ヒカルの碁パラレル 暗闇の中で 

暗闇の中で19



 

芥は「準備に手間取ってる」と言っていたが、一通りは終わっているようだった。

準備をしていた部屋には広い壁一面にモニターが埋め込まれて
おり、その数100は超えている。それはアキラに拘置所を思い起こさせた。
おそらくこの施設内の死角はほとんどないだろう。

映っているモニターは一つもなかったが、ここで相沢という男が
彼らを監視していた事は容易に察しがついた。
準備を終えた芥がぽつりと言った。


「成功率はかなり低い」

アキラはそういった芥を凝視した。

「覚悟はしておいた方がいい」

覚悟がいるのはアキラよりも芥の方だろう。

「もし成功しなかったら?」

「死ぬか、あるいわ廃人になるか」

能面のような顔でそういった芥にアキラは酷で愚かなことを聞いた自分を
恥じた。
芥は術を行うものとして、最後まで冷静でいなければならない。
もし立場がアキラとヒカルであったら、こんなにも冷静でいられたろうか。


「なぜヒカルだったのですか?ここを出れば
ヒカル以上の適合者がいたかもしれない」

芥はふっと、ため息を吐くとアキラに視線をやった。

「ここを出て、手術をするだけの体力が学にはもうない。
それにヒカル以上の適合者もそういまい」

「根拠があるのですか?」

「直感、と言ってもお前は納得しない、だろうな、
だが、ヒカルは、生まれつき前髪があの色なのだろう?」

「組織の仕事をするのに不向きだと思ったことはないか?」

ヒカルの髪色の事はなんとなく聞いてはいけないような
気がしていた。

「それは・・・、」

アキラは返答を慎重にしなければならなかった。

「組織の仕事には、適正と本人の資質が必要です。ですから髪の色など
外見のことは些細な事と僕は思っています」

「なるほど、それがお前にもヒカルにもあるという事か」

「はい」

「ヒカルのあの髪は遺伝子の突然の変異によるものだ。
それはオレたちのそれと似てる」

にわかに言われても、『そうですか』とアキラが納得出来るだけの
理由では到底なかった。

「それが適合性ですか?」

「そうだ」

芥は僅かに表情を曇らせた。
まだ、何かあると、そう確信をしたがそれ以上は芥は話してはくれない
のだろう。

ヒカルの事でアキラはここに来て気になっていることがあった。

拘留所で伊角がヒカルの事を『普通の人間じゃなかった』と言ったこと。
当初はヒカルの能力の事を指していたのだろうと思っていたが、今は
それだけではなかったのではないか?と、
思い始めている。

そしてもう一つ、【夜】がヒカルの事を
『オレたちよりよほど相沢に好かれそうな検体』と言ったことだ。

一体ヒカルの何が特別なのか?佐為が憑いているだけではないのか?
そして遺伝子の突然変異構造が人狼と学と似ているというのはどういう
事なのか?

アキラは質問を変えた。

「相沢という男の事、あなたは何か情報を知っていませんか?」

芥はますます表情を険しくした。

「あいつの事など・・・。」

忌々しく吐き捨てるように言った後、芥はため息を吐いた。

「だが、お前たちには言っておかねばならんだろうな。
オレはあちら側だ」

「あちら側?」

「つまり『相沢側』という事だ」

その名を口にするのも嫌悪するほどなのだろう。
【相沢】と言ったその声は怒りの為か震えていた。

芥が相沢側という、予想外の事にアキラは少なからず驚いたが合点が
いくこともあった。

学は、芥はここを自ら出られたチャンスがあったことを仄めかしていた。
つまりは夜やらんの立場とは違ったという事だ。
そしてアキラの予想が正しければ・・・。

「それは学くんを人質に取られた。あるいわ、彼らを助ける為だったのではありませんか?」

「違うな、オレは自分の利己でここに入り、残った」

「なら夜とらんもでしょう?僕は利己だとは思いませんが、彼らだって
人間になりたい、という願いがあって、自らここに来たはずです」

「何も知らんくせに、よくそんなことが言えるな」

芥は冷ややかに、だが怒りを纏っていた。

「オレは羽柴空や、藤守直と同じ学園に、あの二人の監視役として潜り
こんでいた。
あの二人がようやく手に入れた自由な日々を虎視眈々と狙っていた。
それにオレは科学者だ。人外のものを、追求し、いつか解明する。
その対象が、あの二人だっただけのこと。オレもあいつと大して変わらない」

芥はそう言ったが、その解明だって学のため、監視役も夜やらんの為、
種族の為ではなかったのだろうか?とさえ思う。

もちろんそんなことを言えば芥はますます、
頑なになるだろうことも目に見えてアキラは口を噤んだ。

「オレは、あの男がどこで何をしているかなど知らん。
悪いが少し席を外す」

そういって部屋を出た芥は頭を冷やしたかったのかもしれない。
アキラも冷静になる必要があった。


今はとにかく学の手術を成功させるために、アキラの出来る最善を尽くすだけだ。



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