牛スジが一番好きなわけで




「んで、そんとき男鹿の馬鹿がまたやらかしたわけっすよー」
 古市がのほほんと笑いながら鉄板の上のお好み焼きをひっくり返す。ぱふん、ぱふんと綺麗に焦げ目のついた生地が次々と上になり、さっきまではなんとも微妙な黄色っぽくどろっとしたものが鉄板に並んでいるだけだったのが、おいしそうな雰囲気にとってかわる。
「ふーん、あんたらって昔っからそんな感じだったのね」
「おおおおおお男鹿の小学校の頃ってかかかっか可愛かったのっ?」
「え、可愛くなんかないっすよ。目つきすげー悪いし、態度悪いし。むしろ俺のが可愛かったっす。初対面でこいつ、お前女みてーって言ったんすよ、失礼じゃないっすか。いくら俺が可愛いからって。いくら先生にも女の子に間違えられたからって」
「なんすかそれ、チョー気になる! 女と間違えられる古っちマジパネェ」
「つかキモイだろ、普通に」
 グラスを一気に煽る寧々の言葉に、そんなキモイって言わないでくださいよー、と古市はやっぱりのほほんと笑い、空になった寧々のグラスに気付く。
「あ、寧々さん、ウーロン茶おかわりします?」
「ん? ああ、そうだね」
「千秋さんは?」
「………オレンジジュース」
「おばちゃーん、ウーロンとオレンジ追加ねー!」
 古市が大声で怒鳴ると厨房の方から、手が足りないから取りにきな、とおばちゃんの大声が聞こえてくる。確かに狭い店内は込み合っていて満員御礼状態だ。古市は身軽に腰を上げると厨房の方へ行こうとしたので、男鹿はそのシャツの裾をちょんと摘んだ。
「おい」
 あまり強く引くと軟弱者の古市は耐えられずひっくり返ってしまうので、その辺の加減は男鹿も解っている。ひっくり返さず、ちょっと足を止める程度の強さに振り返った古市が、男鹿の手元を見て何を言うでもなく頷いた。
「ん? ああ、持ってくる」
 古市は座敷を下りると勝手知ったるなんとやらで厨房に入って行く。その後ろ姿を見送り、寧々がふんと鼻を鳴らす。
「慣れてんだね、あいつ」
「あー…まぁ、昔から来てるしな」
 男鹿は頷き、何がどうしてこうなった、と眉を寄せた。
 ここは男鹿と古市行きつけのお好み焼き屋だ。小学校の頃から家族で通っているので、無口なおっちゃんともうるさいおばちゃんとも顔なじみだ。高校になってからは男鹿と古市だけでもくるようになった。
 今日もそんな感じで、家族全員留守だし、久々にお好み焼きでも食うかと言う話になった。男鹿もお好み焼きは久しぶりで、本当なら古市にコロッケを作ってもらおうと思っていたのだが、お好み焼きも悪くないなと頷いた。
 テレビが良く見える座敷の鉄板付きのテーブルを陣取り、始まったバラエティ番組を見ながらお好み焼きを焼こうとした時、烈怒帝瑠の連中がやってきたのだ。
 正確には、邦枝と寧々、千秋と花澤だ。
 四人を見つけた古市は当然のように同じテーブルに呼び、何くれと世話を焼き始めたのだ。
 折角、ベル坊もいない、ヒルダもいない、久しぶりの二人きりの時間をまったり過ごせると思ったのに、と男鹿がふてくされていると、向かいに座る邦枝が顔を真っ赤にしながら尋ねてきた。
「おおおお男鹿っ、ヒルダさんはどうしたの? それにベルちゃんもいないみたいだし……」
「あー……健康診断とかって魔界帰った」
「そっ、そうなのっ? 悪魔にも健康診断とかあるのねっ!」
 やたら甲高い声でしゃべる邦枝に、めんどくせー、と思っていると、古市が戻ってくる。
「お待たせでーす! あっ、男鹿! ひっくり返せよ!」
 ウーロン茶とオレンジジュースを寧々と千秋の前に置き、古市は座敷に上がりながら眉を吊り上げる。へーへーと頷き全員分のお好み焼きをひっくり返すと、両面ともこんがりと焼けて丁度いい感じだ。
「ほらよ」
 ことんと男鹿の前に小鉢が置かれる。ざく切りのキュウリに細かくちぎった梅干と塩昆布が混じっているこの店の隠れメニューだ。
