だってそれは単純な気持ち


「やだうそかわいい」
 ぽかんと目を真ん丸にしている美咲が、ほら、と見せてくれた鏡に、うわほんとだ、と古市も目を丸くした。
 鏡に映るのはどばっと長くなった睫にブラウン系のアイメイク、ピンクのグロスで唇をてからせた自分の顔だ。頬もチークに彩られ、やたらと血色が良く見える。肩の辺りで揺れるふんわりとしたウィッグも妙に似合っていて、このまま外を歩いたらナンパされちゃうかも、つか俺なら俺をナンパする、と自分の顔に惚れ惚れする。
「うわー、俺って超イケてますねー…」
 まじまじと鏡に見入っている古市に、美咲もやや引きつった顔で頷いた。
「やー昔から可愛い顔だと思ってはいたけどここまでいくとはねー…。あっ、服! どうせなら服着るっ? あんたに似合いそうなのあるのよ!」
 わたわたと立ち上がった美咲がクローゼットを引っ掻き回してあれこれ投げ出してくる。中にブラジャーも混じっていたので古市はぎょっとしたが、よくよく考えてみれば美咲は古市を男としては認識していないらしく、たまにノーブラにキャミソール姿でうろついていることもある。
 あれもこれもと大騒ぎの美咲を他所に、古市はもう一度鏡を見た。
 長い睫に大きな目、ピンク色に染まった頬といつもより色っぽく見える唇。造作は母親に似ていてもともと整っている方だと自分では思っていたが、ここまで女顔だとは思っていなかった。
「あだー…」
 横に座って成り行きを見守っていたベル坊までもが頬を染め、ぽかんと古市を見上げている。
「俺、可愛くね?」
 ベル坊にそう尋ねると、ベル坊もぽかんとした顔のままでこくこくと頷いた。
 そもそもの発端は美咲が友達からウィッグをたくさんもらってきたことだった。美容師してる子なんだけどウィッグ処分するって言うからもらってきちゃった、と言った美咲が、たかちんちょっと被ってみなよー、ベル坊もどうだー、とやり始め、悪乗りが過ぎて化粧にまで発展したのだ。ちなみに男鹿は自分がウィッグを被らされるまえにさっさと自分の部屋へ引き上げていった。
「あった、これよ!」
 美咲がクローゼットの奥から引っ張り出してきたのは薄紫のワンピースだ。少し長めのスカート丈で襟や袖、裾に黒のレースがついている。背中はがばっと開き黒いリボンで結ぶようになっていた。可愛いけれどセクシー系な感じのワンピースだったが、美咲がこれを着ているところを見たことはなかった。
「見たことないっすね、これ」
 大抵新しい服を買ったときには見せてくれるのに、と思いながらそう言うと、そーなのよ、と美咲は困ったように笑う。
「セールで超安くて買ったんだけど、あたし似合わなくてさぁ。誰かにあげようかと思ってたとこなのよね。ヒルダちゃんにあげようかと思ってたんだけど、丁度いいわ。たかちんにあげる」
「いや、俺も普段こんなん着ないっすよ…」
「いいからちょっとこれ着てみなさいよ! あっ、ブラつけてブラ! とりあえずこれ詰めときゃいいから!」
「えっ、マジで? つかブラって…、ブラって…!」
 ぐいぐいと着ているシャツを脱がせ、ズボンを脱がせようとする美咲の手に抗えるはずもない。ブラは嫌です、と一応抵抗してみたものの、烈怒帝瑠の初代総長に逆らえる手腕もなく、古市はブラをつけさせられ、ハンカチを胸に突っ込まれた。おまけにスカートラインに響くからと言う理由トランクスまで脱がされ男としての尊厳などあったもんじゃない。もともとなきに等しいものだがもはや木っ端微塵だ。
 気分はよれよれの古市の背後では、美咲が背中のリボンを結んでいる。美咲の指先が背中をくすぐり、普段ならでれでれとしまりのない顔を晒すところだが、今日ばかりはなんだかそれも嬉しくない。
