情熱大陸 番外編






      生演奏を聞かせるパブホールで
      アキラはジャズピアノを奏でる。


      何故あの塔矢アキラが・・・
      と言う声が耳元を掠める。


      有名な「塔矢アキラ」がこんなところでピアノを
      弾くはずがない。

      という所だろうか。
      僕だって内心思っていたのだ。

      自分がこんな小さなパブでその場限りの客を相手に
      アップライトのピアノなどと。

      でもそれは違ったのだ。どこであろうと どんなピアノであろうと
      僕自身の演奏に変わりはないのだ。


      君に僕のピアノが届いて欲しい・・・


      1曲弾き終えて、係りの者が小さなメモと1万円札をアキラに手渡してきた。


      リクエスト曲は「ショパンの幻想即興曲」。


      「いくらなんでも場違いですよ。この曲は。」


      アキラは係りにそのメモを返したが、係りは静かに首を振った。
      暗がりのホールの後ろに見える黒い影の方に手を上げ
      合図を送る。


      顔ははっきりと見えなかったが、 それが僕にリクエストをくれた
      人なのだろう。



      僕はやむなく彼に一礼すると 周りの静かな談笑を無視してピアノを
      弾き始めた。



      自分の思った音はでない。それはピアノのせいでもなく技量
      のせいでもなく。



      ただこの曲を今彼がひと時でも聞いてくれていたら・・・何もかも取り戻せ
      そうな気がして・・・

    
      アキラは激しい想いをピアノにぶつけていた。

      やがて音が緩やかに流れ出していく。静かに静かに
      このホールの隅々に流れ込むように、

      ふわりと舞い上がる音色。


      ホールの空気はいつしか変わっていた。




      曲を弾き終えた後、アキラはピアノから立ち上がった。
      盛大な拍手の中 照明が降りて暗がりだった客席が浮かび上がる。


      「進藤・・・」


      ホールの最後尾にあった影はヒカルだった。
      アキラは迷わずお客の中をヒカルに向かって歩いた。


      慌ててヒカルがホールの外へと走り出す。






      外は激しい雨。
      燕尾服が濡れてもアキラは構わなかった。
      ヒカルを追って走り、やがて・・・。




      ビルの間のほんの小さな隙間に彼を見つけた。

      逃げ込んだつもりなのだろうか。
      それとも僕にみつけてもらいたかったのか。

      「進藤・・・」

      それ以上歩み寄るとまた消えてしまいそうで僕は足を止めた。

      「塔矢 何でお前あんな所でピアノなんか弾いてんだよ。」

      「君があそこによく来るってきいたから。」

      アキラがゆっくりと間合いを詰めると震えながらヒカルがあとずさる。

      「来るな。俺はもうバイオリンは弾かない。」


      アキラは路地裏にヒカルを追い詰めると震えるヒカルの体を
      壊れるほどに抱きしめた。

      「君の先生(佐為)がそんな事を望んでいると思うのか。」

      悔しさが募る。彼の名を出した自分が。

      「僕に幻想即興曲をリクエストしたのは君だろう。だったら僕にも聞かせてほしい。
      君のバイオリンを・・・」

      激しい雨のしずくを交換してヒカルの唇を奪った。


      僕と彼の心の隙間をどこまでも埋めるように。


                                     再編集2006年11月     完

                           

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あとがき

アキラくんが演奏するショパンの幻想即興曲が読みたいと言う
お客様のリクエストで前サイトで書きました。
後を引くような終わり方ですがこの続きはありませんです(汗)