月光交響曲
(大会14)

お話が飛びますm(__)m






「進藤先生イベントの参加はまだ無理ですか?」

電話で事務局と日程調整をしていたヒカルはイベントの依頼に一瞬顔を曇らせた。

「確か先生は盛岡でしたよね?そちらはプロの先生がいらっしゃらなくて先生に参加して頂けると助かるのですが」

取りあえず場所だけは聞いてみる。

「盛岡の公民館で。県の代表戦をメインに『新春市民囲碁大会』開催したい
そうなのですが」

公民館は駅かも近くヒカルの家からも徒歩で30分もなかった。
困ったな、というのが正直なところだった。
ヒカルが復帰してから2年顔出しするようなイベントや取材も極力断ってきた。
だがそうわがままばかりも言ってられないだろう。

「あの、オレが行くと前もって宣伝しないでもらう事ってできますか?」

「えっ?」

広報担当は一瞬解らなかったようで聞き返し、『ああ』と頷いた。

「そうですね。進藤先生のイベントに参加は宣伝になり
ますが囲碁ファンでない方も殺到するかもしれませんね」

頷いたが、そういう事ではないのは事務局も分かってるだろう。だが、大人の対応としてそうしておくのがいい事もある。

「わかりました。イベントにはプロの棋士が参加と言う事で名前は出さないよう本部に伝えます」


この町で静かに暮らせるのはいつまでだろう・・・。
受話器を置いた後、ヒカルは長い溜息を吐いた。







晃が園に通うようになってから、東京の棋院に通うのは夏や春休みの長期休暇中になり、晃はそれをとても楽しみにしていた。
棋院への送り迎えは母さんや祖父ちゃんに頼み、晃の送迎をヒカルがしない事はあまり疑問には思っていないようだった。

冬休みもまもなく終わりを迎える事、祖父ちゃん宅で棋院から美津子と一緒に帰ってきた晃をヒカルは玄関で迎えた。
晃が嬉しそうにヒカルにプリントを出す。

「お母さんこれ!!」

ヒカルは一通り目を通し顔を曇らせた。あの盛岡の囲碁のイベントの案内だった。
頼んだ通りイベントには『プロ棋士参加』となっていたが、ヒカルの名はなかった。

「晃これどうしたんだ?」

「棋院でもらったの。僕でも参加できるんだって」

「晃にはまだ大会は早いと思うけどな」

何とか晃に諦めさせる方向にヒカルは思案する。

「でも9路盤やこどもの大会もあるって」

「晃、この大会はダメだ」

晃の笑顔が崩れ落ちる。

「どうして?」

理由が思い浮かばず、ヒカルの声は自然ときつくなる。

「ダメなものはダメだ!!」

晃は顔を伏せ顔をくしゃくしゃにする。美津子が『まあ、まあ』と晃を宥める。

「晃、大会は無理でもまた棋院の教室には連れて行ってあげるから」

美津子が宥めたが晃はぽろぽろと涙を流し、腕でごしごし瞳を擦り部屋から出て行った。
ヒカルは追いかける事も、声を掛ける事も出来ず立ちすくむ。
今のは自分の方が悪い。そんな事はわかってる。

「ヒカル、あんた」

美津子の小言にヒカルは首を振った。

「この大会は仕事で行くことになってる。ダメなんだ」

ヒカル自身が泣きそうになる。

「もういいじゃない。晃がそんなの望んでないのわかってる
でしょ。
あんたがプロだってわかっても、お父さんの事だってあの子なら
わかってくれるわよ。口にはしなくても教室でだってあんたを待ってるのよ」

「わかってるよ。けど、もう少しだけだ!!」

美津子に言われるまで気付かなかったわけじゃない。けど気付かないふりをしていたのだ。

「晃のとこ行ってくる」

晃は廊下奥の角で膝を下り啜り泣いていた。

「晃ごめんな。今度他の大会を探してやるよ
東京なら子供の大会もあるしな。それじゃ駄目か?」

「休み中?」

「冬休みは短いからちょっとないな。
次の春休みぐらいどうだ?
最近晃は19路だろ?
もう少し19路になれてからでもいいと思うぞ」

晃は少し考えているようだった。ヒカルは9路や13路で出場するより19路で出場したら?と勧める。
19路なら晃でもまだまだだろう。まして東京は子供でも層が
厚い。

「うん、わかった、大会に出れるよう勉強する」

「ああ、せっかく大会に出るなら少しでも勝ちたいもんな」

ようやく顔を上げた晃にヒカルはやれやれと思う。
美津子が『ご飯』と顔を出し、ヒカルは晃の肩を抱き立ち上がる。
晃はもうすっかり機嫌を直し、食卓へと走り出す。それに少しほっとする。

ヒカルは美津子に耳打ちした。

「母さん、大会の日は晃をどこか連れて行ってやってくれ
ないか?」

「それは構わないけど」

「終わったらどっかご飯でも食べに連れてくよ」







大会当日控室前でヒカルは足を止めた。

「何で緒方先生が?」

「聞いてなかったのか?今日はオレもこのイベントに参加するんだ」

棋院から依頼を受けた時はプロ棋士はヒカル1人だと聞いていた。
ヒカルが参加すると聞いて緒方が参加を決めた可能性は高かった。
緒方に告白を受けてから、時々こういうアクションを緒方は起こしてくる。毎回ではないので、警戒心を失くした頃だ。

それはあの告白が『まだ有効であること』をヒカルに示しているようだった。
もちろんヒカルは丁重に断ったのが、緒方はそんな事お構いなしのようだった。

大体緒方が来るなら、ヒカルが大会に参加する必要などなかったはずだ。

「わざわざこんな地方にまで出向いて、先生忙しいだろ?」

「復帰してから進藤との仕事はないからな。それに待っていても対局も滅多ないだろ?」

緒方の言うとおりだった。緒方は今や7タイトルの5冠を制しており、ヒカルがリーグまで上っても挑戦者になるまで勝ち残れないのだ。
悔しい思いはずっとしてる。

「先生だってネット棋戦上がってこねえじゃねえか」

それでもヒカルはネット戦は3年連続防衛している。
負け惜しみのような事を言うと緒方が笑った。

「そうだな。だが、ネットは公式戦じゃない。お前と顔を合わせて打つわけじゃないし。つまらんさ」

半ば呆れ、これ以上話をすることもないとヒカルが控室に入ろうとすると緒方がヒカルに手を伸ばした。
思わず身を引くと緒方も困ったように手を引いた。

「今日は前髪戻したんだな?」

「ええっ?ああ、この方がオレって感じだろ?」

以前の髪型と髪色に戻し、服もユニセックス近いものを選んだのは日常の生活とはどうしても臥したかったからだ。

「背伸びする必要があるのか?」

「背伸びしても追い付けないんだなって思う事はあるぜ」

自虐ぎみに言うと緒方は真顔で言った。

「それはオレの事か?」

「先生ってさ、本当自己中だよな」

今度は本当に呆れて深い溜息を吐き、ヒカルは握ったノブを回す。部屋に入る前、緒方がヒカルの背に投げかける。

「お前ならきっと追い越すさ」

タイミングで返せず、1人の部屋でヒカルは弱音を吐いてしまった事を悔いた。そんな気持ちでどうするっと。

「ああ、必ず超えてやるさ!!」




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相変わらずの言葉足らずですm(__)m







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