続・BOY&GIRL

11






     
目を閉じて思考も閉じようとしたときに頭の中に声が響いた。

「おいっ、ヒカル、ヒカルって、オレに気づけよ。」

オレの声?でもヒカルって。
慌てて目を開けると目の前にオレがいた。

「あああ!!!」

大声を上げると『やっと気づいたか』ってそいつは苦笑した。
相変わらず見た目はオレそっくりだ。まあ体格は女性なので違いがあるのだが。
ヒカルはそこで気づいた。ひょっとして戻ったんじゃないかって。

ヒカルは恐る恐る自分の胸に手を当ててみた。薄っぺらな胸だ。
男に戻ったと思って喜んだのはつかの間だった。



「残念だけどオレたち元の体に戻ったわけじゃなさそうだぜ。」

「そうなのか?」

「これ夢の中だからな。」

「夢?」

ヒカルは確かに納得した。でも夢にしては相手のヒカルがリアルだ。

「でもオレたちに起こったことは夢じゃねえだろう。」

「前にもこんなことあったろ。オレたち夢の中で話したこと。けどあまり話し
できなかったし、今だってそんな長く話せねえかもしれねえから単刀直入に
いうけど、オレたちが入れ替わったのお前のせいじゃねえかって思うんだ。」

ヒカルはそれに目を吊り上げた。

「オレのせいってオレだけかよ?」

「そんな怒るなよ。とにかく、お前アキラのことどう思ってんだ。
お前がはっきりしねえからアキラが煮詰まっちまって。
二日前の温泉宿の仕事でアキラから告られたんだぜ。」

「んなこと言われても・・。」

「お前の気持ちもわからなくはねえんだけどな。」

もう1人のオレは盛大にため息をつくと、アキラと温泉旅館に泊まったことや
そのとき受けた告白のことを話し出した。


「それでお前は何って返事したんだよ。」

「何って返事して欲しかったんだ?」

逆に聞き返されてヒカルは言葉に詰まった。

「嫌ならお前の言葉でさきちんと断ればいい。でもお前だってアキラのこと
好きなんだろ?
だったらちゃんと言葉で伝えるべきだ。」

自分自身に叱咤されてるようだった。

「オレはさ、お前とお前の塔矢との関係結構羨ましいなって思ってるんだぜ。
対等でいられてさ。」

対等でいられることを羨ましいと言ったもう一人のオレにヒカルは
こちらに来てから感じていたことをぶつけた。

「お前オレのことばっか言うけどさ、お前とお前の塔矢はどうなんだよ?
お前ひでえ扱いされたんだろう。」

それに目の前のヒカルは顔を染めた。

「それは・・・。まあオレも悪いところがあったし。」

「そうか?夫婦だからって一方的にそんなことをしていいはずねえだろう。
お前たちにだって問題があるんじゃねえのか?」

「・・そうかもしれない。」

それ見たことかといわんばかりに立場が逆転してヒカルは声を荒げた。

「アキラが焦ってたことをオレは結婚してから気づいたんだ。」

「焦るって塔矢が?」

アキラが焦るというのがどういうことかヒカルにはわからなかった。

「オレと結婚することをさ。
アキラは、俺が緒方先生と付き合ってるって思ってたみたいなんだ。
すげえ誤解なんだけど。
まあ緒方さんは少なくとも本気だったみたいでさ。
それに・・・伊角さん。オレ伊角さんにはちっと憧れてたっていうか。
といっても好きとかそんな感情じゃなくて。オレをこっちの世界に引き戻してくれたって
のもあって。だからそういうの・・・。」

「ああ、そうなのか?」

説明を聞いてなんとなくだがわかったような気がした。オレも伊角さんには今も
感謝してる。
あの対局がなければオレは前に進むことが出来なかっだろう。

「流石にオレは同性だしそういうことは思わなかったな。
で・・お前は塔矢にそんなことされて怒ってないのか?」

「うん。まあちっと怖かったし、やりすぎだって思ったかな。」

それを聞いてヒカルは苦笑した。

「オレたちあの後入れ替わっちまったろ、オレが塔矢を避けるからあいつ自分が
ひどいことをしたからオレが怖がってるって思い込んで。・・・反省してるぜ。」

「そうなのか?」

「ああ、本当にお前に惚れてるんだな。」

目の前のオレは照れくさそうに頭を掻いた。頬も微かに赤い。

「なんかオレ今すぐアキラに会いたくなったな。」

「オレも塔矢に会いたい。」

それにもう1人のオレは同じ顔をして笑った。

「珍しく素直じゃねえか?入れ替わって本音がでたんだろ、」

「だあ、うるせえ。オレと塔矢はそんなんじゃねえよ。」

「キスしあう仲のくせに。」

うっと言葉を詰まらせたオレはとにかく話題を変えようと思った。
オレとこいつとリンクできるなんて機会は滅多ない。
伝えておきたいことはきちんと話しておきたかった。

「それより、お前に謝らないといけないことがあるんだ。
お前今日あいつと出掛ける約束してたんだろ?
行きたい所どこでもって言われて思いつかなくてさ、それで今日因島って
つい言っちまって。。
お前は塔矢とまだ行ったことないんだろ?」

