当たり前に俺のもの




 自由行動なんだか集団行動なんだか解らない水族館からホテルへ戻ってきた古市は、ホテルのロビーに併設されている土産物屋にいた。ほのかや美咲への土産は水族館の後にいった琉球ガラス村で買っておいたのだけれど、そう言えば男鹿母と自分の母親に土産買ってなかったな、と思い出したのだ。どうせなら男鹿父と自分の父親にも買うかと、何かいいのがあればいいなぁと土産物屋を覗いていたのだが、あるのはお菓子系ばかりだ。
 どうせならホテルを出て街にある土産物屋に行こうかと思案する。
 夕飯まで時間はあるし、五分も歩かない距離に割と大き目の土産物屋があるとホテルのフロントを担当していたお姉さん(美人だった)から聞き出していた。
 どうしようかな、ときょろりと辺りを見渡す。
 男鹿に一言声をかけておかないと、後で拗ねると面倒だし、大探しされても恥ずかしい。
 一緒のバスで帰ってきたのだからまだ側にいるはずと視線を巡らせ、ロビーのソファにふんぞり返っている男鹿を見つけた。傍らには邦枝が座っていて、ベル坊にジュースを飲ませている。ヒルダの姿がないと思ったら、その向かいでパー子と千秋に囲まれている。
 両手に花どころか目の前も花かよ、と舌打ちをした古市は、文句を言いがてら土産を買いに行くと伝えようと足を踏み出し、どんっと後ろからぶつかってきた衝撃によろめいた。
「おっ、すまねぇ!」
 ぐっと腕を掴まれ転ぶのだけは免れたが、よろけた足がもつれて、完全にぶつかった誰かに抱きかかえられる格好になってしまった。
「う、わ……すみませんっ!」
 慌てて身を起こすと、古市の腕を掴んでいたのはおんぶ紐で妹を背中に括りつけた哀場だ。知らない相手でなかったことにホッとしつつも、余計な悶着が起こる前にと身をもぎ離す。独占欲の強い男鹿にこんな現場を見られたらまた喧嘩のネタになる……、と焦る古市は、だがすぐに、それはねーな、とふっと息を吐いた。
 邦枝とヒルダに囲まれ、男鹿はこちらに注意すら払っていない。ちらりと振り返っても古市の視線に気付かないどころか、側にいないことにも気付いていないのだろう。男鹿よりもよっぽど視線に敏感なベル坊も、邦枝にジュースを飲ませてもらってご満悦だ。
 浮気者め、と古市は口を曲げる。そしてハッと唇に篭った力を緩める。
 浮気者だなんて、普段はそんなこと全く思わないのに、沖縄に来てから放置されまくっているので拗ねているのだ。こんなことじゃいかん、男鹿は男鹿、俺は俺で楽しまないと、とぱしぱしと頬を両手で叩いていると、あー、とすっかり忘れていた哀場に声をかけられた。
「あー、えと、あれだ、アイムソーリー…? いや、エクスキューズミーだっけ? あ、ヘルプミーか? 英語でぶつかって悪いっつーのなんてーんだ?」
 古市を見下ろしたままぶつぶつと呟く哀場はついには身を捩って背中の妹に尋ねている。将来間違いなく美人になるだろう妹が、ちょっと焦ったように声を張り上げた。
「アイムソーリーですわっ! マイブラザーがアタック、ユーですわっ!」
 眉を吊り上げ必死に叫ぶ幼女に古市はぶっと吹き出していた。
「日本語で平気ですよ。こんな髪してますけど、俺、日本人なんで」
 思わずそう言って銀色の髪を摘んで見せると、おおっ、と哀場がほっとしたように額の汗を拭っている。
「そっか、良かったぜ! 俺、英語は全然ダメなんだよな!」
「良かったですわねっ!」
 哀場の背中の妹もほっとしたように哀場と同じ仕草で額を拭っている。