「よし、これでいいわ! やーだーもー超かわいいー!」
「アダー! ダーブー!」
 背中のリボンを結び終え、古市の前に回りこんだ美咲が大きな目をきらきらと輝かせて歓声を上げる。その足元ではベル坊も両手を叩いて頬を染め、美咲同様目を輝かせていた。
「そーすか…」
 人生初のブラジャーショックにやや傾き気味の古市を引っ張った美咲は、強引に姿見の前へ古市を連れて行く。
 いくら顔が超いけてて超可愛くて自分で自分をナンパしたくなるほどでもさすがに男の身体にあのセクシー系ワンピースはねーでしょーよ、とやさぐれた気分で姿見の前に立った古市は、うおっ、と思わず身を引いた。
「誰だあの美女」
 鏡に映る自分の姿に茫然自失だ。
 ヒルダに負けず劣らずの豊満さを誇る美咲のブラジャーのせいもあってか、自分の身体がスレンダーなのに色っぽい。ふんわりしたウィッグも可愛いメイクも、セクシー系のワンピースも似合っている。
 俺に惚れそう、と姿身に見入る古市の横で、美咲がなぜか自慢気だ。
「超可愛いっしょー!」
「すげー可愛い、何これ俺って性別間違えてんじゃねってくらい可愛いんですけど、普通に!」
「あだーっ!」
「たかちん、渋谷に行こう! 何人ナンパしてくるか数えに行こう!」
「やですよ、絶対そんなの入れ食いじゃないっすか! うわーっ、俺って女顔だったんだー…うわー……」
「そうだ! 写メ撮る、写メ! 携帯携帯!」
「あだっ!」
 わたわたと携帯電話を探す美咲を他所に、すちゃっと構えた男鹿の携帯電話をベル坊が構える。いつの間に使い方をマスターしたのかカシャカシャと撮り始める坊に、古市も思わずポーズをとってしまう。美咲も自分の携帯電話を見つけ、必死でシャッターを切っている。騒ぎに気付いた男鹿母も様子を見にやってきて、きゃーっ、と歓声を上げた途端エプロンのポケットから取り出した携帯電話で撮影を始めた。プチ撮影会の騒ぎが隣の部屋の男鹿に聞こえないはずがない。のそのそやってきて美咲の部屋を覗き込んだ男鹿の顔が強張った。
「テメーら何やって…」
 んだ、と続くはずの言葉は途中で途切れ、手にしていたアイスクリームとスプーンが廊下にぼたっと落ちた。極度の甘党の手から零れ落ちたアイスクリームはハーゲンダッツストロベリーアンドショコラだ。男鹿の好物だ。それがぼたっと床に落ちる。
「あ、男鹿」
 やってるうちになんだか楽しくなってきた古市が、チラ見せセクシーポーズでスカート裾をちょびっと持ち上げたままで振り向くと、男鹿の目が零れ落ちそうなほど真ん丸に見開かれる。
「あ、辰巳」
 あらゆる角度で古市を取り付くし大方満足した美咲が、ふいーと額の汗を拭いながら笑みを振りまく。
「どーよ、これ! たかちん超かわいいっしょー! これから渋谷行ってナンパされまくってやろーかと思ってんだけど」
「だぶーっ!」
 腕をバッテンに交差して、ベル坊がお得意の、ノン、を美咲に見せる。
「え、駄目なの? ナンパされまくり作戦駄目なの?」
「あだっ! だぶーっ!」
 ベル坊は古市の足にがっちりしがみつきぶんぶん首を振っている。意訳するにうちの可愛い古市を売るような真似はしません、と言ったところだ。なんでよいいじゃん奢ってもらえるよー、と美咲がベル坊を懐柔しようとしているが、ベル坊の、ノン、は解除されない。
「俺絶対途中で素が出ちゃうから駄目っすよ」
「そお? 絶対たかちんイケるって。どーよ、あたしとナンパされ対決する?」
「や、美咲さんには負けます。俺、色気ねーし」
「そーねー、やっぱちょっと足とかねー、よく見ると筋肉質だもんねー。ま、でも良く見ないと解んないし大丈夫だと思うけど」
 それはそれで男としてショックです、と古市が生温い笑みを浮かべたが、ベル坊に足をべしべしと叩かれ、顔を下ろした。
