恋愛のススメ

25









カーテンが開く音とともに眩しい光が差し込みヒカルは眠い目を開けた。
初夏の朝は早いが、すでに日が高いのを見てヒカルは飛び起きる。

「すまない、まだ寝てて構わない。今日は僕も昼からだし」

カーテンを開けた塔矢は身支度を整えていた。
時計を見ると8時を回ってる。

「いや、もう起きねえと」


素肌にシーツの感覚を纏い、昨夜の恥ずかしい記憶が一気に蘇り、塔矢の顔を見る事ができないままベッドから起き上がり慌てて床に脱ぎ散らかしたはずの衣類を探したが見当たらない。
ベッドテーブルに畳まれた衣類に気付き体がカッと熱くなる。
塔矢しかいない。

ベッドから立ち上がる時、下腹部に引き攣れるような痛みが走り顔を顰めた。それは生理痛にも似ていた。

「ヒカル大丈夫?」

どの口がそんな事を言えるのかと文句の一言も言ってやろうかと思ったが、
今はそれ以上に 全裸である事をなんとかしたかった。
ヒカルは自分の服を掴むと体を隠すように握った。
昨夜と違い日があり、そうするしか体の隠しようがない。
駆け寄ろうとした塔矢を制す。

「大丈夫だって、それより風呂貸してくれねえかな」

「もちろん構わない」

ヒカルが寝室を出るとそのまま塔矢が付いてきてヒカルは小さくない溜息を吐いた。

「オレ一人で大丈夫だし」

「辛そうじゃないか」

確かに歩くたびにズんと体の奥に痛みが走る。表情には出さないようにしているつもりでも、その原因を作った張本人はわかってるようだった。

「大丈夫だから、少し一人にさせてくれないか?」

塔矢が言葉を失ったように口ごもる。
言い方が悪かったかもしれないと思ったが、これ以上全裸で塔矢と問答するのは堪えられず、さっさと浴室へと逃げ込んだ。


湯船に湯を張りその中に体を沈める。

塔矢とまともに顔を合わせられそうにない。
思い出さなくていい昨夜の事に考えが巡り、穴があったら入りたい衝動が襲い顔半分まで湯に浸かる。

茹って止む無く風呂を上がった時には逆上せで体がくらっと
した。
『何やってんだ』と今度は冷水を頭から浴びる。

『こんなので塔矢と対局できるんだろうか?』





リビングに戻るとヒカルを待ちかねていたように塔矢がソファから立ち上がった。

「お腹が空いただろう。パンでもいい?」

「えっと・・・」

塔矢と目を合わせられないまま小さく溜息を吐く。

「今から1局付き合ってくれねえか」

「朝食前に?」

塔矢は腹減ってるだろな?と思ったが、今は朝食を食べられる気分ではなかった。

「超早碁でいいから」

「わかった」

塔矢は快く応じてくれた。
ヒカルが部屋の隅に片付けてあった碁盤をテーブルへと運ぶ
間に塔矢はキッチンでアイスコーヒーを淹れていた。
そうしてすっかり対局の準備を終えた、テーブルの端に置いた。

