発情スイッチ


 ドタドタドタと騒々しい足音で階段を駆け上がる音に、誰がやってきたのかは見ずとも知れる。何度目になるか解らないRPGをまた最初からやり直していた男鹿は、ゲームの手は止めず、バタンと開いたドアに目だけをそちらへ向けた。
「よー」
「ダ!」
 男鹿が間延びした挨拶を放れば、男鹿の膝の上でRPGの画面を眺めていたベル坊も片手を上げる。いつもならそれへ、よ、とか、なんだよまたやってんのかよー、と軽口を叩く古市が今日はなぜかそれもせず部屋の中をきょろりと見渡した。
「ヒルダさんは?」
「あ?」
「ヒルダさんいねぇのかよ、ヒルダさん!」
 その鬼気迫る様子に、なんだ、とようやく男鹿も顔を向けた。
 部屋の中に飛び込んできた古市はなんだか妙に焦っているようだ。いつもおしゃれに気を使う男が、今日はハーフパンツにTシャツ姿で髪の毛もちょこっと跳ねている。そわそわと部屋中を見渡し、古市はどんっと足を踏み鳴らした。
「ヒルダさんだよっ!」
「ヒルダならベル坊のミルク作ってっぞ」
 台所で、と付け加えると、マジかよ、と古市は苛立ったように舌打ちした。そしてつかつかと部屋の中に入ってくると、ベッドにもたれる男鹿の膝の上で成り行きを見守っていたベル坊をひょいと抱え上げる。
「アダ?」
「おい?」
 なにごとだ、と目を丸くする男鹿からベル坊を掻っ攫い、小脇に抱えた古市は部屋の戸口からありえないことに階下に向かって叫んだ。
「ヒルダさーん! 今すぐきてヒルダさーんッ!」
 あの古市が、ヒルダを呼びつけている。
 何事だ。つかあれは本当に古市なのか。
 驚く男鹿と呆気に取られるベル坊と同様に、古市に呼びつけられるというかつてない出来事に、ヒルダの方も何が起こったのかと台所から飛び出してきたらしい。なにごとだ、と言いながらもヒルダの手にはまだ湯を入れていない哺乳瓶が握られている。粉ミルクを入れたところだったようだ。古市はそのヒルダにぐいっとベル坊を押し付けた。
「ちょっとしばらくベル坊預かっててください! お願いします!」
 言葉ではお願いと言ってはいるが、ほとんど命令口調だ。
「む、なぜだ。と言うよりなぜ貴様に私が呼びつけられなければ…」
「もう俺、本当にマジ限界なんスよ。これ以上やばいんスよ。ヒルダさんがベル坊を預かってくれないんなら別にいいんですけど、俺、ベル坊がいてもいなくても構わずやりますから!」
「何をだ。と言うか何の話だ。さっぱり貴様の意図が見えんのだが」
 ヒルダは眉間に皺を刻み、不愉快を全面に押し出している。手元に傘があれば間違いなく仕込み刀を抜いていただろう雰囲気だが、それでも古市は引き下がらない。右手に哺乳瓶を左手にベル坊を抱いたヒルダにすっと顔を寄せると、古市は小声でぼそぼそと何かを囁いた。
 男鹿の耳にはまったく聞こえなかった何かは、ヒルダの耳にはしっかりと届いたらしい。
 ヒルダはハッと息を飲み、古市をまじまじと見つめると、打って変わって朗らかな笑顔で腕の中のベル坊へと目を転じた。
「さー坊ちゃま、リビングでミルクを飲みましょうね。その後はヒルダと一緒にごはんくんのDVDを見ましょう。ええ、そうしましょう」
 くるりと背を向けやや急ぎ足で階段を下りていくヒルダの姿に、男鹿はますますわけが解らなくなる。
 古市がヒルダを言い負かした。
 あの古市が、腕力、知力、体力、気力ともにヒルダに勝てる要素のまるでない古市が、ヒルダを言い負かした。
 ありえない。天変地異の前触れか。
 混乱する男鹿を振り返った古市は、きっちりとドアを閉めるとあまり使われたことのない鍵を閉めた。それからつかつかとやってくると男鹿の手からプレステのコントローラーを奪い取り、ぽいと放る。フローリングの床の上にがしゃっと落ちたコントローラーのせいで、テレビの中では主人公が無意味にぐるぐると歩き回っている。
「なにす」
 んだ、と続くはずだった言葉は古市の唇に止められた。くちゅ、と音をたてて重なった唇の中で、古市の舌が男鹿の口の中へ入ってくる。いつもとは逆のパターンに目を見張る男鹿の膝をまたぎ、古市がどすんと腰を下ろした。さっきまでベル坊が占拠していたそこに古市がとってかわる。ただし向きはテレビには背を向け、男鹿と向き合う形だった。