「ん、どしたベル坊?」
「あだー、だだっだー!」
 ベル坊が古市の足をべしべしと叩き、戸口を指差すのを見てそちらへ顔を向けた古市と美咲は、戸口で固まったままの男鹿がいたことに気付き、首をかしげた。
「どした、男鹿?」
「何固まってんの、あんた? つか、アイス! アイス落ちてんじゃん! しかもハーゲンダッツ!」
「もったいねー!」
「うぃーっ!」
 ぎゃあっと騒ぎ始めた古市と美咲の大声に、ゆらりと男鹿が動いた。
 驚きに見張っていた目はいつも通りの大きさにまで戻ってはいたが、心なしか据わっている。落ちたアイスを跨ぎ、つかつかと美咲の部屋に入ってきた男鹿ががしっと古市の肩を掴んだ。
「あ? なに?」
 なんだ、と首を傾げた古市の鎖骨にウィッグの髪先が触れる。チークで染まった頬と塗れた唇、色付いた瞼をとっくり眺めた後、男鹿は、よし、と頷いた。
「結婚するぞ」
「はい?」
 がくんと顎を落としたのはベル坊と男鹿母で、眉を互い違いにしたのは美咲、古市は目の前のやたら凛々しい男鹿の顔を見上げフリーズしていた。
「結婚するっつったんだよ」
「いやいやいやいや、ちょっと待って男鹿、俺ですよ、俺! こんな格好してるけど古市ですよ! 確かに絶世の美女に俺自身も惚れそうになったが! でも俺です、古市です!」
「解ってるよ、だから結婚するつってんだろ」
「いやいやいや、だからの意味が解んない! 俺、男! 男! 非力で貧弱で貧相でひ弱だけど男なの!」
 大慌てでぶんぶん首を振り、やたらオトコマエの顔をしている男鹿の頬をばしばしと叩き、正気に戻そうとはしたものの、男鹿はおかしい方向に突っ走り始めている。ワンピースの襟をぐいっと引っ張って、古市の胸を覗き込み、ブラまでしてんのかよ、と顔を顰め、手を突っ込んでブラジャーの内側のハンカチを引っ張り出して、どんだけ詰めてんだ、などと言う。とうとうスカートを捲ろうとしたので慌てて古市は飛びのいた。
「なにすんだ! 変態! 痴漢!」
 スカートを押さえて飛びのく様は正に女の子で、顔を真っ赤にしている古市にハッと我に返ったのは弟の暴走っぷりに呆気に取られていた美咲だった。男鹿が古市のスカートを執拗に捲ろうとしているのを見ると、渾身の回し蹴りを放つ。
「アホかーッ! このドエロ魔人がーッ!」
 さすが烈怒帝瑠初代総長。古市の目にはただ風が走っただけにしか見えず、ドゴォッ、とすごい音がした時には男鹿が吹き飛んでいた。床に沈んだ男鹿目がけ、美咲は更に畳みかけるように踵落としをめり込ませている。
「いきなり何やらかしてんだ、テメーは!」
 がすがすと足蹴にされながらも、男鹿はめげない。
「なんだよ、着せたのはテメーだろーが!」
「だからなんだっつーの! あたしの服なのよ! 確かにたかちんは可愛いけど! なんでそれが結婚にまでいきなり発展すんのよ! あんた馬鹿? 馬鹿なの? 知ってたけどやっぱ馬鹿なのね?」
「馬鹿馬鹿言うな、鬼! あんだけ可愛いなら白いヤツ着せてーじゃねーか!  それに古市は俺のだ!」
 うわー…、と古市はなんだかげんなりした。
 家族の前で公然と自分のもの宣言しちゃったよ、と頬を引きつらせるが、美咲も男鹿母もなにやら考え込むように動きを止めた。んん、と首を捻る古市が見守る中、美咲も男鹿母も携帯電話を弄り始め、ほぼ同時にしゃべり始めた。
「あー久しぶりー。あのさー、ちょっと聞きたいんだけど、あんた貸し衣装屋に勤めてたよねー? ウェディングドレスって安くレンタルできないかなー。うん、白いヤツー。え、違う違う、あたしじゃないんだけどさぁ、たかちんが着んのよー。そうそう、え、何? 貸してくれんの? マジで超助かるー! あ、あれも貸してよ、ティアラっつーの? 頭に乗せるヤツ! 今から取りに行くし!」
