暗闇の中で 12





               
日も傾き夕暮れにもなろうとするころ夜は影のような不確かな気配を
感じ朦朧とした意識で重い瞼をあけた。

白衣を着たアノ男が部屋の入り口で冷たい笑みを湛えて
じっと二人の様子を伺っていた。

あの状況で生きていた事への驚きよりもこの男の存在そのものに夜は
畏怖を感じた。


夜は身体を起こそうとしたが消耗しすぎた体は
重く夜はわずかに体を動かす事しかできなかった。
らんはそんな夜を守るように震える身体を押さえて相沢の前に立ちはだかった。



「果敢なことだ。それほどまでにその男を守りたいか?」

守りたい・・・夜を・・・そして・・・・今のらんの胸のうちにはそれだけでない
決意があった。


らんは微笑すると相沢の元へとゆっくり歩き出した。




「お前の用件は何?もし僕を検体にしたいというなら構わない。僕を
好きにしていいよ。だから夜には手を出さないで。」

「よせ、らん!!」

地を這うような声で夜が呻いたがらんは立ち止まらなかった。

「ふっ。健気なことだな。」

自ら部屋の出口まで歩き相沢の傍らに立つとらんは振り向きもせず夜に言った。

「よる、大好きだよ。心配しないで、僕はどこにもいかないよ。ずっと夜の傍にいる。
だって完全に覚醒したらずっと僕を傍においてくれるでしょ?」

らんは寂しそうにそう言うと小さく笑った。

「だからね。僕いってくる。」

「バカ、らん やめろ!!」


夜の叫びは暗闇へと吸い込まれるように消えていく。

冷たい二人の足音が遠ざかるのを夜はまだ沈まぬ太陽を疎みながら
這うように追いかけたのだった。





らんが相沢に連れてこられた一室では白衣を着た研究員たちがいた。

「ナンバー014だ。好きにしたらいい。」

相沢がにやりと含んだ言い方をすると研究員たちはらんを頭の先から足の先まで
舐めるように見下ろした。

「そうだな。014を襲うのもいいだろう。面白いデーターが取れるかもしれん。」

らんは恐怖に支配されながらも研究員たちに冷たく言った。

「僕はサキュバスだよ。僕を襲うとどうなるか知らないわけじゃないよね。
それでもいいなら襲えばいいけど。」


らんは自ら着ていたものを剥ぐと男たちに媚びるように顔をあげた。
もう後戻りはできない。


らんの悲痛な叫びが館に響いたのはそのあとすぐの事だった。







らんの叫びを感じながら夜は拳がつぶれるほどに強く床を叩いた。

怒りがこみ上げる。それは相沢に対する憎悪よりもらんへの
想いや夜自身に向けたものだった。

なぜお前はオレを信じてはくれなかった?
なぜオレはあの時らんに一緒に生きようといってはやらなかった?

らんを無理やり自分のものにしなかったのはなぜだ?
欲望の欲するのままに血を求めればらんが直に戻れなくなることをオレは
知ってた。

それでも求めればよかったというのか?



夜は激しい怒りと悲しみに包まれてただ手摺づたいに階段を上った。

上から降り注ぐ光にすべてを持っていかれそうになりながらも気力
だけで前進しようとした。が日の光に拒まれるように夜は何段か上がった
所で足を踏み外して転げ落ちた。


「らん・・・」

口から出てくる言葉は愛しいらんの名だけしかなかった。

「らん・・らん!!!」 
『ふ・・じもり・・!!!』


夜がその名を張り裂けんばかりに呼んだ瞬間夜は急に身体が軽くなったような
錯覚を覚えた。
だがそれは錯覚ではなく夜は気がつくと階段を駆け上がっていた。
日の光も何もかもが別の世界の感覚のように体に伝わってくる。

これは・・空の身体・・・心か?

「空、てめえ生きてやがったのか?」

夜は心がほんのり温かくなるのをかんじて心の中にいるだろう空に問うた・・が
返事はない。
ただ心の底から湧き上がる想い・・・ただ直を守りたいと想う空の想いだけが
夜に伝わってくる。

「味なまねしてくれるじゃねえか空。」

夜は日の光を仰ぎながら空に感謝した。
あいつのとの決着がついたら絶対にお前と直をもとの世界に戻してやる。
だからよ・・・「くたばるんじゃねえぜ。」

それは空だけでなく自分自身に向けた夜の強い想い
何が何でもらんを守ってやると言う想い、一緒に帰ろうという夜の決意だった。




夜が駆けつけた時には部屋には男たちの骸が転がっていた。

「らん!!」

らんは小さな身体に返り血を浴び瞳にいっぱい涙を浮かべてた。
相沢はその様子を滑稽そうに眺めていた。

「ふふっ遅かったではないか。だが、お陰でなかなか面白いものを見せてもらった。」

「相沢、てめえだけはぜってえ許さねえ!!」

夜と相沢が互いの間合いを詰める。
が・・夜はこのときになって相沢の気配がうつろなことに気づいた。

この男・・・妙だ?
それとほぼ同時に重い部屋のドアがあいた。



「お願い・・教授をこれ以上責めないで。」


そういったのは白衣をきた青年(芥)に抱き抱えられたあの小さな狼(学)だった。




最終話


次回最終回です。