月光交響曲
緒方の愁5)







素肌に外気が触れて進藤が起きたのだと気づきうっすら目を開けた。
まだ薄暗い外に5時を回った所ぐらいだろう、と覚醒されていない頭で思う。
進藤を伺うと、ベッドの下に脱ぎ散らかされていたものを拾い
集めていた。
朝はまだ早い。
ベッドに残った体温が名残り惜しく緒方も起き上がる。

「進藤大丈夫か?」

「平気、風呂借りていいか?」

慌てたように寝室から出て行く進藤に緒方は違和感を覚えた。
昨夜も何度かそんな瞬間があったが、それが何かわからないまま緒方は風呂場に消えた進藤を追い、足を止めた。


まさか・・・。
進藤が昨夜自分の誘いにこうも簡単に乗ってくるとは思わなかったのだ。
ひょっとしたら、寂しさや割り切れない思いを緒方にぶつけただけかもしれないと思う。
ただ今はそれでも構わなかった。



緒方が風呂場に突然入ると進藤は慌ててシャワーを止め掛けてあったバスタオルで躰を隠す。
今更感があったが、昨夜もベッドでは『電気を消して
欲しい』と進藤は言ったのだ。


「何しに来たんだよ」

「朝からもう一発どうだ?」

露骨な言い方に進藤は盛大な溜息を吐いた。

「先生元気だな。悪いけどオレそんな気分じゃねえ」

「アキラくんとはすることはしていたんだな」

「数えるほどだけどな」

進藤は狭い風呂場で緒方を押しのけて出ようとし、緒方は触れたその腕をバスタオルごと掴んだ。

「どうして昨日オレの誘いに乗った」

本当の事を進藤が言うかわからなかったが、それはどうしても今緒方が一番知りたい事だった。

「そうだな、緒方さんと寝たら塔矢のやつが化けて出て来ねえかなって」

進藤は『冗談だぜ』と笑う。でもその顔は能面のようで笑っていなかった。

「アキラくんが化けて出てきたらオレは絞殺されそうだな」

「そうかもな」

緒方の腕がふり払われる。

「もうこんなのはしねえから」

進藤は自分に言い聞かせてるようだった。


『お化けでもいいから会いたい』と願う進藤の心情は痛く切なく、
笑う程に冗談ではないのだろう。
胸が締め付けられ、出て行こうとする進藤の背を呼び止めた。

「進藤、オレはお前と一緒に生きてやれる」

「それって、どういう意味?」

不審に顔を上げた進藤に緒方は胸を示した。

「言葉のままだ」

進藤が自笑するように笑った。

「先生遊びだろう?それとも同情か?どちらにせよ、
オレはお断りだぜ。昨日の事は本当どうかしてたって思うし。
先生も遊びならそういうのは切ってくれよ」


風呂場から出て行った進藤を緒方は止めることが
出来なかった。


熱いシャワーを頭から浴び緒方は今まで自分が恋愛においてやってきた所業を思う。
本気になる事がカッコ悪くて冷めたふりをし、余裕を纏っていた。
けれど、今自分でもコントロールできない程、本気で進藤に惚れてる。


僅かに玄関の扉が開いた音に気付き、緒方はシャワーを
止めた。
進藤が部屋を出て行ったのだろう。


何年も何十年かかってもあいつからアキラの事は消せないかもしれない。
それでも支えてやりたいのだ。
報われることなどなくていい。愛したいのだ。


「生きているから出来る。そうだろう、アキラくん?」

もし幽霊でもお化けでもアキラがそこにいるなら、負け惜しみは
絶対口にしたくなかった。


「またこういう機会はあるだろう。そこで黙って口加えて見てればいい」と。




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5話はプロットの関係で短くなってしまいましたm(__)m






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