。
恐れなく自分に触れてくる手、偏見なく笑いかける顔、叱り励まし宥め軽口を叩く唇。
何もかもが眩しくて、ひとかけらでもいいから手に入れたかった。
初恋だったとは思うけれど、世間一般のような可愛らしくきらきら煌めく初恋ではなかった。
何年たっても引きずる、ヘドロのような恋だ。
胸の奥底にこびりついて離れない執着にも似た感情を明け渡す場所がない。
ある日突然姿を消してしまった早乙女にぶつける怒りのやり場がない。
時折喚きだしたくなる気持ちを抑えるために、煙草を咥える。
火をつけ肺一杯に吸い込むのは、早乙女と同じ銘柄だ。
目を閉じれば彼の残り香だと思える。今も側にいるような錯覚に陥る。吐き出し、吸い込む紫煙に胸の奥が軋むように痛む。
煙草を吸うたびに胸のヘドロが層を成していくようだった。
2013.06.13.21
『恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか』(壬生忠見)
私が恋をしていると噂になってしまった。人に知られないように、思い始めたばかりだったのに。
お前の古市見る目ヤバいぞ、とからかうように言われた言葉を不意に思い出し、思わず眉を寄せた。
中学に上がったばかりで、桜の散るような季節だった。
声をかけたのは同じクラスのヤツで、どう言う意味だと尋ねると、いやだから、とそいつは曖昧な笑みを頬に浮かべる。男鹿が古市の見る時の目がヤベーんだよ、なんかお前、めっちゃガン見してるし、何、男鹿お前、古市のこと好きなの? と、どこか嘲るように言われたのは、恐らく気まずい雰囲気をどうにか明るくしようとでもしたのだろうか。
男鹿はどう答えればいいのか解らず、口をつぐみ、ただそいつを見返すことしかできなかった。
体育の授業で、短距離のタイムを計っているときだったから、順番を待つ古市は桜の木の下に立っている。男鹿はもうタイムを計り終えて、それをぼうっと眺めていた時にそんなことを言われたので、傍らに古市はいない。普段ならどうすれば解らないときには古市に聞けばすべては解決するのに、その古市がいない。
どうしようと見やる先には、古市がクラスメイトとしゃべりながら順番を待つ姿がある。
桜が散り、古市の上にも花びらが降っている。
綺麗だなと思いながらそれを眺めていると、なぁ、とすっかり存在を忘れていたそいつがまた声をかけてきた。
男鹿、やっぱ古市のこと好きなんじゃね、と今度はちょっと真剣な声だ。だってお前、ヤベーよ。なんか、獲物見つけたみたいな目してる。
畏れるように言われた言葉に、男鹿は首を捻る。そんな目をしている自覚もなかったし、古市は男鹿の獲物でもない。ただただ見ていたい、それだけなのだ。
何を答えればいいのかやはり解らず、黙ったまま目を逸らす。
声をかけたやつは、反応のない男鹿に焦れたのか、それとも古市を見続ける男鹿に畏れを抱いたのか、いつの間にかどこかへ行っていた。
やがて古市の順番が周り短距離のタイムを計る。終わってすぐにこちらを振り向き、笑いかけた古市の顔がとても綺麗だったことを、男鹿は今でも鮮明に思い出すことができた。
2013.06.14.