「あ、もしもし? 私の白無垢ってどこに片付けたんだった? え、ヒルダちゃんに着せるんじゃないわよ。でもとにかく白無垢がいるのよ今すぐに! 仕事なんか行ってる場合じゃないわよ、あんた! すぐ帰ってきて出すの手伝ってちょうだい!」
 美咲と男鹿母が携帯電話相手にしゃべりながら部屋を出て行くのと入れ替わりに、何の騒ぎだ、とヒルダが階下から上がってくる。ベル坊のミルクを作っていたようで手には哺乳瓶があるが、擦れ違う美咲と男鹿母の形相にさしものヒルダもぎょっとしている。
「なにごとだ?」
 階下から電話相手にぎゃいぎゃいと騒いでいる美咲と男鹿母の声に首を捻ったあと、取り残された古市を見て、ほほう、と悪魔の笑みを浮かべた。
「貴様、そう言う趣味があったのか」
「いやっ、違いますよ、ヒルダさん! 確かによく似合うと自分でも思いますが趣味じゃありません!」
「なるほど、男鹿と乳繰り合っている内にそう言う方向に目覚めたわけだな。まぁ性的マンネリは破局の原因だとワイドショーでも言っておったしな…」
「いやいやいや、何言ってんですかヒルダさん! 何見てんですかヒルダさん!」
「良かろう。奴隷の世話も侍女悪魔の仕事。それなら私も一肌脱いでやろうではないか。魔界のウェディングドレスを取り寄せてやろう」
「うぃーっ!」
「いやっ、ベル坊っ! 何喜んでんの!」
「あだーっ、あだだーっ!」
「まぁあ、坊ちゃまもそうお望みですか? ではすぐに取り寄せます」
 ベル坊の雄叫びを聞いてぱぁあっと顔を輝かせたヒルダが、一転し好戦的な笑みを浮かべる。
「喜べ古市。坊ちゃまのお許しが出たぞ。九十九人の処女の生き血で作った血染めのウェディングドレスを取り寄せてやろう。魔界でも滅多に手に入らぬ一品だ」
「何ソレ超怖い!」
 ぶるぶると震える古市を他所に、ヒルダはベル坊を抱え、蕩けるような笑みを浮かべている。
「さぁ、坊ちゃま。ヒルダは処女を九十九人狩りに行って参ります。先にミルクをお飲みになってくださいまし」
「だー!」
「いやいやいやっ、止めて! 血染めのウェディングドレスはやめてーっ!」
 古市の絶叫など聞こえぬふりで、ヒルダはベル坊を連れ、美咲の部屋を出て行った。階下へ降りて行ったので、白無垢だウェディングドレスだときゃいきゃい騒いでいる美咲と男鹿母の輪に加わりに行ったのだろう。
 残されたのは突然の成り行きについていけず呆然とする古市だ。
「え、何アレまさか本気……?」
 ギギギギと軋む音を立てて男鹿を振り返った古市は、床で踏みつけられていたはずの男鹿がすぐ真後ろにいて、がしっとしがみついてきたのに、ぎゃあと悲鳴を上げた。
 男鹿は古市を抱きすくめると、わさわさとスカート越しに尻を撫で回している。
「なななな何してんの男鹿さん…」
「んー? ケツ撫でてる」
「男のケツなんか撫でて楽しーすっか…?」
「おー、楽しーぞー。あ、テメ、パンツ履いてねぇじゃねぇか! 無用心だな」
 とうとうスカートを捲り上げ尻を直接撫で始めた男鹿に、ぎゃあと古市は再び悲鳴を上げる。
「スカート捲んな! つか止めて男鹿ーっ! ここ美咲さんの部屋!」
「んーんんー」
 べろりと古市の首筋を舐めた男鹿がパッと手を離す。お、そうだった、と辺りを見渡したのでようやく解放されたかとホッと息を吐いた古市だったが、安心するのは早かった。男鹿は古市の手を掴むと、問答無用で抱え上げ、自分の部屋へと連れ込んだのだ。肩に担ぎ上げられた古市はたまったものではない。ぐらぐら揺れて超怖いし、視界が引っくり返っているせいでどこへ向かっているかも解らない上に、男鹿が鼻歌を歌っているので余計に怖い。
