If ・・・(もしも)6章 
囚われの学3




「流石だな。」

「なあ、芥なんでオレにこんな薬飲ませたのか教えてくれよ?」

芥からの返答はなかった。
なんとなくわかってはいたことだった。
大体話してくれるぐらいならはじめからこんな事しなかったろうし。

学はベッドから起き上がると衣類を整え扉まで向かった。

IDカードとパスワードがないと内側からもここの扉は開かない。
学は芥の助手なので研究室のIDカードはとりあえず持っていた。
それを差込みPASSを入力したがやはり扉は開かなかった。
実はそれは今朝から何度も試みたことだった。
研究所の部屋にはそれぞれレベルによって厳重ランクが分けられていて、
学のIDでは出入りできない場所なのだ。

「芥、ここ開けてくれよ?」

芥は黙りこくったままだった。

「芥、オレ行かなきゃなんだ。廉が待ってんだ。」

『廉』、


学がそう口にした瞬間芥の表情が纏っていた空気が一転した。
芥は凍りつきそうなほど冷たい表情で学を威嚇するように見下ろした。

学は「廉」の名を出したことを後悔したが、それは遅かった。

芥は学に近づくと力いっぱいにひっぱり乱暴にベッドに放り投げた。
学が起き上がろうとする間髪もいれずに学の上に覆いかぶさった。

「痛っ、って芥なにす・・・、」

最後まで言う前に芥は両手で学の細い首を覆った。

『殺される、』

学の喉がごくりと唾を飲み込み、
生命の危険に芥の股間を思いっきり蹴り上げた。
だが芥は顔色一つ変えなかった。

「か・・い・・、」

「動くな、」

背筋が凍るほど低く冷たい声だった。
学が口を開けようとすると芥は脅すように両手で覆った首に力をかけた。
咽頭がふさがれ学は息を求めもがいた。

学が抵抗しなくなると芥はようやくその腕を解いた。

学はゲボゲボとむせ返りそのままベッドから転がり落ちた。
芥の表情はわからない。
でも学はこのまま本当に殺されてしまうのではないかと思った。

学はよろよろと床から起き上がるとまだ痛む咽頭を押さえ芥を見上げた。
芥は今にも泣き出しそうな顔をして学を見つめていた。

「芥・・・なんでこんなこと、」

芥は立ち上がった学の腕を乱暴にひっぱった。
もう学には抵抗するだけの力も残ってはいなかった。

芥は抵抗しない学をひきずりそのまま壁に貼り付けるように拘束具
で固定した。

「かい・・・どうしてさっきから何もいわねえんだよ。」

学に残された自由は言葉だけだった。


「芥・・、」

「黙れ!!喉もつぶして欲しいのか。」

「うっ、」

学は芥をにらみつけた。
こんなやり方は卑怯だと思った。

芥は学をそのまま放り出し壁際にある薬品棚に向かった。
そして、何種類かの薬を選ぶとそれを調合した。
学はその背に向かって吐いた。

「もうオレに何含ませたって無駄だからな。」

「本当にそう思っているのか?」

フラスコを持った芥の手は微かに震えていた。

「最後だから教えといてやる。この薬はもともとオレのつくったものじゃない。
あいつのものだ。」

芥の言う「あいつ」は相沢教授のことだ。

「この薬をつかえば間違いなく廃人になる。
お前もただ生きているだけの屍だ。」

「オレに使う気なのか、」

芥はそれには答えなかった。

「オレはそんなに芥に嫌われてるのか、」

「・・・・憎かった。初めて会ったときからな、」


学は顔を崩した。もう何もかもが絶望的だった。
(『どうして、 』
・・・それは声にならなかった

学はもう逃げることも抵抗することもできないと悟って声を震わせた。

「だったらせめて痛くねえように逝かせてくれよ。」

学は体中の震えが止まらなかった。
怖くて、寒くて、心の中がヒリヒリ痛くて、どうしようもなかった。

「そうだな。」

芥は無表情のままそういうと持っていた薬を一口自ら含んだ。
そして学の唇を激しく奪った。

抵抗して口の端からこぼれたが、少量は学の喉奥に流れ落ちた。
学は死を覚悟した。
それを確認するとその薬を含んでいた芥自らもそれを飲んだ。

「えっかい?」

学はあまりの事に驚愕した。

「芥・・・」

「また何もかも忘れてしまうのだろう、お前は」

芥は耐えていたものがこぼれてくるように学の体を
抱き寄せた。

「ガク・・・、」

「っ、」

「ガク・・、」

力強い腕が自由の利かない学を全身で抱きしめる。
学の中をフラッシュバックするように次々と芥の姿が、感覚が声が甦る。

乾いた肌の感触、芥のやさしい指、声、
そして激しく求め合った体、

「愛してる。」と何度も言った芥。
それに応えた、学

オレは芥の事が好きだった??

学は記憶の断片をかき集めるように抱きしめた。


『イヤだ、イヤだ。
やっと思い出したのに忘れちまうなんて
このまま死んじまうなんて嫌だ!!

もっと生きたい、廉との恋愛も始まったばっかなんだ。
芥にだって恨みの一言ぐらい言ってやりたい。
今解いてる、数式だって、つくりかけの薬品だってあんのに、

こんな所でくたばりたくねえ。』

学は今にして強く生きたいと願う。

けど、体の内面からじわりじわりと得体のしれない力が
学を蝕んでいく。
暗闇が学を支配しようとしていた。

あれほどにきつく学の体を抱きしめていた芥のぬくもりも
どんどん冷めて感じなくなってる。

学は何かに縋るように両手をただ一点降り注ぐ光へと伸ばそうとした。
その光の中誰かの声がする。


「学、」
「ガク・・・ガク・・・、」

廉?芥の声・・?
学は暗闇から這い上がるように必死にもがいた。
だが、伸ばした腕もやがて黒い影が遮っていく。

「嫌だ、嫌だ、嫌だ、廉、
芥助けて〜!!」

暗闇が覆い尽くした瞬間学はすべての思考を投げ出していた。

                                             
                                             7章 決別1

あとがき

ブログで連載ではifは7章までなのですが、編集の段階で最終章8章になりました。
内容は特に変わってないです。