RAIN

11

 
     





1局目は激闘の末、アキラが攻防した。
勝ったのが不思議なぐらいの対局だった。

対局室内はわからないが、外は予報通りの季節外れの台風で
荒れていると記者が教えてくれた。


まるで緒方と進藤の本因坊1局目の時のようだと、誰かがつぶやいたのを聞いてアキラもそう遠くない記憶をたどる。

インタビューを終え一階に降りるとロビーで手続きを終えた進藤
と目が合った。

「お疲れ〜」

「ああ、お疲れさま」

「お前は今夜どうするんだ?」

この天気ではもう東京には戻れないだろうと言うように進藤が
首をすくめる。

「ああそっか、市川さんがまた迎えにくるのか?」

「いや、今回は迎えは断った」

「ええ、なんでだよ」

面白くなさそうに進藤はそう言った。

アキラは進藤の方こそ緒方がここまで来るのではないかと、勘ぐったが、流石に緒方もそこまで暇ではないだろう。2局目
以降は緒方が立ち会う局もあるはずだが。

「君はどうするんだ?」

「オレは、今日はここで泊まる。明日はオフだしな。
幸いこの天気でキャンセルがあって部屋も空いてるってさ。
それに記者や他の先生も結構残るみたいだしな。今から今日の反省をやるんだ」

「それは面白そうだな。僕も是非入れてもらえないだろうか」

「ええっ!?お前はいいんだよ」

「いいじゃないか、どうして君はそう僕を邪険にするんだ」

露骨な進藤の態度に思わず声を張り上げてしまう。

「だってお前がいると、何かとうるさいだろ」

進藤は内心は『そのうるさいのも』満更でもない気がして
アキラは苦笑した。

「まあいいじゃないか。
でもよかったよ。進藤の今日の対局、本因坊戦の時のような
危うさを感じなかった」

「なんだよ、その上から目線は。負けたオレによくそんな事いえるよな?
それにそんな危うくなかったろ?」

ストレートで緒方に勝ったのだ。進藤は危うくなどない・・・と言いたげだが、アキラが言ったのは精神面の方だ。
そう放っておけないような危うさがあの時はあった。
緒方に付け込まれるほどの。

けれど今日は全くそんな気負いは感じなかった。
進藤が最高の碁を打ったからこそ、アキラもそれに応えることが
出来たのだと自負できる。

対局相手がアキラだからだろうか。
それとも緒方が進藤を支えているからなのだろうか。

もし後者であったら・・・、そう思ったアキラはぎゅっと唇を噛む。

「本因坊は緒方さんの調子が悪かったことの方に君の勝因があったんじゃないか?」

「それはオレの実力じゃないってことか?!」

半場吠えるように言った進藤をアキラは内心で苦笑した。

「さあ、君の実力は今後の対局で見せてもらうよ。
今日は僕もここで泊まることにする」

「勝手にしろ、次は絶対にオレが取るからな」

「じゃあ後で・・・。」

怒ったように見せた進藤の横脇をすり抜けアキラもロビーに
向かう。

進藤は何か言おうとしたがアキラは話をそこで一旦話を区切って
ロビーに向かった。
名人戦が終わるまでには、決着をつける。

『勝つのは僕の方だ』





悪天候の影響で始まった検討会には、他の先生たちや報道陣もいた。
アキラがその部屋に入った時には進藤は今日の対局の時のように囲まれていた。普段のただの検討ではなく、仕事の延長戦の
ようだった。

編集の天野が笑って、アキラをそこへと招く。
アキラを待っていたかのように間髪入れずに記者からの質問が飛んだ。

「塔矢名人は昨夜は良く眠れましたか?

「ええ、良く眠れましたよ」

「進藤本因坊は?」

「オレは・・・、」

進藤は少し困ったように頭を掻いた。

「あまり眠れなかったかな」

「緊張してるようには見えませんでしたが」

「ああ、まあ緊張してとか気負って眠れなかったって感じとは違ったかな、そう武者震っ!!」

周りから笑いが零れて進藤は照れ臭そうに頭を掻いた。

『でもこんな事を言うのも変ですが進藤先生表情いいですよね。
負けたと思えない程すがすがしいっていうか』

「まあ1局目は負けてしまったけど、だからこそ燃えるっていうか今から2局目が待ち遠しいぜ」

『塔矢名人は今日の対局どうでしたか?』

「今日の碁の内容を見てもらったらそれが全てだと思います。
勝ち負けの方にどうしても目が行きますが、大切なのはその内容です」

「全く、今回の対局は間違いなく名譜ですよ。マジかでこんな
対局を見た私らも興奮しっぱなしでした。
それにこんな天気で足止めされたのもよかった。なかなか聞けないお二人の本音もきけたし」

メモを取りながら話す天野に進藤は苦言した。

「天野さん、まさかこの検討会の事も記事にするのか?」

「ダメですか?すごくいい記事になりますよ。ファンも喜びます」

「休まらないだろ、勘弁してくれよ」


それでも緩やかで興奮冷めきらず続いた検討会も10時を過ぎお開きとなった。
流石にその頃にはアキラも連日の疲れでくたくただった。

乗り込んだエレベーターには進藤もいて、一人づつ降りていく
エレベータの中でそのたび胸が高鳴っている。


とうとう二人になってアキラは切り出した。

「進藤、今からもう少し付き合えないか?」

「今から!?」

「ああ、そう時間は取らせない」

降りる階を見送ってエレベーターはそのまま上昇する。
初日にアキラが乗り込んだ階を進藤は覚えているはずだ。

「まあ少しぐらいならいっか」

「君の部屋でいい?」

「ああ」




                            12話へ













碁部屋へ