SAI〜 この手が君に届くまで 12






「なぜ、ここに?」

「お前がここが一番安全だって言ったからだろう。」

繋いでいた手が離れてヒカルはきょろきょろと部屋を見回した。

「けど・・・なんでこんな所が安全なのかはわからねえけど・・。」

僕はもちろんそんなことは言ってない。
だが、彼の『言う』というのは声で伝えるだけのコミュニケーションでは
ないのだろう。

「君は人の心を読むんじゃないのか?」

「うん。まあそうだけど。」

だったらなぜここが安全なのかぐらいわかるだろうと続けたかったのだが
彼は本当にわからないようだった。

「大体さっきだって僕は人に見つかるまえにテレポートして逃げるように
念を送ったのに君が呆けていたから・・。」

「なっ、お前そんなこと言ったか?お前がオレに伝えたのは
『傍にいて欲しい』だったろ?」

僕の心臓がドクンと彼の言葉にゆれた。

それは僕の本心だ。
彼と一緒にいたい・・・・彼を知りたいという欲求が僕にはある。

だがあの時はどうだっただろう。彼が見つかるとマズいとわかっていながら
ようやく会えた彼と「離れたくない」という想いの方が強かったのではないだろうか?

表面上の感情じゃなくもっと深くにある僕の意識。
彼が読みとったのはそういった感情だとしたら??
堕天使たちはそうやって感情で意思疎通をはかるのだろうか?

僕はそんな事を考えて小さく溜息をついた。
おそらく彼とコミュニケーションを取るのは容易ではない。

とにかくヒカルの力(堕天使の力)は僕には理解できないことばかりだった。

「それよりお前この間より力が全然落ちてるぜ。」

僕がじっとみつめているとヒカルは間が悪そうにそういった。

「まあ・・その回復させられねえわけじゃねえけど・・。」

「堕天使にはそんな能力まであるの?」

ヒカルは当然とばかりに頷くと得意げに笑った。

「やってやろうか?」

ヒカルの顔が近づいてきて僕は何をされるかわかっても
拒絶しなかった。寧ろそれを受け入れるように自らヒカルの
唇に合わせた。

やわらかく、温かい感触が唇から全身へと流れ胸が震えるように
その甘さに酔う。

だが次の瞬間突然衝撃が訪れた。
微かに開いた唇からヒカルの舌が進入してきたんだ。

僕はなぜだだかわからない衝動に駆られてヒカルを突き飛ばしていた。

「なっアキラ、いきなし何すんだよ。」

唇をぬぐうとヒカルは僕をにらみつけた。
その態度が僕を余計にいらだたせた。
僕は自分でも押さえられないほどの怒りがこみ上げたいた。


「君は誰にでもこんなことをするのか!」

「誰にでもってそれどういうことだよ。」

「だから誰とでもキスをしたりするのかと聞いてるんだ!!」

そういってはじめて僕はこの想いがなんなのかわかった気がした。

「しちゃ悪いのかよ。」

やっぱりという思いとともにどうしようもない怒りと嫉妬とも
いえぬものが湧き上がってくる。

「お前だってオレとキスして気持ちいいって思ったくせに!!
それにオレはオレに精気を分けてやろうと思っただけだぜ。何一人で
勝手に怒ってんだよ。」

「精気?」

「そうだよ。生きてく上で必要な精気、源。お前かなり落ちてるぜ。」

僕はようやく自分が思い違いをしてるのではないかと言う事に
気づいた。
彼らにとって唇と唇を重ねる行為は人間と違った
意味があるのではないか?

それにはじめから彼は僕の弱った心身を回復させると言っていたのだ。
もとより自分が望んでいるような意味などないのかもしれない。

「君たち堕天使にとって唇を合わせるという行為にはどういう意味が
あるの?」

「オレたちは堕天使じゃねえぜ。『天使!!』」

ヒカルは心外なというのに口の端を吊り上げた。

「悪かった。天使だね。」

僕が素直に謝るとヒカルはようやく機嫌を直した。

「俺たち天使は人の精気を吸って生きてる。お前らは
オレらを化け物みてえにいうけど、そうしねえと生きてけないんだ。
人間が他の生き物を食うのと同じなんだぜ。」

僕はヒカルの言う事にすべて納得してわけではなかったが彼の話に口を挟まなかった。
堕天使の生態系にも興味があったし、何よりヒカルの事をもっと知りたかった。







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