If ・・・ 8章 ・ 最終章



戻れない記憶2


あれほど呼びかけても出てこなかった夜がオレの中にいる。

『夜!!今までなにやってたんだよ。夜、夜、』

オレが呼びかけても夜は何も言わなかった。
ただ同じ体で心で、全ての感覚を一緒に感じているような気がした。
覚醒した夜にオレは心底ほっとした。


オレたちが一体どこに向かっているのか、わからなかったが
夜には目的があるようだった。

やがて目の前に大きな観覧車が見えた。
ここって、海辺の遊園地?


『空、すまねえけどしばらく思考閉じさせてもらうな。』

ようやく夜がオレに話したのがそれだった。

「夜、何する気だよ?」

オレは自分の意識が遠のくのを感じた。
また都合の悪い事ははぐらかそうってことか?

「夜!!」

「そら・・・」

低く響く優しい夜の声だった。
そういった後夜の言葉が途切れる。

「よる・・・?」

オレの目の前に夜が立っていた。
相変わらず、オレより身長も高いし、カッコいいと思う。
オレは夜には敵わねえことを悔しいと思いながら、どこかで
夜にはそうであって欲しいと望んでいるような気がした。

オレの思考はやっぱり夜には筒抜けのようで、夜は笑った。

『なんだ、空、オレに惚れてるのか?』

「んなこと言ってねえだろ」

夜はオレの頭をくしゃくしゃと撫で回した。

『オレは惚れてたけどな。』

「なっ、夜?」

いたずらっぽく言った後、夜は真顔になった。

『・・・もう2度と空に会うこともねえかもな。』


オレは夜が今いった事の意味が瞬時に飲み込めなかった。
夜の気配がうっすらと消えてく。

「待てよ。おい夜、お前何をする気だ。待ちやがれ、」

『邪魔すんじゃねえぜ?しばらくそこにいてな。』

オレは無理やり押し込められた精神の奥で扉をたたくように夜をたたいた。
夜が今まで何を隠してきたのか何を今からしようとしているのかオレには
わからねえ。けど知らなきゃいけねえ気がした。

けどその扉は固く閉じて開くことはなかった。




夜は閉園した遊園地の前で立ち止まると高くそびえる観覧車を
見上げた。
暗闇の遊園地の中その観覧車だけが止まったまま眩い光を放って
いた。

「そこにいるんだろ?」

夜が言うと人影が動いた。

「出てこいよ。」

そろそろと出てきたその人物を夜はただみつめた。
あの事件からどれほどの月日が流れただろう。
何もかも見た目に変わったところなどない気がした。

「夜、来てくれたんだね。もう会えないかと思った。」

らんは微かに笑った。

「僕ね。今日は夜にお別れをいいに来たんだ。」

らんは内面の潜む想いをおし隠そうとしていているようだった。

「僕自由になったんだ。真一郎が、相沢に直を
自由にしてやってくれって頼んでくれたんだ。
沢山お金ももらったんだよ。
それに直が僕に体を譲ってくれるって、すごいでしょ。
だから僕が本体、もう自由なんだ。」

「らん、それで本当に自由になったのか?」

「なったよ!!僕は自由だよ。もう夜のことなんてなんとも思ってないんだから」

強がっているらんを夜はただ優しくみつめるだけだった。
そんな夜にらんは焦りさえ感じた。

「そ、そうだ、僕ね、これを夜に渡しにきたんだ。」

らんは小さな小瓶を夜に差し出した。

「これは?」

小瓶には液体が入っていた。

「直と一緒に作ったの。
夜の呪縛を解く薬・・・。これで夜も自由になれるよ。」

らんの手が微かに震えている。
夜は気づかぬ振りをしてそれを受け取った。
透き通った透明の液体が街灯に照らされて光る。

夜は戸惑うことなくそれをらんの目の前で含んだ。

「よ、る・・・。」

らんの瞳がゆれていた。

「らん、」

夜はらんの腕を掴んだ。
その時らんが握っていたものがからんという音をたてアスファルトに転がった。
それは夜がらんにプレゼントした指輪だった。
それを慌てて隠そうとしたらんを夜は抱き寄せた。

「これでオレも自由なんだろ?」

「夜?薬の事・・・知って。」

相沢がいなくなった今呪縛を解くすべはもうない。
仮に空と直が結ばれることで呪縛が自然に解けるにせよ
遅すぎた。

「ああ、らんの事なら、オレは何だってしってるぜ。」

ハラハラとらんの瞳から涙がこぼれ落ちる。
らんは自分のポケットから夜が含んだものと同じ薬を取り出した。

「らん、昔オレと約束した事おぼえてるか?」

・・・もし、空と直が結ばれなかったら、相沢の呪縛が解けなかったら
その時は一緒に行こう。・・・

夜もらんもあの日約束した日のことがほんの昨日のことのような気
がしていた。

「覚えてるに決まってるじゃない。僕、この日をずっと待ってたんだよ?」

「らん」

夜はらんをその全てで抱き寄せた。

「オレと一緒に来い。
オレはらんへの想いも空の直への想いも全部持ってく。」

「僕も、直が前だけ向いて生きていけるように、もう2度と好きな人を
裏切らなくても、偽らなくてもいいように直の大好きな空への想いを持って行くよ。」

らんは持っていた小瓶を開けると夜と同じようにそれを飲み干した。




らんは儚げに笑うと夜の指にそれを絡ませた。

「よるぅ、ぼく・・ぼくね、
矛盾してるかもしれないけど信じてるんだ。
もう1度空と直が出あって結ばれないかなって。
そしたら僕と夜が消えたことも無駄じゃないでしょ。

でも空には七海がいるんだよね?
夜も七海が好き?ぼくより七海の方がいい?」

空が研究所で真一郎と話していたことをらんは聞いていたのだろう。

「ばっかだな、オレは七海には指一本触れてねえぜ。
オレの中にあるのはらん、ずっとお前だけだ。」

夜の体が意識が少しずつ形成できなくなっていく。

「夜、体が、」

「薬のせいで早まっちまったな。オレの精神はもうとっくに
限界だったんだぜ。」

夜は残りのすべてでらんを抱きしめる。

「夜、空をずっと守って、こんなにボロボロになって」

「らん、お前もだろ?」

お互いの薄れていく意識を、存在を、互いに手繰り寄せ一つになって解けて
しまえっとばかりに2人は求め合う。

「よる」

「らん、愛してる」

                
                                           最終章 戻れない記憶3