2重らせん 15





     
一方ヒカルが施設にいる頃アキラは大財閥桑原邸にいた。

「まさかソアンドを使ってわしにコンタクトを取ってくるとはな。」

現れた桑原はしわしわの顔に腰を曲げていた。
だがその目だけが鋭くアキラを射抜いていた。
不敵に笑う桑原を前にアキラは慇懃に頭を下げた。

「ご無沙汰しています。桑原本因。」

「ほほう。このわしを覚えているとは。前にあったのは確かお前さんが
幼少の頃だったはず。」

「6歳です。」

「流石にあの男の息子と言ったところか。」

アキラは冷や汗が背中を伝ったような気がした。
この男 桑原は全てを知っている。侮ることはできない。

桑原はソファにどかっと腰掛けるとアキラに断ってからタバコに火をつけた。

「それで用件があるんだったな?まさかわざわざわしに時間までとらせて
セガレ一人の話というわけではないだろうな。」

「だったらいけませんか。」

「ほほほっ」

桑原は笑うとタバコを置いた。

「お前さんヒカルとは付き合ってるそうだな。あやつは魅力的じゃろう。
なんといってもこのわしが開発したんだからな。」

露骨な言い方にアキラは怒りがこみ上げてくる。
たとえ桑原がアキラを試すために言ってるのだとしても。

「あなたはそんなことをする人じゃない。」

「買かぶってもらっては困る。ワシはそういう人間じゃ。
でなければ財界でTOPなんて座っておらんわ。」

「桑原本因。お願いです。本当のことを教えてください。」

「知ってどうする?」

「それは・・・、」

「ただ知りたい、欲しいそれでは何も解決はせん。」

アキラはぎゅっと握り締めたこぶしに力を入れた。

もしヒカルがまだ何かに縛られているのだとしたらそこから救いたい。
守ってやりたい。だがアキラ自身が今APにもソアンドにも囚われ縛り
続けられている。
打破したい。それはアキラ自身の自由でもある。

「だが・・・お前がどうしても知りたいというなら教えてやっても構わん。」

アキラは本因を凝視した。

「ただし碁でわしに勝ったらだがな。」

「碁?囲碁ですか?」

「ああ、お前の父親とはよく碁を打ってな。勝ったり負けたりだったが。
お前さんも打つのだろう。」

「少しは・・・。」

「少しか。ほほほ、謙遜じゃな。相当な腕前だと聞いておるぞ。」

そんなことまでこの男は知っているのかとアキラはぞっとした。
アキラは碁が好きでプロを目指したいと本気で思っていた。
だがその夢を追うことは許されることはなかった。

「昔のことです。」

「ではこの勝負勝ち目はないと?」

アキラの表情が一変した。
たとえこの勝負が本因の思惑のうちとはいえチャンスを棒に振るわけには
いかない。

「いえ、その勝負うけましょう。」

本因は高笑いを浮かべると吸っていたタバコを灰皿に押し付けた。




勝負はわずか半目ほどアキラが及ばなかった。

「ありません。」

搾り出した声は震えていた。
自信があった。序盤アキラに流れがあったのに。
所詮本因に手の上で踊らされていただけかもしれない。


「半目といえ、負けは負けだ。
だが・・・正直わしを相手にここまで打つとはおもわなんだ。」

アキラはそれに答えずうつむくと石を片付けた。
もうここにいる理由さえない。

アキラは本因に礼と失礼をわびるとソファから立ち上がった。
そんなアキラの背に桑原が呼びかけた。

「まあ、待て。」

アキラは振り返ることなく立ち止まった。

「ワシはお前さんが負けてほっとしてる。もしお前さんが勝ってワシがあやつの
全てを話せば、あやつはもう2度とお前の手の届かないところへと行くところ
だった。
いや本当はお前さんがソアンドの名を使ってわしに接触してきた時点で
アウトだった。
このことはワシの胸の内にしまっておくことにする。」

アキラは振り返って桑原を凝視した。
桑原は先ほどよりずっと年老いて見えた。

「あやつはお前に惚れとる。あやつを気に入ってるワシとしても
お前さんの傍にいるほうが やつの幸せだと思っとる。
お前さんの気持ちもわからなくはないが目をつぶってやってはくれんか?」

「僕も彼も本当の自由を求めてはならないと?」

「さあ、それはお前さん次第ではないかの。」

アキラは目を伏せた。
全てはあの人の思惑のうちだと本因は言っているのだろう。

アキラの行動は見張られている。
ヒカルという人質をアキラは捕られているも同然だった。
桑原本因。彼ほどの人物でもあの人にとっては手の上の
駒のひとつにすぎないのかもしれない。

それでも・・・。



「僕は僕の力で自由をヒカルを手に入れます。」

アキラは深々と頭を下げると踵をかえした。




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