モノトーン番外編
モノトーンチェック



 
     




ヒカルは、外出には目立つ前髪を黒にメッシュして、サングラスで出かけるようにしている。

金の前髪がトレードマークのヒカルはそれだけで溶け込むが
『ヒカルは特有のオーラを放っていて目立ちやすい』と、佐為には言われていて単独の外出は気が抜けなかった。

マネージャーと別れヒカルがホテルフロントに入ると佐為が話しかけてきた。

「ヒカル、ヒカル!!」

『どうした?』

「あれ」

ヒカルがわずかにそちらを見る。
会場の横脇、白い立て看板に『囲碁』の字がわかった。会場には人の行き来があるため出入りは自由なのだろう。
なんとなく朝ホテルを出た時から気が付いてはいたのだが、ヒカルは見ぬふりをしていた。
佐為もこれからヒカルが仕事の為遠慮してたのだろう。

「囲碁大会か何かか?」

「平日に大会はあまりないですね、名人戦の4戦目ですよ」

「ああ」

ヒカルは小さく頷き、興味ないようにそのまま素通りしてさっさとホテルに部屋に戻ろうとすると、佐為がヒカルの前に立ちふさがり、思わずつんのめりそうになる。

『もう、なんだよ!!』

周りに人がいて佐為に声を掛けることはできず、佐為を恨みがましくにらみつける。
こういう時、目は口ほどに物を言う・・・らしく。
もっとも佐為に教えられたことだが。

「名人戦の4戦目をこのホテルでやってるんですよ」

「それがどうした」

ぼそりとつぶやくと、『気にならないんですか?」と佐為に顔を覗かれた。
ここで名人戦をしていると聞いて脳裏に浮かんだのはアキラだった。
『このホテルにアキラがいる。』
それも今まさに対局の最中というなら、ヒカルが気にならないはずなかった。

「ならねえよ」

心にもない事を言うと、佐為が口を膨らませた。

「目は口ほどにものをいうものですよ」

佐為の指摘にため息を漏らす。
わかってはいるのだ。でも行きたくても、行けないし、どうしようもないではないか。

「あそこは大盤解説をしてるようですよ。解説ならヒカルでも入れるし、大丈夫ですよ」

ヒカルの心境を佐為はすっかり理解してる。
佐為が憑くようになって10年にもなるのだ。

「けど・・・」

ヒカルが何か言う前に、佐為は足取り軽く歩き出す。それはお化けとは思えない足取りだった。

「ほらほら」

佐為と手をつなぐ事はできないが、佐為はヒカルの手をひっぱり連れていく。
1人なら気づいても行けなかっただろう。
行きたくてもいけなかっただろう。
でも佐為は背中を押してくれる。

「しょうがないか」

また心にないことを言ってヒカルは苦笑する。でも心の中は期待で胸が躍っていた。



会場に入りヒカルがすぐ視線を反らしたのは入り口にいたのが芦原だったためだ。
久しぶりだったので、きちんと挨拶を交わしたい気持ちもあったが、ここでスパークルの『HIKARU』だと周知されるわけにはいかなかった。
佐為はそんな事お構いなく、芦原に嬉しそうに話しかけてる。
もちろん相手に伝わるわけではないのだが。少しでも芦原が何か感じてくれたらいいなとヒカルは思う。

受付で手渡されたものを無意識近く受け取り、人のいない奥の一番端に腰を下ろす。
大盤解説の会場には思った以上に人がいた。

「ヒカルもっと前に行きましょうよ」

佐為に背中を突かれたがヒカルは顔を横に振った。
ジェスチャーで『お前は前に行ってきていいぜ』と伝えると佐為はさっさと前に行ってしまう。
こういう時お化けはいいのだか、悪いのだかだ。

腰を据えて配布されたものに目を移すと、それは第3戦までの
名人戦の棋譜と、昨日からの第4戦の打掛けの棋譜だった。それをざっと追い解説を見ながら書き足していくのだろう。

ヒカルがペンを探していると、芦原がヒカルに声を掛けた。

「書くものはありますか?」

『・・・・・・』

返事に困ったのは会話すればヒカルだとバレるかもしれないからだった。

「進藤君だよね?」

芦原に顔を覗きこまれヒカルはその瞬間顔が真っ赤になる。会話よりもなにも芦原には当にバレていたようだった。

「芦原先生・・・そのすみません」

小声で人差し指を立てると『わかってるよ』というように芦原が頷いた。

「ここじゃゆっくり観戦できないだろう。記者室や、関係者室に案内しようか?」

「いや、でもオレ関係者じゃねえし」

「君は十分関係者だよ」

ヒカルはわずかに首を横に振った。

「アマ名人だし、アキラくんの友達だし、それに囲碁界への貢献度も多大じゃないか」

赤くなった顔がますます赤くなった気がした。

「そういうので、入るのはちょっと、それに今戦ってるアキラはそんなの望んでないと思うし」

芦原は少し驚いたようだった。
もし、アキラが負けるようなことがあればそんな姿はオレには一番見られたくない気がしたのだ。
アキラが負けるなんて想像できなかったが、それでも負ける事もあることを知ってる。

「ごめん、出過ぎたことを言って」

「あ、いえ、オレここであいつの事応援してるから」

「今日このホテルなの?」

「はい、仕事でこっち来てて」

「そっか、偶然だったんだね」


そんな会話をした後、芦原は受付へと戻っていった。
ひょっとしてアキラに『ヒカルがここにいることを伝えてくれるのではないか』と淡い期待をした自身を叱咤する。
棋譜にはアキラの戦った軌跡がある。

今アキラは必死で戦っているのに、不謹慎のように思えたのだ。



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