2重らせん 12





     
それからヒカルとアキラは互いの部屋に通い恋人として二人だけの時間
を過ごすようになった。
アキラはヒカルと再会してからまるで自分の感情がめまぐるしく上下する
ジェットコースターのようだと思った。

一人で過ごす時間は長く一緒に過ごす時間はあっという間にすぎていく。
言い争いをして、一人で悶々と後悔した夜、ヒカルが突然訪ねて来て
アキラは不覚にも泣きそうになった。

一緒に研究を進めているときだって、意見が衝突して言い争いになっても
心の奥底では嬉しくてたまらなかった。

こんな風にアキラの心を乱すのはヒカルだけだった。



そしてそんな想いをしているのが自分だけでないことをアキラは知っている。
アキラはますますヒカルへの想いが募っていくのを感じていた。

そんな矢先だった。芦原からヒカルの報告を受けたのは。



大学のS社との打ち合わせのためアキラは休日一人で大学まで
そこにはすでにS社の藤堂が来ていた。


「新しく入った進藤くんどうかな?」

「ええ、よくがんばってくれていますよ。」

「そうか、ならよかった。彼は縁者からの推薦で断れなくてね。
正直どうかと思ったんだが・・・

縁者という言葉にアキラは引っかかった。芦原から
報告を受けたあの人のことだろうか?だが大人の付き合いとして
そこは流さなければならなかった。

「僕だけでなくメンバーみんな彼の発想の転換には驚かされてます。」

アキラは営業用でなく本心からそういった。

「そう・・・か。」

資料に目を通した彼は二人だけだというのに声を落とした。

「例の方にも推薦できそう?」

例の方、彼ははっきりといわなかったが共同開発には別にS社には
別の意図があった。

AP社との機密共同開発事項。その要となる人材を探し出すことは
S社だけでなくAP社にとっても重要課題だった。

アキラはもちろんそのメンバーで。
ヒカルが一緒に携わっていくならアキラにとって願ったり叶ったりだった。
だが、ヒカルの思惑は芦原から報告を受けた今も不可解で不愉快で
アキラは心を乱されていた。

だからこそ慎重に言葉を選ばなくてはならなかった。

「まだそこまで彼を知ってるわけではないので今はまだ、
仕事だけでなく信用に足りるかということでは僕はまだ彼と
いう人を理解していません。
ただ彼と仕事を組めばいいパートナーになれるだろう思っています。」

「そうか。では彼も候補の一人として入れておくとするよ。
人選は今までどおり君に任せる。」

「ありがとうございます。」

彼が退室してアキラはふっと長い息をついた。

藤堂は縁者からの推薦と言っていたが・・・。
それは本因グループ会長の桑原のことだろうと察した。


アキラは先日芦原から受けた報告を思い出した。






芦原は電話やメールを使わず直接「ヒカル」のことを報告したいとアキラに
言ってきた。それでことの重大さを理解した。
芦原と落ち合ったのは都内のプライベートカフェだった。
もちろんお互いに尾行や盗聴にも細心の注意を払った。


「アキラ、例の進藤ヒカルくん、施設を出所した後のことおおまか
につかめたよ。」

芦原はそう切り出しアキラは息を呑んだ。

「それで?」

「彼は桑原本因の養子だ。彼のマンションも本因グループの所有になってる。」

「桑原本因?あの本因グループの会長の?」

桑原本因はアキラも知ってる日本でも有数の資産家だ。
桑原はその財力と権力で政界にも顔が利くことでしられ日本社会の裏
のドンとも言われてきた。
AP社ともおそらくかかわりが深いはずだ。

