甘い時間
〜アキラの場合
 

     





アキラはここ2週間遠征と出張続きでまともにマンションには
戻っていない。

アキラが出張先からわざわざ夜行バスで帰ったのは少しでも早く
帰宅したかったからだ。

進藤とは1月近く会ってない。最後に会ったのは出張先の名古屋ですれ違った程度だった。その時に進藤のスケジュールをそれとなく聞いたのだ。

だから進藤だってきっとそれぐらい気付いてるはずだ。

今朝帰れば明日もオフで進藤と落ち合う時間が取れるかもしれなかった。

部屋の鍵を通し、誰もいない筈の部屋を上がる前にアキラは
玄関に無造作に転がっていた見覚えあるシューズに胸が鳴った





「進藤?」

そのまま鞄を置き去りに駆け足でリビングに入ったが彼の姿はなく、鞄と彼のスーツがソファに掛けられていた。
やはり来てるのだ。

彼にはマンションの部屋の鍵を渡してる。いつだって来ていい
とも言ってある。だが進藤がこの部屋に何も言わず今まで来たことなんて一度もなかった。

ドキドキと逸る鼓動を立て、寝室を開けた。

進藤はベッドですやすやと眠っていた。
これ以上嬉しい事はないのに嫌味の一言も言いたくなる。

『ひょっとして君は僕のいない間にこうやって来ていたのではないか』
と。

帰宅は今日の午後の予定だった。
それは進藤にも伝えてたのだ。

アキラはベッドに腰掛けると彼に覆いかぶさった。進藤の穏やかな寝顔に心が満たされていく。
ふと肌蹴た布団から垣間見えた進藤の寝巻きにはっとした。

進藤が着ていたのはアキラのものだった。
遠征に出た朝、洗濯する間がなくてここに置いて行ったものだ。

「参ったな・・」

嬉しさとともに、止まりそうにない感情がもたげてくる。
アキラを煽っているとしか思えなかった。
眠る進藤の寝顔をずっと見ているのも悪くないと思ったが、アキラはそのまま軽く彼の唇にキスを落とした。

「う、う〜ん」

寝起きの悪い進藤がその程度で起きるとは思わず、アキラは
彼の金の前髪をかきあげた。うっとおしそうに顔をそらす進藤に内心苦笑しながら続けていると流石に進藤が目を開けた。

「えっ?塔矢・・・うわ」

至近距離にあるアキラと目が合って慌てて布団にもぐろうとしたがそれは今更だった。

「進藤・・・ただいま」

「ただ今・・?って今何時だよ。ひょっとしてオレ寝すぎた」

焦りだす進藤に内心笑い出しそうになる。やはりこの言い方では
『ここに来たのは1度ではないのではないか?』と疑う。

だからもっと意地悪したくなる。

「夜行バスを使ったから予定より早かったんだ。それより君は今日は1日オフなの?」

「えっと、」

寝起きで働かない頭で必死に進藤が考える前にアキラは彼を捉えてキスをもう1度落とす。

「や・・・、あ、えっと、昨日はこの近くで・・・和谷のとこで研究会があって遅くなって、それで、」

巡らして帰ってきた返答はここで寝ていた事への言い訳だった。
きっと今日1日進藤もオフなのだろう。

「それで、僕のいない間にここに泊まって僕の寝巻きを着て
るの?」

カッと言う音がするのではないかと思う程、進藤の顔が染まる。

「ごめん、塔矢、オレ帰る。お前も遠征から帰ったばかりで疲れてるだろう。退散するし 悪かったな」

慌ててアキラのいる方とは反対に進藤は飛び出したが、あいにくとそちらは部屋の扉側ではなかった。

アキラは進藤のその背を、腕を捕まえた。

「塔矢・・・悪かったな」

もう1度進藤が言った謝罪は空回りだった。
アキラは進藤の寝癖の残る髪に顔を埋め、その体躯を抱き寄せた。
早い心臓の音はお互い隠す事が出来なかった。



「帰さない!!」

腕の中の進藤が僅かにもがく。

「塔矢放せよ!!」

「放せそうにない」

「塔矢・・・」


それでも進藤はまだ抵抗を試みようとして、アキラは逃がさないように
そのままベッドへと雪崩こむ。もう本当にこのまま手放したくなくてこの腕の中にずっと、留めておきたかった。




「進藤、君が欲しい」

「いや、でも・・・オレが無理なのわかってるだろ」

進藤の言い分はわかってるつもりだ。
けれどアキラもここの所の彼の言動から気付いてしまったことがある。

『吐精しなくても進藤はエクスタシーを感じるということ』だ。
それは進藤にとって隠しておきたいことなのかもしれないが、
アキラにとっては重要な事だった。

ボタンに手を掛けると進藤はアキラの手を止めた。

「塔矢、お前の気持はわかるけど、そのあれだ。今日はオレがヤッてやるから、それで・・・」

「僕の気持ちがわかるなら、僕がそれだけじゃ満足しないのもわかるだろう?」

「けど、オレは・・・無理だ」

「無理じゃない。君は今まで何度も僕を受け入れたじゃないか。
それに僕の部屋に滅多に来ない君が自分から来てくれた。
僕の寝巻きまで来て、僕を煽っているとしか思えないだろう」

