CSK杯

(天空の破片番外編)



     
今年は中国で行われることになったCSK杯。


メンバーは名人の塔矢アキラを筆頭に
十段 (碁聖)の緒方精二 そして、天元 倉田厚
棋聖のオレ(進藤 ヒカル)とそして大将の桑原本因坊の5名が揃う。


なんとも個性溢れるメンバーが揃ったと思う。


飛行機に乗り合わせてから 緒方先生と
桑原先生はすでにやり合ってる。

「緒方くんの隣とは光栄じゃな。」

「棋戦以外で先生(内心;サル)と3時間も顔を合わせない
といけないとは・・・」

苦虫を噛み潰したように顔をしかめた先生は
先ほどから何も見えなくなった窓の外ばかりを大げさなほどの
ため息をついて眺めていた。

「そうかりかりせず。ガムでもどうだね?」

「結構です!!」


機内での喫煙も出来ず緒方のイライラはピークのようだ。




それに比べて俺の隣の倉田さんはマイペースに
一人もくもくと機内食を食べているというのか漁っている。

塔矢は塔矢で他参加国チームの棋譜の研究に余念がない。


俺はこの大会7年ぶりの出場で、しかも
塔矢と同時にこの大会の代表に選ばれたのは初めてだった。

日本のTOP棋士5人が一同に顔を
合わせるなんてこの大会ぐらいなものだろう。
いや世界中のTOP棋士がこれから1週間北京に
集結するわけだが・・・

ここ2年CSK杯で日本チームは最下位という苦渋を
飲まされていた。
今年はなんとしても優勝したいという意気込みは
プロ棋士としての、いや日本の代表の意地として当然皆
あった。






現地入りした翌日、今日の夜はレセプションという朝
俺は塔矢を誘った。

「なあ、塔矢いまから俺に時間くれねえ?」

「これから?」

「うん。付き合って欲しいところがあるんだ。」

「どこに?」

「内緒、」




場所を言えば怒鳴られるだろう事はわかっていた。
夕方からは大会のレセプションが控えていたし、
何より明日は韓国代表との総当り戦なのだ。

だが、まさか塔矢もこの時俺が
遠出するなんて思わなかったのだろう。


「ああ、いいよ。」と応えた塔矢の表情はいつもと変わりは
なかった。




まだ冷え込む3月の北京市内。
俺の運転するレンタカーに塔矢と二人乗り込んだ。

他愛もない話をして2時間ばかり過ぎた頃 さすがに
塔矢も表情を曇らせはじめた。


「進藤 もう2時間ほどたつけどまだつかないのか?」

「う〜ん。後1時間ばかしかな。」

「一体どこに行くつもりなんだ?」


どこまでも続きそうな一本道の国道に
ここまできたらもう言ってもいいだろうと俺も腹をくくった。


「万里の長城だよ。」

「万里の長城っ?て進藤 レセプションまでに戻れるのか!!」

「さあ?どうだろうな。」

「どうだろうっなって君は・・・。引き返そう。今なら十分間に合
うはずだ。」

「塔矢、オレ引き返すつもりはないぜ。」

「進藤 君も僕も日本の代表なんだぞ。自覚はあるだろう!!」

助手席で怒鳴り声を上げるライバルであり恋人に俺は苦笑して
みせた。

「なあ 塔矢今はそれ忘れようぜ。レセプションまでには何とか
間に合わせる。
だからさ、それまでは俺に付き合ってくれよ。」



レセプションに間に合わせるなんて俺は言ったがそれは口から出た
デマカセで、だからこそ それがわかっているのだろう
塔矢は大きくため息をつくと深く座席にもたれこんだ。






