ひかる茜雲


                            16

       

     
全身がバラバラになりそうだった。
緒方はその言葉通り、ヒカルが泣いても許しを乞うても辞めてはくれなかった。

だが不思議とヒカルには緒方に対する憎悪は行為から生まれなかった。
その行為が何であるかさえヒカルにはわからなかったが、

起き上がる事も出来ないヒカルを小姓部屋に抱き上げ運んだのは
他でもない緒方だった。

「オレ大丈夫です」

まだ真っ暗で、静まり返った屋敷の中は
人の気配がないとはいえ、こんな所を見られたら一大事だ。
だが幸いな事に小姓部屋に着くまで誰にも会うことはなかった。

部屋に付き、緒方がヒカルを下ろす。ヒカルの為に布団を敷こうとする
緒方にそんな事はさせられないと
立ち上がろうとしたが、激しい痛みで尻餅をついた。それだけでずきずきと
痛みが広がる。
まるでまだ緒方が自分の体の中にあるようだった。


「辛いか?」

首を横に振ろうとして、ヒカルは目を伏せた。

「無理はするな、無茶をさせたのはわかってる」

なぜかヒカルは緒方の方がずっと辛そうに見えた。

「ごめんなさい」

「なぜ謝る」

緒方に窘められヒカルは何も言えなくなる。
そんなヒカルを緒方は愛おしげに見つめた。

「付いていてやりたいのは山々なんだが、そういうわけに行かんのでな。
芦原なら遠慮いらんだろう?」

「芦原さん?」

ヒカルは緒方が何を言っているのかわからなからなかった。

「お前は何も気にせず寝てろ。その調子では数日は起き上がれんだろう。
養生してまた元気な姿をみせてくれ、オレは芦原に怒られに言ってくる」

緒方は苦笑するとヒカルの額を優しく撫でた。大きな温かな手だった
昨夜ヒカルを散々泣かせたのもこの大きな手であったのに、同じ緒方の
手とも指とも思えない程心地よかった。

その手の温かさがいつ消えたのか、ヒカルにはわからない。
気が付いた時には緒方はそこにはいなかった。






沈痛な面持ちで芦原がヒカルの傍に座っていた。

「芦原さん?」

気づくと外はすっかりと日が昇っていた。
起き上がろうとして、芦原に手で止められた。

「殿がまさかこのような暴挙に及ぶとは思わなくて、オレがもっと気を付けておく
べきだった。」

ヒカルに深々と頭を下げる芦原にヒカルは慌てた。

「あの、芦原さん、その・・・あの」

おろおろするヒカルに芦原は小さく首を振った。

「緒方様が言っておられた。ヒカルくんは行為の意味すら知らなかった
と、武家の出自じゃないヒカルくんが知らないのは当たり前の事だし・・。
殿はそんな君だと知っていて、あんな事をされたんだ」

「・・・・・・・」

ヒカルは恐る恐る、それでも聞かずにいられなかった。

「オレが知らないって、あれは・・・どういう意味があったんですか?」

「昨夜殿がヒカルくんにした事は、主と契りを結ぶという事だ」

「契りって婚姻を結ぶって事?」

男女の契りと言えば結婚して一緒に暮らすというものだとヒカルにもわかる。
だが緒方とヒカルでもそれはあまりにも掛け離れているような気がした。

「遠からず近からずって所かな。小姓が主君の夜の伽の相手をするのは
武家社会ではよくある事なんだ。けど今までうちの殿はそんな事は
なかったから僕も大丈夫だと思ってた。
だからこそ緒方様はヒカルくんの事本気だったのだとも思う」

まだヒカルには難しくてわからないがそれに頷いた。少なくとも緒方はヒカルが
嫌いであんなことをしたわけじゃない、それはどんなに痛くて、辛くても感じて
いた事だった。

「ヒカルくんに言っておかなきゃいけない事がある。
殿が次に江戸に戻ってきた時にはどこかの姫君と婚姻を結んでると思う」

「緒方様結婚されるの?」

「ああ、殿は3年前に奥方を・・・、身ごもったばかりであった奥方を江戸で亡く
されてる」

ヒカルには初耳の話だった。

「病だったんですか?」

「うん、流行病だった。殿が国に帰っている間の事で、死目に間に合われなかった。
緒方様は口には出されないが、それをずっと悔いておられる。
3年間、お上からは何も言ってこなかったし、でも、世継ぎがなければ、このまま
駿府は取りつぶしになるだろう。
そしてとうとう今年、老中方から苦言があった。もし次に登城
するまでに、江戸に妻子を置かなければ、年頃の姫君を勧めると・・・。
上からとあっては殿も断れないだろう」

「それで駿府に帰るのが早くなったの?」

「そう、それに・・・ヒカルくんへの愚行もだ」

芦原はそう言うと一旦口を閉じた。

「ヒカルくんは緒方様の事が好きかい?」

ヒカルはすぐには応えることができなかった。

「オレ、緒方様には感謝してます」

芦原は首を横に振った。

「感謝と好きという気持ちは違うものだ。忠義というのもこの場合少し違う。
もし本当に緒方様が好きなら、またあんな事をされても許せると思うんだ」

「また・・・するんですか?」

ヒカルのその質問に芦原は苦笑せざる得なかった。

「たぶん、殿は望まれる」

ヒカルは困って口を閉じた。
気持ちよいと思ったのは行為のはじめだけだった。後はただの苦痛だけで、
体の内部が押し上げられ、引き裂かれんばかりだった。
終わった今も立つことさえできず、下腹が痙けを起こしている。

またあんな事をするかもしれないと思うとヒカルの内に恐怖にも似た感覚が
押し寄せる。
そんなヒカルの気持ちを感じ取ったのだろう芦原が言った。

「嫌なら殿には僕から進言しておく。緒方様もヒカルくんには嫌われたくない
だろうし」

「オレ緒方様の事嫌いになったりなんかしない・・・ただ・・・。」

「うん、わかってる、」

芦原はヒカルのおでこに手を当てた。その手はヒンヤリとしていた。

「思った通り少し熱があるみたいだ。後の事は気にせず休んだ方がいい」

ヒカルは言われるまま目を閉じた。
だが、痛みと熱でなかなか睡魔は訪れてはくれなかった。

 
                                          
                                         
                                     17話へ
     
                         
         








目次へ