ひかる茜雲


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ヒカルはアキラの屋敷の前数歩で足を止めた。
そこには見間違うはずもない、アキラがいた。
アキラがヒカルに気づきゆっくりとこちらに近づいてくる。

まるでヒカルを待っていたように。
近づくアキラの顔がぼやける。

「ヒカル・・・どうしてここに?」

顔がはっきりと見えなくても、アキラの声に胸がくずくず痛む。
涙がボロボロと零れた。

「あっ・・・」

目の前にいるアキラは明後日には生を賭けた手合いに向かうと言うのに
普段と変わりなくて、それが余計に切なくて涙が零れた。

「なんで・・・どうしてなんだよ!!」

崩れ落ちそうになヒカルをアキラは抱きとめると、アキラは
人の目から逃げるように屋敷の敷地内のおおよそ人の目の
届かない場所へとヒカルを手引いた。


「お城碁の事を言ってるの?」

「そうだ、なぜお前と佐為が命賭けなきゃなんねえんだよ」

「君を譲れなかったからだ。」

「オレを?」

「ああ、僕は必ず勝って君を迎えに行く」

「そんなのって・・・だってお前が勝ったら佐為が死んじまうんだろ!!だったら
そんな手合い辞めちまえよ」

「それは出来ない。それに佐為様を自害させたりしない。
僕がこの勝負に勝って佐為様の無実を証明する」

「そんなの出来るのか?」

「出来る。僕にしか出来ない事だ」

アキラははっきりとそう言った。

ヒカルは何か言おうとして口を開けた。でもそれは言葉にならなかった。
『一緒に逃げよう」などと。言った所でアキラの決心は固くて、そしてそんな
アキラだからヒカルは惚れたのだと思う。

代わりにまた涙が溢れだし
ヒカルはごしごしと顔を擦ると懐にしまっていた刀の下緒を出した。

「ごめん、オレお前の事疑った・・・。それにお前の事諦めるって緒方様
に言った」

アキラは首を横に振った。

「僕を庇う為だろう?心で僕を想って、信じてくれたらそれでいい」

『真実はこの胸の中にあるのだ』と、アキラはヒカルを抱き寄せた。

「君の元気な姿が見られてよかった。
君が自傷した時、僕は何も知らなかったし、出来なかった
自分が腹立たしくて、どうしようもなかった」

「あの時やっぱりこれを置いて行ったのはお前なんだ」

「芦原さまが手引きしてくださった。君に話しかけないという
約束だったんだ。
今の自分に出来る事はないかと思って、それを置いて行った。
必ず君を迎えに来るという想いを君に伝えたかった」

ヒカルはまた涙が零れ落ちてきた。
自分の全くの誤解で、嬉しくてでも悲しくて、いろんな感情が渦巻いてる。

「オレお前を待つことしかできないのか?」

「ああ」とそう言った後アキラは「いいや」と思い直して首を横に振った。

「・・・笑ってくれないか」


ヒカルは泣き笑った。
アキラが笑って欲しいと言ったから、必死で笑おうとした。
でも上手く笑えなくて、悔しくなる。


唇が重なる。
笑おうとした顔が震え、ヒカルはアキラの肩にしがみ付く。
深くなるキスに舌が絡み合う。まるで一つになろうとしているようだった。
いや、アキラとはすでに魂を分け合っている。

ヒカルはアキラの魂も一緒に抱きしめる。
いつだって、どこでだってアキラとはずっと一つだ。

「待ってる、オレ、お前の事を信じて・・・。」

アキラは「ああっ」と頷いた。
その想いはすでに明後日の対局へと向かっていた。





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どうしても34話と最終話を離したかったのでこういう形を
取りました。
最終話への道は34話しかないデス。




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