ヒカルの碁パラレル 暗闇の中で 

  パートナー2



 


              
二人が部屋の片づけを終えたのは9時も回っており、夕飯は二人店屋物で
すませた。
ようやく片付いた部屋は必要最低限な日用品と仕事の物しかなく、無機質だ。
私物でも持ち込めば違うのだろうが。

「ここに泊まることもあるんだろうな」

アキラのつぶやきにヒカルは苦笑いした。

「今日はもうここに泊まりてえ、って感じだけど、お前仕事してるのか?」

「まあ、」

アキラは言葉少なに顔を顰めた。

傍にいた佐為が『まったくヒカルは』と小言を言ってくる。
それぐらい、いいじゃないかと思ったが、『パートナー』であっても
プライベートへの陥入は禁物だと言われていた。

『ハンターである己』は別の部分でいなければならない。
こういう平穏な時であるほど、とも。
おしえられた事とはいえ、そういうものなのだろうかとヒカルはまだ思ってる。

ヒカルは「悪い」と小さく謝罪した。


二人の任務はとても特殊でこれには法外な報酬があった。
仕事がなくても給与が毎月もらえるようにはなっていた。
他に仕事などしなくてもいいぐらいだ。

けれど任務はいつになるのか皆目わからなかった。
1年、あるいは3年以上も任務がないということが常だと言われてる。
ヒカルも3年の研修中に1度しか『実技』に立ち会う事がなかったぐらいだから。
いきなり任務が来るとも思えなかった。
だが、心づもりは持っていなければならない。

そんなことを考えていたらカーテンの向こう煌びやかな夜景が妙に遠くのものに思えた。

「お前の能力は聞いていいだろう?」

「僕には特に能力はないよ」

特殊な能力もない普通の人間が現場に入るハンターになるとは聞いた
事がなかった。

「ええっ?そうなのか?ってお前大丈夫なのか」

「特殊な能力を持っていても危険はつきものだろう」
けれど、もし、しいて僕の能力をあげるなら映像記録かな」

「映像記憶・・?」

ヒカルは聞いたこともない言葉に首を傾げた。

「視覚に入ったものをそのままに記憶する能力だ」

「見たものを覚えてるって事?」

「一度見たものは映像のように頭の中に残る」

それは現場での情報収集能力としては優れた能力だろう。
何しろやつらときたら大方映像として残らないのだから。

「それってすげえ能力じゃねえ?」

アキラは少し困ったように苦笑した。

「けど、どちらかっていうと援護向けだよな?」

ひとりごとのようにつぶやくとアキラが首を振った。

「いや、その場でなければわからない事は多いだろう。だから
僕は現場に行くことに決めたんだ」

「そっか」

ヒカルはアキラの覚悟をなんとなく他人事のように聞いた。


「それで、君の能力は?」

「オレのも能力って言えるかわかんねえけど」

ヒカルは佐為のいる後方を振り返る。佐為はすっと音もなくアキラの隣に立つ。

「オレお化けが憑いてるんだ」

「お化け?式神ではなくて?」

陰陽師やお祓い系の能力者はいる。相手が人でないのだから有効な能力だが、ヒカルの
ように『お化け』というのはかなり珍しかった。

「式神じゃないな。どっちかっていうと友達つうか、兄弟っていうか」

うまい説明が思い浮かばずヒカルは頭を掻いた。

「今お前の隣に立ってるぜ」

アキラが佐為がいる方とは反対の右側を振り向く。
ヒカルは声を上げて笑った。

「違う、反対!」

「話しかけて大丈夫なのか?」

「いいぜ」

「えっと、男性なのか、女性なのか?その名前は?」

冷静なアキラもさすがに見えない相手に話しかけるのは戸惑うようだった。

「男だ。藤原佐為って言うんだ。亡くなったのは1000年以上前だってさ。見た目は20歳ぐ
らいだけどな」

「千年って!?藤原さんはこの世に未練があるの」

「それが、よくわからねえんだよな。何度も成仏を試みたんだけどさ、除霊師が
いうには神々しくてお化けというより、もはや守護霊だっていうぐらいだから。
しかもこいつ教会や寺院や、結界があるところにも平気で入るんだぜ?」

「そうなんだ」

アキラは言葉では取り繕ったものの、素直に受け入れられたかどうかはわからなかった。
仕事上『人ならざるものの存在』がわかっていても見えないものを信じろというのは
難しかった。

『ヒカル同様私の事も一緒に仕事するパートナーとしてよろしくお願いします。あと私の
ことは『佐為』と呼んでください』

「佐為が自分も一緒に仕事をすることになるから、アキラに『よろしくお願いします』ってさ。それと
『さい』でいいって」

「佐為 僕の方こそよろしくお願いします。
それで佐為のいる前でなのだけど、彼の能力を聞いても構わないだろうか?」

二人だけでないとわかったからなのか、アキラの口調が少したどたどしくなる。

「ああ。佐為にはあいつらが見えるけど、あいつらには佐為が見えないって事だよな。
それに佐為は人とモンスターの区別もつくんだ。
ある程度オレと離れられるし、部屋も通り抜けるし、偵察は任せられるよな」

「危険なく偵察できる・・か。」

『うんうん』と頷く佐為にヒカルが笑った。

「そういうことだ、佐為も任せとけってさ」

「けれどそうなるとお互い実践向きとはいえないな」

「ああ、まあ最近は存在自体も減ってきててあいつらも弱体化してるっていうしな」

ヒカルはそもそも、と思う。アキラもヒカルも実務の経験が皆無なのだ。
しかもお互い初対面でパートナーとしても手探りだ。一体組織は何を考えてるのか。

佐為は最初から難しい任務は任されないだろうというが、こればかりはわからない。
結局考えてもしょうがない、とヒカルは割り切るしかなかった。

「とにかくオレたちのやれることをするだけだろ」

「やるなら最善を尽くさなければならないだろう」

アキラの少しきつい口調に『そうだけど』と同調はしたが、今の自分の覚悟はアキラほどでは
ないのだろうと思う。

人を仇なすモンスターも、数がヘリ、弱体化して今や組織から追われ見つかれば闇に葬られる。
細々日々を送る彼らにとって自分たちの方が仇なすものかもしれなかった。

「ヒカル、いつ任務が来るかわからない。お互い備えと訓練は怠らないようにしておこう」

「ああ」





いつか来るその日が「ずっと来なければいいのに」と思ったが、ヒカルとアキラに初めての任務が下ったのはそれから半年後の事だった。
                       
                          


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