「おー」
 やっぱりお好み焼き食う時はこれがいるよな、と男鹿が割り箸を手に取り早速ひとつキュウリを口に放り込む。
 その横で古市はお好み焼きにソースを塗りマヨネーズを格子状にかけている。
「青のりどうします? 紅ショウガは? みんなかけちゃって大丈夫ですか?」
「あたしは平気」
「ええ、大丈夫よ」
「うちもヘーキっす!」
「………紅ショウガ、好き」
 邦枝たちが頷くのを見て、古市がせっせとお好み焼きに鰹節を乗せ青のりをかけ、さらに紅ショウガを降っている。千秋が紅ショウガが好きだと言ったので彼女の分にはちゃんと紅ショウガ多めだ。
 そう言うとこ細かく気ィ付くよなぁ、と思う男鹿の前には、ちゃんと男鹿好みに仕上がったお好み焼きが回されてくる。
「はいこれ邦枝先輩の、で、こっちが寧々さんの、でパー澤さんのと、千秋ちゃんの」
 豚玉だのミックスだの、せっせとそれぞれの前に置いてやる古市は自分の分は後回しだ。古市は女たちの前にお好み焼きを滑らせると、続いて男鹿の前のお好み焼きをざくざくと切り始める。男鹿が食べやすいように四角く切られたそれをひとつぽいと皿の上に乗せてくれる。
 それからようやく自分のお好み焼きにソースを塗り始めるのを見て、男鹿は小鉢のキュウリを摘み上げた。なんとなく労わらんといかんなぁ、と言う気分になったのだ。
「おい」
「ん? おお、さんきゅ」
 古市がぱっくり開けた口にキュウリを入れる。一個やったら十分だろ、と男鹿は古市が皿に乗せてくれたお好み焼きを頬張る。大き目に切られていても、男鹿には一口サイズだ。もぐもぐ口を動かしていると、自分のお好み焼きを切り終えた古市がさっと次を皿に乗せてくれた。それからぱくりとお好み焼きを食べ、嬉しそうに頬を綻ばせる。
「んー、やっぱお好み焼きはここだよなー」
「あんたら、ここ行きつけなの?」
 寧々が箸を止めて首を傾げ、古市はへらりと笑う。
「そーなんすよ、昔っからお好み焼きはここって決まってて」
 ぱくりとお好み焼きを頬張り笑う古市が、空になった男鹿の皿に気付く。男鹿の前の鉄板のお好み焼きはもう残り三分の一だ。
「も一個頼むか?」
 いつもなら軽く三枚は食べる男鹿は、おー、と頷き古市のお好み焼きをかすめ取る。味が違うから味見だ。
「おばちゃーん! 牛スジとハイカラ追加ねー!」
「………ハイカラ?」
「餅とチーズ。チーズが乗ってるからハイカラなんだと」
 首を傾げる千秋の質問には男鹿が答えた。注文を叫んですぐに突っ込んだお好み焼きで、古市の口が一杯だったからだ。千秋は無言で首を傾げる。
「あ、うまいんすよ餅とチーズ。追加でトマトも乗っけられるけど、なんか不思議に合うんすよ」
「………ピザ?」
「いや、お好み焼きっす」
 古市と無口な千秋が無口なりにお好み焼きに何を乗っけたらうまいか、とお好み焼き談義を始めた。キムチだなんだと盛り上がっている。
 そのせいで千秋の箸も、古市の箸も進みが遅くなる。おまけに千秋は女の子だけあって、やっぱり食べる速度は男鹿よりも古市よりも遅い。
 それを言うなら古市だって男鹿よりも随分と遅い。人のことをやってから食べているから当然と言えば当然なのだが、古市が半分食べる頃には、すっかり食べるもののなくなってしまった男鹿は手持無沙汰だ。
 なんとなく横にある銀色の髪を触っていると、もーちょい待ってろ、と古市が自分のお好み焼きを少し分けてくれた。あー、と口を開けば、ずぼらしてんな、と眉を寄せながらも古市が口まで運んでくれる。
 牛スジとハイカラの次は何食うかなー、と考えながら古市の髪を弄る男鹿を、千秋以外の女子三人が曰く言い難い目で見ていることを男鹿も、そしてお好み焼きについて千秋と熱く語り合う古市も気付いていなかった。






ナチュラル夫婦なおがふる。
牛スジが好きなのは私です。