 唇を離し、はぁ、と熱っぽい息を吐いた古市はまたちゅっと音を立ててキスをする。
「なぁやろう」
「は? え、なにを? てかお前大丈夫か?」
 さっきから言動がおかしいぞ、と男鹿が心配すると、古市は伸ばされた手をぱしっと叩き、男鹿のシャツを引っ張る。
「やろう。今すぐ」
 鳥人間、と書かれたシャツの裾を引っ張り、強引に脱がした古市が、今度は自分のシャツも脱ぎ捨てる。昼日中の外からの光に、古市の真っ白の裸体が照らされる。普段はカーテンをきっちりと閉めないとやりたがらないのに、カーテンはしまるどころか初夏の風にそよいでいる。つまり、窓も開いている。
 それなのに古市は気にしないどころか、シャツを脱がした男鹿の首筋に吸い付き、歯を立て、やろうよ、なぁ、と誘いをかけてくる。
「いやいやちょっと待て古市。お前どーしたんだ? てか何事だ?」
 あまりの熱烈っぷりに頭が追い付かず、思わず古市の身体をもぎはなすと、古市がむっとしたように口を尖らせる。それと同じくらいピンク色の乳首も尖っている。
「なんだよ、やりたくねーのかよ」
 そう言いながら古市の手は止まらない。
 男鹿のハーフパンツの紐をほどき、中に手を突っ込んでまだ微塵も反応していない、いや嘘だ、少しばかり兆し始めている一物を探り当てる。
「いや、してーことはしてーが、お前のその勢いに今はついていけねーんだが。なんかあったんか?」
 本当に普段の古市はこんなに積極的ではない。
 やはりされる側であることにためらいがあるらしく、男鹿が拙い言葉で宥めすかし、有り余る体力と腕力でねじ伏せ強引にことに進むのが常だ。それがこんな風に乗っかられたのでは動揺もするというものだ。
「なんもねーよ」
 むすっと唇をひん曲げる古市の手は油断なく男鹿のペニスを撫でまわす。くすぐるように撫で、輪を作った指で扱く。段々と芯を持つそれを見おろし、古市が満足そうにぺろりと己の唇を舐めるのがいやらしい。
「なんもねーなら」
 なんで、と言う疑問は古市の頭突きに文字通り打ち消された。
「馬鹿男鹿っ!」
「イッテェ!」
「なんもねーっつってんだろ! マジなんもねーよ! この三週間まったくなんもねーんだよ! 溜まるもんも溜まるつーんだ! いい加減一人で処理すんのもうんざりなんだよ! 三週間だぞ三週間! やりたい盛りなのに三週間! マジなんもねーっ!」
 ガツンガツンと頭突きをかまされ、イテェイテェと男鹿は抗議したが、頭突きをかましつつ古市の手は止まらない。男鹿のペニスを扱き、役立つところまで育てようとしている。
 ここにきてようやく男鹿は、あー、と古市の様子が変なことに納得した。
 確かにこのところ妙にばたばたしていたせいで古市との時間は持てず、当然、そういうことに及びもしていない。キスくらいはあったかもしれないが…、いや、なかったかもしれない。古市がマジなんもねーと言っていたので、本当にキスすらもなかったのだろう。
 男鹿の方は喧嘩だなんだと忙しかったのであまり気にもしていなかったが、古市の方は溜まった鬱憤と性欲が爆発したようだ。
「そりゃすまん」
 思わず謝った男鹿に、解りゃいいんだよ、となぜか古市は満足気だ。跨いでいた膝から爪先の方へともぞもぞと移動し、ぺたりと身体を倒す。芯を持つがまだ完全に勃起したわけではないペニスに、古市はちゅっと音をたててキスをした。
「もー我慢なんねーから、今日は覚悟しとけよ」
 古市が欲望に目を滾らせながら男鹿を見上げる。その表情にむらっときた。ぴくりと反応したペニスを古市の舌がべろりと舐める。唾液をたっぷりと擦り付け、古市は舐めたり甘噛みしたりを繰り返す。
「これ、擦り切れるまで使わせるから」
「マジかよ。どんだけ飢えてんだ、テメー」
「あ? そんなの、これしゃぶるくらい飢えてんだよ」
 ぱくりと先端を咥え、唾液たっぷりの口内で啜りあげられ男鹿は思わず呻く。腰が勝手にせり上がり古市の喉を突いた。んぐ、と呻く古市は、だが口を離さない。啜り、しゃぶり、舐め回し、満足のいく固さにまで育てあげると、ようやく顔を上げ唾液と先走りにしとどに濡れた口元をぐいと拭う。
「はえーな。男鹿も溜まってんじゃん」
