モノトーン

25

 
     




アキラとヒカルの対局は100手を超えた。

ヒカルは良く頑張っていると佐為は思う。
・・・が、棋力の差はあり、アキラとの差は盤面で10目はある。
黒を持つヒカルのコミ分も入れると、もっとで佐為もこれが限界
かもしれないと思う。

『ヒカルがここまで頑張ってこられたのは、貴方という存在があったからなのですよ』

アキラにそう声を掛けた。もちろんアキラには聞こえないが、集中してる
ヒカルも佐為の声は届かなかったらしい。




監督が『カット!!』の声を上げアキラが顔は顔を上げたが、ヒカルはそのまま盤面を睨みつけたままだった。

「すみません、彼は相当集中してるみたいです」

緒方が『ほう』と声を上げた。

「周りの声も聞こえなくなるほどのものなのか?オレにはわからんが、それで今どっちの方がいいんだ?」

芦原はそれに苦笑した。

「少し・・・アキラくんの方がいいですね」

少しではないだろうに、芦原はそう言った。

「そうなのか」

監督の声も届かなかったヒカルが放り込んだ1石にアキラは目を見張った。

「監督、お願いです。続けさせてください」

アキラは監督の顔を見上げた。

「思った以上に時間がかかってる。このままでは日が暮れる」

今の撮影機材では日没の撮影は無理なのだと監督は緒方と話していた。
アキラが空を見上げるとすでに日は傾き、対局している軒下
は影に落ちていた。あと15分もすれば日が落ちるだろう。

「ぎりぎりまで、お願いします」

アキラが頭を下げた。
アキラがこういったわがままをいう事は撮影に置いて1度もなかった。

「わかった、日没までそのまま撮影を続行する。ライトはそのままで自然を装え」

スタッフに指示が飛び緒方は珍しく静かに頭を下げた。

「感謝する」

監督は無言のまま撮影の再開合図を送った。


再び静寂の中パチリ、パチリと石の音が響く。
日没まで後10分は切ったであろう・・・。
碁盤は半分以上闇に沈んでいた。

アキラはそれがとても寂しいのに、胸の奥に燻る想い
はどうしよもうなく焦がれていた。
『どうか・・・時間がこのまま止まって欲しい』・・・
祈るようにアキラは石を掴む。

完全に闇に沈む前、ヒカルが崩れるように頭を下げた。
その時のヒカルの顔をアキラはずっと忘れないだろう。





その晩ヒカルは夕食に降りてこなかった。
迎えに行こうかと躊躇ったが、それを今のヒカルは望んではいないだろう。

ヒカルの碁は以前のような力強さはなかった。
今日打った彼の碁は何を意味するのか?
以前のヒカルの碁はアキラの幻影なのか、

あの集中力と対局に敗れた後の落ち込み様を見ても
ヒカルが手を抜いたとは思えなかった。


今彼と対局して幻滅したのか?
それを思った時、それは違うとアキラは否定した。

碁会所で彼と対局した時の、ネットのsaiをアキラに思い起こさせる何かが今日のヒカルの碁にはあった。

ただ・・・アキラは自分が拘ったヒカルを否定したくなかっただけかもしれない。
回り道をした自分に言い訳をするわけじゃない。

ぐるぐるする想いにアキラは苛立ち、ベランダに出た。
冷たい風がアキラの頬を撫でる。隣のべランダに誰もいない事を確認しアキラは感傷的に空を見上げた。

今夜も東京では見られない無数の星が瞬いていた。

『会いたい』と思う気持ちを行動に移す事ができないず、
その唇が「ヒカル」と僅かに動く。
ますます想いが募り、アキラは手すりを握りしめ唇を噛みしめた





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残す所3話程度のはずなのですが、相変わらず進みが遅くすみません。



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