 ぽいと放り出された時には頭から落ちるとぎゅっと身を竦めたが、落ちた先は男鹿のベッドで、すぐさま男鹿が圧しかかってくる。
「ちょ、男鹿…っ」
 慌てて身を起こそうとした古市の肩を、男鹿がぐっと押さえつける。ベッドに押し戻され、唇を舐められた。グロスのどろっとした感触が嫌だったのか、男鹿は眉間に皺を寄せて古市の唇をぐいと拭う。
「何だこれ。べちゃべちゃする」
「グロスだよ」
「これも邪魔だ」
 そもそも古市が女装することになった発端のウィッグが男鹿の手によってずるりと引き外され、ぽいとベッドの下に放り投げられた。
「こっちの方がいい」
 ウィッグの下に隠されていた銀髪を男鹿がわさわさと撫でる。ぱさぱさと顔に触れる銀色の髪に顔を顰める古市に男鹿が笑う。
「こっちの色のが古市だ」
 その後も男鹿は古市の唇をごしごし拭い、完全にグロスが取れたのを見てから舌を伸ばす。ぺろりと舐めた後、もー変な味しねーな、と笑ってまたぺろりと舐める。何度も唇を舐められ、やがては口の中にも男鹿の舌が入り込んでくる。
「んんっ」
 男鹿の執拗なくちづけに溢れた唾液を、古市は思わずごくりと飲み込んだ。男鹿の言う変な味が少しばかり混じった唾液に、頬がチークのせいだけでなく染まる。ぼうっと男鹿を見上げる古市を、なんだかいつもより優しい顔で男鹿が見下ろしていた。
「あ……なに?」
 やたら熱心に見つめる眼差しがこそばゆく、古市はぼんやりしたまま男鹿を見上げた。
「かわいいぞ、古市」
「う、んんっ」
 またもや男鹿の唇に唇を奪われ、交わる舌の間で水音が鳴る。
 男鹿のキスは心地良い。
 喧嘩相手には情け容赦なく振り下ろすせいで固くなった手の甲で男鹿は古市の頬を撫でる。髪を避け露になった額にキスを落とし、鼻先にもキスを落とす。耳たぶを甘噛みし、古市の首筋に顔を突っ込みぐりぐりと額を押し付ける。
 全身で甘えてくるでっかい犬のような男に、古市は諦めモードで身体から力を抜いた。
「何してんだ、男鹿」
「古市をたんのーしてる」
 そーか、と古市は男鹿の頭をぽんぽんと撫でる。促がされるように顔を上げた男鹿はまた古市にキスをし、幸せそうな顔で笑う。
「ふるいち」
「なんだよ」
「やっぱ結婚するぞ」
「またかよ。なんで結婚なんだよ。つか結婚っつーのは女としかできねーの」
 やたら結婚にこだわる男鹿に、何か妙なテレビでも見たのかと問えば、違うだろ、と男鹿が真剣な顔をして首を振った。
「違うぞ、古市。まー確かにあの白いヤツ着た古市はかわいいだろーなーと思って、あれ着せるには結婚するしかねーなと思ったのも事実だが」
「案外打算的だなテメーは」
 ふぅと吐いた古市の溜息を奪うように、男鹿が唇を寄せる。ちゅっと軽く音をたててキスをした後、男鹿は古市の目を覗きこんで言った。
「解ってるのか、古市? 結婚っつーのは好きな相手とするもんなんだぞ。俺は古市が好きだから結婚したいんだ」
 真剣な眼差しに思考回路を絡め取られる。
 カッと顔を真っ赤にする古市を見下ろしてやはり幸せそうに笑い、男鹿はぎゅうっと、男鹿にしては優しい強さで古市を抱きしめた。
 古市は男鹿に圧しかかられ、抱きこまれたまま真っ赤な顔で天井を仰ぐ。
 好きだから結婚したい、なんて、なんて安直で、直球で、単純な言葉。
 そんな言葉に不覚にも、キュンと胸が高鳴ったのは一生秘密だ。


ラブラブバカップルは家族公認です。
美咲さんは「たかちん=義妹的な何か」だと思ってるはず! だからヒルダさんがヨメとして現われたときに、たかちんはどうすんのーっ、と激怒して男鹿を完膚なきまでにぼこってるといい。
ところでたかちん、血染めのウェディングドレスは着たんだろーか…。