 はは、と笑う古市の顔を引き寄せ、唇を重ねる。つい今しがたまで男鹿のペニスをしゃぶっていた古市の口には妙な味があったが、古市の唇や舌を舐め回したい気持ちの方が強く、気にならない。
「あたりめーだ。テメーが溜まってんなら俺も溜まってるに決まってんだろ」
 他にどこで出すっつーんだ、と耳たぶに噛り付くと古市がぞくぞくと身を震わせる。男鹿の膝の上で腰を浮かせ、履いていた下着をハーフパンツごと脱ぎ捨てる古市が、後ろ手に男鹿のペニスを掴む。それをそのまま後口へ導こうとするので、思わず男鹿は古市の手を止めた。
「おい、慣らしてねーだろ」
 いきなりだと切れっぞ、と止めた男鹿の手を、古市はぱしっと弾く。
「うっせ、黙ってろ」
 古市はにやりと笑うと男鹿のペニスを支えたまま、先端で尻穴を探る。探り当てた入口にペニスの先端を押し当て、擦り付ける。先端に与えられる刺激に男鹿も思わず息を詰めるが、押し立てたそこが慣らしもしていないのに綻び濡れていることに気付いてもいた。男鹿の先走りが擦り付けられたせいだけではない。狙いを定め、ずるずると身体を落としていく古市が、恍惚の表情で、あ、と口を開く。
「あ、あ、あ……入ってくる…。あーっ、気持ちい、い…っ」
「うっ……ふ、るいち…っ、テメ、なに……っ」
 古市の中は溶岩のように熱くぬかるんでいた。どろどろに蕩け、古市が腰を上下するたびにぐちゅりと何かが溢れ出す。
「あ、気持ちい……あっ、はぁっ」
 古市は男鹿の首にしがみついたまま、腰を上下したり前後したり円を描いたりと忙しい。はぁはぁと弾む息を耳元で聞きながら、男鹿は古市の肩口に噛みついた。
「なんでこんなケツ濡れてんだよ」
「んぁああっ」
 尻たぶを掴み、両側にぐいと開くのと古市が腰を落とすのとが丁度いいタイミングでいい場所を突いたらしい。古市がぶるぶると身体を痙攣させる。軽くイッてしまったようで、男鹿の腹を濡らし、古市は少し笑った。
「うちでローション仕込んできた」
 どうだ、とばかりに笑う古市に男鹿はほとほと呆れた気持ちになる。
「はぁ? テメ、なにやってんだ」
 本当に何をやってるんだか、と溜息を吐く。だってその様を想像するとむなしくなるだろう。何が悲しくて高校生が、しかも男が、突っ込まれることを想定して一人で尻穴にローションを仕込んでいるのか。想像して男鹿は、むなしくなるよりもむらっときた。
 ぴくりと男鹿のペニスが男鹿のむらっとした気持ちを代弁するように反応し、古市はゆるゆると腰を動かしながら笑う。
「だって、もう我慢なんねーんだもん」
 腰を上下させると家から中に仕込んできたらしいローションがごぷりと溢れる。古市の家から男鹿の家まで、ものすごく遠いというわけではないが、ものすごく近いというわけでもない。徒歩五分くらいか。その距離を尻穴にローションを仕込んだままやってきたのか。かなり間抜けでアホっぽいが、想像するとぞくりとする。
「男鹿は全然してくんねーし、一人でやっててもむなしいし」
「一人でって…、テメ、まさか」
 慣らしてもいないのに男鹿のペニスがすんなりと入ったことを思い出し、男鹿は眉を寄せる。自慢ではないが男鹿のそれは大きい。古市と比べると怒るのでできれば比べたくないが、間違いなく男鹿の方が確実に大きい。
 それが大した抵抗もなく飲み込まれたということは、つまり。
「バイブ突っ込んでオナッてたんだよ」
 普段ゲームをしたり馬鹿話をするあの部屋で、下半身を露出させた古市が尻にバイブを突っ込みペニスを扱く。古市が一人でそうしている様を想像したとき、男鹿の頭のどこかがぶつっと音を立てた。
「バイブなんか持ってんのか」
「ネットで買った。だって男鹿、最近喧嘩ばっかしてて俺とやりたくねーみたいだし、俺だってやりたくねー相手に無理矢理されたくねーし」
「だからって、んなもん買うなよな! 言えよそういうことは! 馬鹿! 古市馬鹿!」
「仕方ねーだろ、我慢の限界だったんだよ!」
 つながったまま言い合い、合間にキスをする。古市の目は情欲にとろんと潤んでいて、早く動いてとつながった箇所がねだってうねっている。男鹿がゆるりと腰を動かすと、はぁ、と溜息を吐く古市が、すげーんだぜ、と笑った。
