SAI〜 この手が君に届くまで 16






2人の姿が重なると同時にビジョンは消えていった。
おそらくヒカルが閉じたのだ。

僕は震える拳を床にたたきつけた。

怒りとも悲しみともつかない感情が溢れ堕ちる。
あの時君が堕天使だと知ったとき以上の激情だった。


ヒカルを説得できなかったこと。
目の前で奪われたこと。
そして彼が僕に最後に残したメッセージ。
「お前をヤらないといけない・・・。」

僕と彼は戦場に出れば敵同士。殺すか殺されるかしかない。
それでも、それでも君に会えるなら・・・。
そんなことを思ってしまったアキラは自分が滑稽だと思った。

出会わなければこんな想いをせずに済んだ。
だが、後悔は微塵もなかった。
おそらくずっと昔から僕と彼はそうやって定められた運命
だったんじゃないかとさえ思うほどに。

それで僕はあることにふと行きあたった。
僕がサイの転生者ではないかと?

運命や転生など、くだらない迷信と思っていたがヒカルは
僕を見て『懐かしいかんじがする』と言っていた。
それに僕には『見えないけれど羽がある』とも。

もしだとすると合点のいくところはいくつかあった。

だが・・だからといってそんなことにすがりつくのは今の僕にとって何
になるというのだろう。
仮に僕が彼と前世で恋人だったとしても、それで今何かが変わるわけ
ではない。

僕はいても立ってもいられなくて部屋をでると格納庫にむかっていた。




格納庫には先客がいた。
開いたサイのコックピットの中でその人は体を沈めていた。

『伊角さん?』

ヒカルだと思ったわけだはないが、本音を言えばそう願ってた。
サイのコックピットに座る伊角はいつもの様子と違っていた。
感情の表面しか感じとれない僕にはそれが何なのかわからなかったが
妙な胸騒ぎを覚えた。

ようやくアキラの気配に気づいた伊角はその硬い表情を崩して微笑んだ。
それは無理やり笑ったようにみえた。

「悪かったな。邪魔したみたいで。」

「いいえ、僕の方こそ伊角さんの邪魔をしてしまったのでは?」

伊角はその質問には答えなかった。

「塔矢、お願いがあるんだ。」

「僕にですか?」

「ああ、これを明日和谷に渡して欲しい。」

そういって差し出されたのは手紙のようだった。

「僕が?」

「いや、」

「やっぱりいい。」と言って慌てて手紙をしまおうとした伊角から僕は無理やりちかく手紙を
奪い取っていた。

「渡します。必ず和谷くんに。」

「ありがとう。」

伊角はそれだけ言うと格納庫から出て行った。
僕は受け取った手紙からそれがなんであるかわかった気がした。
おそらくこんな僕だから伊角も託したんだと思う。
そして伊角は僕が約束を守ることを疑いもしていないだろう。

以前の僕なら明日約束通り和谷くんにこの手紙を渡しただろう。
『でもそれでは遅いのではないですか?」

僕は退出していった伊角の背にそう呼びかけた。
もちろん返事はない。
だがアキラは自分の胸の痛みと似た叫びを伊角から感じていた。

僕はサイを見上げると心の声で彼に呼びかけた。

『どうしても先にしないといけないことが出来てしまったんだ。
後でまた来るよ。』

僕が格納庫から出るときに入れ替わるように和谷に遭遇した。



「和谷君?」

僕はこの時てっきり彼が伊角を追ってここまできたのかと思った。

「塔矢、お前何かわかったのか?」

一人にして欲しいと言って司令室から飛び出してから任務のことも
忘れるほど彼の事で熱くなっていた自分自身にアキラは苦笑した。

「なんとなくは・・と言いたいがかなり不確かで信憑性のないもの
だ。」

「あいつらの事は何もかもがそうだよな。オレたちは何もわかっちゃ
いねえ。」

「だからこそ、何が正しいのか見極める必要があるのだと思う。」

僕はそう言って伊角から預かった手紙を差し出した。

「これは・・?」

「伊角さんから君に渡して欲しいと預かった。本当は
『明日和谷くんに渡して欲しい』と言われたけれど。
・・・おそらくそれでは間に合わない。」

和谷は奪うようにそれを取り上げた。

「塔矢、お前読んだのか?」

「読んではいない。ただ受け取った時に伊角さんの強い想いのようなものを感じた。」

和谷は僕の眼の前だというのに手紙の封を切るとその場で広げた。
彼の表情がみるみる翳っていく。

手紙をくしゃくしゃに握り締めた彼からは怒りとも悲しみともわからない
想いが溢れていた。
普段能力者の感情をこれほどまでに感じることは
ないのだが自身で制御できないのだろう。


「塔矢、ありがとうな。約束破ってくれて。
オレ伊角さんをぶん殴ってくる。」

「和谷くん・・・?」

「オレ絶対伊角さんを死なせたりしねえから・・。絶対に・・・。絶対に」

和谷くんの強い想いがアキラにも流れ込む。

『大切な人を失わない為に戦う。』という思い。


ただそれだけの為に・・。





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