「そういうんじゃねえって・・・。」

「進藤・・・。」

体を微かに震わせ拒む進藤に体調が悪いのだろうかとアキラは思う。男同士で体を合わせるのは容易くない。
それに病気を患ってからの進藤は以前より体調を崩すことも多くなっていた。
だから進藤に負担を掛けるようなことはアキラだって避けたいとは思ってる。

けれどそれとは違う意図をアキラは感じていた。もしそうならば進藤はそれを理由にするはずではないか?と。
普段なら正直に、言ってくれるのだ。

「悪かった」

アキラは小声でつぶやくと緊張していた進藤が力が抜けたのがわかった。
その隙に手を伸ばす。

「バカ、いきなりなんだよ」

進藤は抵抗したが間に合わずアキラは僅かに濡れた双丘に気づいた。
進藤は傍にあった枕に顔を埋めて僅かに震えていた。


どうして、君は・・・。
劣情をこんなにも煽られれば、進藤を見逃すなんて
到底無理だった。

「僕の留守にここに来たのは今日が初めて?」

「3度・・・」

もう誤魔化すのは無理だと思ったのだろう。
進藤は枕に顔を埋めたままくぐもった声で白状した。

「それも今日と同じ理由なのか?」

「・・・・・・、」

口ごもった進藤にその先を促す。

「お前がいるような気がしたんだ」

「僕に会いたくなったって事?」

こんな大事な事を誤魔化されたくなくて、進藤から
枕をほぼ無理やりに剥ぎ取った。
それでも視線を逸らそうとした進藤を捕まえた。
進藤の瞳は微かに濡れていた。

「・・・そうだよ」

ワナワナと震える進藤の体を抱きしめる。

「やっぱり今日は君を帰せそうにない、先に言っておく、」

キスの雨を降らせながらアキラはもう1度ボタンに手を掛けた。

「すまない」







進藤の体に負担を掛けることはわかっても止めることは出来なかった。



「お前無茶しすぎだって言うの、」

進藤は腰が立たず歩く事も難しそうで、結局ベッドに縫い付けられてる状態だった。

「本気でこのまま君をここに留めておきたいと思った」

「恥かしい事いうなよ。つうかお前はホント昔からそう言うの・・。」

「昔って・・?」

進藤が言いかけて辞めたのは身の危険を感じたからかもしれない。だが言いかけて辞められた方が気になる。

アキラがずいっとよると進藤は怒ったように顔を染めた。

「昔は昔だよ」

付き合いだしてから10年以上にもなり、色々なことがあって
だからこそ「今」を一緒に生きられる事が幸せなことなのだと
思ってる。
一緒に居られる何気ない時間がとても大切で幸せなのだ。

けれど、それはそれとして・・・。

付き合い始めたころの方が進藤はもっと素直であったような
気がするのだ。
例えば「好き」だともっと言葉でアキラに伝えていた。
だからアキラも小言の一つも言いたくなる。


「そういえば付き合い始めた頃の君はもっと・・・。」

言葉を選んでいると布団の中から進藤が口を尖らせた。

「なんだよ。可愛かった・・とか?」

「ああ、そうだな。可愛いかった」

「悪かったな。今は可愛いくなくて」

自分で言っておいて進藤は顔を染めた。

「いや、今も可愛いよ」

「可愛いってオレもう26だぜ?」

アキラは苦笑しながら額にキスを落とした。

「あの頃はもっと素直だった」

「そうかあ?」

「もし一緒に住もうと持ちかけたら、暮らしてたと思う」

「それは事情が変わったからだろう」


その後続けたかったのはいつも台詞だった。
そしていつものように断られる理由も同じなのだろう。
進藤もそれを察していたのだろう。

「塔矢、あのさ・・・。一緒に住みたくないと思ってるわけじゃ
ないんだぜ。けどその、少しずつしかオレは進めねえから」

「ああ」

返答次第では本当にここに縛り付けていたかも知れなかった。
けれど進藤も前に進もうとしてくれてる。

動けない進藤をもう1度腕に閉じ込める。

「愛してる」

「ああ、もうわかったからどけよ」

アキラはその返答に鼻で小さく笑った。

「そんな事を言ったらもう1度抱くよ」

本気だという様にアキラは半ば強引に彼の寝間に手を入れる。

「バカ、もう無理だって、絶対無理だからな」

「だったら、言ってくれないか」

頬を染めごくりと息を呑む君にくぎ付けになる。

「オレも・・・愛してる」

お互いに求め合い重ねた唇はどこまでも甘かった。




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あとがきは「ヒカル編」の後に書いてます〜。





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