それにもう1人のヒカルはこくんとうなづいた。

「いいさ、別に。なんとなくだけど今のお前にはそれが必要だったんじゃねえかって思う。」

そう言ってもらえると少しほっとした。

「ありがとう。・・・けどあいつ佐為のことをオレのもう一つの人格じゃないのか?
なんていいだして・・・。」

ヒカルははっきりと言わなかったがもう1人のヒカルには手に取るように想いは
伝わっていた。

「佐為のこと喉まで出掛かって。でもさそれはオレが言うべきことじゃねえから。」

「そっか。薄々は感じてたんだ。佐為のことや、オレが秀策にこだわる理由をアキラ
は聞き出したくてずっと我慢してたこと。
けど、それは『お前の塔矢』もそうなんじゃねえの?」

「だろうな。あいつはそういうのはっきりオレには言わねえからわからないけど」

そういった後あいつは意味ありげに苦笑した。

「オレもお前に謝ることがあるんだ。」

「何だよ?」

「返事だよ。お前の塔矢から告白を受けた時のさ、」

ヒカルは体がかっと熱くなるのを感じた。

「まさかO.Kしたとか?」

そういうとヒカルはけらけら笑った。

「その方がよかったか?」

「そんなじゃねえよ!!」

間髪いれずに返った返事を聞いてヒカルはまたくすりと笑みを漏らした。
余裕の笑みだ。オレと塔矢の関係を楽しんでるような・・・?
それがヒカルはあまり面白くなかった。

「たぶん好きだと思うと返事したんだ。」

「お前何勝手なこと!!」

「勝手なことじゃないだろ。お前だって本当は迷ってるくせに。」

鏡のようなオレの表情でヒカルはヒカルを見据えていた。

「さっきも言ったろう。嫌ならはっきりお前の言葉で断ればいい。」

唇をかんでヒカルは下を向いた。
こいつの言うとおりだ。『本当はオレも・・・。』
意識しないようにずっと心の底にしまいこんでいた感情があふれ出しそうだ。

今すぐ塔矢に会いたくなる。何で今こんなタイミングで入れ替わってしまっ
たのか・・・。

「塔矢はそれで・・・お前のその返事を聞いて何かいったのか?」

「気になるか?」

「オレ自身のことだからな。」

『その返事を応えるまえに』・・・ともう1人のヒカルは前置きをしてから話し出した。

「オレな・・・以前アキラとの関係に迷ったことがあったんだ。どんどんアキラに
惹かれていくうちにライバルとしてのオレがなくなっちまうような気がして怖くなってさ。
お前はどうかわからないけど。」

なんとなくヒカルにはその感情がわかるような気がした。
もしアキラとライバルか恋人であることのどちらか一つを選べと言われたら『ライバル』で
いることを迷わず選ぶだろう。
もう一つの想いはずっと秘めることになっても。

「なんとなく分かる気がする。」

「ああ。特にお前と違って俺は女だし。お前がどう思っているかはわからなかった
けどオレそのときの気持ちをお前のアキラに言ったんだ。そしたらあいつ、
オレたちは負けず嫌いだから今の関係に満足なんてしないだろうって。

それにライバルとしても恋人としてもお前が不可欠だって。
迷いながらも手探りでも、一緒にこの道を歩みたいって。」

「なっ、」

ヒカルはそれを聞いて頬を赤くそめた。
まるでプロポーズみたいだ。


頬を染めて口ごもるともう一人のオレが苦笑した。

「悪いな。オレがお前のアキラからプロポーズもらっちまって」

「プロポーズなわけないだろう。オレとあいつは男なんだし・・。」

「人を好きになるのに男も女もあるもんか。」

「お前は女だからそんな事がいえるんだよ。」

「じゃあお前は女だったら素直にアキラを受け入れてたのか?」

「それは・・・。」

応えることができなかった。
そんな仮定・・・。あるはずのないことがオレたちに
起こってる。

オレたちの間にあった空間が歪みだす。


「タイムリミットか・・・。」

もう一人のオレはまだ言い足りなさそうだった。

「このまま互いの体にまだ戻れねえかな?
前は3日ほどだったろ?」

「多分、今はまだ・・・。けどそんなに掛からねえって
思うんだけどな。
せっかくの機会だと思って考えようぜ。オレたちが入れ替わった
意味をさ。」


離れて行く空間にあいつが叫んだ。

「もしこっちのアキラに惚れちまったらごめんな。」

両手を合わせたあいつにオレは苦笑した。

「お前はもともと塔矢に惚れてるんだし。
どっちの塔矢も塔矢自身だからしょうがねえよ。」

そう言うともう一人のオレは破顔した。

「冗談だって。けどそれはお前もだろ?」

それだけ言ってあいつはオレの夢から消えて行った。





夢から覚めた後ヒカルは胸に手を置いた。
置かなくてもわかっていたが。

目の前でアキラが眠ってる。

ヒカルはソファから起き上がりバルコニーへ出た。
眼下の空港は音もなく静かな光を灯していた。


今オレに必要なもの・・・それが何なのか。

あいつに言われたこと本当はわかってる。
あの時素直になれなかった事をオレは悔やんでる。


部屋に入る前ソファで寝ているアキラの顔が空港の明かりで
浮かびあがった。
その寝顔に愛おしさを感じてしまうのは
女になったからなんて言い訳にもならねえよな。
慌ててカーテンをしめて真っ暗になった部屋にヒカルは
顔をしかめた。

どうしてこんな時に思い知るんだろう。

「とうや・・・。」

どっちのお前もお前自身か。

先ほど自分が言ったことを反復して溜息をついた。

前に来たときにも何度も考えたことだ。
でも何度考えたって答えなんかでやしない。

「ああ、もう考えても仕方ねえだろ。」

思わず出てしまった言葉にヒカルは顔をしかめた。
そうして苦笑した。



「おやすみ 塔矢、」



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