If ・・・(もしも)6章 
忍びよる影2


試験休みに入ってから廉は一度も化学室に顔を出さなかった。

芥からの「課題」もあって忙しくしていた学は不安には思っても
すぐに行動にうつすことができなかった。

はじめは同じ学園に居るのだから会えると学は安易に考えていた。
そのうち化学部にも顔を出すだろうと、

けれど学が行動に出なかった結果かれこれ1週間以上も廉とは会えずじまいの
日々が続き流石に学も堪らない気持ちになっていた。

「会いたくなったらいつでも行く、」学はあの時そう廉に宣言した。
悩むより行動するほうがいいってことを学は先日の事
で学んでいた。
結局、廉の事は学が行動しなければ始まらないのだ。

特に廉は奥手の上、困ったことに正直な性格とはとてもいえない。
今時のツンデレってやつなのだ。
そこがまた廉のかわいいところでもあるのだが。

学はそんな事を考えて苦笑した。



学が思い立って寮をでたのはあの日と同じ夜8時過ぎ頃だった。
この時間は中等部の門限近くになることもあって廉も寮に
戻っているはずだった。

学が出かけようとしたら高等部の談話室のソファに空と青が並んでいた。
大学部の空と中坊の青が、高等部の寮にいるなんて珍しいことだった。

その姿に学は思わず口元を緩めた。

学園一カッコイイと言われてる空先輩とその空先輩に瓜二つの弟のちび青。
いまや学園中で注目を浴びてる2人なのだ。

青は特に歳より童顔で行動も幼く、男子校だというのに高等部の生徒に
人気が高かった。
学自身も「食べ物に釣られて誘われてる青」を何度か見たことがあったし、
友達に青を紹介して欲しいといわれたことまであった。

けれど、空先輩が眼を光らせているから青はガードが思った以上に固かったりする。
もちろん空先輩だって相当に人気が高く、モテるのだが、
声の掛けやすさという点では青に劣ってる。

その2人が並んで楽しそうに話してるものだから本人たちは気づいていないが
談話室(2人がお目当てだろう野郎たち)がひそかに聞き耳を立てていた。

学は面白いものをみつけたように後ろからいきなり2人に飛びついた。
談話室の冷たい視線(妬み?)が学に集まったがそこは流石に学というべきだろう。


「空先輩、青〜、こっち来てるなんて珍しいのな、
2人して何やってんだよ。」

「うわ〜って、驚かすなよ、市川、」

「あっ、学先生〜。」

2人は旅行のパンフレットを広げていた。

「おっ、なんか楽しそうなことしてるな。どっか行くのか?」

「どっかって程のことじゃねえけどな、夏休み温泉でも行こうかって話になってさ」

「へえっいいな〜、オレも行きてえな、」

「学先生も行く?じゃあ廉も行く?」

青は頭はいいのだが言葉の端々が少し足りない節がある。
今は学がいくなら廉もいく?と空に聞いたのだ。
仲がいい二人だから学が行くなら廉も一緒なのかと思ったのだろう。

「一緒に行けたらいいんだけどな。
椎名は体調悪くしてるからどうだろな?明後日の終業式も
戻ってこねえって言ってたろ?」

途端に青がしゅんとなる。
けれどそれ以上に学は空の台詞に耳を疑った。

「空先輩それどういうこと?廉が体調壊したって本当なのか?」

学があまりに驚いて大声をあげたので空は声を落とすように「し〜」っと
人差し指を立てた。

「市川しらなかったのか?試験終わった日だったっけか、体調壊して
七海ちゃんが診察して、本人が家に帰りたいって希望したから
お袋さんが迎えにきたんだ
七海ちゃんが昨日電話したら、終業式は休むって話だって、」

学は一瞬絶句した。寝耳に水だった。

「廉、そんな、体悪いのか!?」

「いや、つうかな・・・。」

空は口ごもると学にだけ聞こえるように声を潜めた。

「体ってより精神面に、ショックなことがあったみてえなんだ。」

精神面・・・そういわれて学は,ズキリと胸が疼きだした。

「なぜオレに言ってくれなかった」という想いと廉への想いで胸が苦しくなる。
今すぐにでも廉の所に飛んで行きたいぐらいだった。


「青、空兄ちゃんと七海ちゃんと夏休み入ったら椎名の
お見舞いにいくんだ。」

青に言われて学は自分が廉の実家も知らないことにも気づいた。
電話番号も何もかももだ。
学はその何もかもがショックだった。

「市川・・どうかしたのか?」

「あっいや、オレなにも知らなかったから、
空先輩、廉の家知ってるのか、」

「知ってるっていっても住所を知ってるって程度な。それに椎名の実家は
○○県だし」

「○○県・・・、」

本当に自分は何も廉の事を知らなかったのだと学は今更ながら
に思った。流石に今日、明日で行ってもどってこれるところじゃない。

「先輩たちはいつ行くんだ、」

「休み入ったらすぐ立とうかって、七海ちゃんは廉さえよかったら
俺たちと一緒にこっち帰ってきて、夏休みはマンションで一緒にって。いやまあ
、」

空はそこはいいかけて誤魔化した。
なんとなく学もそれを察した。


「そうだ、市川も一緒に行くか?」

「オレすげえ行きてえんだけど・・・週末から芥の手伝いすることになってて・・・・、」

学は芥との約束を思い出していた。芥にわけを話してなんとか廉に会いに
いけないだろうかと。
けど芥が許してくれるだろうか?

「まあ、無理すんなって、帰ってきたらすぐ会えるんだし、」

「うん。」

学はどうしようもなく心がざわめいた。
廉のことを思うと胸が痛くなる。


その時寮全体にお決まりのアナウンスが流れた。

20時50分のアナウンス。

中等寮の消灯10分前になるとアナウンスが流れるのだ。
このアナウンスがなっても慌てるのは中坊の生徒だけなのだが、
空はソファから立ち上がった。

「青、戻る時間だな、」

青は瞳をうるうるさせて空を見上げていた。

「そんな顔したって駄目だからな、」

「ううっ」

しゅんっとなった青の頭を空先輩が優しく撫でる。

「ほら、寮まで送っていってやっから、夏休みになったら
一緒に寝ような。」

「うん、」

青は現金にも顔を綻ばせた。
夏休みはもうすぐなのだ。

空と青の会話をこっそり聞いていた生徒たちが、妬ましいのか
羨ましいのか、悔しそうにしている。

もっとも2人とも、人気があるからどっちに嫉妬してるのだかは
わからないが。

空と青が寮を出て行くのを見送った後、学はらしくないほど消沈していた。
とにかく廉の事ばかりがめぐって何も手がつかなかった




                                                           

                                              
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