「そう、アキラくんも名前ぐらい知ってるよね?」

「ええ、もちろんです。でもなぜ彼がそんな人の養子に?」

そこで芦原は言葉に窮した。

「芦原さん?」

「ああ、ごめん。ちょっと言いにくいんだけど・・・。」

「大丈夫ですよ。」

アキラがそういって先を即したが芦原は躊躇し言葉を濁した。

「桑原本因は男色家で・・その・・。」

芦原の口ぶりからある程度覚悟をしていた。

「つまり桑原本因の相手として彼が買われたということですか。」

・・・そうアキラは口にした瞬間何かが崩れおちたような気がした。

「うん、まあそういうこと・・になるね。」

到底怒りとかいうような感情ではあらわせない思いが胸の中に渦巻く。

能力を開花できず施設を出て行った少年たちがどうなってしまう
のか、全く知らなかったわけではなかった。でも・・・
アキラはこぶしをぎゅっと握りしめた。


「桑原会長はずいぶん彼を気に入ってるらしい。
だから本気で後継者として育てたいようなんだ。
大学の編入を裏で操作したのもそのためだろう。
彼にどうしても学歴が必要だったんだ。」

「でも桑原本因は結婚していますよね?奥さんは実子はいないのですか?」

「奥さんは数年前に亡くなってる。子供は実の娘が一人いる。
彼女はデオ社の社長と国際結婚して今はアメリカで生活してるそうだ。」

「デオ社?ソアンドの系列の?」

「ああ。そのデオ社だ。」

アキラはをティーカップを持つ手が汗ばむのを感じた。

「でもソアンドとうちでは顧客も市場も違う。」

芦原はアキラの心境を察してそういったのだろうが、アキラは
内心穏やかでいられるはずがなかった。
ソアンドともAP社ともかかわりを持つ桑原本因。
やはりヒカルがアキラに近づいたのには何かあるのかもしれない。

芦原が言葉を続けた。

「アキラくんの心中を思うと僕も胸が痛いよ。
でもこんなことを言うと不謹慎かもしれないけれど、僕は彼が桑原
本因の養子でよかったと思ってる。
本因グループとAP社は以前から取引先として縁が深い。
彼の依頼でうちが「リークして」引退に追わせた 政治家は数多くいる。
もちろんそんな人だから敵も沢山いるだろうけれど。
彼の子息とアキラが付き合うことになればあの方も喜ばれる。」

芦原のいうことをアキラはぼんやりと聞いた。
確かにそのとおりかも知れない。
だが、本当にそれだけなのか?ほかにヒカルに裏はないのか?

「芦原さん、あのひとつ聞いてもいいですか?」

「構わないけれど、」

「その情報確かなのでしょうか?」

芦原の情報が間違っているとは思えなかったが辻褄が合いすぎるのも
解せなかった。

「どういうこと?」

「あっいえ芦原さんの情報を疑ったわけではないのです。
今までの報告彼と再会してから辻褄が合います。
ですがなぜ今まで彼のことを調べても何もわからなかったのに、っと」

「この件に関してはかなり慎重に調べたから情報が確かだという
自信はあるよ。
ただ向こうに嗅ぎまわれてることを悟られると面倒だから妥協した
ところはあるんだけど。
今までおそらく桑原会長が操作していたか、情報の漏洩を防いでいたのか。
本因グループの子息だとわかれば狙われることもあるだろうし。
ただ今回彼が表に出てきたことでそういった事情もわかってきた。」

「そうですか。」

「だからまだ彼のことで気になることがあるなら引き続き調べるよ。」

アキラが芦原の好意が身にしみる。
だがこれ以上を望めば芦原にまで火の粉がかかるだろう。

「いえ、ありがとうございます。」

「まあ焦らず、気張らず。もし気になることがあったらいつもで連絡しておいで、
オレはいつでもアキラの味方だから・・・。」

「・・・はい。」


芦原は自身とヒカルの関係をおそらく知っているのだろうと思う。
そしてヒカルを養子にしたという桑原本因にも知られているだろう。

芦原はそのことを言わなかったが、いずれアキラ自身が桑原本因と決着を
つけなければならなかった。

これ以上はもう自分であたって行くしかない。
アキラはそう決心して立ち上がった。





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