モノトーン

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その日は梅雨明けしたばかりの真夏日で、朝から喧しく
セミの声が響いていた。


佐為を伴い、開始時間より30分早く着いたヒカルだったが、すでに大勢の子供に、付き添いの大人たちが会場のいたるところにいた。

そしてその子供たちは対局に棋譜並べにと余念がない。



「すげえな、これが全国から集まった代表?」

ヒカルはごくりと唾を飲み込んだ。
この会場の雰囲気に飲み込まれそうだった。

流石に先日の大会とは雰囲気が違った。少なくともここにいる子供たちは自分よりも強そうに見えた。

ヒカルは受付で渡された、パンフレットをぱらぱらとめくった。
そこには代表の子供たちの名前と対戦表が載っていた。
佐為がパンフレットを覗き込む。

「ヒカルの初戦は群馬県代表・・となってますね。その後は・・・えっと沖縄代表」

ヒカルは気持ちを落ち着かせる為、人の少なそうな場所をうろうろと探す。
もちろん佐為と話をするためでもあるのだが、

ようやく人通りの少なさそうな階段を見つけてその途中の踊り場で足を止めた。

「みんなすげえ強そうだよな」

「臆することはありませんよ。ヒカルだって強くなってます」

「けどここにいるのは代表だろ。アキラみてえに強いかもしれねえんだぜ?」

「ヒカルだってその代表の1人でしょう」

佐為に宥められなんとか、『まあ、そうかもしれねえけど』と頷いた。

真剣に打つ子供たちの姿はあの碁会所で対局したアキラの姿と
どこか重なった。

「それともそんなに自信がないなら私が打ちましょうか?」

一瞬勝つためにはそれも・・と思ったが、ここまで自分の力で来たのだ。
自分の力を試したかった。

「それは出来ねえよ」

佐為と押し問答していると、下から階段を上がってくる音がして、
ヒカルは声を落とした。

「進藤ヒカルくん!」

聞き覚えのある声にフルネームで呼ばれヒカルは振り返った。
そこにはアキラがいた。

「アキラ?」

あまりに突然すぎてヒカルは驚いた。

「なぜ、お前がこんな所に?」

「僕も今日の全国大会に出場するんだ」

「アキラも代表?」

予選大会に来ていなかった『アキラが出場』と言うのがわからず
首をかしげた。

「君が南東京代表になったと知って、君と再戦するため予選大会に出場した。僕は東東京代表だ」

「けど、オレと再戦って、オレお前と当たるっけか?」

先ほど見たパンフレットでは少なくとも東東京代表と初戦や2戦目で当たる予定はなかった。

「君とは決勝戦で必ず対局することになる」

「決勝戦って、オレは・・・」

『明日は出場できない』
・・・と言うよりもそれ以前の問題だとヒカルは思う。



丁度その時、上の階から降りてきた、選手の子供二人が
こちらの顔をちらっと見た後、あからさまに目をそらした。

通り過ぎた後、2人の小声が耳に入る。

『あれ、塔矢アキラだろ?何で子供の大会なんかに?』

『一緒にいたあいつが、噂の?』

本人たちは聞こえていないつもりかもしれないが、階段で声が思った以上に響いてる。ヒカルにも
聞こえたのだから、アキラにも聞こえたはずだ。

「あのさ、お前オレの事買い被ってねえ?オレはたまたま予選に
出場しただけなんだぜ。決勝まで残るはずないだろ」

「買い被りも何もないよ。君こそ自分の実力を知らないだけだ」

ヒカルは思わず横にいた佐為を見上げた。
佐為は真剣なアキラの顔をまじまじと見つめていた。

「明日の決勝で、君との対局を楽しみにしてる」

それだけ言うと階段を下っていったアキラにヒカルは大きな溜息を吐いた。

「あいつ、人の話聞いてねえだろ、たく」

「ヒカル、彼は真剣でしたよ」

「わかってるよ。けどそんなの仕方ねえだろ」

よしんば勝ち上がったとしても、塔矢と明日対局することはない。
それぐらいなら今日負けてしまった方がいいのかも知れないと
思って、ヒカルは顔を横に振った。


『違う』


『出場する限りは勝ちたいだろう?』
緒方が言った事を思い出す。
ここに来た限りは勝ちたい!!強い奴と打ちたい。

「オレだってアキラと、対局したいさ」

今のヒカルの実力ではアキラを失望させるだけかもしれ
なかった。
それは正直悔しい・・・けど、

「ええっ、とにかく今はヒカルが出来る限りの事をするだけです。
迷っていても仕方ないでしょう」

「そうだな」



まもなく開会式が始まると放送が流れ、ヒカルは会場に向かう。
その時には子供たちの声も姿もヒカルはもう気にならなかった。



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