「ぶつかって悪かったな。怪我してねぇか?」
「ああ、全然、大丈夫です。こっちこそぼーっとしてたんで……」
「怪我がなかったんなら良かったぜ。地元の人か?」
 哀場にそう尋ねられ、古市はきょとんと目を丸くする。
 到着したその日にロビーで顔を合わせていますよと言いかけ、覚えているわけもないか、と思い直す。哀場は邦枝に一目惚れをしていたし、トンヌラこと男鹿と張り合うのに必死だったはずだ。ただ後ろで静観していた自分の存在になど気付く余裕もなかっただろう。
「石矢魔の生徒ですよ」
「じゃあ葵と一緒に来てんだな! にしても、すげぇ綺麗に染まってんなぁ」
 哀場がしげしげと髪を見つめてくるので、古市は苦笑した。
「地毛なんです」
「マジか? ハーフなんか?」
「両親とも日本人ですよ。あ、でも母さんはクォーターだって言ってたかな」
「へぇ」
 哀場は物珍し気に古市の髪をしげしげと眺め、触っていいかと尋ねてくる。別に構いませんよと笑うと、ちぃもちぃも、と妹が手を伸ばし、古市は小さい手と大きい手に頭を撫で繰り回される。
「へぇ、すげぇつるつるしてる。手触りいいなー!」
「え、いや、普通でしょ」
「すごいですー! 王子様みたいですー!」
 きらきらと目を輝かせる二人に撫でまわされて、なんとなく男鹿とベル坊に撫でまわされたことを思い出す。あの二人は遠慮なんて言葉を知らないから、痛い痛いと訴えても力を抜くことがない。やめろはなせいたいって、と呻く古市を見て、喜んで余計に力を込める。嫌がらせにも近い愛情表現に慣れているせいで、哀場や千夜の手つきはなんともくすぐったい。
 すげぇすげぇと連発する哀場と千夜の手に甘んじていると、オイッ、と言う怒号にも近い声とともにぐっと腕を引かれた。え、と振り返るよりも前にどんと背中は誰かの胸板にぶつかり、腹にぎゅうっと腕が回る。
 背中に触れる体温と、間近で発せられる怒りのオーラに、ああ男鹿が来たのか、と古市は目を瞬いた。
「勝手に触んなよ」
 耳元で発せられる男鹿の声に、ん、と首を無理に捩じって振り返ると、頬がくっつきそうなほど間近に男鹿の顔がある。その向こうにはやっぱり怒りに目を吊り上げるベル坊の顔があって、あ、この距離は久々……、と目を瞬く。
「勝手には触ってねぇよ。そいつが触っていいって言ったし」
「こいつに手ェ出すな!」
 腹に回る両腕がぎゅうっと強さを増し、古市はイテェと呻いた。ぎゅうぎゅうと男鹿の独占欲を表すかのように腹に回った両腕に力が篭って行く。じわじわと締め上げられる強さに、肋骨がめりめりと音を立てる。
「やめろアホ男鹿っ、腹がイテェ!」
 振り上げた手で思い切り裏拳を叩き込めば、男鹿がイテェと呻いて力を緩めた。その隙をついてぐるりと身を捩り、男鹿に向き直って古市のひ弱な裏拳で赤くなった頬を撫でてやった。
「イテェのはこっちだっつの。見境なく絞め技かましやがって。骨折れたらどーすんだ。入院しなきゃなんねーんだぞ。俺だけ病院で寝泊まりだ」
「それは駄目だっ!」
「そんなら無駄に力込めんな。あと俺が誰かとしゃべってるからって割り込んでくるのいい加減やめろ」
「でもだってこいつが…!」
「しゃべってただけだよ。いいからちょっと待ってろ」
 な? と首を傾げ、男鹿の頬をぷにっと摘む。ちょっとだけだから、大人しくしてろよ、と念を押すと、ううっ、と唸る男鹿の三白眼がじろりと哀場を睨みつける。
 さすがに南高のトップを張っているだけある。視線だけで人を殺せそうだと良く評される男鹿ご自慢の目つきの悪さにも、哀場は動じない。
