ひかる茜雲


                            2

       

     

その日ヒカルに宛てられた部屋は大部屋の小者部屋でなく
個室の小姓部屋だった。
それは小奇麗な個室だった。

「小姓部屋は一人ずつ部屋が割り当てられてるんだ。」

ヒカルは戸惑う事ばかりだった。
緒方に「小姓にする」と言われてから中間やら奉公侍からは
羨望のまなざしで見られたし、冷やかしのような、からかいも受けた。

ヒカルには小姓と小者の違いすらわからなかった。
個室に案内されてようやくヒカルは芦原に聞くことが出来た。

「芦原さん、小姓って何?オレ何をしたらいいんだ?」

「小姓っていうのは元服する前の少年が
殿の身の回りの事をするお勤めを言うんだ。」

「緒方様の?」

「そう、殿のすぐ傍に控えて要望があればすぐに応える。
この屋敷内と国の城下では緒方様の命は絶対だからね。
本当は要望を受ける前に出来るようになればいいんだけど、うちの殿の
場合ちょっと難しいかもしれない」

難しいと言われてヒカルは顔をしかめた。

「オレにそんな事できるかな」

ヒカルは先ほど緒方を見ただけで威圧感に圧倒されたし緊張
して仕事なんてできそうにない気がした。

「大丈夫だよ。
殿だってヒカルくんが今日来たばかりの事は知ってるんだから
無茶は言わないと思うよ。少しずつ慣れていけばいい。
それに小姓はヒカルくんだけじゃないし。
夜勤もあるし交代しながらだから、とにかく今日はゆっくり休むんだよ」


芦原が立ち去った後、ヒカルは特にすることもなく布団を
敷くと松明のロウを消した。

暗闇がただ一人ヒカルを包み込んでいるようだった。
昨夜までは小さな長屋に両親と暮らしていた事が嘘のように静かで
寂しい夜だった。
心細くなる気持ちを布団の中でぐるりと膝を抱え込み押しつぶした。

ヒカルはその夜なかなか寝付くことが出来なかった。





ヒカルが緒方に呼ばれたのは兎の刻前だった。
夜勤の勤めについていた小姓と代わるようにヒカルが勤めに入った。

緒方はヒカルを見るなり上機嫌だった。

「おう、来たか、ヒカル」

「お、おはようございます、緒方様」

膝をついて頭を下げたヒカルに緒方は笑った。

「そんな事しなくていい。顔を上げろ」

「はい」

命令は絶対だと芦原から聞かされていたので緊張した面持ちで
ヒカルは顔を上げた。
緒方の顔が顔面にありヒカルはドキンとした。
緒方は笑っていた

「ヒカル、碁盤と碁石を持て、オレの相手をしろ!」

「はい、」

ヒカルは慌てて立ち上がった拍子に床によろけそうになる。
緒方が咄嗟にヒカルを支えた。

「全く、そんなに慌てなくていい。」

緒方に触れられたことでヒカルはますます緊張し恐縮した。

「すみません」

「震えてるな、オレが怖いか?」

ヒカルはそんなことはないと首を振った。

「緊張してるのか?」

こくんと顔を立てに振ると緒方が苦笑した。

「かわいいやつだな」

そう言うと緒方は自ら碁盤を碁石を取りに行った。

「オ オレがやります」

「お前がやったら碁石を落としかねないからな」

ヒカルは全く役に立ってない自分に顔を真っ赤にさせ恥じた。

「ほら、こい」

緒方は碁石と碁盤を置くとどっかりと部屋の真ん中に座りヒカルを招いた。
今のヒカルはせめて碁の相手ぐらいまともにしなければと言う気持ち
でいっぱいだった。

「碁を打ったことがないと言ってたな」

ヒカルはそれに頷くと緒方は簡単にルールを教えてくれた。

「ヒカルが黒を持て、後は取りあえずお前の好きに打ってみろ」

ヒカルは緒方の言うように自分の思うように打った。
だが途中で手が止まった。もう自分にはどうやっても生きがないと
思えたからだ。
どこで間違えたんだろう。それすら今のヒカルにはわからなかった。

「どうした?」

手が止まったヒカルに緒方が訊ねた。

「オレの石生きてない・・・と思う。」

「そうだな」

緒方はそう言って石を片付け始めた。
呆れられたかも知れなかった。せっかく小姓にしてもらったのに
涙が出てきそうだった。

全てを片付けた後緒方が優しく言った。

「ヒカル初手から覚えているか?覚えていたら初めから再現してみろ」

ヒカルは頷いて1から置き始めた。
そして数手置いたところで手を止められた。

「どうしてそこに打とうと思った」

「えっと」

実際よくわからなかった。
でもあの時はここがいいような気がしたのだ。

「地を増やそうとして」

「大事なことだな。けれどもう少し先を読んだ方がいい。この後のオレの
手を覚えてるか?」

ヒカルが白を示すと「そうだ」と緒方が頷いた。

「あっ」とヒカルは声を上げた。
その先が見えたのだ。自分が緒方の地に飛び込み無謀な手を打って
しまったことが。
そして緒方はそんなヒカルに手加減をしてくれたことも今理解したのだ。

「面白い碁だったな」

緒方はそう言ったがヒカルは納得できず俯いた。

「悔しいか?」

「はい」

「ならいい、強くなるために一番必要なのは悔しいと思う気持ちだ。それは
負けて初めて分かることだからな。
ヒカル、オレを満足させるぐらい強くなれ、それがオレの望みだ。」

緒方を満足させるほどに・・・?オレは強くなれるだろうか?

だが今ヒカルは強くそうなりたいと心から願っていた。
この人と互角に戦える程強くなりたいと、強い自分になりたいと思う。

「はい、」

ヒカルの返事に緒方は満足そうに笑った。

「待っている」っと、
     
                                  




人選をミスして少し変えました。次回更新時にあれ?っと思われる方がいらっしゃるかも、





目次へ

ブログへ