『マイ・スイート・ロード』シングル盤 『マイ・スイート・ロード』
ジョージ・ハリスン
"My Sweet Lord"
George Harrison
Debut 1970.12 / Peak Position 1 (4)
 まだポップスの何たるかが全く解っていなかった音楽的に幼い日々... 長い年月を経て未だに解ったとは言い難いその魅力に対する憧れが70年代〜80年代のヒットソングとリンクしている...。

 適度にエコーが効いたアコースティックギターのジャン弾き(非常にフィル・スペクター的...)から入り、いかにもジョージな感じの音で奏でられるギターのメロディ、そしてキャッチーなボーカルのメロディへと流れていく。曲自体のインパクトは十分だが、それにもましてこれはあまりにも有名な曲である。なんと言ってもあのビートルズが解散してソロ活動を始めたメンバー達の中で最初に全米ナンバー1を獲得した曲である。ただしジョージ・ハリスンとしてはこの後、やるせない思いにかられることになる。これもまたあまりに有名な盗作問題である。ロニー・マックというシンガーの「イカシタ彼」の盗作だと訴えられたのだ。ニューヨークの地方裁判所はジョージが意図的に盗作したのではないことは認めたものの有罪と罰金を科した。加えてビートルズの元マネージャーが「いかした彼」の版権を買い取りジョージに慰謝料を請求してきたのである。ジョージが『マイ・スイート・ロード』を誰かにくれてやろうかと思った、という気持ちになるのも無理もない状況であった。だがやはり何と言っても元ビートルズのメンバー、ジョージ・ハリスンの代表作であることは間違いないし、彼は73年に「ギブ・ミー・ラヴ」を再び全米ナンバー1に押し上げ『マイ・スイート・ロード』のヒットがフロックでも何でもないことを証明してみせた。ではここで元メンバーたちの実績を少し。各自それぞれ全米ナンバー1を獲得しているがその獲得数はポール・マッカートニーが9曲でダントツ(ただしウイングス名義の曲も含む)、2位が3曲のジョージ、意外にもジョン・レノンとリンゴ・スターがそれぞれ2曲である。またソロ・デビューが一番早かったのはジョンで69年。しかしその「平和を我らに」は14位だった。70年にジョージとリンゴが続いたがリンゴの「ボークー・オブ・ブルース」は87位止まり。もっとも個人的趣味の作品集でもTOP100とはさすが元ビートルズ... そして後に大活躍するポールは一番遅く71年に満を持してソロ・デビュー、「アナザー・デイ」をリリースしたが1位は取れず(5位)。まあしかし締めてみれば誰しも相当な活躍である。その中でもジョージ・ハリスンは意外にも特に活躍したのであった。

 この曲がヒットチャートに登場した1970年12月は私が小学校4年生の2学期が終わる頃。当時何をやってたのか全く記憶がない...。それはともかく当時はどんな世の中だっただろうか? あ、こんなのがあった。“中国・新華社通信が「尖閣諸島は中国領」と報道”... なんとも進歩のない話である。
メニューおよびバックナンバーリストを表示する