「少しでも飲まないか」

「ああ」

素直にそれを受け取り口に含む。いつもより甘目だったのは朝食も食べていないヒカルの為だろう。

「持ち時間は?」

「10分にしよう」

考えてる間などない早碁だ。感覚を磨くにも余計な思考を取っ払うのにも丁度いい。
アキラが時計をセットし、石を握った。

対局はあっと言う間だった。持ち時間10分だったから当たり前なのだが。
ただヒカルは満足だった。悪くなかった。
石を片付けた後、水ぽくなったコーヒーに口を付けた。

「もう1局打つ?」

「いや、流石に腹減った」

そう言って苦笑すると塔矢もほっとしたように笑った。

「ようやく目が合った」

「えっ?」

意識したわけじゃなかったが、そんな事を言われると照れ臭くなりまた視線を逸らした。

「恥いんだよ。どうしていいかわからないし」

「それで対局を?」

「冷静になるにはそれが一番かなって。それにお前とちゃんと向き合えるか確認って言うか、知っておきたかったから」

「ライバルでも恋人になれると自信を持てた?」

「ま、オレもお前も負けず嫌いだし」

「ヒカル・・・」

呼ばれて目が合った塔矢は真剣な眼差しで、ヒカルはドキリとした。それを誤魔化すように吹き出した。

「お前昨日からオレの事、ヒカルって呼んでっけどそれ辞めろよ」

正確には昨夜の睦言の最中からだ。
気づいたがあの場で『辞めろ』と言えなかった。

「プライベートの時くらいは許してくれないか?」

「照れくせえし、ヤダよ」

「すぐ慣れると思うけど」

「そんなのに慣れたくない」

お互いの言葉の端々で昨夜の行為を思いだし、ヒカルは頬を赤くした。

「・・・進藤」

『ヒカル』と呼ばなかったのは、ヒカルの言い分を飲んでくれたからだろう。

「なんだよ」

まっすぐな塔矢と視線がぶつかり
綺麗な黒の瞳に捕らえられたように逸らせなくなる。

「僕と・・・。人生のパートナーとして一緒に歩んで欲しい」

塔矢の瞳から入り込んだ言霊に胸を鷲掴みされたようだった。
思わず顔を横に振っていた。

「それって、もしかして」

「君にプロポーズしている」

「あーや、でもオレたち21だし。付き合い始めてまだ数か月だろ。
つうかあれか?オレが昨日変な事口走ったからか?」

突然の事に自分が今テンパってるのは自覚してた。
塔矢はすぐ『そうじゃない』と返した。

「ずっと・・・、いつか君と一緒に人生を歩んでいけたらと。
思ってた」

「ずっとって、いつ頃なんだ?」

「14の時、君がプロになって公式戦で初めて僕と対局した時だ。
『いつかお前には話すかもしれない』と君が言ってくれた時から」

「あの時からなのか?」

あの時の事は今も良く覚えてる。

塔矢だけが気付いてくれた。佐為はオレと塔矢を巡り合わせる為にオレに出会ったのだと今は思える。

「あの時、僕は君は生涯のライバルとなるだろうと思った。と同時に将来君とパートナーとして歩んでいけたらどんなにいいだろうと思った。
実を言うと君を好きだと気づいたのはもっと前なんだ」

「知らなかった」

本当に気づかなかった。そんな前から思っていてくれて
たなんて。

「君はまだあの時の事を話してはくれないのだろう」

「ごめん、まだ無理なんだ」

「僕の命が尽きるまで待ってもいい。ただいつか話してくれると信じてる」

「塔矢、お前・・・」

涙が溢れそうになり鼻をすすって、ヒカルはソファから立ち上がると自身の鞄を取った。
涙を誤魔化す為でもあったが、昨日新居祝い渡すタイミングがなかったのだ。

「あのさ、塔矢これ、その新居祝い」

唐突に渡され塔矢は戸惑ったようだった。
プロポーズの返事をはぐらかされたと思ったかもしれない。


「ありがとう。開けていい」

「ああ、もちろん」

塔矢は袋を開け『あっ』と小さい声を上げた。

「これは?」

「デジタルフォトフレーム。まあ、衝動買いだったんだけどさ。
お前の部屋シンプルすぎだし。
その日の気分で写真を替えるのもいいかなって」

「君の写真を飾ってもいいだろうか」

「喧嘩したらすぐデーターごと消せるしな」

「そんな事はしない・・・」

お互い無言になる。
何か言い掛けようとした塔矢の言葉を遮るようにヒカルは
言った。

「悔しいよな、どうしてお前に惚れちまったんだろな。オレ」

自笑するように笑う。
塔矢は何も言わずただヒカルを見ていた。
答えはもう出てる。

「オレがタイトル取るまで待ってくれるか?」

「女流タイトルなら君ならすぐだろう。それとも・・・」

塔矢は言い掛けた言葉を一旦飲んだ。

「わかった。僕もタイトルホルダーになるまで君に結婚を
預けよう」

塔矢ならそう言うと思ったのだ。お互い負けず嫌いだから。

「ただ、君の事だからお互いタイトルを取るまでプライベートでは会わないなどと、言い出しかねない」

「オレはそれでも全然かまわないぜ?」

冗談半分、本気も半分。それでもいいと思ったのは本当の事
だ。

「僕は良くない!!」

妙に子供っぽく口を尖らせた塔矢にヒカルは声を上げて笑うと
胸に抱き寄せられた。塔矢に頭を預ける。
それでも塔矢には安堵の方が大きかったのだろう。
抱きしめられた腕は優しかった。

「オレお前には負けねえから」

「ああ、楽しみにしてる」

確かにこの先を思うと楽しみだった。

そう簡単には行くまい。それでも・・・。
それはそう遠くない少先、塔矢と暮らす未来が見えるようだった。たぶん、今みたいに、
泣いて、笑って、喧嘩して。上を目指して、いつか子供も生まれるのだろう。
その先を思うと心が躍る。

塔矢の顔が落ちて来て応えるよう少し顔を上げる。
直後『ぐるぎゅ〜』とヒカルのお腹が鳴った。
それも盛大な音で、

触れる直前で塔矢がクスリと笑った。

「先に朝食にしようか」

顔が真っ赤になる。

「この先はその後で」

「馬鹿するか!!」



思わず期待した自分が恥ずかしくなり怒鳴り声を上げると塔矢が笑った。
それは今まで見た事もない優しい笑顔だった。







FIN



あとがき



相変わらずの遅いペースの更新で、ここまで気長に付き合って下さったお客様
には感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。
ラスト書き直すこと数回、相変わらずの言葉足らずで、すみませんm(__)m

私のお話しの中では珍しく甘い二人になったんではないかと思います。
初めて本格的(かどうかわからない)女の子ヒカルも頑張ってみました(笑)

当初は、「BOY&GIRL」の前作としての意識はしてみたんですが。
「BOY&GIRL」を描いたのが相当前で文体も、世界観も違っておりどうかという
感じで、
シリーズの中に入れるのは『どうだろ?』と言う感じはしています。
なので別ものと考えて頂いてもいいし、続きにしてもらってもいいし、
皆さまにお任せします。丸投げですみません(おい 汗;)

次回作の構成にもぼちぼちと入ってます・・・。
かなり暗く、切ない話になりそうで、ひょっとすると読者を置いてけぼりしてしまうかも
しれません。
ただ1人の読者となっても私は書きたいものを信念で描いて行こうと思って
ます。そんなお話でも付いてきてくださるお客様がいてくれたら嬉しいな〜とは思ったりはしますが(笑)
一か月程度お休みして次回連載開始はは1月中旬開始の予定です。


                            2015.12.10 緋色











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