「ネットで頼んだ次の日には届いてやんの。けど、やっぱあれはだめだな、気持ちいーけど。うん、やっぱお前でなきゃやだ」
 そんな言葉攻めは欲望が止まらなくなるからやめてほしい。
 古市のあどけない笑みに男鹿は馬鹿めと思う。そんなことを言ったら最後、嫌がったって止めてやらないのに。
「あっ」
 ぐいと腰を引き寄せ、男鹿は古市の口を舐める。キスをして、キスをして、またキスをして。吐息と唾液を混じり合わせながら男鹿が腰をぐいと動かせば、答えるように古市も腰をゆする。
「あ、あっ、んんっ……あ、た、垂れてきた…」
 フローリングに膝をつき身体をくねらせる古市の内腿を溢れ出たローションが伝い落ちる。男鹿はそれをてのひらに取り、粘性のある液体に覆われた手で古市のペニスを扱いてやる。
「あー…気持ちいー……あふ…、んんー…」
 古市は虚空を見上げ気持ちよさそうに口を開いてもっともっととねだる。
「おが、もっと動いて……あっ…」
「この体勢だと動きづれーから、一回抜くぞ」
「え、マジで? ダメだって、抜いたらダメ…」
「あ、馬鹿、締めんなっ」
 男鹿を離すまいと絞り上げる古市の中から強引に抜き出そうとしたせいで、危うく暴発するところだった。ぬるつくそこから惜しみながら一旦抜き出すと、恨みがましい目で古市が睨み付けてくる。そんな目もたまらないからやめろと言う代わりに、古市の上半身をベッドへ押し付けた。膝立ちをしたまま上半身だけベッドへ倒した古市の足を割開き、そこへ一息に自身を押し込む。
「あぁああっ、あ、い…いいっ……気持ちい…っ、もっと、男鹿もっと…!」
 ぐいぐいと遠慮も配慮もなくがつがつと腰を使うと、古市がシーツを掻き寄せながら絶叫する。熱の滾る狭い場所を押し開き抜け出し、古市の好きなポイントを抉ったりわざと外したりする。さっきまでの体勢とは違い自由に腰を動かせるのがいい。
「あー…くそ、すっげ…」
 古市の胎内はうねり、男鹿を逃すまいとするせいで余計に奥へ奥へと身体が進む。
「あーっ、そこ、そこいい…っ…、おが、おがぁっ」
 古市が首を捻って無理矢理後ろを振り向く。過ぎる快楽に目は真っ赤になってびっしょりと涙が浮いているのが余計に嗜虐心を刺激する。真っ赤になった頬と、唾液の溢れた口元がへらりと緩み、きもちい、と微笑む。その頬にころりと目じりから浮いた涙が落ち、男鹿は身体を伸ばして舌を伸ばす。
「んうっ、ああぅ」
 ぐぐっと押し込んだせいで古市の奥の奥を突いたらしい。古市が手が白くなるくらいシーツを握りしめ、ぶるぶると身体を震わせて達する。それに搾り取られ、男鹿も古市の中へと放つ。
「あ、くそ……イッちまった…」
 もったいね、と胴震いをしながら笑うと、古市もははと顔を真っ赤にして笑う。そして身体を捻って無理に振り返り、古市の手が伸ばされる。汗の浮いた男鹿の前髪をさらりと漉く指先を掴んで口に含むと、古市はなぁと目を細めた。
「もっかいしよ」
 もちろんそれに異論などあるはずもない。もとより、男鹿が古市の誘いを断ったことなどない。
「おう」
 笑って、しゃぶっていた指先にキスをすると、古市はやっぱりへらりと笑って、今度は顔見ながらやりたい、と言う。それを叶えるために男鹿は古市の腰を抱え上げ、ベッドへと押し上げる。片足を持ち上げ、己の一部を古市の身体に収めたままでぐるりと古市を反転させれば、古市はひくひくと喉を喘がせつつもすぐに手を伸ばし、男鹿の顔を撫でてくれる。
 はやく、と急かし熱を帯びる身体に夢中になる。
 テレビの中ではまだ主人公がぐるぐるとまわり続けていた。


そして窓は開けっ放し
抜かず三発やり遂げた後、「この変態どもが」とヒルダに冷ややかな目で見られ、「いやーたかちんも意外と痴女だったんだねぇ」と美咲に言われる風呂上がりの古市であった(もちろん男鹿家で風呂に入るたかちんである)。
美咲は多分弟とたかちんが妙な関係になってることを早い段階で気付いてると思うんですよね、いやマジで。男鹿が古市への恋心を自覚するよりも前に気付いてそう。なので基本たかちん擁護派。ヒルダちゃんもいいんだけど、あたしが手貸さないとたかちん遠慮しちゃうしねー、って感じだといい。美咲のたかちん感は弟の嫁って感じかな。
とりあえず、窓は閉めましょう。