「俺、中国にきたらもう1度行きたかったんだ。」

お前と一緒に・・・と言う言葉は今は飲み込んだ。

「何もこんな時でなくてもといいたいけどね。」

「こんな時だからだよ。」





幸い出発したのが朝早かったこともあって司馬台の長城に着い
たのはお昼前だった。
ロープウェイの切符を購入して手渡そうとすると一瞬塔矢は
躊躇った。



「まさかここまで来て上らずに帰ろうなんて言わねえよな。」

「もう諦めたよ。」

「だったらさ、もっと楽しそうな顔しろよ。デート中だろ?
俺の方がすねるぞ。」

年甲斐もなかっただろうか。少し甘えてそういって見せると
塔矢は小さく笑った。

「君は困った恋人」だと。








ロープウェイを降りると冷たい外気が山の上から吹き寄せてきて
俺と塔矢は足元を取られながら瓦礫のような階段をひたすら上った。


いつもははるか遠く高い空がやけに近く感じる。
9年前に来た時とここは何ひとつかわってはいない気がした。







見渡す限りの青空と長城。
ここまでくるとひんやりした風も心地いいくらいだ。

俺と塔矢以外は人影もなくて、まるでこの世界二人きりなんじゃ
ないかと思ってしまう。


塔矢は高い空を仰ぐと空を掴むように手を伸ばした。
以前俺がここに来た時にしたように・・・。

俺も同じように大空に向かってうんと両腕を広げてみる。





「俺 今ここにこうしてお前といられる事すげえ幸せだなって思っ
てる。」


「進藤・・・」


「俺 お前に出会ってなかったらもっと狭い空しか知らなかったと思う。
こんな風に空を見上げる事もなくてさ。」


「君と出会ってなかったらなんて仮説は僕にはないけどね・・・。」

君との出会いは運命だったと僕は信じてる。
だけどすべてが運命だとは思わない。
僕たちは互いを引き上げる事で支えあってるのだと思う。
足りないものを、探し 求め 上を目指しながらこうやって
届かないかもしれない空に手を伸ばして、それでもいつか
必ず掴めると信じて・・・それは運命でなく自分たちで切り開いて
いくものだと僕は思う。」

そう言って言葉を切った塔矢に俺も頷いた。



「それにしても・・・もう少し時間に余裕があればね。」

視線を腕時計に落とそうとした塔矢を俺は慌てて阻止した。

「だからその事は忘れろよ。今はさ、」



困ったように笑った塔矢は腕時計を外すと俺にそれを手渡してきた。
それは塔矢にとっての最大の譲歩だったのだろうと思うと
俺はそれをポケットの奥へと押し込めた。



しばらくそうやって同じ景色を眺めて、不意に絡められた指に
俺も応えた。


でも多分それはもう戻らないといけないという俺への無言の催促だ。



「進藤、また必ずこよう。」

「ああ・・・」


ここの景色を目に焼きつけるようにもう1度収めて俺はささやかな
意地悪を塔矢に返した。


「今度はサイも連れてこようかな〜」

「君と一緒に暮らすとサイくんが付いてきそうだな。」

「もれなくな。」

「だけど・・・僕はもうそれでもかまわないと思っているよ。」

えっと内心驚いて俺は塔矢を見た。

「それともサイくんを僕の養子か内弟子にすれば君がきてくれる
だろうか?」

「お前って時々すっげえぶっとんだ考えするよな。」

「君と付き合ってるとそうなったんだ。」

含み笑いをした塔矢に俺ははぐらかすように小さく笑った。









会場ホテルに二人で戻ってきたのはレセプションが始まる
夕方6時ホンの少し前だった。

ホテル入り口ではカンカンに怒った緒方先生が俺と塔矢を待っていた。

「お前ら 何をかんがえてるんだ!!」

塔矢が謝る前に俺が先に謝った。

「先生わるい。明日の作戦をねってたんだ。」

緒方さんの顔には見え透いたうそをつくなと書いてあった。

「とにかく急いで準備しろ。」






レセプションで明日の対局相手が決まった。
塔矢は ヨンハで 俺は彰元。

塔矢はけしてヨンハと対局相性はよくはなかった。
今までの勝率も3割程度だ。
どちらかと言えば塔矢はヨンハに苦手意識があるかもしれないと
俺は思う。


硬い表情で自室に入ろうとした塔矢の背を俺は呼び止めた。

「なあ今からオレお前の部屋に行っていい?」

何を言ってるんだとばかりに取り合ってもくれなさそうな塔矢に
俺は言葉を続けた。

「その気にならねえ?だったらさ、たまには趣向を変えて俺が
お前を襲ってやろうか。その気になるようにさ。」

その時の塔矢の顔ときたら・・・、まるで豆鉄砲をくらった
ような顔をしていた。


・・・そのあと大きく噴出した。


「ああ お望みとあらば明日君が立てなくなるまでお
相手しよう!!」と。


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