ヒカルの碁パラレル 暗闇の中で 

暗闇の中で13


 


日が沈んでも4人は語り足りず、この島で知り合ったばかりというのに話題は
尽きなかった。

すっかり遅くなり空と直がおんぼろの施設に戻っていくのを見届け、アキラとヒカルは
テントに戻った。

「あの二人、いいやつだよな」

『私も警戒をしていたのですが、そんな自分が申し訳ない気持ちになってきました』

用心を越したことはない、と言っていた佐為もすっかりと言った感じだった。

「日が暮れてもあいつらのままだったし、アキラは空と結構話してたけど?どうだった」

テントで寝袋を整えていたアキラが、『えっ』といきなり話題を振られて振り返る。
珍しく考え事でもしていたのだろう。

「そうだね。二人の絆の深さを感じたかな」

心ここにあらずというアキラにヒカルはこの時少し違和感は感じたが、疲れの方が
勝っていた。

ヒカルが寝袋に潜り込むのを待ってアキラがライトを切った。
アキラの寝息が聞こえ始めヒカルは暗すぎるほどの闇に吸い込まれる。

どれぐらい経ったろう。
背後でアキラが起き上がる気配を感じ、ヒカルは無意識近く聞いた。

「アキラ、トイレか?」

「ああ、すぐ戻ってくる」

アキラがヒカルの傍にあった、懐中電灯を取りテントから出て行ったのを
夢の中の出来事のようでヒカルはすぐ眠りへと戻っていった。







アキラはテントを出てしばらく歩くと一息吐き、背後に声を掛けた。

「佐為いるの?」

返ってきたのは規則正しい波の音だけだ。アキラには見えようもないので
仕方ない。

用を足すと言ったので、遠慮して付いてきていない可能性もあった。
けれど、勘のいい佐為の事だ。傍にいてもおかしくはない。

「今から夜にあってくる。僕一人でどうしても行きたいんだ。
もし僕が1時間経っても戻ってこなかったら、その時はヒカルとここから
逃げて欲しい」

何も見えない、聞こえない闇に向かいそれでもアキラは強く語りかけた。

高い空には月が覗き、ほうぼうに風が強く吹く音がしていた。明日は雨になるかも
しれないと、そんなことを思いアキラは背を向けた。





施設まで行くと崩れ落ちそうな高い塀に腰かけた夜がいた。

なぜ夜だとわかったのか、それはこの暗闇なのに夜の体が光を纏い、そうして
瞳の色も同じく発光していたからだ。

「ひとりで来たか?そんなにあいつが大切か?」

やけに響く声はやはり空のものではなかった。

「ヒカルとはそういう関係じゃないと言っただろう」

「じゃあ、どういう関係なんだ?」


夜は嫌らしい笑いを浮かべ腰かけていた塀から暗闇を感じさせない足取りで軽々と
飛び降りた。
近づかれ、一瞬ひるみそうになった足をアキラは奮い立たせた。

「まあそんな事はいい。オレに聞きたいことがあんだろ?」

「ええ」

夜はアキラの事などとうにわかっているのだろうと思う。
何もかも見透かされている。
そういう相手に裏をかくことも、小細工も通用しないことは知っている。

「オレもお前たちに頼みたいことがあるからな」

「僕らに頼み?空と直の事?」

「ああ、お前とは腹割って話さねえといけねえと思ったしな」

警戒するアキラに『何もしやしねえよ』と笑いながら夜はアキラの傍に腰かけアキラもそれに
習い地面に腰かけた。
これが夜なりの腹を割る話なのだろうと思ったからだ。

「お前らも気づいてるだろうが、オレと空は同じものであって、同じじゃねえ。らんと直もな」

「どういうことだ?」

「ここは、実験施設だった。オレたちは検体として、種族に差し出されたんだ。
ヴァンパイアを人間にする為の検体としてな」

アキラは夜の口にした事実に息を飲んだ。
ヴァンパイアを人間にする実験だと!?

「そんな事出来るのか?」

「ヴァンパイアはしぶといからな。
煮るなり焼くなり、さんざん弄ばれ、実験に成功したのはオレとらんだけだ」

悍ましい想像をしたが、おそらく想像以上なのだとアキラは思う。
ヒカルの思考に入ってきたのもその時の記憶の一部なのだろう。

「では君たちはヴァンパイアであって人間でもあるのか?」

「いや、それは違うな。オレとらんは人になるために、『人となる』人格を作った。
それが『羽柴空』であり、『藤守直』だ。

空と直の人格も記憶もオレとらんが作ったものだ。そしてオレたちは自分たちが
ヴァンパイアであることを記憶から忘却した。
人間の『空と直』として生きていく為にだ。

だが、相沢がオレたちを拉致して、再びここに閉じ込めやがった。
空と直が生命の危機に陥り、オレたちは深い眠りから目覚め
ちまった。
あいつの目的はハナッからオレたちを目覚めさせることだったんだろう」