「哀場さん、俺ら、もう行きますね」
「ん? そうか? ぶつかって悪かったな」
 まだ髪を撫でたりないのかぽんぽんと頭を叩く哀場に、古市は柔らかく微笑む。
「いえ、俺もぼーっとしてたので。それじゃ、ええと……ちいちゃんだっけ? バイバイ」
 哀場の背中でじっとこちらを、正確にはベル坊を熱っぽい眼差しで見つめていた千夜が、古市に顔を向けられるとハッと目を瞬く。
「はいっ、ばいばいですわっ!」
 ひらひらとちっちゃい手を振る千夜に手を振り返り、哀場にぺこりと頭を下げ、古市は男鹿の腕を引く。威嚇するように哀場を睨む男鹿を連れてロビーへ戻ろうとしたが、その途中で気が変わった。ロビーからこちらを見つめている邦枝の視線に気付いたからだ。
 今日一日、散々男鹿を連れ回して独占していたのだ。もういい加減、男鹿を返してもらおう。
「おが」
 足を止めると男鹿も足を止める。聖石矢魔の生徒が、うわ石ヤバだ、と言いながら横をすり抜けて行くが、古市は気にもせず男鹿を見つめた。
「お土産、買い足したいのがあるから、夕飯までの間、外出ようと思うんだけど、お前、どうする?」
「行く」
「お前もう全部土産買ったんだろ? 無理してついてこなくても部屋で……」
 水族館で連れ回されて疲れていたようだったので、そう勧めてもみたのだが、男鹿はぎゅっと古市の手を握りしめて頑なに繰り返す。
「行く」
 繋がれた手を握り返し、古市は微笑んだ。
「んじゃ、行くか」
 ぐいと腕を引いて向かう先はロビーではない。フロントの前を通りすぎてホテルの玄関へ向かえば、ちょっと、と邦枝が焦ったような声を上げていたが、もう構うもんか、と古市は振り返らなかった。
 男鹿と手を繋いでずんずんと歩く。大通りに出れば人が多くなるから、邦枝が追いかけてきてもすぐには見つからないだろう。
 そんな打算もあって結構なスピードで歩いていたのに、男鹿は文句ひとつ言わずについてくる。
「父さんと母さんのお土産買ってなくてさぁ。おじさんとおばさんの分もまだなんだよな。お前はもう買ったんか?」
「おー。あ、でも俺まだほのかに土産買ってねぇ」
「え、お前もやるの?」
「やっとかねぇと煩いだろ。姉貴のは買ったんか?」
「一番になー、あ、ラミアの買ってない」
「なんか変なのにしようぜ」
「なんでだよ」
「だってあいつ、あれでも悪魔だろ? ヒルダも趣味、変だぞ」
「うーん……それは否めない…」
 ヒルダが琉球ガラス村で手にしていた変なオブジェを思い出し、古市は頬を歪める。年頃の女の子なんだから可愛いものをと思っていたのだが、それなら思い切り奇妙なものの方が喜ばれるのだろうか。
 玄関を出ると、ざぁっと風が吹き付ける。沖縄と言えども夕方はやっぱり少し冷える。寒いか、と尋ねる男鹿に、そんなには、と答え、土産物屋を目指して歩き始めた。
 道すがら並ぶ店を冷やかしながら歩く。
 二人の手はしっかりと繋がれたままだった。



哀場さん初めて書いた! ラブコメ番長でしたっけか? 個人的には割と好きです。男鹿に絡まんとさっさと邦枝惚れさせてくれまいか、と期待していたわけで。
惚れっぽいタチなら古市辺りにも掘れやしないかと期待もしていたわけで。なかったですけどね!
あかねさんからのリクエストで、「おがふる+哀場」でした!
あかねさん、リクエストありがとうでしたー! あと南京錠おがふると古市ちゃんありがとうございました…うまうまww