RAIN番外編
雨上がりの後

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外に出ると、つめたい感触がまとわりつく。

「雨・・?」

霧雨のようだった。
今日は雨の予報なんてなかったはずだが
山の中だから、天候も変わりやすいのだろう。

一端躊躇したものの、この程度なら大丈夫だろうと歩き始める。



外套の灯りも心細い道を歩き始めると、前から傘をさし、
同じように歩いてくる人の影に歩みが自然に止まった。

近づくにつれ、誰かと良く似た風貌に胸が高鳴る。
顔を見た瞬間射抜かれた気がした。
相手もオレの顔を認識するなり、目を大きく開けた。


「塔矢・・・なんでここに?」

「君こそ、あんなメールを送ってくるから」

「あんなメール?オレは送って・・・」

『ない』という言葉は口内に消えた。
たぶん、いや十中八九緒方の仕業だ。
昼休憩の時に携帯を部屋に置き忘れた時だ。


「それより君はこんな時間にどこに?」

「いや、特に目的っていうのは・・・。」

「この雨なのに?」

塔矢には完全に不審に思われただろう。

なんってタイミングなんだ・・・と思う。
自分を制さなければ、崩れてしまいそうだった。

塔矢がオレを小さな折りたたみ傘に入れる。

「お前が濡れるだろう」

「いいよ、濡れても」


オレがそのまま歩き出すと、塔矢も歩き出した。
塔矢は元来た道を帰ることになったが何も言わなかった。


「お前さ、今晩どうするんだ」

「宿を取ってる」

「宿?オレがホテルに聞いた時は部屋いっぱいだって言ってたけど」

「イベントで使ってる宿じゃないよ。ここに来る途中
列車の中で空室を探して、予約したんだ。
こっちにはさっき着いたばかりだ」

「お前も忙しいのに、悪かったな」

オレの所業ではないが、それでも今は塔矢に会えたことに
どうしようもなく安堵してる。
緒方は一体どういうつもりかわからないが。

「いいよ、僕も君に会えた」


口調からオレに会えなくてもここに来るつもりだったのだろうと
思う。

お互いに言葉が無くなり、傘にかかる霧雨の音だけがサッーと音をたてる。

『今晩オレを泊めてくれないか』と口にできず、唇を噛むと
塔矢が傘を持つ手を右に持ち替え、オレの右手を握った。
体温を失った指が温かさを纏う。

それだけの事なのに顔が熱くなり、心臓が早くなる。

中坊の初恋じゃあるまいし・・。と自身に叱咤したが、
感情をコントロールすることなんて、出来るはずない。




「アキラ・・・。今日オレお前の部屋泊まってもいいか?」

握られた手が返事の代わりに絡められる。
心臓が止まってしまいそうだと思った。


塔矢が取っていたホテルはビジネスホテルだった。
塔矢がキーをかざすとエントランスが開く。
夜も遅いためか人もおらずそのまま部屋へと上がる。


「ツインを取っておいてよかった」

「ごめん、オレ今財布も携帯も持ってないんだ」

「見たらわかるよ」

アキラが目を移したのはオレの足元だった。
ホテルから借りてきたサンダルにオレは言い訳を巡らせた。

「これは、その・・。」

塔矢が溜息を吐いた。

「雨で濡れただろう。風呂は?」

「オレはいいよ」

「そう、じゃあ僕が使わせてもらうよ」

何気ない会話だ。けれどその中にピリリと緊張が張り詰める。
塔矢は備え付けの寝巻を持ってバスルームへと消えて行った。
オレはふっと長い溜息を洩らした。



塔矢がバスルームから出る頃にはオレもホテルの寝巻に着替えていた。
流石に着ていたジャージは雨で濡れていてそのまま就寝
するわけにはいかず、ハンガーに干す。

ふと時計を見ると1時を回っていた。
時間の感覚が全くなくなっていた。
塔矢も明日は仕事があるはずだ。
そんな事を考えていると塔矢が部屋に戻ってきた。

「進藤、まだ起きてたの?」

そういう風に言われてしまうと少し傷つく。

「悪いな、お前だって忙しいのに」

オレはもう寝てしまおうと奥のベッドに腰掛ける。

「進藤、何があった?」

「ああ、オレがホテルから出てきたわけか?」

塔矢が言わんとする事はわかるのだが、どう説明したらいいだろうと思い巡らせる。

「緒方先生と、ちょっとな」

誤魔化すわけにはいかないが、露骨な事も言いたくなかった。
けれど塔矢はそれで許してはくれなかった。

「本当に『ちょっと』の事なのか?」

塔矢の口調が強くなる。
オレは言葉に困って布団にごろりと転がった。

「僕とあった時、君は泣いてただろう」

塔矢の怒りのこもった視線が、背中を突き刺す。
『泣いてない』と否定することができなかった。


「寝込みを襲われそうになった。少し・・・触られた。
思いっきり頭突いたら。怯んで・・・。
それで飛び出して、お前に会った」

言葉の端は言わなくてもいい。
塔矢が背後からベッドに近づく気配に体に緊張が走る。

「ヒカル・・・」

ヒカルと呼ばれたことに心が震えを帯びる。
背後から抱きしめられ、回された腕にオレは
腕を重ねた。

「来てよかった」

「うん、オレお前の顔見たとき・・・。」

その後は言葉にならなかった。
唇が自然に重なり、深くなる。
アキラの指がオレの浴衣の紐を
解いて侵入してきた瞬間、オレはアキラの手を掴んだ。

「ちょっと待て、ひょっとしてするつもりなのか?」

「嫌なのか?」

「そうじゃないけど・・・。今までしようとしなかったろ?」

アキラの腕がオレから離れる。
それに寂しさも覚える。
水を差すような事を言ったかもしれない。

「オレはお前は男を抱けないんじゃないかって思ってたから」

「進藤ヒカルなら抱ける」

「だったら何で今まで」

今まで何度も機会はあったのにアキラはしようとはしなかった。
あってもキスか軽いハグ程度だった。

「それは、君があの公園で『一度でいい』と言ったからだ」

「あっ、」

オレは自分が言った事を思いだした。

「あれは・・・その」

「本当に君は1度で満足してしまうんじゃないかって、そう思うと
出来なかったんだ」


アキラがそんなことで悩んでいたことなどオレは全く知ら
なかった。
むしろオレはアキラが何もしないことに不安を感じていたのだから。

「なんだ・・・。」

思わず口から安堵の言葉が漏れた。

「なんだ、とはなんだ!!」

「悪い、ただオレお前の事何もわかってなかったんだなって思って。ちょっと安心した」

オレは離れてしまったアキラの胸に体を預けた。

「もうそんな風には思ってねえから」

「僕が女性と一緒になった方がいいとも、思ってない?」

アキラの息が耳元で震える。
アキラは『市川さん』と言わなかったのはオレを気遣ってだろう。

「それは、まあ思ってる」

「君のそういう考え方が僕は許せないんだ」

「だって先の事なんてわかんねえじゃねえか」

「最初から諦めた関係など対局する前から投げているようなものだろう」

本気で怒鳴られて、でもそれが嬉しいと思うのだからオレは
重症なのだろう。

「そうかもしれねえな」

「そうだ」

断言されてオレは泣きたくなる。

「君が欲しい」

『うん』と頷くとオレの瞳から涙が溢れ出す。
塔矢にならオレのすべてをやってもいい。


「やるよ、お前になら」

「愛してる」



                              
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