月光交響曲

20話東京へ)







角を曲がるとすでにそこに明子の姿があった。
急に連絡を取ったのに明子は嫌な顔一つせず出迎えてくれた。
それにこたえるようにヒカルが丁寧にお辞儀すると
明子が笑った。

「そんなに改まらないで、待っていました。どうぞ」

明子のこの笑顔にヒカルはいつも救われてる。
部屋に上がって参らせてもらい、先生に挨拶と近況を報告し対局する。

その間に明子さんが夕飯の支度をしてくれる。
それがヒカルが塔矢家に来た時の常だった。

「久しぶりだな」

「すみません、なかなか来れなくて」

「いや」

先生はいつもと変わりないように見えた。ほっとしながらどう切り出そうかと迷ってる間に明子がお茶を運んでくる。

「ありがとうございます」

それを受け取り一息つく。明子が立ち上がったのを見てヒカルは慌てて声を掛けた。

「あの、明子さん!!」

「どうかしましたか?」

明子の優しい笑顔に背中を押される。

「今日はそのお願いがあって伺ったんです」

腰を浮かせた明子が座り直す。先生と明子が顔を合わせ
る。

「言ってみたまえ」

「先生はもう弟子を取ったりはしないのですか?」

「私はすでに引退してる身だ。私の弟子たちも独り立ちしていったし。新たに弟子を取ろうとは思わんよ」

「そうですか」

落胆はあった。でもその返答は予想の範疇ではあった。

「だが、どうして?」

「ああ、いえ、その・・・。」

ヒカルはなんと返していいかわからず言葉を探す。

「先生の弟子にしてもらいたい、というかオレが推薦したい子がいて」

「君がその子の師匠になったらいいだろう?」

「オレは師匠に向いてないっていうか。どうしても・・・情が出ちまうっていうか」

そこまで言ってヒカルは困ったように言葉を失った。

「あなたいいではないですか?新たな気持ちでもう1度育てる方になっても」

明子はそう言ったが先生は腕を組んだままだった。

「弟子にというのは今すぐってわけじゃないんです。でも・・」

ヒカルはそう言って前からずっと聞いてみたいと思っていたことを口にした。

「先生には沢山の弟子がいますが、アキラはどうだった
んですか?
子弟として向き合う時は、親子の感情を切り離していたんですか?」

「ああ、そうだな」

それを聞いて流石だな、と思ったヒカルに先生は珍しく
苦笑した。

「違うな、そうしようと努力していた。が、努力したが、できなかった。アキラの成長は楽しみであったし、負ける姿を見るのは辛かった。アキラが強くなり、活躍すれば鼻が高かった。親バカと笑われるかもしれないが」

「塔矢先生でもそんな事あるんですね」

「同じ年の女の子に負けたと聞いた時はそんな事があるだろうかと耳を疑った」

ヒカルはそれに苦笑するしかなかった。

先生にとってアキラは自慢の息子だったのだろう。
わかっていても胸が詰まる。ヒカルが晃を思う感情とそれは何の違いがあるだろう。

「そういった感情はどうしようもなかった」

「少し安心しました」

それを聞いて明子が苦笑した。

「あなたアキラさんには1度もそんな事言いませんでしたよね」

「そうだったかな」

「そうですよ」

ヒカルは明子につられたように笑い、そしてなんだか泣け
てきた。

「先生、明子さんごめんなさい」

ヒカルは深く頭を下げた。そうしなければ自身を保てそうになかった。

「進藤くん、顔を上げなさい。それで私に推薦したいという子はどんな子なんだ」

いろいろな感情がこみ上げ顔を上げることが出来なかった。

「オレの・・・子なんです」

「年は?」

「今5歳です。来年小学生になります」

わずかに震えた声に明子が息を飲む。

「進藤君・・・」

「その子の父親は?」

「もうこの世にはいないから」

そういった瞬間アキラの顔がよぎり、膝の上に置かれた手が拳に変わる。
傍にいた明子が膝を上げ、突然にヒカルの肩を抱き寄せる。
あまりに唐突だったのでヒカルは
驚いたが、明子の手は震えわずかに嗚咽があった。
ヒカルはおずおずと明子の背に腕を回した。

「あきこ・・・さん」

堪えてた涙が溢れてくる。

「ごめんなさい。ヒカルさん」

ヒカルはわずかに首を横に振ったが、何も言えなかった。
ただそれだけで明子には
言葉にしなくてもわかったのだろう。

泣き笑いしてヒカルから離れた明子の目は充血していた。先生に目を移すと先生もうっすらと涙が潤んでいた。

「進藤くん、私の弟子にするというのは内弟子になるということだが、それでも構わないのか?」

「オレ来年には東京に帰ってこようと思ってます。それでも内弟子じゃないとダメですか?」

「そうですよ。あなた、まだ5歳や6歳の子を内弟子にしなくても」

「私が内弟子にしたいんだ。進藤くんとアキラの子というのもあるが、それだけじゃない」

先生はそう言って感慨にふけるように遠い目をした。

「進藤くんもここで暮らしてもいい
内心は孫バカになっても表には出さないようにしよう」

それに明子が笑った。

「本当はあなたがヒカルさんに頼まないといけない方ではないのですか?」

場を和ますようにそういった明子にヒカルは感謝した。

「少し考えさせてくれませんか?」

「ああ」


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もう少し書いていたのですが(苦笑)言葉足らずのまま21話に行きます。後2話ぐらいで終わるかと思います。毎回お待たせしてすみません。緋色






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