ひかる茜雲


                            18

       



     
ヒカルが佐為の道場に通えるようになったのはそれから1週間程
経ってからの事だった。
ヒカルが道場に来るのを皆待ってくれていた。

「進藤、大丈夫か?体調悪くしてたって」

伊角と和谷がすぐに話しかけてくれた。

「ああ、まあちょっと・・・」

誤魔化すように言うと和谷が茶化した。

「どうせ進藤の事だ。腹でも壊したんじゃないのか?」

確かに腹の調子も悪かったが、和谷の決めつけるような言い方は気
に入らなかった。

「なんでオレが腹壊すんだよ」

「だってお前寝相がすげえ悪いって噂が」

ヒカルの寝相が悪いと広めたのは佐為だろうと思ったが、ヒカルが
思わず見たのはアキラだった。目が合ったアキラは相変わらず澄ましていて
思わずむっとしたが、何も言えなくなる。

佐為がザワザワする道場の中「はい、はい」と手を叩いた。

「今日は皆揃ったし、午前中は皆で遊びましょう!!」

「やった〜!!」という声の中に「えっ〜」という抗議も少し混じってる。
アキラは何も言わないが、後者だろう。ヒカルも久々に道場に来たのに
碁を打てないのは不服ではあった。特に今日は気分ではない。

「こんなにお天気がいいんです。もうすぐ雨季になるんですから今の
間に外に出て遊んでおかないと」

佐為はそう言うとう〜んと背伸びした。

「ささ、行きましょう〜」

佐為の後に子供たちが連れ立ち、ヒカルとアキラはその最後に並んだ。
ヒカルはぼそりとアキラに言った。

「アキラ、この間は来てくれたのにごめんな」

「いいんだ。君の都合も考えず突然押しかけた僕が悪いんだ。それに
今日君に会えたし」

「ああ、うん・・・・アキラ、あのさ・・・」

立ち止まったヒカルをアキラが振り返った。

「どうかした・・?」

アキラの視線がヒカルの顔から肩へと落ちる。
それに一瞬気遅れた。

「あっ・・・そのえっと」

『よし。かくれんぼ始めるぞ。オレが鬼な、1.2、3・・・』

言い出しかねた言葉は広場の伊角の声に飲み込まれた。

「ヤバ、隠れないと」

そう言ったヒカルもそれに無言で頷いたアキラも『かくれんぼ』は
本当はどうでもよかった。


子供たちに紛れて2人は三々五々へと散らばった。
ヒカルは誰も来なさそうな物置部屋を隠れ場所に選んで落ち着くと、ふっと溜息
を洩らした。

今日はどうも「外で皆と遊ぶ』という気分ではなかった。
囲碁を打ちたかったのに・・・・。

ヒカルは今回は佐為の道場に3日滞在を許されているので、アキラとも話す
機会も碁を打つ機会もあるだろうとは思っても、どこかで焦る想いがあった。
さっきの様なチャンスさえ逃してしまったのだから。

こちらに向かってくる足音がして、ヒカルは身を潜めた。
今は鬼をやる気分ではなかった。

足音はヒカルのいる物置で足を止め、あろうことか部屋の扉を開けた。

「ヒカル、ここじゃないのか?」

アキラの声だった。
一瞬躊躇したが、アキラが鬼なら好都合な気がして声を上げた。

「オレならここ、」

荷置きの影からヒカルが手をひらひらと振るとアキラが近づいてきた。

「お前鬼か?」

「いや、君がこっちの方に走って行くのが見えたから追いかけて
来たんだ」

ヒカルはアキラが隠れるスペースを作るように、移動出来るものは動かし
て奥に寄る。何とか2人で入っても身動きは取れるぐらいのスペースが出来
アキラがヒカルの横に腰かけた。

「君はまだ体調が悪いのか?」

アキラにそんな事を言われるとは思ってなくてヒカルは首をかしげた。

「何で?」

「何となく・・・というか」

おそらくこんな所で隠れていた事を指摘されたような気がした。

「ああ・・・まだ本調子じゃないかな?」

アキラは少し躊躇してヒカルの着物の合わせを掴んだ。

「何だよ!?」

アキラの両手がヒカルの着物の合わせを広げた。
ヒカルは慌てて襟をつかんだが、間に合わなかった。

「この間の痣?広がってるじゃないか!!」

アキラにだけは見られたくない、知られたくなかったのに・・・。

ヒカルの体にはこの間(あの時も鬼ごっこの最中だった)アキラに指摘された
時とは比べものにならない程鬱血箇所が散らばっていた。
なぜなら昨夜も緒方は(押し入る事はしなかったが)ヒカルを抱いたのだから。

ヒカルはアキラの腕をやや乱暴に振りほどき膝を抱え込むと顔を埋めた。

「それが、君が体調を崩した原因なのか?」

ヒカルは何も言えなかった。

「ヒカル・・・・」

ぽたりぽたりと涙が零れてくる。

「オレは緒方様の小姓だから」

そう言うのが精一杯で、それだけで分かって欲しいと思ったが、同時に
わからないで欲しいとも思った。
無言のままアキラはヒカルの肩を抱いた。
おそるおそる顔を上げると辛そうなアキラの表情と瞳とぶつかった。

「アキラ・・・?」

アキラは何も言わなかった。ただヒカルを包み込むように抱きしめただけで。
ヒカルの瞳からはらはらと涙が零れだす。

「うっうっ・・・」

ずっと耐えてた想いが溢れ出したように、涙が止まらなくなる。
ヒカルを抱きしめるアキラの腕が強くなる。
ヒカルは躊躇したものの膝を抱えていた腕を解くとアキラの背に腕を回した。
そうするとアキラの温もりを鼓動も吐息さえ感じて、切なくて胸が苦しくなる。
なのにずっとアキラとこうしていたいと思うのはなぜだろう。

「アキラ・・・」

名前を呼ぶとその想いは強くなり、涙が溢れ出す。
アキラはヒカルを心配して、慰める為にこうして抱きしめてるだけなのだろうに。
ずっとこうしていたいと思う自分が、ヒカルはとても醜く思えた。

ヒカルはその腕を自分から解く事が出来そうになかった。

廊下にバタバタと複数の足音と声が近づいてきてアキラはヒカルを解放した。

「僕は出るよ。君はもう少し落ち着いてからがいい」

ガラガラと戸が開き、アキラはそこから立ち上がった。

「丁度いい隠れ場だったんだけどな」

「塔矢ここに隠れてたのか?後は進藤と奈瀬だな」

和谷の声だった。
アキラは自分をかばって出てくれたのに、出て行くアキラの背に手を伸ばし
たくなる。

ガヤガヤと立ち去る声と足音がヒカルには遠く聞こえた。


                                     
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