「その相沢というのが、君たちを検体にしたやつなのか?」

「ああ、相沢自身も人間じゃねえ。マッドサイエンティストのイカレタ野郎だ」

「それで彼はどこに行ったのかわかるのか?」

「わからねえな。お前らの組織にここを勘づかれて撤収せざるえなかったみ
てえだけどな。
オレたちを置いていったのは、もう用なしと判断したのか、またいずれ回収で
きると踏んだのか、いずれにしても、油断できねえって事だ」


「で、お前らを見込んでの頼みだが、」

一言置いた夜にアキラは言いあぐね言葉を選んだ。

「君たちの頼みを聞くことはできない」

そういえば殺されるかもしれない覚悟でアキラは言った。
夜はヴァンパイアでアキラはハンターなのだから。

「正直だな。けどお前ならやってくれるさ」

夜は少し寂しそうに笑い、アキラの言ったことには意に介さなかった。

「二つある。
一つは空と直を元の世界に戻してやって欲しい。そしてもう一つは、もう一組助けてやって
欲しいやつが施設にいる」

「空と直を元の世界に戻すのはわかったけれど、君たちはどうするつもりなんだ?」

「オレたちは、消えるのみだ」

「もしまた相沢が何か仕掛けてきたら!!」

「オレたちが完全に消えちまえば、何もしては来ねえ。オレたちがいねえ方が
空も直も安全だってことはわかった。それにオレは空と直を信じてる」

「そこまでして人間になりたいのか?」

「種族の夢だったからな。永遠の命なんていらねえんだ。
ただ笑って、怒って、成長して、育て、いつか老いて、死ぬ。
オレたちが焦がれていた未来だ。
空と直が叶えてくれるなら本懐ってもんだろ?」

アキラは胸にこみ上げる想いに打たれた。
そこまでして、夜は空と直を守りたいのだ。
そしてその願いを自分たちに託そうとしてるのだ。

断れるわけがない。
アキラは静かに瞳を閉じた。

「約束しよう。空と直も必ず元の世界に送り届ける」

「ああ、頼む。もう一つも頼めるか?」

「それはやってみないとわからないけれど」

「できる限りでいい」

夜は遠く月を仰いだ。



「お礼ついでにってわけじゃねえが、お前に忠告しとく。ヒカルが大切なら
さっさと自分のもんにしちまった方がいいぜ?でねえと後悔するかもな?」

今までいたって真面目に真剣に聞いていたアキラは体中がかっと熱くなったような
気がして声を上げていた。

「ヒカルとはそういう関係じゃないと言っただろ!!」

「惚れてんだろ?そういう関係になりたいんじゃねえのか?」

アキラはますます焦り、冷静さを失った。

「違う!!」

「はん、強がりか?本当に気づいてないわけじゃねえよな?
昨日の晩、オレとらんがヤッてるのを見た時・・。
あの時お前は咄嗟にらんの魅了を防いだが、男の性まではどうしようもなかった。

ヒカルに対しての感情、欲情を必死に抑え込んでたろ?
顔は涼しい顔して、脈拍に体温、血圧まで上昇してたぜ。
まあ今も本音つかれて、焦ってるみたいだけどよ。
隠す必要あんのか?ここは無人島で逃げ場はねえんだぜ?
自分のもんにしちまえばいいだろ」

「そんなことまでヴァンパイアにはわかるのか?」

「さあな、けどお前は自分のことだろ?もっとわかってんじゃねえか?」

飄々とした夜に翻弄されてることはわかってる。けれど図星を付かれたことも
確かだ。
これ以上どう取り繕えばいいのか、アキラにもわからなかった。

「僕は・・・彼に無理やりのようなことはしたくない」

「無理やり?あいつだって満更じゃねえはずだぜ?それに心なんて、ヤッちまえば
いくらでも後から付いてくる」

やけに自信たっぷりに言い切られ、アキラは内心苦笑せざる得なかった。
そういうのが無理やりなのだと、アキラは言うのを止めたのは、夜には何も言っても同じ
だろうと思ったからだ。

夜は高笑いを浮かべながら、もう言うことはないとばかりに、軽い身のこなしで
崖を駆け上がり、その先をアキラは見上げた。


「あと二日だ」

そう呟いた夜が儚げで、この世のものと思えぬ美しさだった。


「最後の忠告だ。愛してるならヒカルには気をつけろ。
オレらよりよほど相沢に好かれそうな、検体だ」

「どういうことだ!!」

夜の言った意味を図りあぐね、今一度その背に声を上げた。

「ヒカルはただの人間じゃないのか?!」

「さあな、オレにも、わからねえことはあんだぜ?
それよりらんとの逢瀬、もう邪魔すんなよ」




そういって闇に消えていった夜にアキラは深く吐息を吐く。

ただ今はヒカルへの想いが渦巻くこの胸の痛みと感情にどうしようもなく苦しくなる。
夜の話をしたからなのか、どうかわからない。

ただヒカルを守りたいと思う、願う。

夜に『後悔するかもな?』と言われた言葉がぐるぐると巡っていた。



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