モノトーン

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レコーディングを先取りすることになったため、映画の
スケジュールは大幅に変わる事になった。
夏休み中予定されていたロケ地撮影は後回しになり、かわりにセット撮影とレコーディングが平行で行われヒカルとアキラは連日忙しい日々に追われていた。

明日は撮影が一区切りになるので、ヒカルとアキラは
棋院の発行する雑誌3冊の表紙写真と取材を受けることに
なっていた。

佐為はこの日を心待ちにしていた。


「遊びに行くわけじゃないんだぜ、まして碁を打ったりもしねえし」

佐為の事だ。
『碁を打ちたい』などと言い出しそうでヒカルは念を押す。

「わかってますよ」

「本当かよ」

「それよりヒカルこの棋譜覚えましたか?」

ヒカルが今日撮影で渡された棋譜は芦原が監修した棋譜
だった。
映画のワンシーンでヒカルとアキラが対局する棋譜だ。
移動中に見ただけだったが、かなりインパクトのあるもの
だった。

「この棋譜面白いですねえ」

「うん、芦原先生スゴイの持ってきたよな」

ヒカルは棋譜を片手に初手から碁盤に並べていく。

映画ではヒカルが負けることになっていた。
それにアキラは少し懸念していた。
ストーリー上止む得ないのだが、アキラは実際ヒカルと対局したかったのだと思う。

アキラのその気持ちはわかるのだが・・。
ヒカルはこの棋譜を見て少し安堵もしたのだ。

「なあ、今のオレだったらアキラにどこまで通用するかな」

「ヒカルの焦る気持ちはわかりますが、1歩1歩行くしかありません」

暗に『まだまだ』と言われたようで凹む。
けれど・・・、だからこそ目指す意味がある。
相手が強い程、目指す先も高いのだから。

「ああ」

ヒカルは遠くを臨むように頷いた。





翌朝ヒカルは約束の時間より1時間以上も早く棋院に着いた。
佐為が『早く、早く』と急かした為だ。

「たく、今日はもう少しゆっくり出来ると思ってたのに」

ヒカルは生欠伸を噛みしめながら、棋院の前で足を止めた。
少し躊躇するところがあった。

あの全国大会から約1月が経っていた。
あの時はもう来ることもないだろうと思っていた。
まさかこんな形でまたここに来ることになるとは思いも
しなかった。

「ほら、ヒカル、何をしてるのです。早く行きましょうよ
ヒカルが来ないと私も入れないのですから」


感慨に耽る間すら佐為は与えてくれそうになかった。
ヒカルは「はあ」と小さく溜息を吐いた。

まだ取材には時間があり、置いてあるリーフレットや大会の案内などを手に取り、ぶらぶら歩く。

幸い棋院は人も少なく、勝手に散策しても咎められるような事もなかった。ただ中に入る事も出来ない階もあった。
それでも佐為は満足そうだった。


全国大会の時にアキラに捕まった階段の踊り場で、
下から上がってきた相手に会釈されヒカルも軽く会釈した。
それはヒカルと同じくらいの少年だった。

ヒカルと通り過ぎた後、少年がふと足を止めた。

「えっと、お前、確か進藤ヒカル?・・だよな?」

ヒカルは足を止め、思わず振り返った。
知らない相手に声を掛けられることは職業柄あるのだが
ヒカルはまだ知名度が低くそう多くはない。

「そうだけど・・・」

「ああ、悪い、急に声かけたりしてさ、
オレ和谷、和谷義高って言うんだ。
お前だろ?全国大会決勝戦に欠場したアイドルって」

思わずヒカルは恥ずかしくなって下を向いた。

「そうだけど」

「塔矢アキラがライバル視してるって本当か?」

全国大会の時もそうだったが、どこでそんな噂が流れたのか
見当がつかなかった。
アキラはそんな事を口軽く言うやつじゃない。

「いや、ただの噂だろ」

「ふ〜ん」

和谷は値踏みでもするようにヒカルを頭の先から足の先まで見下ろして、ヒカルは顔が熱くなるのを感じた。

「なあ、今からお前時間取れねえ?オレと一局打とうぜ」

「今から!?これから撮影と取材があるんだけど」

しどろもどろに断ると佐為が口を挟んだ。

『取材にはまだ1時間以上もありますよ!!』

『お前のそういう我儘でどれだけ迷惑被ったと思ってるんだよ』

ヒカルは目で強く訴えると、流石に佐為はしゅんとなる。

「取材は何時からだ?
そんなに時間は取らせねえよ。早碁で構わねえし」

和谷はあくまで『軽く対局をしよう』というノリだった。
佐為をちらっと見ると瞳に涙まで浮かべていた。
それに小さく溜息を吐く。

「約束までには1時間程あるけど、オレが打つぜ、」

当たり前の事を口にしたことに和谷は首をかしげたが、
ヒカルは佐為に念を押すために言ったのだ。

「和谷は強いのか?全国大会に出場してたっけ?」

「してねえよ、オレは院生だからな」

「院生?」

「ああ、プロを目指してるって事さ、だからアマの大会には
出れねえんだよ」

「じゃあアキラは、あいつはどうして大会に出場できたんだ?」

アキラはプロ棋士になると言っていた。

「お前何も知らねえんだな、
あいつは強えけど、院生でもプロでもねえんだぜ」

和谷の話ではプロを目指してる「院生」は大会に出れないと言う事なのだろう。

「和谷もプロじゃないんだろ?」

和谷はヒカルの質問に少し呆れたようだった。

「ああ、オレは今はプロじゃねえ、けど絶対プロ棋士になる男だ。
だから覚えとけよ」

ヒカルはそれに笑った。

「ああ、和谷がプロになったらな」

軽い会話を交わしながら、和谷に案内されたのは本格的な個室の対局室だった。

「ここ、今日1日オレの師匠の森下先生が借りてるんだ。師匠はもちっとしねえと来ないからさ、人目がねえ方がいいだろ?」

12畳に床間もある純和風の部屋に碁盤と碁石、座布団が敷かれていた。
和谷に勧められヒカルは入室する。
佐為が小声でヒカルに耳打ちした。

『ヒカルが下座に座るのです』

「下座?」

ヒカルは言われるまま佐為の示す方に座った。ヒカルには
わからなかったがこれも囲碁の作法の一つなのだろう。
向かい合って腰を落とすと和谷が言った。

「互先いいよな。持ち時間は・・・」

和谷が対局時計をセットしようとして、ヒカルは首を振った。

「対局時計はいいよ。オレ使い慣れてねえから」

「わかった。じゃあ始めようか、」

ヒカルは碁盤越しの和谷の顔を見た。
先ほど初めて会ったばかりなのに、今から対局をしようとしてる事にも驚きがあったが。
プロを目指してるという和谷にヒカルがどれほど通用するのか試してみたいのだ。


「お願いします」

「お願いします」



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モノトーンも後半戦デス。

和谷くんはアイドルではありません。当初は4人組(アキラ ヒカル伊角さん 和谷)で考えていたんですが。理想はヒカ碁のキャラソンアルバムみたいな(笑)

まあそれはまた機会があれば、






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